MRCI 3/3
ずいぶんと大きな話になってきた。魔法士のリーダーって…
「おれ、魔法なんか使えないけど…」
「これから私がお教えします」
「自分で倒せばいいじゃないか!」
つい言葉が乱暴になってしまう。魔法。使ってみたいとは思うが、安全で平和な世の中で楽しむために使いたいってだけだ。世界を救うとか悪魔とか、そんなものはできれば背負いたくない。
「私には悪魔を倒す魔法は使えません…魔法に関しての知識と魔力の土台、人類の記録の役割を担っているに過ぎないのです。他のムーアも同様に、悪魔を倒す力を持っていないのです」
「しゃべったりできるのに?」
「悪魔を倒すような魔法と、私が使っている魔法では、根本的に違うのです」
どうにもならないか…手詰まりという言葉が頭をよぎる。
「…それで、俺にどうしろと?まさか、一人で悪魔を退治しろと…?」
そんな展開を妄想したこともあったが、現実にそういう立場になると不安しかない。
「できればそうしていただきたいのですが、一人では悪魔を退治することなどできません。あなたが一人で修業をし、悪魔を退治できるほどの魔法士になるには一生を費やしても時間が足りないでしょう。なのでこの世界に魔力を、魔法を広めていただき少しでも多くの魔法士を育て、人類の存続を守る礎になっていただきたいのです。最悪、悪魔を退治できなくても、人類に魔法が広く伝われば、魔法が消えてなくなる可能性もそれによって人類が消滅する可能性も少なくなります」
悪魔の話も、魔法の話も全部本当だろう。俺に託された希望も。しかし、葛藤もある。悪魔が復活するまでの時間が残り少ないから急ぎ足なのはわかるが、すべてを納得するための時間があまりにも少ない。昨日までのほほんと過ごしてきたただの大学生だ。魔法士になる。それは進学するとか社会人になるとかとは次元が違う変化だ。しかし、躊躇していても何も解決しない。美羽も帰ってこない。両親とも会えない。
「もしかして…車の中で寝ていた時に怖がらないでって言っていたのはムーアか?」
「そうです…」
魔法で夢の中にも入れるのか。
「あんな状況で眠らせたのも?」
「はい…」
「…他の人じゃダメなんだな」
「…はい」
佐枝草もムーアも押し黙る。研究員たちも注目している。
選択肢は"はい"か"YES"しか示されていない。この物語は達也がどちらかのボタンを押すまで止まったままだ。
達也は1つ大きく深呼吸をして覚悟を決めた。
「どうすればいい?」
「私に、手をかざしてみてください」
達也は恐る恐るムーアへ両手をかざしてみた。
手のひらが熱くなり、次第に腕も熱くなる。
「今達也さんが感じている温かさが"魔力"です。この魔力が手を通して胸へ、胸から私へ、私からあなたの手へ巡るイメージを持ってみてください」
イメージ…腕から次第に胸に温かさが巡っている。
そして胸から力が抜けていくような…抜けた力がまた手に戻ってきている…?
なにか良くない予感がして手を引っ込めた。
「初めてのことなので戸惑ったことでしょう。魔力は私とあなたを順に流れることでどんどん膨らみます。膨らんだ魔力はあなたと私に溜まっていきますが、あなた自身の許容量を超えた分は、大気中に放出されます。放出された魔力は徐々に大気に溜まっていき、人々へ注がれていきます。人々が十分に魔力をため込むと魔法を使うことができるようになるのです。この魔力循環による魔力の増幅は、今は美羽さんと融合した私と達也さんにしかできません。そして大気に十分に魔力がたまった時、美羽さんはお返しできると思います。突然のことで混乱しているのはわかりますが、どうかお力を…」
ムーアは申し訳なさそうな表情をしていた。
「…美羽は…俺が魔法を使えるようになるまで返せないのか?」
「ええ…途中で開放してしまうと、もう融合はできないでしょう。そうなると、もう悪魔に対抗する手段は潰えることになるでしょう」
「わかりました」
「…!お力をお貸しいただけるのですか?!」
「まだ完全に理解できませんが確かにこの世界が危機に直面しているらしいことは信じることができそうです。怖いし、逃げ出したいですけど…」
佐枝草が達也の肩に手を置いた。
「ムーアの言うことが真実だとしたら…いや、たぶん真実だろう、人類を救う鍵は君だということだ。できうる限り君に協力するが…私は君に大変なことを背負わせてしまったようだ…申し訳ない」
俺と美羽をここに招いた張本人とはいえ、佐枝草もこうなることは予測していなかっただろう。佐枝草に対する恨みが薄らいでいく。
「ただ、これだけは約束してくれ。これが終わったら、俺と美羽を安全な状態でもとの生活へ帰すということを」
「絶対にお約束します」
「ああ、私も約束しよう」
これから…どうなるのだろう…
しかし、悩んでいても答えは見つかりそうもない。今はただ突き進もう。