10話目 山吹の鳥
これはどこかで書き直すな。多分…
"巨人の森"の広く開けた場所で、イーグルと対峙する。
半身を魔物に乗っ取られたような姿の彼は矢筒から4本の矢を取り出し、甲高い音を立てて頭上へと放った。4本の矢は不気味な光を纏って上空で四方に飛び散り、地面や樹の幹に突き刺さる。
矢は淡い光の線で結ばれ、ここが戦場だと言わんばかりの大きな四角形を描いた。
「"監視の目"を設置しやがった!」
カメレオンが焦る。
「ヴォイド、この事は後で説明するから、今は飛んでくる矢に気をつけて。それと、あの4本の矢を壊さない限り、イーグルに全ての行動を見透かされるわよ」
ウルフはツメを装着してボクを守るように立ちはだかった。
「…わかった」
状況が呑み込めず、何がなんだかわからなかったが彼女に従うのが吉だろう。
クレヴァスを鞘から引き抜き、冷たい刀身を自分の胸に当てて目を閉じる。その冷気がボクの冷静さを保ってくれるのだ。
「スコーピオン、お前の魔法でなんとかできないか?」
アバドンを構えるカメレオン。
「……」
スコーピオンは険しい表情のまま宙を見つめて微動だにしない。
「おい!聞いてるのか!」
カメレオンは彼の肩を強く揺らした。
「…今回、オレは役に立ちそうにない」
「は?なんでだよ!」
スコーピオンの眼前で叫ぶ。
「奴は本気だ」真剣な目でカメレオンに訴えた後、イーグルへと視線を向ける。「魔法の使用を禁止する結界を張られた。結界の根源はおそらく"監視の目"と同じだろう」
「………お前、それ本気で言ってるのか。冗談はほどほどに-----」
「冗談を言ってる場合じゃないのはわかってるはずだ!」
ウソだと願うように尋ねるカメレオンの言葉を制してスコーピオンは叫んだ。カメレオンは気圧されて一歩後ずさる。
「………策は練っておけよ。おれはあいつの気を引いておくから」
脅すように念を押した。
「当たり前だ」
この返答を聞くと、カメレオンはイーグルに向かって走り出す。
兄を見送るなりウルフは何やら決意を固めた表情でヴォイドの方へ顔を向けた。
「わたしから離れないでね。"監視の目"を破壊しに行くから」
弟を気遣う姉のように言い聞かせる。
「うん…!」
緊張が伝わって、少し表情が強張った。すぐにクレヴァスの冷気に触れる。
「普段の呑気なイーグルじゃない。飛んでくる矢に注意しろ」
スコーピオンの忠告に頷きを返して、ボクらも動き出した。
カメレオンは間合いに入ってすぐに攻撃を繰り出した。拳や蹴りを何度も繰り返し叩き込もうとするが、それが全てわかっていたかのように避けられる。
一瞬顔を背けた隙に、自分の姿を周囲の色と同化させて背中に回り込んだ。そのまま渾身の一撃を頭に叩き込んでやるも、軽く避けられる。息を吐く暇もなく矢の猛襲を受けた。
「…あっぶねぇ」
回避が遅れていたら今頃蜂の巣になっているところだった。
おれがイーグルの側を離れた隙に、奴がどこかへ向けて魔力を纏わせた矢を放つ。矢の向かう先には、"監視の目"を目指して走るウルフ、ヴォイド、スコーピオンの姿が。
イーグルの放った矢が宙で3つに分裂し、3人目掛けて猛進する。
「ウルフ‼︎」
叫べば妹がこちらを振り返り、瞬時に把握した危機を全て処理する。カメレオンはそれに乗じて背面から奇襲をかけた。避けられるとわかっていながらも何度も攻撃を繰り返す。その間に何度かウルフ達の方への攻撃を許してしまった。
拳からの派生で足払いをかけた時、奴はジャンプでその攻撃を避ける。
飛行不可能な獲物が空中にいるほど格好の的はない、決定打を出せるのは今…!そう思ったおれは、そのまま遠心力を利用して回し蹴りを放つ。
まさか、これが仇となるとは思いもしなかった。
ウルフとスコーピオンについて行くと、地面に突き刺さった1本の淡い光を放つ矢を見つけた。
移動中に聞いた説明だと、この矢を抜いても効果は発揮されたままになってしまうので、矢を真っ二つに切断するなどして破壊しないと意味がないらしい。
「こいつを切れるか?」
ウルフは2人の防衛に徹しているため、スコーピオンはヴォイドに希望をかける。
「やってみる」
踵を返してクレヴァスを構えた。師匠から教わった動きを意識して刃を振るう。
甲高い金属音のような音が響き渡った。
「き、切れてない…⁉︎」
ボクは目を疑う。
「まあ、対策がしてあって当たり前か」
スコーピオンは右手を矢にかざした。そして"監視の目"の何かを操作し始める。
「何をしてるんだ?」
そう尋ねると、後ろから金属が弾かれたような音が聞こえた。ウルフが守ってくれているのだ。
「こいつに張られてる防御結界を少し緩める。ただ、解除魔法ではないから合図をしたらすぐに切れ」
操作に集中しながらそう指示をする。
「わかった」
ボクはいつでもクレヴァスを振れるよう構える直した。
「------今だ!」
数秒後に聞こえた合図を機に、もう一度刃を振るう。
今度こそは切る事ができた。
一つの矢を切断したとは思えない手応えに少し驚く。まるで、大木を切ったような気分だった。
「よし、次は…」
「お兄ちゃん!」
スコーピオンがそう言いかけた時、ウルフの悲鳴にも似た叫びが聞こえた。振り返ると、彼女視線の先に肩を射抜かれて膝をつくカメレオンの姿が。
その彼の先にいる少しイーグルが自分の右目を気にしつつも、こちらに分裂した矢を放ってくる。
「あいつマジかよ!」スコーピオンは悪態を吐いた。「おい!そんなもんでくたばるのかよ"ケイレブ・ライト"!」
ウルフが防ぎ切れなかった矢を避けつつ、負傷したカメレオンを煽るスコーピオン。
「うっせえ!その名で呼ぶんじゃねぇ"ネイサン"‼︎」
カメレオンは怒鳴ると同時に肩に刺さった矢を勢いよく引き抜いた。
「じゃあくたばるなよ、お前の妹がパニックを起こすからな」
「ハッ、安心しやがれ!おれはこんなんでくだばらねえよ!」
宣言するなりカメレオンはイーグルの下へ走り出す。
「……よし、カメレオンが相手をしてくれてる間に残りを潰すぞ」
スコーピオンはヴォイドと混乱しかけたウルフに話しかけ、2本目の矢を目指した。2人も後を追いかける。
2本目は樹の根本、3本目は地面から2メートルほどの高さの幹にあった。その3本目の矢を切断した時、周囲にイーグルの悲痛な叫び声が木霊した。
「何が起こったんだ…?」
ボクの疑問にスコーピオンが答える。
「"監視の目"は、イーグルの目と直結してるようなもんだ。だから、一つ破壊されるたびにかなりのダメージを負う」
一つ目の"監視の目"を破壊した時に右目を気にする素振りをしていたのはダメージを受けていたからなのか。
"監視の目"自体が強力と言えど、何度も使えるものではないようだ。いわば、奥の手のような感じなのかな。
「おいスコーピオン!まだ魔法は使えないのか?」
目をやられて暴れるイーグルの拘束に手こずるカメレオン。
「ちょっと待ってろ」
スコーピオンは宙に浮かべた手で魔法が使える事を確認すると、最後の"監視の目"に向けて風の刃を飛ばした。
最後の"監視の目"は樹の幹の中腹辺りに存在したが、スコーピオンの風の刃によってたやすく切断される。
「ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!?」
今度は両目を押さえて悲鳴をあげた。
あまりの悲痛な叫びに、耳だけでなく心まで苦しくなる。
そのまま声が出なくなるまで硬直し、やがて膝をついた。目を押さえていた手は脱力し切ってダラっと垂れている。
そんな彼にスコーピオンは歩み寄って、杖の先端に浮いたクリスタルを突きつけた。
イーグルは見上げるようにしてスコーピオンを睨む。力ないが、怒りと殺意の込もった視線だ。
スコーピオンはその目を見つめる。
「眠れ」
瞬間、イーグルの身体が何かに弾かれた。反り返ったかと思うと今度は前方に倒れる。その先にいたスコーピオンは彼の身体を支える事なく避ける。
一部始終を見ていたヴォイドは何が起こったのかわからなかったが、一つだけ理解できた事がある。
ようやく戦いが終わったのだと。
イーグルが目を覚ました時にはもう日を跨いでおり、丁度朝日が昇り出した頃だった。樹々の間から差す太陽が眩しい。
「目が覚めたか…」
仲良く眠りについている3人の横で、1人焚き火の火を調節するスコーピオン。
「俺は------」
何をしていたんだろう。と、その言葉を喋ろうとした時、尋常じゃない頭痛が迸った。思わず顔をしかめる。
「あんまり無茶はするな。"監視の目"を使ってまだ1日も経ってないんだ」焚き火を突くのに使っていた木の棒を捨て、イーグルの横に腰を下ろす。「頭痛がするのか?」
「うん…ずっと同じ痛みが」
「ちょっと待ってな」
スコーピオンはイーグルの額に手を当てて詠唱をした。
「回復」
緑色のやさしい光を放つ魔力に包まれて、だんだんと痛みが引いていく。
「ありがとう」
「良いさ、これくらいどうって事ない」
いつもの素っ気ない返事が返って来た。それに安堵する自分がいる。
そんな時、ふと自分の身体に違和感を覚えた。
なんだろう……体温調節がうまくいってないと言うか、衣類を何枚も重ね着しているような。そんな感覚がする。
不思議に思い、自分の右腕を見ようとなんとなく空へ手を伸ばす。
「ッ⁉︎」
目を疑う光景に、思わず言葉を失った。
「思い出したか………自分が何をしたのか」
スコーピオンの真剣な声が聞こえる。
イーグルの視線の先には、羽毛に覆われた腕に、猛禽類の足のような構造をした自分の手が存在したのだ。
「じゃあ、あれは------!」
「現実だ」勢いで身体を起こしかけたイーグルの言葉遮って断言する。「…変えようのない事実。オレ達に矢の先を向けた事も、カメレオンの肩を射抜いた事も」
深く突き付けられた現実に絶望を感じた。脱力する。肘で支えられていた起きかけの身体が倒れた。
気まずい沈黙が2人に重くのしかかる。
信じられない。信じたくない。
自分が--------自分が、大切な仲間に牙を向けていたなんて…
考えたくもない。
目尻に涙が溜まって視界がぼやけた。
自己嫌悪の感情が高まる。その瞬間、ある事を思い出した。パニックを起こして理性がなくなった時の事。
無意識にその事が口を突いて出る。
「…俺、"会った"んだ」
「"会った"って、誰に?」
スコーピオンが小首を傾げた。
「俺の中にいる"霊"に」
*
300年ほど前、俺の中にいる"霊"はセレジュイラ女王の眷属だった。名をアエラス。
種族はガーディアンアウルと言う人間大、もしくはそれ以上の大きさをした山吹色のフクロウ姿の魔物。代々王都〈マナンティアール〉の守備に努めた魔物の一族で、祖国を守るために情を捨てた一族。
祖国のためなら捨て身の攻撃なんて当たり前で、召喚獣でもあったため数が多い。その恐ろしさから"無限の兵"と呼ばれていた。
そんな中でアエラスはどの同族、他種族よりもズバ抜けて国防に貢献した。何年も積み重ねたその成果が認められて、セレジュイラ女王の眷属になる事を認められもした。数少ない魔物の一体だった。
当時の〈マナンティアール〉は魔を滅さんとする人間の国々と戦争を繰り返しており、常に極限の状態。
最大の戦力になり、ほぼ100パーセントの確率で勝利を収める眷属の魔物達は必要不可欠な存在と示された年だった。
ある日、アエラスは主であるセレジュイラ女王から"巨人の森"に身を潜め、人間達の動きを監視するよう命じられた。最近、国中で人間の勇者なる者の噂が広まっているのが原因だろう。
眷属の中で最も監視などを得意としていたアエラスはその命令を快く引き受けた。
"巨人の森"は人間の国が近くに存在するものの、肝心の人間の往来自体は少なく、樹々の一つひとつが巨大であるため、身を隠して監視するには丁度良い場所だと思った。
監視を始めて数週間。アエラスが食料を求めて狩りを行なって時、あるものを目にした。
育児放棄に遭った、まだ幼い1匹のミノタウロスの魔物だ。
本来なら躊躇なく襲いかかるところを、アエラスはグッと堪えた。
ガーディアンアウルは祖国を守るためにはどんな手でも尽くす極悪非道な種族なのだが、アエラスは眷属になる儀式としてセレジュイラ女王の血を一滴だけ分けてもらった時、絶大なる力と共に芽生えたあるものが彼の行動を変えた。
感情だ。
その感情が、初めて表に出る。
「かわいそうに…」
と。
そこからアエラスの生活は変わった。
あのケンタウロスはもちろん、親から見捨てられた幼体の魔物達を保護、代わりの親となって独り立ちできるよう育てあげた。もちろん、人間を監視すると言う重大な任務を忘れずに。
あれから数十年経って"巨人の森"をパトロールしていた時、衝撃的なものを見た。
それは"巨人の森"の開けた土地の小さな丘。その上の大小様々な枝を材料とした鳥の巣の中に3つの卵が存在した。
見間違えるはずがない。光沢のないグレーの特徴的な卵は〈マナンティアール〉で何度も見た物。ガーディアンアウルの卵だ。
周囲を見渡すが、親らしき魔物の姿が見当たらない。仕方なく1週間ほど見守っておく事にした。幸い、今まで育てていた子達は皆自立している。任務との両立は前よりかは楽だろう。
1日、2日、3日と時は過ぎて行き、ついには1週間を過ぎた。しかし親の姿は未だに見られない。
……つまりは、そう言う事なのだろう。
あの卵の産みの親はもういない。祖国のために尽くしたのだ。それがガーディアンアウルの宿命。
親が暖めなくともあの卵は少し遅い時期に孵る。アエラスも任務に戻ろうと思った。が、あの卵の事が頭から一向に離れる気配がなかった。やけくそにも近かったが、仕方なくあの卵の世話をする。
森の近辺を移動する人間の商人や兵、国の動きを監視し、変化をしばらく感じられなかった場合は卵を暖めつつ"監視の目"を通して監視をする。少し魔力を消費してしまうが、仕方がない。
その生活が1ヶ月ほど続いて卵は孵った。黄色に近い生毛が特徴的な可愛らしい3匹。今はまだ感情のようなものが残っているが、成長すれば羽毛の色が山吹色に変わり、情を完全に捨てた成体となって祖国に尽くすようになる。
若い彼らには自分よりも長生きして欲しいものだが、種族の宿命が存在する限りアエラスが変えられる事ではない。
若いうちに死んでしまう。わかっていながらも、3匹が独り立ちしてから困る事がないよう育て続けた。
3匹のガーディアンアウルの幼体が3ヶ月の時間を過ごした頃、アエラスは人間の監視に出ていた。樹の枝にとまり、身を潜めてじっと周囲の人間の移動を監視する。
そんな時、5人ほどの見慣れない白い騎士の集団がこの森に入って来るのが見えた。
今回も手出しはせずにただ監視するだけだった。
あの発言を聞くまでは。
「まさか、ガーディアンアウルがこんな場所まで卵を産みに来るとは」
リーダーらしき人間が言う。
「早い段階で"排除"しておかないとな」
その仲間が付け足した。
"排除"…………あの子達を………?
今まで感じた事のない感情がふつふつと沸き上がってくる。そして、感情と言うものを制御した事がなかったアエラスは、容易くその感情に振り回された。
身を潜め、人間を監視するはずだったのに…
勢いよく飛び出して咆哮を放つ。
「ッ!あいつは‼︎」
「ガーディアンアウルだ!」
白い鎧に身を包んだ人間達が各々の武器を構える。
「気を付けろ。奴は女帝の眷属、アエラスだ」
騎士達の会話を待たずに攻撃を仕掛けるアエラス。そうしてセレジュイラ女王の眷属と謎の騎士団の衝突が始まった。
勝ったのは5人の騎士。アエラスは敗れ、地に倒れている。それは奴らも同じだったようだ。仲間を2人失い、残りの3人は重症。
おそらく彼らが勇者と呼ばれるものに違いなかっただろう。そう認めてしまうほど強かった。
アエラスは3匹のガーディアンアウルの子どもを、祖国を守り続けられなかった。
*
「------じゃあ、あの丘の上に見えるのが……」
珍しくスコーピオンが言葉に詰まっている。
「……彼の子ども達なんだろうな」
そう言うと、アエラスの気持ちが表れたかのようにイーグルの目から涙が溢れた。もしかすると、今回の事で彼の霊との繋がりが深くなったのかもしれない。
「-----お前がパニックになったのはなぜなんだ?」
スコーピオンが少しの間を置いて尋ねる。
「いや、俺はパニックを起こしてないよ」
その返答と共に俺は涙を拭った。
「どう言う事だ?」
スコーピオンは眉を寄せる。
それもそうだ。彼はこの暴走現象を身をもって体験していない。そして俺はその状態から正気に戻った第一号なのだ。語れる者は俺1人しかいない。
俺は事の顛末を語った。
「どうやら、俺達自身と俺達に宿った霊。そのどちらかがパニックを起こせばあの現象が起こるみたいなんだ」
これを聞いたスコーピオンは顎に手を当てて思考を巡らせ、考察を立てる。
「霊がパニックを起こすと言う事は……つまり、その霊達はオレ達の中で第二の人生のように生きている。と言う事なのか?」
「そう言う事になるな」
俺の意見を聞いて大きくため息を吐くスコーピオン。
「何か変だったか?」
思わずそう尋ねてしまう。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」1人ばつが悪そうに頭を振る。「-----そんな事より、お前の身体を元に戻すぞ」
「あ、忘れてた」
苦笑が漏れる。
今回の出来事に色々と思うところがあってすっかり忘れていた。
スコーピオンは立ち上がって、横たわっているイーグルの足下で杖を構える。
「まあ、絶対成功する保証はないけどな」
「え、マジ?」
元に戻す魔法をかけられる直前にそんな事を言われてものすごく不安になる俺。
「当たり前だとも。神様にでも祈ってな」
最後にそうとだけ告げて、スコーピオンは長い詠唱に入った。
読んでくれてありがとうございます