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1話目 〈4人の狩人〉

 Bよりクオリティーは低いと思うけど、そこは目をつぶってくれ


 ちなみにファンタジーものは苦手です

 少年は殴られた。

 少し角ばった木製の棒は鈍い音を立て、少年の口から紅い血飛沫が飛ぶ。風化した石レンガの床を赤く染めた。その間に、右手首と壁を繋いだ手枷の鎖がジャラジャラと金属音を立てる。


「…」


 少年は何も言わない。言えなかった。ただ自分を殴った男を睨むだけ。

 彼は舌を切られ、ここ数年言葉を出せないでいた。


 睨まれている事を知った男は表情を強張らせる。


「"悪魔"が……睨むんじゃねェよ!」


 男は手に持っている棒で再び少年の頬を殴った。

 鮮血が四散し、頬が腫れる。


「カハッ、ゲホッ…」


 咳や呼吸の音だけが発する事ができた。


「ケッ、気持ち悪い奴だ」


 そう悪態を吐いて男は部屋を去る。


 ここはある集落に存在する石造りの小さな解体所。狩猟後に狩人達が血抜きを済ませた鹿や猪の肉を解体するのに使う場所だ。それ故、ここではずっと血生臭い悪臭が漂っている。


 もう慣れたものだ。この臭いにも、罵倒されるのも、血を流すのも。


 少年はこの集落で"悪魔の子"と呼ばれていた。

 生まれながら死なずの身。親はごく普通の人間。それなのに、死なない。どれだけ血を流しても、飲食をしなくても、舌を切られても、死なない。

 だから、"悪魔の子"。


「ハァ、ハァ…」


 荒い呼吸を整えつつ、手枷に吊るされて脱力し切った身体を休める。


 どこに行っても、居場所はない。集落(ここ)を出て、王都に入っても、結果は同じだ。


 目尻から溢れた涙が頬を伝う。


 どうして、こんな身体で生まれて来たんだろう。父さんと母さんはどうしてるだろう。こんな奴の事、嫌ってるのかな…


 無意識に唇を噛んだ。唇からも血が溢れる。


 そんな時、耳障りで、なぜか安心を得られる馬鹿騒ぎがした。解体所の扉が乱暴に開けられる。狩人達が狩猟を終えて来たのだ。


「相変わらず臭いな、ここは」


 白衣のような上着を羽織った魔術師が呟く。黒いロン毛が特徴的で、装備している杖の握りには浮遊する白い結晶が付いている。


「お前が掃除しろよ」


 奇妙な見た目をした鹿を背負った男が言い返した。腰に付いたナイフが禍々しく、彼自身の気性が荒い。


「は?お前がやれよ」


 魔術師が冷たく反論する。


「どうしておれなんだよ!」


 空いた手で魔術師の胸倉を掴みかかった。この2人は必ずケンカする。


「ケンカは止せって。彼が見てるだろ?」


 弓を背負った狩人がこっちを指差した。長い前髪で片目が隠れている男。いつもなら2人のケンカを微笑ましく眺めているのだが、今回は止めた。


「あーあー、またこんなに殴られて」


 最後に入って来た少女は、駆け寄ってくるなり手当てを始める。と言っても、傷薬を塗ったりする程度。関わりがバレるのを恐れているからだろう。

 彼女はこの中で一番幼く、鹿を背負った男の血縁者なのだとか。


 彼ら4人だけはボクに対して優しいと言うか、公平的だ。

 週に一度しか来ないのが残念なところだが、彼らのおかげで今まで放心状態にならず、正気を保っていられたと言っても過言じゃない。


「おい!スコピー。火の魔法」


 禍々しいナイフで毛皮を剥がし、肉の切り身を作ったところで気性の荒い男が要求する。


「スコピー言うなし」


 それを眺めていた魔術師が淡々と断った。


「じゃあスコーピオン」


 名前をちゃんと言った事を確認し、ようやく火の魔法を使う。杖の水晶に拳ほどの火の玉が宿った。

 それで一口サイズの切り身を炙り、ボクへ差し出してくる。

 小さく口を開けると、熱々の鹿肉を押し込まれた。口内の傷に触れる度に痛みが走ったが、反応はしない。

 一つを飲み込み終えると、もう一つを差し出された。同じように、口の中へ突っ込まれる。

 これの繰り返しだった。ちゃんと水もくれる。


 これが人生でできる唯一の食事。


 お腹いっぱいになると、それを察した気性の荒い男は手を止めた。


「これおれがもらって良い?」


「いや、オレに寄越せ」


 スコーピオンが肉の刺さったナイフを奪おうとする。


「いや無理、お前にはあげない」


 気性の荒い男がパクッと頬張った。


「なに?こいつ。カメラのくせに」


「は⁉︎カメラ違うし!カメレオンだって!」


 またもやケンカが勃発する。


「じゃあこいつは?」


 カメレオンが狩人を指差した。


「イーグル」


「こいつは?」


 次に少女を指差す。


「ウルフ」


「どうしておれだけカメラなんだよ!」


 頭を抱えた後、すぐに顔を上げてスコーピオンを睨んだ。


「なんとなく」


「は?『なんとなく』じゃねェんだよ!」


 そうこうしていると、解体所の扉を強くノックされる。


「おいお前ら!いつまでそこにいる気だ」


 村の輩だ。


「もうすぐ出て行きまーす」


 カメレオンが軽く返答した。


「早くしろよ、こっちにも用事があるんだ」


 そうとだけ告げて、声の主の足音は遠ざかって行く。


 ウルフはため息を吐いた。


「まったく、ここの村の人達はこの子の事を何だと思ってるのかしら」


「可哀想だけど、仕方のない事さ。ここみたいな情報の乏しい村では、こう言う事例が後を絶たないからな」


 どこか悲しそうに呟くイーグル。

 それに反論する事なく、全員が表情を曇らせる。


「……じゃあ、そろそろ行くか」


 スコーピオンが切り出した。


「そうね、あんまり長居し過ぎると怪しまれちゃうもんね。バイバイ…」


 ウルフが賛同する。


「じゃあな」


 カメレオンは寂しそうに別れを告げた。


「…元気でな」


 イーグルも、出て行く。

 指の意味深なサインを残して。



 その日の夜の、薄暗い解体所。

 増えた痣をそのままにして、いつも通り呆然としていると、外から打撃音が一つ鳴った。男の小さな呻き声と共に何かが倒れる音が響く。

 …見張りが倒れたのか?


「早く!鍵を開けろって!」


 聞き覚えのある囁き声もした。


「ほら、お前のためにアンロックしておいたぜ」


 妙に腹立つ優しい言い回し。


「よし。イーグル、見張りよろしくな」


「うん」


 この会話を区切りに、解体所の扉が開かれた。

 月明かりが逆光になってシルエットしか見えないが、確かに今日あった4人の内の1人、カメレオンだった。スコーピオンも後に続いて入ってくる。


「じっとしてろよ、ここから出してやる」


 カメレオンは自前のナイフを鞘から引き抜き、手枷に振るう位置を確認する。そして迷いなく斬りつけた。

 甲高い音を立てて、金属製の手枷はいとも簡単に外れる。


 その瞬間、力のない身体を支えていた物がなくなり、前へ倒れた。地面につく前にカメレオンがキャッチする。


「…」


 どうして、ボクなんかを助けたの?

 そう尋ねたかったけど、喋る事ができなかった。


「よし、撤収だ」


 少年を負ぶったカメレオンはスコーピオンと共に血生臭い解体所から出る。


「早く!こっちだ!」見張りのイーグルが囁き声で森の方へ来いと急かした。「異変に気付かれた。巡回が来る」


「危なかったな」


 カメレオンが安堵の声を漏らす。


「どうせ意味はないさ。オレ達がここへ来る事はもうないんだからな」


 スコーピオンは目的を見据えての発言をした。


 集落を囲む森に入り、少し走った場所で待機していたウルフと合流する。


「彼は無事?」


 カメレオンの後ろへ回って少年の顔や四肢を確認した。


「手当ては後だ。まずは安全を確保するぞ」


 スコーピオンが杖で地面を叩くと、事前に書いておいた魔法陣が起動し、強い光が5人を包んだ。



 初めて、外に出た。

 カメレオンの背中から見た初めての景色は、ボクに世界の広さを感じさせた。


-----やっと、開放されたんだ…



 気が付くと、温かみのある木造の一室にいた。

 暖かい毛布が身体を包んでいる。これは、ベッドの上か?


「あ、気が付いたんだね。良かった…」


 看病していたのは、手当てをしてくれるウルフだった。


「…」


 どう言う経緯で現状に至ったのかを知りたかったけど、声が出ないので室内を見渡した。

 パッと見、広い一室に殆どの機能が付いた感じ。キッチンやリビングにダイニング、寝室に個々の作業スペース。まとまりがあるようでないのかわからない。寝室なんか特にそうだ。二段ベッドのようなハンモックが2つ並んでるだけ。もっとどうにかできただろ。


 見渡してて気付いたけど、ボクが横になっているのは長机の上に毛布を敷いただけの物。普段、こう言う物に触れる機会がないからわからなかった。


「あ、ここはわたし達の隠れ家だよ。スコーピオンのステルス魔法のおかげで見つからないの」


 ウルフは両腕を広げてこの隠れ家を表現する。


 あの魔術師、そんな事ができたのか。いつもめんどいの一言で片付けるのに、そこはしっかりするんだな。


「3人は今、外のバルコニーで-----」


 刹那、とてつもない爆発音と共に家全体が揺れた。


 唐突なハプニングに戸惑いを隠せないでいると、ウルフが呆れたため息を吐く。


「またやってるよ…」


 彼女が見つめていた玄関の扉が乱暴に開き、2人の男が走り込んで来た。最後尾の1人は外で充満している煙で咽せながら入ってくる。その最後の1人がイーグルである事はわかった。


「おい、テメェ!また反則しやがったな!」


 カメレオンがスコーピオンを追いかけ回す。


「は?オレは知らん。お前が何かしたんじゃないのか?」


 走りながら真顔でとぼけるスコーピオン。


「ふざけんな!」


 鞘からナイフを引き抜き、勢いよく振るった。


「残念だったな」


 間一髪でスコーピオンが結界魔法を発動し、攻撃を防ぐ。


「あークッソ!イーグル助けてよぉ」


「助けるって、何をすれば良いんだよ…」


 いきなり抱きついてくるカメレオンに、煙で咳き込んでいたイーグルが困惑した。


「別にあいつの言う事なんて聞かなくて良いから」


 すかさずスコーピオンが口を挟む。


「は⁉︎どうして?」


 イーグルから離れてスコーピオンと張り合った。


「いや別に?」


 すっとぼける。


「『いや別に?』てなんだよ!絶対何かあるだろ!」


「いい加減にして!」


 ウルフが叫んだ。

 2人のケンカが止まり、彼女の方へ注意が向く。


「どうして怪我人の近くで暴れるの、彼は1人で立つ事さえ難しい状況なのよ!これ以上悪化させないで」


 それからウルフによる説教が始まった。

 低身長の女の子が自分より背の高い男2人と立ったままで説教する絵がシュール過ぎて、笑いが込み上げてくる。


「なんと言うか、彼らのやり取りを見てると和むよね」


 いつの間にか横に立っていたイーグルが呟く。


 彼に訊きたい事があったけど、言葉を発せない事を思い出して言い淀んだ。

 これを察したイーグルは優しい笑みを浮かべる。


「何か言いたい事があれば口を動かしてみて。多少程度の読唇術なら心得てるから」


 ドクシンジュツ?心でも読むのかな…


 そんな疑問を抱きつつも、言われた通り口を動かす。


(どうしてボクを助けたの?)


 イーグルは少年の口の動きを見て何度か頷く。


「それに関しての理由は沢山あるけど、強いて言うなら、俺達は"似た者同士"だったから」


 "似た者同士"…


(と言う事は、イーグルさん達も…)


 その先は言えなかった。


「…まあ、あくまで"似た者同士"さ。みんなそれぞれ酷い仕打ちを受けてきたけど、客観的に見れば君の方が辛い道を歩んで来てる。俺達は舌なんて切られてないしね」


 どこか辛そうに語るイーグル。

 それもそうか、ボクは辛い過去を思い出させてしまったのだ。悪い事をした。


(ごめんなさい…)


 横になったまま謝罪する。


「ははは、別に謝る事じゃないよ。むしろこうやって語り継がないといけない話だ。良い経験になったよ」


 そう言ってイーグルはボクの頭に手を伸ばして来た。何をされるのかわからず、少し身構えてしまう。

 しかしその必要はなかったようで、優しく頭を撫でられた。それが心地良く感じられたが、同時に恥ずかしくもあった。


「撫でられるのは初めてか?」


 彼の質問に頬を赤くしながら頷く。

 イーグルはクスりと笑った。


「それじゃあ、これから大変だな。カメレオンがよくウルフを撫でてるから、君もその対象になるかもしれない」


(マ、マジですか…)


 首肯する。


「あいつ撫でるのが好きなのかもな」


「仕方ないじゃん!撫でたくなるんだから!」


 別の方向から弁明のように飛んできたカメレオンの声。


「こら!私の話を聞きなさい!」


「あ、ごめんなさい!」


 説教の途中でこっちに横槍を刺したから余計に怒られてる。

 その様子を見ていると、思わず笑みが溢れた。


「こいつらと一緒にいたら毎日が飽きないぞ」


 イーグルがニッと笑う。


(確かに)


 ようやく開放されたんだと、身を持って感じた今日この頃だった。

 読んでくれてありがとうございます!

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