神為りし美女
※大人向け童話です
童話じゃないと思って頂いた方がいいかもしれません
王の前に、
馨しい美女がいた。
王は国中から美女を集め自らの側室とした。
今目の前にいるのはこの国一と讃えられる絶世の美女。
絹のような褐色の肌と琥珀色に輝る瞳、
風がそよげば艶を含み波打つ黒髪を持っていた。
そして、その美女だけが大国の王の側室となるのを拒んだ。
「どうしてお前は私の傍に来ようとせんのだ」
女は蛇使いの笛の音のような響く甘美な声で答えた。
「もしあなたが、力づくで私をものにしようと言うのなれば、それはいつでもできるでしょう。
けれどあなたはそれを決してしようとはしない。思いつかぬとも言えるくらいに。
私はあなたのそんなところに惚れてしまったのです」
「惚れた、というならば私の側室となるがよいに」
「いいえ、惚れたからこそ、私はあなたのお傍にはいけません。
どうかわかってください。私はあなたを愛しております。
その意味を、どうかわかってください」
王はよく理解できないまま、けれどその美女を尊重して自由にしてやった。
国一の美女は、王に深く手を合わせ一礼すると、そのまま王宮をあとにした。
そのあと、国は急成長し、栄え、歴史にみまごうまでの繁栄を記した。
しかし王はもとから持っていた持病をこじらせ、死んでしまった。
王のあとは、息子であった王子が継いだ。
せっかちな王子は継承式の一月も前から、王のように振る舞い、父であった王の側室を我がものとした。
そしてついに、今も尚、国一と讃えられるあの美女をも目の前に呼び寄せた。
絹で編まれた綬で捕らえられ王子の目の前に座らせられた神々しいともいえる女のその美しさに、
下級の者共は息を呑み。王子さえも溜息をついた。
「私はもうすぐ王となる。
お前は我が父の願いを聞き入れなかったな。それは父の醜さ故だろう。
いくら王だったとはいえ、あれほどに醜きとなればお前ほどの美女、拒むのもわからないとは言わぬ」
美女は太陽のような瞳に月の静けさを加え、王子を見つめた。
「あの方は醜くなどなかった」
「では何故願いを聞き入れなかった」
「…あの方に惚れてしまったから。私などはあの方の傍にいてはならなかったのです」
「惚れたからよらなかった?
私はお前を忌み嫌われる対象としたりはしない。私の隣をお前の居場所にしよう。
けして片隅になど置いたりはしないと約束する。民に堂々と名乗れる立場を約束しよう」
それでも断固として動こうとはしなかったその女は、ついに力づくで王子の元に連れて行かれた。
「わからないのか?時期王となる私の隣が、どれほどまでに居心地いいものか」
「……」
「では一度味わってみろ。すればもう抜け出せなくなるであろう」
床を見つめたままだった女はすいと王子に顔を向けた。
今度ははっきりと月夜の静けさと、冷淡さを湛えたその瞳で王子を見つめる。
国一の美女にただ一途に見つめられる優越感に浸っている王子に向って、女は言った。
「あなたはまだ王子なのでしょう」
「だが次の三日月の夜には王となる。もう7日とない」
「私はこの国を滅ぼすことはしない。まだ王子なら。
あなたが本当にこの国を考えているというなら運がよかったというのでしょう。
あなたの命、それだけで充分だ。
あなたが縛ってまで欲しがった私、
今度は私があなたを縛って、地獄までお供いたしましょう」
王子は殺された。
残ったのは恍惚を連れる美女と握られ血に濡れた大鎌。
目を見張り、立ち竦む侍女や兵士、下級の者たちに女は言った。
「いつか私を女神のようだと言った王はどれほど前の人だったでしょう。
これでもあなたたちには、私が女神に見えますか?
死神が美しくないと、誰が決めたのでしょう。
醜い美しいなど、見かけではわからぬことばかり……」