第3陣 「1回裏 その2」
タイタンズの黛薫が放った3球目、古瀬彦一はそれを逃さず振り抜いた。打球はぐんぐんとレフトスタンドへ吸い込まれる。先頭打者ホームランだ。古瀬はゆっくりとグラウンドを一周し、ホームベースを踏み、ドリーマーズが1点先制する。
それでも、黛の顔に一点の曇りもなかった。リリースの時点でなんとなく打たれるのは確信していた。むしろ、一本打たれておくことで、自分の気持ちもリセットされると思う。ずるずる炎上することはないし、それ以上の得点は、少なくとも自分が登板している間は献上することは絶対にない。いわゆるスイッチが入る一発だった。残りを抑えていけば、あとは、頼もしいバッターが返してくれるだけだ。子島もそれはなんとなくわかるはずだ。そう確信し、気持ちを入れ直して、次のバッターと相対す。
ドリーマーズの2番は清川類須、日本人とアメリカ人のハーフで、右投げ左打ち、打率も公式戦では2割6分1厘、バントも難なくこなすだけでなく、ホームランも今シーズンでは20発放つなど、ダイナミックからスモールベースボールまでこなす。勿論、守備にも定評のあるゴールデングラブ賞3回受賞の二塁手だ。
黛は初球、清川の足元に向けて、フォーシームを投じる。咄嗟に清川はよけて、判定もボール。まずは内角を意識させることが必須。思惑通りの球だ。続けて2球目、今度は内角高めにチェンジアップ。これもボールとなる。そして、続けて3球目、外角低めにフォークを投じ、清川の空振りを誘発させる。これで2ボール1ストライク。ここで、ようやく子島のサインを確認する。人差し指と中指、連続してフォークを投げろというのだな、と黛は理解する。古瀬のときは無視してしまったし、ここは従うとするかとコースのど真ん中にフォークを投じる。ボールは清川の手元で綺麗に落下し、バットに何とか当てるも、一塁線に転がる。しかし、そのボールはファールゾーンに転がって、ファウル。これで並行カウントとなる。
さて、そろそろ・・・。
黛は清川に対する5球目、今度は真ん中よりやや内寄りに向かって、フォーシームを投じる。清川のホットゾーンとしては、外角と真ん中低めに率を残すのはわかっていた。だから、フォーシームを高めに投じれば・・・、
清川はバットを出すも、そこにボールは掠りもせずに空を切る。まずは、空振り三振。1アウト。
続いて、3番、右投げ右打ちの強力なドリーマーズの和製大砲、芳野弥次郎、2割9分3厘、34発の本塁打と出塁率と長打率を合わせたOPS(On-base Plus Slugging)が1を超える規格外のバッターである。前回の日本シリーズ第1戦の時は、黛の前に4打数ノーヒットで終えてしまうも、交流戦のときはかなり球数を重ねて四球を獲得するなど、そこまで得意というわけではないが、黛にとっては苦手意識は特になかった。
最初のボールをどうするか、まずは見せ球として、あやつを見せるとするか。
芳野に投じた第1球、外角低めに逃げるスラッター、いわゆるカットボールとスライダーの複合体を投じた。芳野は見逃すも、判定はストライク。ここからはクリーンナップ、球数はある程度嵩んでいく。無理に置きに行ってしまうと、長打を許してしまう。慎重に、そして低めに。
芳野はローボールをあんまり得意としていないが、高め近辺のボールに対する選球眼とコンタクト率はずば抜けており、シーズンでもその球を見極めて、自在にバットコントロールを操り、殊勲打を放ち、ドリーマーズの勝利に直結した試合が数試合もあった。得点圏打率も4割2分1厘と、かなり勝負強いが、なかなか敬遠できない事情がある。それが、後ろにいる4番ガスリーンの存在だ。打率、本塁打、打点いずれもリーグトップの三冠王を記録した最強のバッターが後ろに控えている。故に、なかなか敬遠しがたい存在である。
そうは言えども、ここは1アウトランナーなし。その時の芳野はそれほど怖くはない。塁を賑わせて迎えるなら話は別だが、平常時なら、落ち着いてコースを間違えなければ問題ないと黛は踏んでいた。ただ、棒球になってしまえば、当然振り抜くので、それなりの配球組み立ては必要不可欠となる。
ここまでの球数は次で10球、ガスリーンとの勝負がカギとなるので、ここはひとまず詰まらせていきたい。勿論、あらゆる展開が可能性として起こりうるが、恐らくアウトローにもう一球スラッターを投げ込めば、少なくとも得点圏には進塁できないはずだ。と瞬時に考え、初球と同じコース、球種でもう一球投じる。芳野は、これを捉え、一塁方向に向かうも、打球の勢いは弱く、タイタンズの一塁手である村木八朗のグラブに収まり、そのままファーストベースを踏む。芳野も懸命に走るものの、僅かに村木のほうが上回り、2アウトとなる。
そして、タイタンズのエースの黛とドリーマーズ、いや、歴代のセ・リーグのなかでもレジェンドの部類に属しているガスリーンの対決が始まる・・・・・