第1陣 「1回表」
打順が一巡しましたら、スタメンやベンチ入りの選手などをあらすじに追記します、ひととおり登場するまでは、シークレットにしておきたいので、それまでどうぞお待ちを。
2222年の日本シリーズは、セントラル・リーグ覇者の松山昭大ドリーマーズとパシフィック・リーグ覇者の静岡ヨスガノタイタンズが、それぞれ3勝3敗と互いに一歩も譲らぬ様相で第7戦まで縺れ込んだ。これは、その第7戦の模様を生中継さながらの臨場感でお伝えする。
松山昭大ドリーマーズの本拠地、松山坊っちゃんフィールドにて行われる日本シリーズ第7戦、3万5421人が球場でこの試合の結果を見つめようとある者は固唾を飲んで見守り、ある者はビールを片手に陽気になりながら試合開始を待ち望み、またある者は今シーズンの選手の結果を名鑑やスマートフォンで眺めながら、今回の第6戦までの試合の運びと選手それぞれの調子などを投手ならば球数や球種、投球フォーム、野手ならばスイングや守備の動き等から見極めている通など、さまざまな層が介在していた。
勿論、球場に駆けつけられなかった両チームもとい、すべての野球ファン、また一般の層もこの第7戦の結果を注目していた。それもそのはず、ドリーマーズもタイタンズも2208年のプロ野球再編で新規参入した球団であり、それぞれ足掛け14年で初のリーグ優勝、そしてクライマックス・シリーズでも順当に勝ち進んで、見事日本シリーズ進出の切符を掴んだという事実からしても注目度が高かった。
松山昭大ドリーマーズは、2208年、四国アイランドリーグneoからプロ野球球団へ昇格。2132年創業の昭大という古びたもの・サービスをレストアさせて22世紀や23世紀、あるいはそれ以降の時代でも順応できるようなシステムを構築している企業が、客足がやや遠のいた四国アイランドリーグαを変革すべく、2189年に当時の愛媛マンダリンパイレーツを一新させて生まれたチームであり、それからは旧来の手法と近未来的手段を併用しながらあの手この手でチームを、そして球場を、そして魅力を持たせるようなコンテンツを地元の松山、そして全世界に発信させていった結果、存在感は徐々に強まっていき、2208年のプロ野球再編問題の際に新規参入の球団の条件として挙げられた地元密着、独立リーグにおいて直近3年で2度の優勝、資金力などの条件をクリアして参入。参入以降は下位に低迷していたが、2220年に補強した助っ人のガスリーンとヴェルサスの活躍などで上位常連となり、今年は2位に14.5ゲーム差をつけるぶっちぎりの強さでリーグ優勝を手にした。
一方の静岡ヨスガノタイタンズもまた、2208年の再編でパシフィック・リーグに加入した新規球団。「静岡に新球団を!」のもとに、2158年創業のヨスガノという現世と来世のコミュニケーションサービス企業が手を挙げて、いくつかのプロセスを経て、晴れてNPBに認められ、2209年シーズンから参入。2213年のドラフト1位、黛薫という唯一無二のエースと4番の大砲、村木八朗の活躍により、2222年シーズンは他球団の追随をなんとか140試合目で振り切り、待望のパシフィック・リーグ初優勝を手にした。
今回の日本シリーズの規定はこの第7戦までが延長12回で終了、予告先発は設けず、出場有資格者選手は40人、そしてベンチ入りの選手は25人とこのあたりは旧来と相違はない。ただ試合終盤の8回以降にベンチ入りしていない有資格者を1人だけ起用するというルールが設けられてるということ以外は。
予告先発は明示しない方針ではあるが第7戦ということもあり、どの投手が先発するかは予想できた。タイタンズの先発は第6戦の登板予定だった黛がスライドして第7戦に起用される見込みというのは、多くのスポーツ紙や球団の公式SNSなどで把握されていた。3勝2敗で迎えて敵地で早く胴上げするためには、第6戦に黛を起用するのが近道であることは予想できたにも関わらず、タイタンズの石澤監督はこれを嫌い、興行的にも試合展開からしてももっと注目されるよう、ブルペンデーで主力の中継ぎや抑えまでも温存させ、試合の結果もドリーマーズの一方的な展開となり、3勝3敗となった。
このことで石澤監督をはじめ首脳陣に苦言を呈すファンや解説者も多かったが、一方で相手投手のエース、片原到を第1戦でなんとか打ち崩せたとは言え、2点しかとれず、黛との緊迫の投手戦となった背景や、3勝2敗という条件からしても、第6戦で再び片原と投げ合うというのは、黛や中継ぎ陣にも大きな負担がかかってくることを見越した首脳陣が第6戦を勝ち継投でない面々で乗り切りつつ、相手の特徴をより掴むために第6戦を捨ててしまうのは致し方ないという見解も少なくはなかった。
一方でドリーマーズは第6戦に勝利したこともあり、なおかつ地元での応援を受けられることもあり、なんとしてでも胴上げをという機運が高まっていた。たとえ、ここまで打ち崩せなかった黛といえど、声援の力やホームの地の利を借りて攻略していこうという選手も数多くいた。ただ気掛かりなのはその第7戦の先発だ。
本来であれば、第2戦に先発し、勝利投手となった水巻陽を先発させる予定だったが、思うように肘の調子がおかしくなってしまったらしく、惨事にならぬように回避させ、替わりに第3戦に先発したヴェルサスを中4日で登板させる流れとなった。ヴェルサスは前回の登板で6回2失点の球数93球で終えているので、黛から4点とれれば、日本一もしっかりと視界に入ってくるという予測を立てているが、既にシーズンで3000球を超える投球をしているだけに、疲労度も高まっており、ポストシーズンに入ってからは要所こそ抑えてはいるものの、被安打も死球もやや多くなっている傾向にあり、畳み掛けられたら一巻の終わりと認識されても仕方ない面もあった。それでも、現状の先発だと片原、水巻に次ぐのはヴェルサスしかおらず、首脳陣も頭を悩ませながら、試合開始2時間半前にようやく起用を決めた経緯があった。
天候は晴れ、台風接近などの自然災害もなく、無事に国歌斉唱や各種セレモニーなどを終え、11月10日18時半にプレイボール。
1回表、タイタンズの攻撃は、1番センター東山照葉、右投げ左打ちの東山は今季、公式戦136試合に出場し、打率は3割4分1厘、不動のリードオブマンとして牽引する、プロ4年目の走攻守揃った容姿端麗な選手だ。しかし、見かけとは裏腹に相手の裏をつく打球や走塁を行うことからしても結果関係なく、あまりそこまで人気は出てこないという選手でもあった。ポストシーズンでは2本のホームランを放つほか、二盗だけでなく、三盗も一度決めているなどその好調さをキープしている。
対するのは、ドリーマーズ先発のヴェルサス、11勝9敗、防御率3.61という今シーズンの成績、2219年オフ、3Aから獲得した選手で、最初は単年契約であったが、2220年シーズンは16勝7敗の活躍を見せ、新たに2年契約を結んだ助っ人だ。今季は勝ち星こそ恵まれなかったが196イニング投げ、リリーフ陣を休ませることに貢献した。左腕から繰り出される最速157kmのフォーシームとフォーク、チェンジアップ、スライダーを巧みに使い、ストライク先行のピッチングを貫く。ただ登板間隔が狭まっていることからしても、その疲労は隠せない部分も出てくるようになっているそうだが、今回は果たしてどうか。
まずは第1球、真ん中低めにずっしりと重いストレートを投げ込む。東山は見送るもストライクとの判定が下される。154kmの球速からしても悪くはない、東山はそう感じ、バッターボックスを一旦外れて軽く素振りをし、間合いを取る。
バッターボックスに戻った途端、ヴェルサスは再び投球モーションに入る。そして2球目、今度は外角高めにチェンジアップ、東山はこれをファウルにして追い込み、そして追い込まれる。3球目はフォークを投げるもしっかりと見極めて1ボール2ストライク。そして、4球目、内角高めにストレートを投げ込み、東山はそれを見逃す。だが、ストライクの判定により、東山は凡退する。粘ることの多い東山だが第1打席はそんなに粘らず淡々と終わる傾向にある。今回も例外なくそのような形となった。
1アウトをとってから次にヴェルサスが対するのは2番セカンド新木彪流、右投げ右打ち。今季は128試合に出場、シーズン当初は守備固めの起用に甘んじるも、試しに代打に出したところ、ヒットを放ったり、フォアボールを勝ち取ったりなど、勝負強さが際立っており、それを観察していたタイタンズの野塚監督はシーズンの中盤から2番に起用、進塁打やバントだけでなく、三塁打やホームランを放つこともあるなど、さまざまな攻撃を放つ嫌らしいバッターである。プロ3年目でようやく一軍の試合に出場しただけでなく、新人王の筆頭にも名を連ねている。ただポストシーズンに関しては3安打2四死球しか塁に出ておらず、不振が心配されるが野塚監督は「必要な選手」と見なしており、ずっと2番で起用している。
ヴェルサスは東山と同じくまずはストレート、しかしインローに入れて新木からまず空振りを奪う。2球目の外角低めのスライダーは見極められるが、3球目の外角低めのボールは空振りを奪ったことから、ではあのボールで、と思い4球目を投げ込む。今年から覚えたシンカーを真ん中低めに、新木はそれにしっかりと反応するも、打球はすぐにヴェルサスのミットに入り、一塁に難なく送球されて2アウトとなる。
ここまではいい、しかし、ここからとヴェルサスは引き締めた。
バッターボックスに入った3番バッターがこの日本シリーズにおいて1番苦手としているバッター、尾畑秀太だ。とにかく人のいないところに打球を飛ばすのが趣味だという尾畑の今シーズンの成績は3割3分2厘、またショートという守備位置から三遊間、二遊間に抜けるボールを難なくファインプレーしたり、外野の前に落ちそうな打球を好捕したりと、懸命に賢明な判断を持ってプレーしている姿は1番の東山とは対照的にファンからの人気は高く、加えて今年はキャリアハイの成績も重なって、国内の有識者だけでなく、海外からも注目されるようになっている逸材だ。
ヴェルサスに対しては、交流戦でも1本のホームランを含め3安打、今回のシリーズでも第3戦で先制アーチを含め、2安打を放ち、完全に苦手意識を与えている戦績だ。それ故にヴェルサスは申告敬遠したい気持ちに駆られるが、次がパシフィック・リーグのホームラン王、村木八朗なのでここは勝負するしかない。
第1球、低めに貫くシンカーをヴェルサスは投げたつもりだったが、すっぽ抜けてど真ん中近くにやってきた。尾畑"しめた"と思い、振り抜いた打球は一塁線に向かう。しかし、ベースの手前で線からはみ出てファウルボールとなり、やや悔しがる尾畑、一方で安堵の表情を隠せないヴェルサス。
少し落ち着いたところで、ドリーマーズファンが集う右翼席を中心に割れんばかりの拍手が贈られる。ヴェルサスはそれで再び気を引き締めて第2球を投じる。しかし、きょうはそこまでフォークが上手く決まらない。バッターボックスの手前で大きくバウンドしこれでワンエンドワン。フォーシームしか道はないか・・・と悟り、冷静にインハイにストレートを投じる。尾畑はのけ反る姿勢を見せたものの、ギリギリに入り、2ストライク。なんとか追い込み、そして追い込まれる。
そして迎えた4球目、アウトハイのスライダーはしっかりと見極められてボール、平行カウントに再び戻る。
5球目、ヴェルサスは何度も悩み、キャッチャーのサインに首を何回か振って投じた球、真ん中低めのチェンジアップ。尾畑はしっかりと振り抜き、打球はセンター後方へ。
ドリーマーズのセンター、香焼惣次郎は、全速力で落下点まで走って、身体ごと打球に追いつくことは難しいと判断、なんとかミットを伸ばして掴もうと試みる。そして打球はミットの上に落ちるも弾かれる。弾いたボールは少し宙を舞い、再度グラウンドに落下しようとしていた。香焼はその落下点を瞬時に察知し、改めて捕球態勢に入る。そして、ミットのなかでボールは身動きを取れないようにがっちりと掴んだ。観衆はどよめき、3アウトチェンジが告げられ、攻守は入れ替わる。
1回表、タイタンズは三者凡退、これからドリーマーズの攻撃へと移る。