ゴミとゴミ
■ ■ ■
『ありがとうございましたああああ!』
飛んでいく空戦機を大声で見送りながら三人で頭を下げる。これは客を見送る時の恒例行事。頭を上げたサクミが彼女にしては珍しいほどの清々しさで顔を綻ばせる。
「いやあ、いい仕事したナア」
……いい仕事ねえ。
伝票を受け取った時の紳士の青ざめた表情が脳裏に浮かんだ。
あの手のタイプは支払いを渋ることを恥だと考えているから文句も無く払ってはくれた。しかし、果たして相場の何倍をふっかけたのか。喜びが隠しきれなくて溢れまくっている長女の笑顔を見ながら、リュートはあの中年紳士に同情を禁じえなかった。
もちろん整備自体は手を抜かず行ったので機体の性能は飛躍的に上がっているはずだ。特に操作系統はかなり改善されていて、今頃は空の上で実感している頃だろう。
それでもあの男がリピーターとなってくれるかは難しいところだなと思う。
リュートは背後を見上げる。工房の入り口、その上にかかっている真新しい看板。
――「TRASH & TRASH」。
略してトラトラ。リュート達三人が営む整備屋の名前だ。
何度見返しても、酷い名前だな、と思う。『ゴミ(TRASH)とゴミ(TRASH)』、整備屋としてあるまじきネーミング。ゴミに大切な愛機を整備させるなんて不吉極まりない。
命名する際リュートは猛反対したのだが、長女の一存で決まってしまった。
「ゴミなんて、いかにも親を持たない私達らしいじゃないか」と鼻息荒く宣言していたサクミの顔を思い出す。
今でこそ、
――「不要な部分(TRASH)」を「廃棄(TRASH)」する、つまり「完全になる」――
なんて宣伝文句もあるにはあるが、それこそ完全な後付けでしかない。
この名前のせいか、開業したての頃は客が全く来なかった。ここから遠く離れた最寄りの街まで営業に出かけ、小さな仕事をコツコツこなして名を売り、こうやって食べていけるようになったのはつい最近。
客の数自体は少ないが、リピーター率が高いことでなんとか成り立っている。
それもこれも姉二人の技術が飛び抜けているからだ。空戦機を弄らせたら右に出る者はいないサクミと、その豊富な知識と卓越したサイバースキルで長女をフォローするジル。
リュートは自分も早く二人に追いつきたいと思う。今のままでは二人の助手――いや良くて二人のペット扱いだ。一人前になれば二人に虐げられることもなくなる……はずだ。
そして、そうなることこそが育ての親に対する恩返しになる気がしていた。
――そうだ。それが今の俺の夢なんだ。
夢という言葉を使った瞬間、ちくりと胸が痛んだ気がした。
――そういえば、自分にはもうひとつ大事な夢があった、はずだ。
だけど、それは絶対に叶うことのない夢。
挑むことさえ許されなかった苦い記憶。
記憶の片隅で、懐かしい少女の顔がもの悲し気に微笑んだ気がした。




