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約束の空に君を乗せて  作者: 御堂寺 祐司
第四章 『The promised sky, You ride with me.』
32/33

約束の空

     ■  ■  ■


「行くぞ」


「…………うん」


 アルスヴィースの後席へエレナを座らせ、前席に腰かけたリュートは残された左手で操縦桿を握る。


 操縦桿とスロットルレバーを交互に操作し、時には両足で操縦桿を挟みこむようにして操舵を行いながらイシュムから飛び立った。


 アルスヴィースの装甲は突入時に無茶をしたせいで既にボロボロになっていたが、それでもなんとか地表への軟着陸ぐらいは行えそうだった。


 ふらつきそうになる機体を宥めながら、揚力を得られるギリギリの速度で空を飛ぶ。


 夜はすでに明け初めていて、遠く山々の上に浮かぶ雲はその下側を赤銅色に染め始めていた。うっすらと焼ける空は清らかな曙光に満ち、なだらかな稜線が黄金色に縁取られている。


「綺麗だね」


「ああ」


 後席のシートに身体を預けるようにして、エレナは空を眺める。


「……あのね、全部思い出したよ」


 どこか清々しさすら感じさせる声音に、リュートは顔だけで背後を振り返る。陽の光を浴びて輝く少女の微笑み。その横顔はどこか大人びて見えた。


 今自分が話しているのは共に笑いあった幼馴染なのだろうか。それとも、この地で短い時間を一緒に過ごした無邪気な少女なのだろうか。


 リュートは少しだけ悩み、すぐに考えることを止めた。違うのは記憶の有無だけ。どちらもエレナ本人であることに違いはないのだから。


「ごめんなさい」


「何がだよ?」 


「私ね、本当はもう諦めてた。リュー君にはもう会えないんだって、ずっと思ってた。それでも、リュー君に会いたい、会えるんだって言い続けなきゃ生きていられなかった」


 呟くようなエレナの声は、色彩を深める空へと儚く溶けていく。


 エレナは寂し気に微笑み―――


 そして。


 リュートは待ち受けている運命を悟った。


「……俺こそ、ごめん」


 リュートは操縦桿を強く握り締めた。


「本当はすぐに会いにいくべきだったんだ」


「ううん。そんなことないよ。だって―――」


 エレナは言葉を途中で切ると、眼前に広がる空へと視線を注いだ。

 横合いから昇り始めた太陽が、その眩いばかりの陽光をもってエレナの顔を照らしだす。


「見て。綺麗な夕焼けだよ」


「エレナ? 今は――」


「ううん。――だって、あの時見た時とおんなじ空だよ」


 リュートも空を見つめた。確かに同じだった。

 燃えるような空に滲むように広がる赤光も。下腹を赤く染めながら揺蕩うちぎれ雲も。


 あの時となにひとつ変わらない。



 ――約束の空。



 茜色に染まる空の下で、二人は約束を交わした。



「リュー君は、やっぱり約束を守ってくれたね」


 今、二人の目の前には、夕焼けの空が広がっていた。


 故郷の村の外れ、広がる草原の中で、少年と少女が向き合って立っている。


 

 少年が言う。


「僕はパイロットになるよ。その時は、後ろに君を乗せてあげる」

 

 少女が笑う。


「うん! 約束だよ、リュー君!」

「うん! 約束だ、エレナ!」


 二人の小指が絡まり合った。


 指先に感じる互いの感触。その僅かな温もりが切ないくらいに愛おしかった。



 少女が笑う。頬を染めて。


「リュー君、大好きだよ」


 少年も応える。


「僕も」


 二人は笑った。


 笑って。


 泣いていた。



 少女は満足そうに頷くと指を離し、そして目を細めて、言った。



「ありがとう」



 景色は消え去り、空には朝日が昇る。


 眩い光を浴びて、少女は静かに瞳を閉じていた。


 その顔には笑顔が浮かんでいる。子供らしい無邪気な笑顔だった。


「エレナ」


 リュートは頬を流れていく涙を拭うこともせず、空をまっすぐに見つめていた。


 空はどこまでも雄大に広がり、少年と少女をその中に抱く。


 アルスヴィースは地に降り立つことを拒むかのように、

 ゆっくりといつまでも、空を旋回していた。



ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、感想や評価を頂けると嬉しいです。

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