義姉弟の関係
リュートがエレナの後ろ姿を呆然と見送っていた同時刻。
母屋のリビングでは、サクミとジルの二人がぼんやりとした表情を浮かべながら、テーブルについていた。
ジルは皿の上に盛られたドーナツをゆっくりと口に運び、サクミは頬杖をつきながら手持ちぶさたそうに自身のポニーテールの端をくりくりと弄っている。
今日は仕事の依頼が一件も入っていないため、やることが無い。
トラトラでは決して珍しい光景では無かったが、今日はいつにも増して退廃的な空気が漂っていた。その主な原因が目の前の長女にあることを理解し、ジルは溜息を吐きながら尋ねる。
「ねえ、サク姉?」
「……ん―? なんだヨ?」
覇気の感じられない返事。完全に心ここにあらずといった様子だ。
もう一度溜息。
「……いいかげん、末弟君とのこと、ハッキリしたらどうなんです?」
「は、はああ!? なんだヨ突然! だからあれは酔った勢いだったんだって言ってんだロ!? 酔っぱらってちょっとムラムラしちまっただけなんだっテ!」
サクミの言い分に対して、ジルは胡乱な視線を向けることで意思を示した。今更そんな言葉を信じるつもりはない。なによりも必死に弁明しようとするその姿が雄弁に物語っている。
サクミとリュートの関係は以前と何も変わっていないように見える。それはあの押し倒し事件の翌朝に、サクミの方から
「あれは酔ったせいダ。だから忘れロ」
と顔を真っ赤にしながら迫って、リュートに有無を言わさず了承させたからだ。
リュートとしても一緒に暮らす義姉と気まずくはなりたくなかったので、ありがたい申し出だった。
しかし、表面上は変わらないように見えても、何もかも同じようにはいかない。一線を超えようとしたのだから当然と言えば当然で、二人の間に妙なよそよそしさが流れていることにジルは気が付いていた。
ジルはそれが気に入らない。面白くない。それもサクミの方がより気にしているように見える。時折後悔するように溜息を吐いている回数はサクミの方が圧倒的に多いのだ。その点もジルにしてみれば面白くなかった。
ジルは長女のことを敬愛している。
整備士としての技術もさることながら、ポジティブさだったり、気丈さだったり、その不器用さも含めて愛おしいと思う。
「……まあ、サク姉が意外と乙女だってことは重々承知してましたけどね」
「な、なんだヨ! どういう意味だヨそれ!」
「とにかく、そんな風にウジウジ悩んでいるのはサク姉らしくないって言ってるんですよ。姉弟の関係に戻るなり、アプローチをかけるなり、ハッキリさせてくださいね」
「……分かったヨ」
サクミが口を尖らせながら頷く。今の発言はリュートに対して抱いている感情を暗に認めることになるのだが、もう無理して否定しようとはしなかった。
「……なア」
「なんです?」
「リュートのやつとエレナって、本当に初対面なのかナ?」
「? どういうことです?」
「いやあ、なんとなくなんだけどサ。初めて会った時から妙に親しいっていうカ、なんか距離感が近いって言うカ……」
「まあ、確かに人見知りをする末弟君にしてはすぐに仲良くなりましたよね。でも、それはやっぱりあれじゃないですか? 末弟君がロリコン――」
「私は真面目に聞いてんだヨ」
ギロリと睨まれジルは言葉を切る。リュートの様子を見ている限りわりと本気でありえるんじゃ――という言葉は強引に飲み込んでおく。
「私は特に何も感じなかったですけどね」
「そっかあ?」
豊かな胸を机に乗せ、腕を伸ばすようにしてつっぷす姉の姿をジルは呆れたように眺めた。再び室内に満ちる怠惰な空気。それを打ち払ったのは、唐突に鳴り響いたインターホンだった。
「はーい!」
来訪者に対してジルが返事を返し、そして暫く待つ。いつも訪問客を出迎えるのはリュートの役目となっていた。そう決めているわけではないが姉二人が面倒くさがるので結局リュートが出ることになる。その末弟の気配が無いことを察し、愚痴る。
「ちっ、いやがらねえんですか」
渋々といった様子で玄関に向かい、ドアノブを握る。警戒も無く開けた扉の先には。
厚手のトレンチコートを羽織った見知らぬ男性が立っていた。
頬のこけた不健康そうな顔立ちで、小柄なジルのことを見下ろしている。
「……えっと、どちらさま、です?」
向けられた怪訝な視線に、男は薄い微笑みを返し、帽子を取って軽く頭を下げた。
「こんにちは。空戦機の整備をお願いしたいと思いまして」




