商業都市『エルサージ』
整備屋『TRASH & TRASH』は商売をするには良い立地にあるとは言えない。
在するのは、ナスル皇国領サラウム地方にある商業都市『エルサージ』――
同地方における商業の中心地として栄えてはいるものの、辺境として知られるサラウム地方だ。住んでいる住民も流れる物流の量も、一般的な大都市とは比較することすら憚られるほどの規模。
『TRASH & TRASH』はそのエルサージでもさらに郊外、周囲に広がる原生林との境にポツンと居を構える。
当然のごとく人通りは少なく、それはそのまま集客力の少なさへと直結する。それでもなんとか生計を立てていられるのはサクミ達の持つ技術が高く、その点を評価する一部のリピーター客が足しげく通ってくれるからだ。
しかし商売とは別の理由でも、この工房兼住居には不便な点がある。
食料や日用品など生活に必要なものを購入するためには、エルサージの中心地まで出向かなければいけないのだ。車をめいっぱい飛ばして約30分ほど。遠くは無いが気軽に行ける距離でもない。
そんな貴重な買出しの機会に、街を訪れたのは大小ふたつのシルエット――
「うわあ! すごいねえ!」
エレナはエルサージの中心部に着くなり歓声を上げた。
整然と石畳で舗装された清潔な街の中を、金髪を弾ませながら駆けていく。
街を東西に貫くメインストリート沿いには、煉瓦造りの大小様々な店舗や集合住宅が並び、その隙間を埋めるように小さな露店もチラホラと見受けられる。
電子化が進む現代ではもはや珍しくなりつつある、古き良き時代の名残を残した石造りの街並み。この、時代に取り残されたような景観がリュートは好きだった。
――しかし。
「ちょっと、リュート聞いてるの?」
「……聞い、てる……よ……」
はしゃぐエレナとは真逆のどこかぐったりとした表情。リュートの足取りは重く、頭上からそそぐ陽光にジリジリと焼かれ大量の汗を滴らせながら、がっくり肩を下ろしている。すでに疲労困憊といった様相だ。
「ねえ、聞いてもいい?」
「……どうぞ」
「なんで車で来なかったの? 倉庫にお車あったよね?」
予想していた通りの質問にリュートは更に深く首をうなだれた。
答えは簡単。車の運転が出来ないからだ。しかし何故運転が出来ないのかと追及されると、少々困ってしまう理由がリュートにはあった。
「ええっと……ほら、さいきんFTSばかりやってたからな。運動不足解消のためだよ」
かなり強引な答えではあったが、エレナも別にそれほどの興味があったわけではないのか、「ふーん」と軽く呟くだけで、すぐに道沿いに建ち並ぶ商店へと視線を移した。
「ねえ、あのお店は何を売ってるの!?」「見て見て! 道路でも食べ物を売ってる!」「大きな建物がいっぱい!」「こ、これがこんくりーとじゃんぐるってやつなんだね!」
瞳を輝かせ、物珍しいものを見つける度に黄色い声を上げる少女。
工房から延々、同じ距離を歩いてきたはずなのだが、この差はなんなのか。ほんとうに子供の体力は侮れない、とリュートは頬を引き攣らせる。
それと同時に思い浮かべるのは故郷の寒村の風景だ。ひょっとしたらこの少女もそんな場所で育ったのかもしれない。だとすればこの街並みに驚き興奮するのも無理はない。
かつての自分がそうであったことを思い出し、苦笑する。
「おい、あんまり遠くに行くなよ。迷子になるぞ」
「ぶうう。そんなに子供じゃありませんよーだ!」
いや、そうやって頬を膨らませている時点で子供なのでは――と思いつつも口にはしない。
「で、まずどこに行くの?」
「まずは日用品と仕事で使う工具類の補充からだな。……ほれ」
「うん?」
リュートが差し出した手を、エレナがきょとんとした表情で見上げた。
「はぐれないように手をつなぐぞ」
「もう、だからそんな子供じゃないって――」
「じゃあ、俺が迷子にならないように握っていてくれませんか、お姉様?」
「うん! それならいいよ!」
満足気に手を握るエレナを苦笑交じりに眺める。
どんどんと先に進もうとするエレナに引っ張られながらリュートは歩き出した。




