婚約破棄とはどういう事でしょうか。
この状況をどのように説明したら良いのでしょう。
皆様、初めまして。
クルーツ国ハレスト侯爵家アリーヤ・ハレストでございます。
本日は、国王陛下の生誕祭を記念したパーティーに出席しておりました。ところが、これはどういうことでしょう。
「聞いているのか! アリーヤ!」
「もちろんです、王太子殿下」
私の名前を呼び捨てにした、こちらの方はクルーツ国の王太子殿下。
「貴様は、我が愛しのユリーナに嫌がらせをし、あまつさえ亡き者にしようとした! よって、アリーヤ、貴様との婚約を破棄し国外追放にする!」
と、言っておられるのですよ。
何を言いたいのかさっぱり分かりませんが、いくつか聞き入れられない言葉がありました。
ちらりと、国王陛下を見れば真っ青な顔で震えていらっしゃる。大丈夫ですのに。国王陛下に罪はありません。ただ、なぜ王太子殿下がこのような勘違いを起こしたのかわかりませんね。
というか、我が愛しのとか王太子殿下、イタイです。
隣にいる方がユリーナ様でしょうか。可愛い顔立ちをしていらっしゃいますが殿下の陰に隠れてニヤニヤと笑っているのが見えました。
「ライナーさまぁ。わたしぃ、怖かったですぅー」
演技するなら、もう少ししっかりしないとバレてしまいますよ。
周りの皆様も呆れたような視線を2人に送っておられます。王太子殿下とユリーナ様はそんな、視線に気づきもせずまだ茶番を続けていらっしゃいます。
「王太子殿下、私がユリーナ様に嫌がらせをしたという証拠はどこに? 証拠が無ければ私を裁くことなど出来ません」
「はっ! 証拠などユリーナがそう言ったから、そうなのだろう。いい加減、罪を認めろ!」
恋は盲目とは言うけれど、度がすぎれば害悪としかならないのですね。それに、ありもしない罪に証拠とも言えない証拠。本当に、これがこの国の王太子なんてため息がでます。
「ありもしない罪を認めろなんて、横暴にも程があります。まず、私はユリーナ様とは初めてお会いしました。それなのにどうやって、ユリーナ様に嫌がらせをするのでしょう?」
杜撰すぎですね。
わたしだったら、もう少し計画を練ってから行いますし、こんなめでたい席で行いません。
「っ! いいから、認めろ!」
突然、王太子殿下に突き飛ばされてしまいました。
逃げる暇もなく、地面に倒れ込んでしまいました。ああ、彼が来てしまう前に全て済ませたかったのに。
「大丈夫? 私のアリーヤ」
やっぱり、来てしまいました。床には魔法陣が浮かび上がり、中心から銀髪の男の人が出てきます。私にとっては見慣れた光景ですけど、他の皆さんは驚いています。
「ねぇ、私のアリーヤ。これは、どういうことかな?」
「ブライアン、見ていたのでしょう?」
分かっているでしょう、と言えば彼は笑みを深め私の目じりにキスをします。
「久しぶりですね、クルーツ国王」
「あ、あぁ。貴殿も変わりないようで」
だから、大丈夫ですって、国王陛下は。
皆さん、唖然としていますが有名人ですよ彼。
「ブライアン、あの王太子殿下に説明していただけない?」
「もちろんだよ、アリーヤ」
彼は、私に向けていた笑顔をしまうと瞳に冷たい色をやどし王太子殿下に向き直りました。
「初めてではないが、お前は私の事を覚えていないのだろう? 私は、メセリア皇国皇帝、ブライアン・イーノ・メセレイア。彼女、アリーヤ・ハレストの婚約者だ」
彼が名乗りを上げるとあたりは騒がしくなりました。だって彼、残虐王とか魔王とか色々言われてますものね。
本当は、とっても優しくて紳士ですのに。
「王太子殿下、私には婚約者がいますのに何故婚約破棄されなければならないのでしょう? それに、私は殿下の婚約者候補だったことはあっても婚約者になった覚え全くありませんわ」
「そうだよねぇ。アリーヤは私の婚約者だもん」
「なっ! 貴様は私の婚約者だと!」
「だから、アリーヤは私のだ。そもそも、求婚したのは私の方が先だ」
そうなんですよね。彼、若々しい見た目に反して30代なのですよ。ブライアンが私を見初めたのが10年前、彼が20代のとき。そのとき私は7歳でした。
魔力持ちは皆、老化が遅いと言われておりますがそのいい例ですね。
「そもそも、何様のつもり? 私のアリーヤを貴様呼ばわりして、婚約者扱い? 挙句には突き飛ばす。将来の皇后に何しようとしたんだ? これは、宣戦布告と受け取ってもいいんだよ」
目が、ブライアンの目が怖いです。笑ってるのに笑ってない。とっても、怒ってます。
「ブライアン、殺気を振りまかないでください。少しは、周囲に気を遣いましょう?」
「無理。アリーヤのお願いなら聞くけど、こいつらに気を遣うなんて無理」
即答。即答ですか!
「私は、気にしてないのでいいのです。それに、」
「あの、ブライアン様! 私ユリーナって言うんです!」
なんなんなのですか、この害虫。
私のブライアンの名を勝手に呼ばないで欲しいわ。
「ユリーナ様。婚約者がいる男性の名を呼ぶのはマナー違反だと習わなかったのかしら? それに、ブライアンはあなたに名を呼ばれることを許してないわよ」
ふふ、私久しぶりにキレたわ。
頑張って、お淑やかに振舞おうと決めていたのにこれでは台無しね。
「そうだよ。私は、許してない。というか、近づかないで貰えないかな」
「そんな......ひどい......」
ひどいなんてあなたが言えませんよ。
私は、冤罪で断罪されそうになったのですから。
泣き真似をしたって、誰も騙されません。
ああ、ひとりだけいました。
王太子殿下は、これだけ言われてまだその令嬢の肩を持つのですね。
さすがに、呆れてしまいます。ブライアンを見れば冷めた目で2人を見ています。もう、興味がないのでしょう。
「クルーツ国王。分かっていますよね? この事態を穏便に済ませたければ、私の指示に従っていただきたい」
「あぁ、息子を庇ったりはしない」
国王陛下の言葉に満足そうに頷くと、ブライアンは2人に対する罰を口にします。
「王太子は廃嫡。王族からも籍を抜け。そこの令嬢も平民になるから問題ないぞ、身分は。あとは、2人は婚姻を。アリーヤを貶めてまで結婚したかったのだろう?」
「えっ?」
何を驚いているの。これは、まだ甘い方じゃない。
不敬罪で処刑だってできるのに。
「連れて行け」
国王陛下が一言告げると、近衛が呆然とするお2人を連れていきました。
次期国王は第二王子がなることでしょう。元王太子と違いとても優秀だと聞いているのでこの国は将来安泰でしょうね。
「ブライアン、良かったの?」
「あぁ。あの娘は王太子という立場に固執していたからな。平民となった元王太子とどうなるか、面白いだろう?」
甘い罰だと思ったけれどあのお2人にとっては重い罰なのでしょう。相変わらず考えてることが真っ黒です。
「アリーヤ、何を考えているの?」
「な、なんでもないわ。それよりも、この状況をどうするの?」
「大丈夫。考えてある」
彼は、そう言うと未だに混乱している貴族の皆様に向き直った。
「皆、騒がせたな。ここで、一つ知らせておくことがある。私とアリーヤの結婚が決まった。今日から一ヶ月後のアリーヤの誕生日だ」
……え?
聞いてないですよ! 全く!
最近、忙しかったのは結婚式を早く挙げるためだったのですね。嬉しいサプライズですけど、先に知らせて欲しかったです。
「ほぉ、それはめでたい。ぜひ、結婚式には呼んでもらたいな」
「もちろんです、陛下。お待ちしておりますわ」
さすが、陛下。立ち直りが早いです。
慌てて答えれば、ブライアンから笑いを堪えてるような気配が伝わってきます。
「ところで、ブライアン。お仕事はどうしたのかしら?」
「え、えーと。ほら、アリーヤが危なかっただろう」
「終わってないのね?」
私が、不甲斐なかったせいなのだろうけど……。
それとこれとは話が別です。ブライアンには早く帝国に帰ってもらいましょう。
「お仕事終わっていないなら早く帰ってください」
「じゃあ、アリーヤも一緒に」
「嫌です。久しぶりに両親と会えるのですから、たまには親子の会話というものをしようと思いまして」
ニッコリ笑いながら告げれば、ガァーンと効果音がつきそうな程暗い顔をしてしまいました。けれど、これは甘いのです。
「どうせ、一ヶ月後には婚姻なのですからそれ以降はずっと一緒にいられるのでしょう? それに、私はお仕事をしてるブライアンの方が好きよ?」
そう告げれば見る見る間にブライアンの顔が緩んでいきます。あのですね、ここは国王陛下の誕生記念パーティーでたくさんの人が見ているんですよ。他の貴族の方はブライアンのこんな表情を見たことがないのでしょう。いつもは冷たい氷のような表情をしていますものね。
「じゃあ、私は帝国に戻るよ。早くアリーヤに会えるように頑張るから、待っててね」
「もちろんよ。楽しみにしてるわ」
ブライアンは来た時と同様に魔法陣の中に消えていきました。やっぱり、転移は便利ですよね。魔法陣を描けないと使えませんが。
その後のパーティーはつつがなく終了しました。
そうそう、元王太子殿下のライナー様ですが私を婚約者だと思い込んでいたのはとある貴族の方々に教えられたからと仰られていたそうです。その方々は、元王太子殿下を傀儡にして国を乗っ取ろうしとしていたようです。ですが、想定していたより元王太子殿下がアホ……ではなく頭が緩く成長してしまったので今回の騒動に発展したのでしょう。
同情は出来ませんがこれから頑張ってくださいね。
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その後の話をしましょう。
私たちは予定通り結婚し、その一年後には第一皇子が生まれました。また、その一年後に第一皇女も生まれ、現在わたしは三人目の赤ちゃんを妊娠しています。悩みといったらブライアンが私を心配して四六時中付きまとってくることぐらいでしょうか。すこしはお仕事をして欲しいです。皇帝としてお仕事している時はもっとキリッとしているのですが。
今、幸せの絶頂期にいるといったら言い過ぎでしょうか。けれど、私はとても幸せです。