第6話 新たな仲間
誤字を修正しました。
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ダンジョンから排出されると陽が傾いており、森は少しだけ肌寒かった。
「先輩、おつかれさまです」
西川がにこにこと笑いながら近付き、そのまま俺の周りをくるくると歩く。
犬かお前は。
「うん。お怪我がなくて何よりです」
ばんばんと埃を払うように背中を叩かれる。
ああ、一応心配してくれていたのか。ありがとよと素直に礼を言うと、にへらと笑う西川だ。
次に迷宮が開かれるのは3時間後になる。時間帯としては微妙だな。
夜の迷宮探索というのも気味が悪いし、クリア後に暗闇に排出されるのは更に不気味だ。できれば明るいうちに寝床を確保しておきたい。
「菊千代、夜にここで寝ても安全なのか?」
「そうですね……安全とは言い難いですね。迷宮側には野性動物はあまり近寄らないデータがありますけど、迷宮が復活したらモンスターが迷い出てくる可能性は否定できません」
実際、手を齧られたからな。
「危なくないのか? モンスターが溢れ出たりしたら」
「その点は心配無用です。迷宮から離れればモンスターの力は弱まりますし、やがて勝手に消えますので」
スキルと同じ扱いか。
いや、俺達は大丈夫じゃないな。迷宮から離れられないという制約がある。
「先輩、先輩、さっきの猪から出た戦利品は何だったんですか?」
忘れていた。
菊千代に出してもらう。
ドロップアイテムは、猪肉(上)、毛皮、芋、ロープ、斧だった。
なんというかドロップアイテムは日常生活に役立つものが混じっているな。
迷宮から離れられないという制限があるのだから当然の措置か。
無限矢筒というのは予想通り文字通り矢が無限に補充される矢筒だった。
チートにも程がある。
「いやあ……矢の作成って一筋縄ではいかないらしくて弓はすぐに無用の長物化してしまいまして……」
照れたように菊千代が俯いている。
確かに補給路を断たれたこの状況で矢の調達など厳しいだろう。
「それはともかくですね、攻略が順調で菊千代も嬉しいです」
はいはい。
疲労もあるし、やはり今日はここまでだな。
陽が落ちる前に、拠点の建築をしよう。丁度ドロップアイテムに斧があったな。木を切って簡単な休憩スペースを作るか。
まずは、斧で幹の細い木を切る。
→ 一条光輝は伐採のスキルを獲得した。
よし想像通りだ。
「菊千代、伐採スキルを3まで上げてくれ」
「承りました。完了しました」
おお、スキルすごい。木がすいすい伐れる。
崖側に2本柱を立てて横にした木を蔦で結び、伐採した細い木を斜めに並べる。
簡単だが差し掛け小屋の完成だ。
「先輩、凄いです……」
→ 一条光輝は建築スキルを獲得した。
建築? 木を立てただけなんだけど。これも建築扱いなのか。
木のカーテンとも呼べる代物が出来上がったのでこれを何枚か造れば身を隠せるが。
建築スキルか……。
菊千代に聞いたとおりスキルレベル3で一般的な熟練度に相当するらしい。生活に密着するようなスキルは最大レベルは5までなんだろう。
スキルポイント残り30か。悩むけど安全には代えられないな。
「建築スキルを5まで頼む」
「承りました。完了しました」
残り25ポイントだ。
スキル5レベルすげえ。一時間ほどで簡単な小屋が出来ました。器具がないので荒々しい上に材料がないので扉と窓は開けっ放しだけど、立派な拠点の完成だよ。ちょっと感動している。本当にスキル半端ない。壁になっているのが細い若木なので隙間は多いが寒いというほどでもないから充分だろう。雨が降ってもある程度は防げる。
「器用なものですね」
菊千代も感心している。表情が人間臭いところが良くできたプログラムだ。
「先輩にこんな特技があったなんて、まだまだ謎が多いんですね」
建築に関しては現代知識がある分形にするのは簡単だった。完成図がわかっていれば何事もやりようがあるという良い見本だ。スキルありきだけどな。
二畳一間くらいの小さな部屋ゲットだ。
ドロップアイテムにあった毛皮を重ねて床に敷く。布団とまではいかないけど寝転がっても体が痛くないくらいの柔らかさがあるので寝床は確保だ。
次は水が欲しい。近くに川があればいいが移動制限が辛い。あったとしてもいちいち水汲みなんて都会育ちのもやしには厳しいに違いないだろう。それならいっそ実験してみるかな。
小屋の中で寛ぎ始めた西川をおいて外に出る。
迷宮の洞窟がある岩壁をグラディウスで掘ってみる。
→ 一条光輝は掘削のスキルを獲得した。
→ 一条光輝は水脈探知のスキルを獲得した。
おお、マジかよ。温泉を掘るつもりで穴を掘ったら本当に目的のスキルが出てきた。
「水脈探知を5まで頼む」
「承りました。完了しました」
ここは大盤振る舞いで一気にスキルを5まで上げる。のこり20ポイントだ。掘削はまあまだいいだろう。定番の井戸掘りはもう少し余裕が出来てからだ。道具もないし体力もないしな。
壁の一部がぼんやり光って見える。なるほど、ここを掘れということだな。
壁を掘るとちょろちょろと湧き水が流れ出した。湧き水ゲット。手と顔を洗うととても清々しい気分になった。飲料水として使用可能だろうか? 汚染物資があるわけじゃないし覚悟を決めよう。
「どこまで私のハートを奪うつもりですか……」
西川が水が流れている光景に慄いている。大変に気分がいい。
岩壁を伝う水が流れ落ちていく地面に溝を掘って水を流す。そのうち竹でも手に入れて水を流すように改良しよう。
ドロップアイテムのリンゴを二人で齧っていると日が暮れはじめる。
都会の明るさに慣れ切っている俺達には過ごしにくい暗さだな。
ごろんと横になると犬みたいに嬉しそうな顔で西川がくっついてくる。
お前はもう少し女として危機感を持て。
疲れていたのだろうか急速に眠気がやってきた。少しだけ睡眠を取ろう。危機察知、仕事してくれよ。
西川が腕枕を催促するので仕方なく腕を貸す。明日も腕が痛そうだな。
どれくらい時間がたったのか。
頭の中に緊急速報のような電子音が鳴り響いて慌てて体を起こす。体からずりおちた西川はとりあえず保留だ。下手に騒がれても困る。
どうやら危険察知のスキルが反応したらしい。目を開けても周囲は暗く視界はゼロに近い。
周囲は暗いのに菊千代だけがくっきり見える。違和感半端ないな。
お前プログラムだろ? なんで欠伸をしているんだ?
とりあえず「周囲索敵」を小声で唱える。
すぐ近く、湧き水の辺りに反応が二つあった。会敵していないため詳細は不明。
息を殺して窓に移動する。
→ 一条光輝は気配遮断のスキルを獲得した。
使えそうなスキルだけど迷宮ポイントの残りは20しかないから慎重にいきたい。
外をうかがう。アナライズスキルが発動しているので暗がりで動く物の上にHPバーが2本見えた。でもおかしい。バーは短く残り僅かなのだ。死に掛けている?
「菊千代、アナライズスキルレベルを3まで上げてくれ」
「承りました。完了しました」
バーの下に名前が表れる。
短いバーの持ち主がミコ。もう少し長いバーの持ち主はユウ。どちらも人族、10歳と8歳だ。
危害が加えられるような相手ではないのでほっと息をつく。気は抜かないけどね。
水を飲んでいるのだろうか? 二人のぼそぼそとささやき合う声が聞こえる。聞いた事のない異国の言葉だった。
→ 一条光輝は言語スキルを獲得した。
→ 一条光輝は聞き耳スキルを獲得した。
菊千代に言語スキルを3まで上げてもらう。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
幼い少女の声だ。返事はなくどさりと倒れるような音がした。
「お姉ちゃん! しっかりして!」
厄介事の匂いしかしない。
暗がりに目を細める。
→ 一条光輝は暗視スキルを獲得した。
暗視スキルをひとつ上げる。薄ぼんやりとした中に人影が映る。残り14か。
害意はなさそうだが油断は禁物だ。
姉と呼ばれた少女のHPバーは今にも消えそうだ。
仕方ない。人命尊重、情けは人のためならず、だ。
ポーションを手にすると意を決して俺は出来るだけ脅かさないようにふたりに近付く。
足音に気付いたのだろう妹がこちらを向いた。
「誰ですか? お姉ちゃんが! お姉ちゃんを助けて!」
恐怖より心配のほうが勝ったのだろう。お姉ちゃん思いのいい妹だ。まったく。魔物とか危険な獣だったらどうするんだよ無用心な。
俺は倒れている姉を抱き起こすとポーションを与える。息が荒い姉は苦しそうに咳き込みながらポーションを少しずつ飲んでいく。
HPバーは少しずつ回復していった。
「あのっ、あのっ」
「お姉ちゃんはもう大丈夫だよ」
「え?」
「中で休ませよう、きみもおいで」
姉を抱きあげる。軽いな、ちゃんと食べてんのか? じゃらりと金属の音がする。
小屋に入って姉を毛皮の上に寝かせると、おずおずとついてきた妹がすぐ側に座って姉の手をとる。不安なのだろう。
「菊千代、この子達は現地の人か?」
「そのようですね」
小声でダメ元で聞いてみたが、菊千代にも断言はできないようだ。本当にコイツは迷宮以外で役立たずだな。
「俺は一条光輝だ、きみも少し寝た方がいい。お姉ちゃんは俺が見ておくから」
「はい、あの、ありがとう。わたしはユウ、です」
迷子か? こんな暗がりで見知らぬ怪しい男と一緒なんだから不安だろう。横で寝ている西川は見えていないか。
申し訳ないけど明るくなるまで我慢してくれ。
ユウと名乗る少女も疲れていたのだろう、姉に抱きつくようにすぐに寝てしまう。
辺りがぼんやりと明るくなってから、姉は目を覚ました。
俺もうとうとしていたらしい。姉の動きに合わせるように覚醒する。
姉はキョロキョロと首を動かして妹が抱きついているのに気付くと安堵した表情を作る。
ボロボロの粗末な服。華奢な痩せすぎの体。髪はボサボサで顔色も悪い。なにより、首についた太い鉄の首輪と繋がれた途中で切れた鎖が彼女のすべてを物語っている。
「よく眠れたか?」
声をかけると、はっと体を強ばらせて俺に気づいた。
「だ、誰ですか?」
「俺は一条光輝だ、ここは俺の仮住まい」
妹を抱き締めて警戒マックス状態の姉に俺は両手を上に向けてやれやれのポーズを作って肩を竦める。まあ目覚めたら得体の知れない男の小屋に連れ込まれてましたなんて笑えないよな。
西川、ここは女子であるお前の出番だが、ダメだ言葉が通じないんだった。
「こいつは西川、俺の……仲間だ」
ちっと舌打ちが聞こえた。西川、お前起きてるな?
「まあ、元気になって何よりだ。どこか痛いところとかないか?」
はっと、姉は気付いたように胸辺りを押さえる。怪我でもしていたらしい。
「あれ、痛く、ない?」
「怪我か? 昨日治療のポーションを飲ませたから治ってるはずだよ」
「え?」
少女は意思の強そうな目を丸くする。
ポーションって実は貴重品か?
「ありがとうございます。でも私、お金を持っていないです」
「奴隷か?」
びくりと体を震わせる。
格好からして奴隷だろう。つまり迷子じゃなくて逃げてきたのかもしれない。
どちらにしてもだ。
「俺はな、この世界の事を良く知らない。決まり事も知らない。だから、俺のいた世界での決まりごとに従う」
姉は困ったような顔だ。なにいきなり語ってるんだコイツはとか思われているのかも。少し沈む。
「だから、君たちを助ける。君たちは子供だから大人の俺が面倒を見てやる」
「え?」
「帰りたいならそう言ってくれ。ここにいたいなら、そうだな、俺の仕事を手伝ってくれればいい」
姉はポカンと口を開けていた。
「ロリコン先輩、おはようございます」
西川は機嫌悪そうに俺を睨みつける。人助けだ。あと変な言葉を付けるな。
日が昇ると妹も目を覚ました。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
姉は妹と一緒に頭を下げる。
「とりあえずこれ食っとけ」
ドロップアイテムのリンゴを渡すとふたりは目を丸くする。
「すぐに食べられる物ってそれしかないんだよ。果物でも腹の足しになるだろう」
「こ、こんな高価なもの……」
リンゴが高価なのか。良くわからない世界だな。
「遠慮しなくていい。俺達も食べる」
西川と一緒にリンゴに齧りつく。三食リンゴの生活をはやくなんとか改善したいな。
お腹が空いていたのだろう、瞬く間にリンゴを食べた姉妹にもう一個リンゴを配給する。
「甘くて酸っぱくて美味しい……」
満足してくれて何よりだ。
リンゴの種を見てこれを栽培できないかなとか空想していると姉の方がじっとこちらを見ていることに気付いた。
「あの、私たち奴隷です」
食べ終わった姉が口を開く。決心したらしい。
「でも、逃げ出しました。だから、街に戻ってもひどい目に遭います」
ぎゅっと粗末な服の裾を握る。
近くに街があるのか。日用品とか足りないものを補充したいが俺は迷宮から離れられない。西川を一人で行かすのも治安がどの程度かわからない以上不安すぎる。奴隷姉妹も買出しは頼めないな。いやそもそも金がない。
「だから、私たちをここに置いてください。お仕事をお手伝いさせてください。何でもします!」
何でもか。
「菊千代、俺達以外でも迷宮に入ることは可能なのか?」
「一条様の許可が下りれば可能ですよ」
管理者権限というやつだな。将来に向けて一石二鳥な良いアイデアが浮かんでくる。
なるほどなるほど。この際だ、姉妹に協力してもらうか。
「よしわかった。じゃあ今日から俺達は仲間だ、宜しくな」
仲間? と、なんだかしっくり来ていない様子だけどまあいいか。
「ありがとうございますコーキ様、一生懸命働きます」
「はたらきます」
ま、程々に頑張ってくれ。
菊千代に頼んでアナライズスキルを5まであげる。残り12。
ミコ、人族、10歳、Lv.1 スキル 生活魔法Lv.1。
ユウ、人族、8歳、Lv.1 スキルなし。
リンゴに薬効効果でもあるのかステータスは全回復していた。生活魔法ってなんだろ? 後で聞くか。
しかし人族って。人以外の種族が存在するの確定な表記だな。獣耳の女性とかは会ってみたいな。
「先輩、こんな年端も行かない少女をいかがわしい目で見るのは止めてください」
見てないぞ? アナライズスキルで確認しただけだ。
→ ミコとユウをパーティーに所属させますか?
YESと。
仲間ゲットだぜ。少女と幼女だけど。
俺にロリコンという性癖がなくて何よりだ。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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