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第39話 迷宮育成者


 010


「主様! これは、その、一体どういうことなのでしょうか? 主様! あ、お待ちください、主様!」


 イッカの悲痛な叫び声が聞こえる。

 眉を寄せた苦悶の表情。騙まし討ちみたいな形になって申し訳ない。

 許してくれ、イッカ。

 だが、これも迷宮育成の作戦なんだ。

 扉代わりの垂れ下がった布をくぐる際に見えた鬼人族の族長は俺に向かって助けを求めるように手を伸ばしていた。


 ――最初は、小高い丘にひっそりと建てられた一軒の粗末な小屋から始まった。

 迷宮五層における俺達の拠点としては、そぐわない規模かもしれない。


「わざわざみすぼらしく造る必要があるんですか、先輩」

「気分の問題だ、後輩」


 おなじみの戦うスーツを脱いで、前スリットのロングスカートに前掛けというゲームに出てくるプリースト姿の西川がチラチラ足を見せながら胡散臭そうに小屋を見ている。


 迷宮五層は街があるとはいえ世界としては不完全で、迷宮内部だから当然壁に囲まれて閉じている。

 限られた土地と迷宮産品で生活するどちらかというと文明レベルの低い部類のミニチュア異世界だ。

 ワンコ達の軽い調査だけで、その医療体制と貧困層の対策が万全でないと知ることか出来た。どこの世界でも似たようなものだな。


「コーキ様、準備できました」


 西川と同じ衣装のちんまい姉妹が小屋から出てくる。

 並んで見ると、絵面はちみっこ神官三姉妹だな。思わず口元が綻ぶ微笑ましさだ。


 ウサ耳をピコピコと動かしながらウサコが現れる。

 一気にアダルト度が上昇する。

 神聖さをイメージした制服だが、全男の憧れ兎人族が召したら別の意味になるから不思議だ。


 そして、ウサコに手を引かれたイッカは、同じ種類の制服だけど、見た目はノースリーブの脇下が広く開いたシャツだけという扇情的な格好だ。


 足は前掛けだけで隠している。

 色はトレードマークの黒。襟元だけが白い。

 黒い長髪は後ろでしっかりと赤いリボンで結われている。

 そこそこ高い身長と白い肌、赤い唇に、群青色の瞳、頭に生える角は白い。


 清楚な美しい顔と凛とした佇まい。

 神官の中の神官だった。

 立つだけで空気が浄化されるような清涼感がある。

 うん。俺の目に狂いはなかった。


「主様、これは私を衆人環視の中、辱めるぷれいというものですか? いっそ死ねと命じてください」


 ひきつった顔には自害も辞さないという決意の色があった。

 いつものそこそこ露出のある浴衣姿とそう変わらないと思うんだが。


「まったく違います。見てください、肩は剥き出し、横からは胸が見えそうで、足は布一枚であるだけで、歩けば丸見えです。角度によっては下着まで……いえ、申し訳ありません、見ないでください」


 見ろというから注視したのに、見るなと言われた。


「これも作戦の一環だ。イッカが最も適しているんだよ」


 女神としてね。

 ウサコだと女の色が強すぎる。

 どこか幻想的な雰囲気がほしかったんだ。


「後は打ち合わせとおりに頼む」


 街に下りた俺達は、事前にワンコたちが調べてくれた貧困層の区画を闊歩し、重い病や怪我を負う住民を訪ねた。


 奇跡という名の医療行為のデモストレーションだ。

 何せ、病気も怪我も治療できる魔法のポーションを大量ストックしている俺達だ、使わない手はない。

 部位欠損も新たにイッカに治癒スキルを習得させた事で完治できる。ただしステータスの関係で使える回数は一日に一度だけだ。逆に制限があることで希少価値が上がる。


 予想通り、治癒関係のスキルは低く、ポーションの類は迷宮ドロップはないらしく、既存の民間療法程度の医療知識では到底適わない評判を呼んだ。


 幾許かの寄付金とギルド加入という入信を済ませれば、回数制限は設けているが継続して治療を受けることが出来る。これに飛びつかない奴はいないだろう。


 閉鎖された街だ。口コミで広がり始めた噂は止まらない。

 丘の上の小屋には連日行列が出来る大盛況となった。


 同時に、ギルド加入者限定で、迷宮産の食料や衣服を数量限定で販売し、貧困層から人を雇い、街に元々あった経済や流通に負荷をかけた。

 貧困層と中流階級を合わせた人口の八割を入信させるのに三ヶ月もかからなかった。


 残り二割は支配層だ。

 最悪、武力制圧も辞さない覚悟だったが、イッカの美貌が役に立った。

 実際、怪我も病気も完治するのだから暴かれるような嘘もない。

 出所はともかく、珍しい食料や衣服も手に入る。

 広告塔である鬼人族の族長の可憐な衣装も引き立てて、頂点から瞬く間に、信者となった。


 この世界にはなかった、宗教という概念の誕生だ。


「母なる迷宮の恵みを享受する……迷宮教? 新興宗教ですか先輩」


 胡散臭そうに顔をしかめる西川の横でイッカは疲れた顔をしていた。

 教義も布教活動も理に適っているんだから捨てたもんじゃないぞ。

 更に、どんな組織でも年月と共に腐敗の危険を孕むものだが、懸念する必要がないというのも大きい。一度成立してしまえばいいだけだからな。


 今や丘の上の小屋も立派な神殿と変化した。

 イッカが手を振ると歓声が上がる。

 身近な現人神、会いにいける女神様だ。正確には使徒だけどな。


「武人としてこれは如何な物なのでしょうか……」


 イッカの愛想笑いも板についたものだ。


 ひとつの街を宗教的に侵略をして、攻略完了だ。

 迷宮も認めたらしい。

 いつものマーブル模様の空間のゆがみが発生する。

 倒したボスはいないから贈り物はないらしい。


≪一条様、第五層の攻略が完了されました。只今より約144時間、迷宮は進化のために進入禁止となります。尚、今回の進化によりまして、第二層から第四層までは融合してひとつのフィールドとなります。また第五層は拡張され第六層と融合されます≫


 迷宮六層は迷冒険者ギルドがある迷宮外と同じ階層ということになる。

 同じ成長なら、国がひとつ増えてふたつになるのかな?


 成長の終わった迷宮は、広大な世界と化していた。

 イッカがわなわなと震えている。

 小さな丘からは町のシンボルとして神々しい姿のイッカの石像が鎮座しているのが良く見える。宗教国家の誕生のようだ。

 つまりもう片方の国は宗教に否定的であるか、別の宗教国家という設定に違いないな。

 迷宮外の世界から予想するに。


「なるほどね」


 シャランと雅な音が鳴り、ヤハスが現れた時、俺は反射的にグラディウスを抜いていた。

 緊張した俺の態度に連動してイッカが困惑気味だが抜刀。

 全員が臨戦態勢に入る。


 馬鹿な。管理権限の持つ俺は、この正体不明のエルフの帯域制限を解除していない。

 一時的に第二層の許可は出したが、ここは第六層だぞ?

 入ってこられる筈はない。


「菊千代、これはどういうことだ?」


《一条様、このエルフは一条様の管理下にないようです》


「主様?」


 森の貴族に対する突然の敵対行動に困惑しつつも済まし顔のヤハスからは目を逸らさずイッカは俺に問う。敵なのですか、と。


 俺の管理下にないということは、迷宮の管理下にある魔物の類か、或いは。

 迷宮管理下の回し者という可能性はほぼない。

 ヤハスは外から現れたからだ。

 今現在まで、迷宮の外には魔物の存在は確認されていない。

 つまり俺の迷宮管理権限の上位者。委員会のスタッフだとすれば菊千代が知らないのはおかしい。残るは。


「ヤハス、お前、迷宮育成者か?」


「ご名答だよ、コーキ。いや、一条光輝くん」


 迷宮の入口が開いた北の街を含む世界が迷宮であるならば、迷宮を育成するものがいる。そんな単純なことを見落としていた。

 心のどこかで育成放棄された迷宮だと思っていた。だから新たな迷宮が生まれたのだと。

 思い込みというのは怖いな。


「奇跡を演じて……宗教というのかな、そんなもので世界を侵略とはね、とんだ盲点だったよ。面白いことを考えるねコーキは」


 ヤハスは肩を竦める。

 つまり、このエルフは俺達を観測していた。

 自分の育てる迷宮内部に発生した同じ迷宮に気付いて。

 思い返せば要所要所でこいつは絡んできていたなそういえば。


 アナライズスキルが効かないのも納得できる。

 菊千代も騙されていた口か。

 しかし、552という年齢……まさかそんな膨大な時間をすごしてきたのか?

 俺と西川は人族に分類されるが、こいつはエルフ、種族も違う。

 いや、そうか。別に俺達の育った第八層とやら以外から選出された迷宮育成者がいても不思議じゃない。


「コーキ、君はまだ迷宮を知らないんだね。この広大なダンジョンを」


 両手を広げて敵対行動はしないアピールをされたので、俺はグラディウスを下ろす。

 イッカ達にも首を振り、武器を仕舞わせる。

 迷宮の事情を知らない西川以外は困惑気味だ。


 まあ、迷宮攻略者として、管理者として、無視するわけにはいかないよな。

 世界に影響を与える存在としての俺達を。


「もう、戻りたいという気持ちなんて枯れてしまったよ。だから、私にとってはいい機会じゃないかと思ったんだ。だから会いに来た。すぐに正体を明かさなかったのは、色々と理由があるけど、一番はやる気をなくさせないためさ。悪かったね、騙したみたいになって」


 確かに、初見で迷宮の秘密なんかを知ったらモチベーションは維持できなかったな。


「パートナーはどうしたんだ?」

「その質問は勘違いだよコーキ」

「何?」

「私がパートナーだったんだよ。先代迷宮育成者のね。迷宮育成者が命を落とした時、まずパートナーに権限が委譲される。これはねコーキ、私の推測でしかないけど、パートナーというのは保険だからだよ。外から次の人員を選出してくる例も勿論あるんだろうけど、それだと残ったパートナーの処遇に問題が残るだろう? 手っ取り早いという理由もあるけれどね」


 確かにそうだ。


「私のパートナーはね、五層の攻略を終えた後に心を病んだ」


 乾いた目でヤハスは遠くを見る。

 そういう方法を選択したのか。


「どんなに良く効くポーションも心の病には効果がなかったよ、この辺りは迷宮運営委員会とやらに苦情を申し入れたいね」


 菊千代は肩を竦めるポーズだ。


「それ以来、私は六層で隠居していた。愚かにも二国間で争いを続ける国と国を眺めてね。それでも最初は先代迷宮育成者の志を継いで頑張ったんだよ。世界を滅亡させるような愚かな方法以外を模索した。遺言だったからね。ついに見つけることは適わず、寿命が尽きるまで悠々自適に暮らして朽ち果てるつもりだった。だけどね、新たな迷宮が生まれた。鬼の子供が使者として現れて話を聞いた時は驚いたよ」


 ヤハスは一同を見回した。


「そして、君たちは紆余曲折を経て国をひとつに纏め上げようとしている。私には出来なかったことを、自分達とは関係のない迷宮でね。驚天動地さ、本当にね」


 推測だが、迷宮は独り立ちした後、育成具合によるかもしれないが、自らの進化を促進するために迷宮を胎内で育てるのではないか?


「私の育てる迷宮は六層で世界は大きくふたつに別れていた。コーキのお陰でひとつにまとまりそうだね。ここが肝だ。迷宮の進化が世界の外になる迷宮に影響を与える。つまりねコーキ、ここが迷宮内迷宮の地下何階か知らないけれど、延々続いていく迷宮の連鎖の一過程なんだ。ここは、私たちは養分なんだよ」


 迷宮を成長させるためのね。ヤハスは気の抜けたような声でつぶやいた。

 延々と連なる迷宮内迷宮。そのすべてがひとつの迷宮を育て上げるために影響を与える存在だというのか、ありえる話に呆れてしまう。

 でも確かに、色々なところに散らばっているよりは繋がっている方が管理的には楽なのかもしれないな。


 ああ、それは、つまり抜け道を示唆する。

 攻略をしなくとも、迷宮の出口を探して管理者を探していけば、いずれ俺達が暮らしていた迷宮に辿り着けるということだからな。

 管理をすりぬけることが出来れば。


 どうすればすり抜けられる?

 推測だが、迷宮の外よりも高い影響力を持てばいい。

 つまりそれは、迷宮レベルを上げることだ。

 なるほど、堂々巡りだ。


 八層の世界の下にあるひとつの、または無数の七層以下の迷宮に干渉するためには八層規模の迷宮に育てなければならない。


 詰んでいる。見事に。まったく、呆れるくらいに見事に上手く作られている。

 この迷宮というやつは。


「私はね、コーキ。君に育成権を譲渡したいんだ。私を解放して欲しい。コーキ、君はもう理解しているだろう? 帰還条件である迷宮レベル10なんて達成する頃には、私たちは人と呼べる領域なんて超越しているよ」


 今でも人としてはどうかなというレベルだからな。

 西川がふんすと鼻息を荒くしているのが笑える。


「ノスタルジーに浸るならともかく、進化した体や精神を捨ててまで戻りたい程の執着なんて保てやしない。時間はね止まってくれていないんだ。残念ながらそんな都合のいい話はない。

どうしても戻って元の生活を復活させたいのなら精々攻略を急ぐことだね」


 ああ、そうか。やはりそうなのか。

 体の成長は戻せても、世界の時間は巻き戻せないか。

 なんでもできてしまう万能の迷宮でも時間を遡ることはできないらしい。それはそうだな。

 何のために迷宮運営なんて回りくどいことをしているのか知らないが、やり直しが利くなら大抵のことは必要なくなる。


「コーキ、君たちのいた世界ではその鬼娘のような亜人はいたかい?」


 イッカを見てから首を振る。


「では、異能を持つものはどうだい?」


 異能とは言えないかもしれないが、超能力者や霊能力者を謳う者はいた。眉唾物だったけどな。


「なるほどね。異能持ちは淘汰されているというわけだな。これで大体の目安はついたよコーキ。君も知っているだろうけど六層の世界では亜人は淘汰される傾向だ。そして八層では亜人がいない。この意味はわかるだろう?」


 つまり七層の、いやもしかすれば六層の攻略条件は亜人の排除――人族以外の絶滅、または別離というわけか。その次にくるのは人族の絶滅……。新たなる主の登場というわけだ。


「はあ、なるほど先輩。こんなところで言うのもなんですが、異世界転生ものの読み物が終わらない物が多いのも頷けてしまいますね」


 いやそれはフィクションの話だろう後輩。

 だが西川の言うとおりかもしれないな。

 迷宮育成が途中で止まってしまう事を示唆しているのかもしれない。

 究極的には物語が終われば人類は滅亡してしまうんだからな。


 今だから言える、元俺達の世界の育成者よ、よくぞ躊躇、失敗してくれた。

 物語を中途半端にして置いておくということにもしっかりと意味はあるらしい。


「ヤハス、悪いがお前の役には立てそうもない」

「いいのかい、コーキ。私が自暴自棄になってしまうかもしれないよ?」


 悪戯っぽい顔でヤハスは笑う。

 それはつまり、迷宮外の亜人を抹殺する、とでも言いたいらしいな。


「それは困るが、いいのか? 先代の遺言に反するぞ?」


 500年もバカ正直に守ったヤハスだ、破れはしないだろう。

 ヤハスはやれやれと肩を竦めた。


「それよりヤハス。条件次第だが、迷宮を七層に進化させて、別の八層を目指さないか?」


 その先に特定種族の滅亡なんて可能性があるならば無理に成長させる必要もない。

 問題もない。

 西川を返す場所が多少変化する程度だ。

 どうせすでに3年近い時間が過ぎているのだ、元の生活に戻れないなら、元の場所に良く似ていればそれでいいという気がする。


 すべてが丸く収まる結末なんてないかもしれないが、すべてが丸く収まりそうな途中という物は存在する。

 それでいい。別に諦めるわけでもない。

 尻切れトンボ? しらん。

 白黒はっきりつけて終わらせることだけが結末じゃないさ。

 未だに迷宮第八層で足踏みしている先人達に倣うだけだ。


 ヤハスは目を丸くして俺を見た。


「――くくっ、くくくっ。コーキ。君は本当に変わっているよ」


 ヤハスはいつもの喉の奥を鳴らすような笑い声を上げる。

 それから俺を見て、手を振って迷宮を後にした。


「主様、六層の攻略はいかがいたしますか?」

「そうだな……今日はいいだろう。どうやら慌てる必要もなくなったみたいだ。それに、いい物も見れたしな」


 イッカの巨大な石像を見て俺は笑う。

 今、本人が姿を現したらパニックだ。


 イッカは顔を赤らめて拗ねたように唇を尖らせた。


「お意地が悪いです、主様は」


 皆が堪え切れなくなって吹き出した。


読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただけましたら幸いです。

次がラストとなります。少し期間が開いてしまいましたがなんとか終われそうです。

ブクマ、評価、感想、ありがとうございます。大変、励みになります。

ノクターン版も連載を開始しました。閲覧可能な年齢の方は、是非お読みください。

では、失礼しまして。

もし、気に入っていただけたり、続きを読んでみたいと思われましたら、ブックマークとこの下にあります評価の入力をお願いします。(評価感想欄は最新話にしかないそうです)

感想もお待ちしております。続きを書く励みになります。

よろしくお願いします。

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