第38話 暴かれていく真実
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「おやおや、こんな所で黄昏ている怠け者がいるのかと思えばご領主様じゃないか、迷宮探索とやらはいいのかい、コーキ」
小高い丘に寝転がり、北の町の発展を眺めて未来の行く末を案じていると、シャランと綺麗な鈴の音が鳴り、追いかけるように鈴を転がしたような耳障りな声がした。
萌黄色のチュニック姿がトレードマークのお貴族様の登場だ。
相変わらず色白で少し耳が尖がっていて嫌味な位に美形な奴だ。
「菊千代、どうしてヤハスにはアナライズの効果がないんだ?」
面倒くさいやつが来たなとため息混じりにアナライズの文字化けを眺める。
何の妨害か知らないが、アナライズがキャンセルされる非常識さは健在だ。
≪気合が足りないのではないですか一条様≫
えーなにその根性論。
≪失礼しました。レベルが足りていないのではないですか、一条様≫
「ああ、よくある、自分より格上にはレジストされるという仕組みなのか」
くくっと愉快気にお貴族様は喉を鳴らして笑う。
「使い魔も健在なんだね。だけど人前ではあまり話さないほうがいいよ、独り言で会話をする間抜けにしか見えないからね」
ほっとけ。
彫刻のような美貌で優雅にほくそ笑む。器用な奴だ。
お貴族様はよっこいしょと年寄り臭い台詞を出して俺の横に座る。
ああ、552歳だから年寄り臭いもないな。正真正銘年寄りなんだった。
「失礼だなコーキは。私なんかまだまだ青二才さ、私達の一族にも老境に差し掛かる仲間がちゃんといるのだからね。ところで何か悩み事かい?」
俺は肩を竦める。
まあそういう用事でもない限りこのお貴族様が俺に声をかけることもないか。
「君の家臣の者達がとても心配していたよ。特に、鬼の少女がね」
鬼の少女? ああ、イッカか。たしかにお貴族様から見れば大概の者は小僧に小娘だ。
迷宮第五層が開かれて一週間が経過している。
ワンコの部隊に調査を命じているけど首尾良く事は運べていない。
何を調査するのか俺の明確な指示がない事が原因だろうな。
何か見つかればいいな程度の期待しかないし。
いや、正直な所、五層の攻略方法は予測できている。
予測ができたからこんな何もない丘で話したくもないお貴族様と話す事態に陥っているのか、馬鹿馬鹿しい悩み事に気付いてしまったから攻略方法に気付いたのか、考えても詮無い事だな。
「重症のようだねコーキ」
思考の淵に飲み込まれそうになった所をお貴族様の声で引き戻される。
「ヤハスは、んーなんだろ、信仰心みたいなものってあるのか?」
言葉にするのが難しいな。
「森を信仰しているよ。でもだからといって無条件で物事を正当化する頭の固い連中とは少し違う、そうだな、私はどちらかというと無神論者だね」
エルフって森の妖精だよな。
神仏の方に近い存在であるのに神を否定するとかどれだけリアリストなんだよ。
「そんな目で見られるのは心外だよコーキ」
俺の視線から心でも読んだのかお貴族様は肩をすくめている。
だけどよくよく考えてみれば、このお貴族様の存在は意外と都合がいい。
超自然的とでもいうような長生きなデタラメさ加減が迷宮に通ずる所があるかもしれない。
「ヤハスは、自分は何から生まれたのか、誰に造られたのかって疑問を持ったりしないか?」
「それがコーキの悩みの種なんだね。えらく哲学的ではあるけれど、その顔だと、知りたいのは理屈ではなく理の方なのかな?」
「お前の話は分かりにくいよ」
頭の下に手を入れて空を見上げる。
くくっと笑い声が聞こえた。
「性分でね。生命誕生の根元は大いに興味深いけど、あいにくと私は楽天家でのんびりさんだからね、コーキは生命の神秘を紐解いたのかい?」
「今まさにな」
「ほう」
迷宮なんてデタラメな力を持つ可愛い我が子が実はマッドサイエンティストだったというオチかよ?
どこまでが本体なのか知らないが、迷宮を成長させながら、魔物を育てて、ついには人を作り出しやがった。
ここまでは別にいい。
ゲームの中でも小説の中でも、人なんていくらでも作られているんだからな。
理屈は知らん。
問題は、どこまでがオリジナルなのかという点だ。
立っていた地面ががらがらと音を立てて崩れていく感覚だよ、まったく。
迷宮内部に本物と見分けがつかない人という生命体がいるんだ、迷宮の外にいても不思議じゃない。なにせ、外には連れ出せないだろうけど、出てしまえば違いはないからあっという間に紛れてしまう。
そうすれば、自ずと次の疑問も出てくるよな?
ここは、イッカ達が生きてきた、俺と西川が放り込まれたこの異世界は現実か?
端的に、ここも迷宮内部じゃなくね?
「菊千代、教えてくれ。この世界は何層なんだ?」
菊千代は澄まし顔だった。
≪まあ、あれです。別に口止めをされているわけでも職務規定に抵触するわけでもございませんので、お答えしますと、規模的には第六層と推測されますね≫
またあっさりと。
さすが、こんな所までイージーモードだ。
首尾一貫していて好ましいね。誉めてやらないけどな。くそったれが。
≪迷宮本体に注入されました一条様、という精子が受精して生まれましたのが、ただ今育成をしている迷宮でございます≫
人を精子呼ばわりするな。
つまりあれか、俺たちが攻略している迷宮は、迷宮体内で育つ胎児のような物か。
≪第五層の攻略完了後に無事、迷宮として独り立ちをする予定でございますね≫
迷宮という世界が構築されるのか。
つまり、それは。
≪一条様が生活されていた場所は、第八層と推測されます≫
だよね。
《現在のところでは、もっとも育成が進んでおります一条様の生活されていた迷宮からは、わりとたくさんの方が停滞してしまった迷宮育成のブリーダーとして選出されております》
異世界に転移してしまったのは俺だけではないと菊千代は慰めているのかもしれない。
育成をする上で現代知識という武器が備わっているからな。
どうりで異世界転移や転生の物語が乱立するわけだ。
いや、逆か。
迷宮攻略者が意図的に乱立させているんだろう。
異世界のどこかで今も迷宮育成が行われていると警告している。
巧妙に脚色されて。
「俺達とは違う育成目的以外で、異世界に単純に転移するやつもいるのか?」
《そうでございますね。進入領域の制限をすり抜けてしまう方や迷宮育成者の召還、稀ではございますが、迷宮によって生み出されたものが知識を入手し自ら召還する例もございます》
テンプレートの真実がこんな所で明かされるとはな。
世界を移動することは容易い。
徒歩でも乗り物でも使用すれば、かかる時間はともかく移動はできる。
だが、異なる世界に移動するとなると勝手が違う。
迷宮に巣くう魔物が己のテリトリーを越えて出現したのは迷宮運営が始まった時の一度だけだ。
あれがすり抜けるというやつなんだろう。
俺がギルドメンバーに帯域の制限をかけているように、逆に出てこれないように制限を掛けられているということだ。
これを破るのは、異なる世界に転移する事を示す。
または、管理者である物から許可を得て、転移する。転生というのも転移の一種だ。
外部から召還される例もあるわけだな。
異世界転移者が、いとも簡単に世界を移動してしまう物語が乱立しているのも頷ける。
俺の世界を育成している奴はなるほど頭がいい。
異世界転移なんて知識がなければパニックに陥るのが必至だからな。
異世界は決して隔絶しているわけではない。
もちろん、物理的に隔絶の場合もあるだろう。理屈は不明だ。だが、大半は、許可を得たものが踏み出す新たなるステージなのだ。
そして、迷宮スキルの存在と、迷宮ポイントの関係。
これは、システムとして構築された、機能の一部だ。
迷宮育成をスムーズに行うために考案されたシステム事態が、管理権を持たないものから見れば、異能と判断される。
生まれた迷宮が作り出す様々な形態の違うシステムだが中身はさほど変わらない。
異世界に招かれたものは、遍く迷宮運営者の掌の上で踊らされる。
そこに人が絡み、物語が発生しているに過ぎない。
迷宮というただの洞窟が成長して拡張し、生物を創造して、数を増やし、町を築く。国に育つ。
育成が停滞してしまうと、新たなる可能性の模索なのか、迷宮を生み出すために異世界という名の迷宮に転移させられる。
または、迷宮に作られた存在でしかなかった者が、世界を飛び出して、転移者となる。
これを繰り返し行われてきた今、もう、オリジナルというべき存在の所在は不明だ。
俺自身が、迷宮に作られた存在であることを否定しきれない。
想像主が、違うだけだ。
迷宮が生み出した、良くわからない存在。
これが物語なら、残念ながら、自分達もその一部だという衝撃の事実に読者も呆れているだろうよ。
第五層で攻略の手が止まるわけだ。
モチベーションはダダ下がりだからな。
気付いて心の弱いやつは心を折るし、心が強くても、見通しの立たない目標にたじろぐ事は必至だろう。俺達が暮らしてきた以上の世界の進化が帰還条件なんて想像すらできない。
あとは、気付かぬバカとたじろがない勇者が足を進めるのみだ。
どちらにしても、帰る場所はまた迷宮というジレンマは拭えない。知ってしまった上で同じように生活していけるのか、甚だ疑問だよ。帰還の際は是非とも記憶を消去して欲しいね。
この世はほぼ全てが迷宮でしたなんてオチ、ちっとも笑えない。
だからこそ、第五層の攻略方法も分かる。
俺が学生だった頃の話だけど、1999年に世界の終わりが来ると囁かれていた。来なかったけどな。
これは、俺たちのすむ世界を育てていた、攻略者の躊躇だ。または、失敗だ。
恐らく第八層の攻略条件は世界の終焉だったのだ。
第五層はその予行練習だろう。
神罰に匹敵するような災いを起こし街を掃討する。大洪水でも大噴火でも病原菌でも。
または、何か画期的な世界の常識を覆してしまうような世紀の大発見が必要なのかもしれない。
次のステップに進めるために。
それが、ワンコ達に探してもらっている何か、だ。
大虐殺とかごめんだからな。
気が付くと深い思考に飲み込まれていたらしい。肩を叩かれて我に返る。
「コーキの悩み事の何足るかは私にはわからないよ。興味深い事象ではあるけどね。でもまあ、立派な仲間がいるのだから頼ってみればいい。盲点というものは見えないから、盲点なんだよコーキ」
傾いた陽を背負ってまるで後光を差した女神のようなヤハスは、御告げをするように凛々しく唇の端を上げた。
男なのか女なのか不明だけどな。
後で思い返せば、まあ、悔しいけど、これがヒントになったんだろうな。
丘を降りて家に戻ると、イッカが慌てて寄ってきた。
「お帰りなさいませ主様。お戻りいただきまして感謝いたします」
家に帰っただけで感謝された。
俺は自分探しの旅にでも出るような顔をしていたのか?
思い返せば、一度イッカの目の前で消えてしまった事例がある俺だったからか。トラウマレベルだ。
心配をかけて申し訳ない。
だが、余りにスケールの大きすぎる問題なので、おいそれと口にすることはできないんだ、勘弁してくれ。
イッカの綺麗な顔を眺めていると、少しだけ頬を染めて潤んだ目を返される。
しかし、この心酔は一種の信仰に近いものがあるな。
神だとかいう迷宮を生み出したくそったれがもし存在しているなら、こんな表情を向けられているのかもしれない。
大してイケメンでもなくて申し訳ないね。
ヤハスなら絵になっただろう。
イッカでもいいな。
まるで――あ。そうか。
「イッカ」
「はっ」
「何があっても俺についてこられるか?」
「主様の進む道が我等鬼人族の道でございます」
誇らしげに胸を張るイッカが頼もしい。
「頼りにしているぞ」
「一命に変えましても」
いや、そこまで気合い入れなくてもいいよ。イージーモードなんだから。
「お帰りなさいませコーキ様」
少し遅れて出迎えてくれた、ちんまい姉妹が仲良くお辞儀をする。
お気に入りのメイド服姿だ。
大変よく似合っていて可愛いので褒めておこう。
ミコは顔を真っ赤にしている。
ユウもはにかむ表情なんてできるようになったんだな。
「おかえりだよ、コーキ君」
同じ衣装のウサコが近づいて、うふふー良かったねと姉妹の頭を撫でている。
その姿はほんわかお姉さんメイド長だ。
服飾革命が健在進行形で進んでいるなぁ。
――そうだ!
「ミコ、ユウ、実は作って欲しい服がある」
二人は目を輝かせて真剣にこくこくと頷いた。
「ウサコさんにも少し頼みがある」
「可愛い弟のお願いだったら何でも聞いてあげるよ。だから、ずっとその話し方をしてね」
弟ではないんだが。
相変わらず腕白がお好きでいらっしゃる。
「シルヴィ、少し集めてほしいものがあるからクロに伝えておいてくれ」
銀髪の猫人族の少女は室内だと隠れる場所がないので少し落ち着きがないが、お気に入りのソファーの後ろから顔を出し、目が合うとぷいと顔をそむけたので、了承なのだろう。
「おかえりー先輩」
そのソファーの上を器用にごろごろと転がりながら、西川はだらしない挨拶をしてきた。
暗い顔でもしていたのか、眉を寄せて起き上がると俺を見つめてくる。
別れ話を切り出す顔でもしているのかもしれない。
「西川、お前を必ず帰すと約束したけど、すまん、多分帰すに変更させてくれ。諦めた訳じゃないが、時間がかかりそうだ」
「いえ、先輩。私はここで先輩と一生を添い遂げても全然平気です……あれ? これ、前に言いませんでしたっけ? デジャブーです?」
でも、本気ですよ?
西川はえへへと笑う。
西川なりに気を使っているのだろうか?
いや、余りに自然な心境から溢れ出た言葉だから忘れているのかもしれない。
本当に良くできた後輩だよお前は。
なるほどヤハス、さすが年の功だな。
仲間に頼ることで少なくとも前進はできそうだ。
まあ、進めなくとも別に損はない。帰るのが多少遅れるだけだからな。
さて、攻略を開始しよう。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただけましたら幸いです。
ブクマ、評価、ありがとうございます。大変、励みになります。
ノクターン版も連載を開始しました。閲覧可能な年齢の方は、是非お読みください。
では、失礼しまして。
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