第37話 曖昧な境界線
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迷宮第四層は進化のために24時間の間、進入禁止となった。
イッカの説明ではこの後、第五層の入り口が一層の何処かに現れる。
三層から続いているフィールド状態からのスタートだとすれば、リフォームにそれ程時間はかからないと思うのだが、逆に、24時間程度で第四層のような世界の構築をしているのだとすれば、処理能力の異常性が際立ってくるな。
ファンタジー世界の定番で最強に位置する竜を倒した後だ、次のボスがどんな化け物なのか想像もできない。
「西川、次はどんな世界でボスだと思う?」
「はい? 魔王とかじゃないんですか?」
第五層で魔王か。第六層以降が心配になるな。ネタ的に。
他所の迷宮の事情は知らないが、竜を打ち倒せて魔王程度で詰まるのか?
菊千代からもたらされた情報では第五層で停滞する事が多いらしいが。
分かりやすくボスを倒す迷宮攻略ではない。そんな嫌な予感がする。
二体続けて犠牲を要求してきた迷宮は次に何のカードを切ってくるつもりだ?
「えへへ、先輩。案ずるより産むが易しです」
腕にまとわり付いてきた後輩は、子供のくせに眉間に皺刻まれますよと顔をぐにぐにとマッサージしてきた。
はいはい。
考えても詮無いことだ。あと一日もしない内に真相は分かるのだ。
時間までは自由行動にしたので、パーティメンバーは各々準備をしていたり、休息していたりしている。
俺は空き時間を持て余して、街をぶらぶらしている。
街の運営に関しては、ハマン御一行の冒険者ギルドに投げっぱなしなので特にすることがない名ばかり領主だ。
迷宮攻略ギルドもリッカと鬼人族のご老体に任せているので問題はない。
迷宮運営ギルドはイッカに仕切ってもらっている。基本は迷宮からの持ち出し品の査定と税の徴収、迷宮入場者の管理くらいなので冒険者ギルドから人を回してもらっている。
家を出る際に街をぶらぶらしてくると告げるとイッカは切なそうな顔をしていた。
一緒に来たかったのだろうか、申し訳ない。
ミコとユウは服飾のデザインと作製に没頭している。新しい戦闘服なのかメイド服なのかとても楽しみである。
「コーキくん、こっちだよ」
冒険者ギルドの建物前に少し人だかりが出来ているかと思えばウサコだった。
本日も清楚なワンピースで育ち始めたたっぷりのおっぱいをたゆんたゆんと揺らして手を振っている。全男の視線は釘付けだ。
あつまる人々は半分は迷宮に向かう冒険者で半分はウサコに目を止めた者らしい。
全男の憧れ、兎人族の人気は今日も健在だな。
しかし不埒な行いをする者など当然いない。ウサコが有名だということもあるが、ここは高潔な冒険者を生み出す紳士淑女の街だからな。
いや、ホント、そうあってほしいね。
男連れ、というか弟連れだと確認して去るものがほとんどだ。
俺が近付くとウサコはぎゅうと抱きついてくる。
「ウサコちゃんは、ホント弟好きですね」
あの西川に呆れられるくらいだから、相当なものだ。
冒険者ギルドは本日もそこそこ賑わっているな。
俺が顔を出したら迷惑になりそうなので素通りだ。どうせハマンは迷宮調査という名目で潜っているだろうし、カルラーンは忙しさに目を回しているだろう。
「コーキ様だ」
「コーキ様っ」
うお。どうして犬人族ジュニア達がここに。
あっという間に抱きつかれて子犬まみれになった。甘噛みされて顔を舐めまくられる。
ジュニア達の人懐こさはホント凄い。
「あらあらまあまあ。コーキ様、申し訳ありません」
付き添いの犬人族の母親が申し訳なさそうに苦笑いをしている。
「うふふー。今日も腕白ですね」
「えへへ、可愛いです」
西川とウサコもジョニアを抱き上げている。
母親に聞くと、なんでも甘味処というものが出来たらしい。
行ってみるか。
「シルヴィ、護衛はいいから一緒に食べに行こう。甘いもの、好きだろ?」
物陰から不貞腐れた銀髪が美しい猫耳の女性が顔を出す。
だがすぐに間合いを取ってジュニアと睨み合う。
猫みたいな習性を持つシルヴィはちょこまか動くジュニアにウズウズして、ジュニアは滅多に見られないシルヴィに興味津々なのだ。
往来で騒いでいたら迷惑なので、とっとと行こう。
偶の休日も賑やかで暢気なものだった。
≪一条様、迷宮の進化が完了いたしました≫
翌日のお昼頃に菊千代が厳かに告げた。
家の庭でお日様に照らされながら、ユウと猫人族の子供達と昼寝中だった体を起こす。
お仕事再開だ。
その少し後で、イッカが新たな洞窟の発見を告げて来た。
セーフティゾーン内の壁に現れたらしい。
早速、出向くことにしよう。
イッカにメンバーの招集をお願いする。
「かしこまりました、主様」
イッカの恭しい態度にも慣れたものだな。
洞窟を抜けた先は、俺の想像を絶する光景だった。
「主様……ここは、迷宮内部ですよね?」
「コーキくん、いつのまに壁に穴なんか開けたの?」
「先輩、これはサプライズですか?」
いやいや。
ここは。小高い丘から見下ろす光景は。
冒険者の集う街、北の国だった。
急いで洞窟を引き返して迷宮を出る。
行ったり来たりしている俺達を他の冒険者達が怪訝そうに眺めているが構っていられない。
出て、はっきりする。
眺めた風景から逆算した場所には確かに小高い丘がある。
しかし、その場に残した犬人族の面々の姿はない。
「つまり、街がコピーされたということですか、先輩」
おそらく、西川の言うとおりだろう。
念のため、シルヴィに丘に登ってもらうが、洞窟などはなかった。
街がコピーされたことは然程問題ではない。
街の景観など突き詰めれば道と建物だ。多少組み合わせと形と規模が違うだけでどれも似たようなものになる。
もう一度、第五層の入り口らしき洞窟を抜け、犬人族と合流し、俺達の姿が確認できなかったことを確認すると、街を見下ろす。
慌しく、またはのんびりと、老若男女、様々な人々が行き交っていた。
この洞窟が、ダンジョン内部とどこか似たような街が空間を捻って繋げたのでもない限り、ここに住まうのであろう人々は、迷宮が作り出したモノとなる。
今まで、迷宮内部に出てきた魔物はすべて敵だった。
今回は、見慣れた俺達の町が舞台で、敵はそこに生活している人々だというつもりか?
「菊千代、これは、どういうことだ?」
≪はい? 質問の意図が良く分かりませんよ一条様≫
「この街の住人がすべて敵なのか? 俺達はこの街の住人を倒さなければならないのか?」
第五層で留まってしまう迷宮運営の正体はこれなのか。
単独で挑んでいるならば、初めて触れる異種族の街だろう。
しかし、俺達のように迷宮外で友誼をあたためていたとすればこれは斬れない。
≪魔物も人も等しい存在でございますよ、一条様≫
菊千代の言いたいことは分かるさ。
例えばここが見慣れた街でも異形の魔物の街なら躊躇なく蹂躙しただろう。
話し合いくらいはするかもしれないが、敵対行動に出れば遠慮なんてしない。
だが、相手が鬼人族だったら? 犬人族だったら? 猫人族だったら? 兎人族だったら?
まだ会っていない他種族の者だったら?
小さな子供が見える。頭に耳が乗っている。犬人族だ。ジュニアとは違う顔立ちだが、女の子なのだろう、ちょこちょこと母親らしき犬人族の後ろを付いて歩いている。
人族だけではなく、様々な種族が歩いている。
黙りこむ俺を西川が心配気に眺めていた。
俺や西川の心の弱さでは、この住人を倒すなんていうのが条件なら、五層の攻略は無理だ。
「主様……顔色が優れません、ここは一度戻られては如何でしょうか?」
イッカが気遣ってくれる。
「いや、一度街に下りてみる。こちらからは絶対に仕掛けるな。ただし、相手が敵対行動に出るなら……躊躇はするな」
言葉使いに気遣う余裕はない。
こんな時でもウサコの目は輝いていて、一周回って気持ちが落ち着いたよ。
皆、こくこくと頷いている。
同族や人の形をした者に刃を向ける禁忌よりも俺に対する忠誠心が勝っている。
良いことなのか悪いことなのか、まったくいつまでたっても忠誠心過多で困るやつらだ。
街に下りる。見れば見るほど慣れ親しんだ北の街だ。
だが、見知った顔はいない。
アナライズで見る限り、レベルはまちまちだが高いものでも10で、ほとんどは1から5の間に収まっている。
種族名は迷宮の外に準じているな。
特に抜刀はしていないものの姿の見せないシルヴィを覗いても16人の集団だ、人目は集めてしまう。
だが、絡んでくるものはいない。
どの程度コピーしたのか不明だが、ここは冒険者の街なのかもしれないな。
冒険者ギルドの建物の前まで来る。
「まったく同じですね」
イッカが訝しげに眉を寄せる。
中は冒険者ギルドなのだろうか?
ワンコ隊に待機を命じて、残りのメンバーで扉をくぐる。
中は程々に活気があり、程ほどに殺伐としていた。
正面にカウンター。右手には依頼掲示板と、おそらく買取のカウンター。左手には酒場が併設されている。中の造りも同じだな。
ただし、酒場からは新参者に対する侮蔑のような眼差しと、美しい女達に対する遠慮のない視線の洗礼を受ける。
酒場の一角には紫煙をくゆらす扇情的な格好のどうみても娼婦の女達が陣取っていた。
西川だけが瞳を爛々と輝かせる。
「先輩、先輩、定番ですよ、これは!」
なにやら好みの展開らしい。
「おいおい見ろよ、ここはいつから女子供がくる場所になったんだ?」
酒場から野卑な笑い声が響く。下卑た赤ら顔の帯剣したおっさんどもだ。
「小僧、ここはお前みたいな軟弱者が来るところじゃねぇよ、その別嬪たちを置いてとっとと消えやがれ」
がははと大笑いしながらおっさんどもは酒をかっくらっている。
イッカがひくひくと顔を引き攣らせている。
アナライズで見えるおっさんたちのレベルは10前後だ。ジュニアひとりでも全員を軽くいなせるだろう。
「ここは、冒険者ギルドですか?」
「ああ? 小僧、ここが何処かもわからないで迷い込んできたのかよ!」
また笑われる。うんうん、皆いい感じに出来上がっているな。
口では挑発しているものの誰一人として近付くものはいない。
西川が少しだけ不満そうだ。何を考えているのかよくわかるぜまったく。
「冒険者ギルドにようこそ。ご用件をおうかがいいたします」
カウンターの受付嬢が朗らかに声をかけてきた。
丁度、来訪者が途切れたのだろう。
白い肌と赤い瞳。半分くらいで折れ曲がった長い耳。豊満な体が服の上からでも良く分かる兎人族だ。
ただし、可憐な見た目に騙されてはいけない。
この美女のレベルは20だ。
親切丁寧に説明をされたが、目に見えるような巨魁も悪の大魔王の存在も確認は出来なかった。
「まるで異世界に転移してきたみたいですね、先輩」
いや、実際、俺とお前は異世界に転移してきたんだがな。
少しだけ、そう、少しだけ胸に何かがつっかえた様な気がした。
冒険者ギルドの勧誘を辞して、待機していたワンコ達と合流して途方に暮れる。
見上げる空も第一層とは違い本物の空に見える。
思い出せば、第四層の空も本物と見分けが付かなかった。
大した成長だよ、迷宮。
お前の作る世界と、俺たちの住む世界の境界線が曖昧になっているくらいにな。
冒険者ギルドからも見える位置にある、大きな門扉には、次々と人が飲み込まれていく。
街がそっくりそのままコピーされているのだ。ないわけがない。
迷宮だ。
冒険者ギルドに登録することで許可証が発行されて、入場が可能となる。
迷宮はこの街にとって産業のひとつらしい。
迷宮にはあらゆる魔物が存在し、倒すことでアイテムを手に入れることが出来、生活の糧になる。
冒険者ギルドの受付嬢の話では、冒険者はこの迷宮で魔物を倒し生活している。
俺達の慣れ親しんだ迷宮とは違いサポートなどない、ただの変哲もない迷宮だ。
光が届かない、出たい時にも出ることが出来ない。
内部にはフィールドなどない。
現実に近い形の迷宮で、ただ、魔物だけが湧く洞窟。
中は調査し尽くされていて、五層からなる広大な洞窟の連続だ。
「中を調査しますか? 主様」
「手がかりがない以上、仕方ないですね。ひとつずつ潰していきましょう」
「かしこまりました」
ワンコ達犬人族には街の情報収集を頼み、残りのメンバーで冒険者ギルド登録を済ませて迷宮に潜る。
「アナログですね、先輩」
渡されたギルド登録の証は薄い銅製のプレートだった。
だが、それが普通だ、後輩。
菊千代のサポートがある方が余程ご都合主義なのだ。
こちらの方が、より現実に近い。
迷宮内部の紛い物のほうがより現実に近い。
≪こんなローカルダンジョンがまだこの世に存在していたとは……≫
菊千代も驚愕している。
この世と定義していいのか不明だけどな。
幸い、迷宮内部なのでスキルの使用は可能だ。
全員の暗視スキルを3まで上げて、煩わしい松明やSP消費のある光の魔法の使用を省略する。
「歩きにくいです先輩」
天然の洞窟だからな。
「コーキ様、道がぐねぐねしてる」
慣れ親しんだ洞窟は基本直線だったからな。
「コーキ様、別れ道だらけです。戻れますか?」
少し不安そうなミコの頭を撫でておこう。
マッピングを菊千代に任せているから大丈夫だ。
洞窟は網の目状に広がる道の重なりの連続だ。
所々で戦いの音が響く。
冒険者ギルドで見せてもらった地図では、ひょうたん型の洞窟で、層が変わる前に一度、道は収束する。
魔物は雑魚ばかりでレベルは最高でも20。先行するイッカと西川だけで事足りた。
結局、第五層の端まで一時間ほどで到達したが、何も得られる物はなかった。
「何もありませんでしたね、先輩」
いや、訂正しよう。得られるものはあったさ。
それは、ここがより普通のダンジョンだったということだ。
読んでいただきましてありがとうございます。
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