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第29話 供物は男の娘でも大丈夫ですか?

すいません。タイトルのナンバリング間違ってましたので修正しました。


 009


「おお! 美しい女神達よ、我の后に迎えよう」


 鷹揚に両手を広げた金髪のイケメンが顔をほころばせて爽やかに笑う。病的に顔が白い。

 紺色のビジネススーツにネクタイをしっかりと締めた新入社員のような格好。

 第三層の最終地帯、遠くから見えていた城に乗り込んだ俺たちを迎えたのはそんな男だ。


 アナライズで確認できる名前はグリゴリオ、レベルは10、種族は吸血鬼だ。

 というか女神達って。まあ同行しているメンバーは確かに美女揃いだが、仮にも吸血鬼だろう? 俺の記憶が正しければ神の対極の存在じゃないのか? 神に背いた的な。


「血液型は何型ですか?」


 いや、西川、それを聞いてどうするんだよ?

 血液型を気にするなんて日本人くらいという噂だぞ。


「でも、輸血する時は血液型を確認しますよ、先輩?」


 なるほど。吸血鬼は血を吸うが、それを輸血と捉えるなら血液型が合致していないとダメではあるな。


「A型ですよ、マイレディ」


 答えたよ。しかも魔物の割りに結構メジャーなA型か。血液型性格判断とかいう何の根拠もない古臭い知識を持ち出すと、どちらかというとB型タイプだがな。

 しかしどうやって調べたんだ? そちらの方が気になる。


「残念、私はAB型ですから一致しませんね」

「何の話をしているんだ?」

「だから、輸血の話ですよ、先輩」

「吸血鬼が血の味にこだわるのは処女か非処女とかだろう? 血液型を気にするとか初耳だぞ」

「そうなんですか? じゃあ、非処女です。先輩に奪われましたので」


 顔を羞恥に染めて俯き加減になっているがそんな事実はない。

 気まずそうにみんな顔を逸らしているじゃないか、微妙な発言は控えろよ後輩。

 ワンコの配下の犬人族の母親達は「あらまあ」と微笑ましそうに、にこにこしているけど。


「イッカさんは如何ですか? 同じ鬼の種族なんですよね? いいお歳ですし、この辺りで決めておいていいんじゃないですか?」


 いきなり西川に話を振られたイッカが面食らっている。

 だから、何の話をしてるんだよ。


「いえ、私は主様に仕えるという任務がありますので。今の所嫁ぐつもりはありません故」


 仕事が恋人ですみたいな発言だ。

 少し頬を引きつらせながら西川を忌々しそうに睨んでいる。


 歳の事を持ち出したからか? 鬼人族の寿命は長そうだからまだ気にする段階ではないと思うが。むしろ歳の話をするなら西川のほうが分が悪い。だがしかしたったひとつでも歳の違いというのが影響してしまうのが女心というものらしい。


「いえいえ、公私は分けるべきですよ、イッカさん。昼間は先輩に仕えて、夜はこの吸血鬼の妻でいいじゃないですか。互いが敵同士の陣営とか燃えるシチュエーションですよ!」


 それで思い出したが、昼間だというのにこの吸血鬼は平気なのか? 屋内で直射日光に触れている訳ではないが。


「ワンコ殿はいかがですか?」


 イッカは西川の圧力に屈する前にキョロキョロと首を振り、犬人族のワンコに話しを振る。

 確かに今いるメンバーで年齢的な問題と子供の有無を考えるとワンコが妥当だな。


「え? 私、ですか?」


 まさか自分の番が来るとは考えもしなかったのだろう、ワンコが薙刀を持った手でそわそわする。

 他の妙齢の仲間達は子供持ちだ。義父が出来るという微妙な問題があるので話は振り難い。


「犬人族をまとめるという責務がありますから、ここはフリーの……ウサコさんでは」


 明らかにシルヴィの姿をさがした様子だ。しかし完全に気配を遮断している猫人族の引きこもりは発見できなかったらしい。


 ウサコは14歳だが、この世界での結婚可能年齢が法的に整備されているのか不明だ。

 今は清楚な体つきだが兎人族の特徴として将来は有望視されている。


「うふふー。私はコーキくんのお世話で手一杯だから旦那さんとかは今は考えられないよ」


 ぎゅうっと抱きついてくる。世話好きの寂しがりやなウサコは相変わらずよく俺に抱きついてくる。


「先輩のお世話なら、私もイッカさんもミコちゃんもいるから大丈夫だよ」


 西川の言葉にウサコはにこにこ笑っていた。


 そろそろいいか?


「だから、何の話をしているんですか?」


「何って先輩、この魔物を攻略する方法を話し合っているんじゃないですか」


 え? そうなの?

 近くでぽかんとしているミコを見る。俺の問いかけたっぷりの視線に首がもげるのが心配になるくらいに首を振っていた。


「冷静になってください先輩。今まで魔物が話しかけてくることなんてありましたか?」


 そう言われるとそうだな。西川に指摘されて腹立たしいが確かに初めてかもしれない。


「その魔物が花嫁を要求しているんですよ?」


 まあ、たしかにそうとも取れる発言はあったな。


「だから、誰が嫁ぐか話し合っているんですよ」


 発想の飛躍も甚だしいな。

 別にここにいる誰かが嫁ぐ必要はないと思うんだけど。

 どうしてこの場面で供物と言うか生贄を捧げるという展開なんだよ。


 固まって話し始めた仲間達を見て呆れる。

 いや、待てよ。


「菊千代、どう思う?」

「私個人の意見といたしましては、やはり最有力はイッカ様でしょうか。属性がどことなく同じですから。対抗馬にミコ様でございますね。男というのはいつの時代も若い女を望むものです」


 違えよ、誰が予想を聞いたよ。


「菊千代、ステータスに異常はないか?」


 もしやこれは吸血鬼の持つ魅了スキルの影響かと危惧したんだよ。


「はあ、皆さん、いたって健康でございますね」


 つまり正気か。正気の沙汰とは思えないが。

 小耳に挟む内容はさっきまでの話ではなく恋愛相談風世間話に変化してした。

 シルヴィまでいつのまにか近くに体を寄せている。

 女子というのは世界が違えど恋バナには興味津々らしい。


 くいと服の袖を引かれる。

 ユウが不思議そうな顔で俺を見上げていた。


「ねえコーキ様、みんな、なんのお話をしてるの?」


 9歳のユウにはまだ早い話だったか。何故か安堵の息が漏れる。無垢というのは素晴らしい。性癖としてはあまり歓迎は出来ないが少女を好きだという男の気持ちの片鱗が見えた気がする。


「いや、ユウ、聞いてはダメですよ、耳が腐ります」

「ふうん。じゃあ、あのお兄さんはほおっておいていいの?」


 どことなく居心地が悪そうな吸血鬼が頭を掻いている。つかみを失敗した芸人がリテイクを要求しているような顔だ。なんだか申し訳ない気分になってくるな。


 だいたい、場所がよろしくない。さあ、戦おうという気が削がれる。


 乗り込んだ城の内部は高そうな調度品が設えられて、清掃も行き届き、時代物の重厚さが漂っていた。絵画がかけられた暖炉のあるこの部屋は、厚い布のカーテンで窓は塞がれているが、電気の存在を疑うようなクリスタルらしいシャンデリアが室内をしっかりと照らしている。


 床は毛足の深い血を想起させるような真紅色の絨毯だ。

 この世界では見たことがないガラス製品が並べられた足が細く曲がった白いテーブル。


 どっしりとした赤が基調のアンティーク調のソファに優雅に座る美男子。

 まるで映画のワンシーンだ。気を抜いたらメイドさんがお茶を運んできてしまうぞ。


 三層のレベル8地帯の攻略方法は呪い無効というスキルで確立したし、レベル9地帯も特に苦労がなかった事を考えると一旦帰還しても時間的ロスは然程ない。

 相手側が戦闘状態に入っているわけでもないしここは出直すか。


 それとも、この好機に吸血鬼と一騎打ちという選択肢もある。

 てくてくと吸血鬼に近付くとなんとなくユウも付いて来た。


「ひとつ確認したいことがあるのですけど、よろしいですか?」

「ああ、君の心配は杞憂だよ。言わなくても分かっているから安心したまえ。我は男もイケるクチだ」


 サラサラした髪をかきあげる姿が様になっている。


 安心できるか! 鳥肌が立ったわ!


 年端もいかない子供の前でなんて事を口にするんだ。

 小首を傾げて疑問の眼差しで俺を見上げるユウの純真さがまぶしくて目を開けているのが辛い。


「あなたは死ぬことが出来るのですか?」


 アナライズで確認するとスキルに不死という項目がある。気になった点だ。


 レベルが9に減っている。見間違いか?

 瞬きをする間に10に戻っていた。


「ふむ。我は生と死を超越した存在故、死ぬことはないな」


 吸血鬼だもんな。実際にはもう死んでいる状態という訳だ。死んだ奴をどうやって倒すんだ?

 乏しい知識から察するに、方法としては、聖なる光でターンアンデットとか直射日光とかか。心臓に杭を打つとかは勘弁してもらいたい。人型をしていると例え魔物と割り切っても躊躇をしてしまう平和の国からやってきた冒険者もどきなのだ。


 信仰系のスキルは今の所ウサコにはない。覚えようと思って覚えられる類のスキルでもない。何かの信仰に頼る形になるが、俺はこの世界に存在する宗教など知らないから行き詰っている。


「直射日光を浴びるとどうなるんですか?」


 聞いておきながら間抜けな質問だ。

 敵対する魔物を目の前にして呑気に弱点談話を仕掛けているんだからな。


「燃えるな」


 燃えますか。


「だが我は灰からでも超再生スキルですぐに復活してしまう故、30時間は直射日光を当ててほしい」


 紫外線の殺菌みたいな話だな。

 はあ。物理的に無理ですね。太陽を追いかけながら移動するか宇宙に出るか。現在の科学技術では到底追いつかないだろう。陽光を発し続ける魔法でもあればいいが紛い物では効果が期待できない。

 長再生スキルとはそういう類のものでしたか。


「ありがとうございます。では、失礼します」

「うむ。何もお構いできなくて申し訳ないな」


 いえいえお気になさらず。

 喧々囂々の女性陣に近寄り迷宮外に転移する。


 武力を以って倒すことは不可能に近い存在が相手だ、案外、西川の提案が的を射ているのかもしれないな。


 戻ったことにも気付かないのか女性陣は熱心におそらく答えなどでないであろう話し合いに夢中になっていた。

 オチのない話を延々と出来る精神力は素晴らしいね。まったく。


 俺はミコを連れて長老の見舞いにでも行くとしよう。聞きたいこともあるからな。


 さて、後日のことだ。


「最終的な結論がでました、先輩」


 西川が笑い、イッカが申し訳なさそうな上目使いで俺を窺っている時点で嫌な予感しかしないが、一応、聞こう。


「先輩が女装して嫁ぐことになりました」


 経緯を聞いてみたいよ!

 聞かなきゃ良かった。一瞬で後悔の渦に飲まれてしまう。


「イッカ」

「はっ」


 傅き、深く深く頭を下げている。

 忠臣としては主を供物に捧げるとか切腹物だからな。

 だが叱責じゃないから安心しろ。


「今後一切第三層レベル10地帯に侵入することを禁じる、いいか、これは命令だ、遵守しろ」


 あえて口調を元に戻して強く宣言する。

 ウサコがいつものように目を輝かせていた。

 まあ管理者権限で出入りを制限するから誰も近寄れないんだけどね。


 西川がにやにやと笑い出した。なんだ?


「先輩、それはあれですか? 例え目的を放棄しようとも誰もお嫁には出さないという意思の表れですか? 嫉妬ですか? 独占欲ですか? 誰にも私達を渡さない宣言ですか?」


 ミコとイッカが顔を真っ赤にしている。

 ウサコもあらうふふと嬉しそうだ。

 ワンコ達まで照れている。


 いや、まったく違う。

 人間、呆れすぎると溜め息もでないんだな。


 三ヵ月後に唐突に第三層攻略完了のログが流れ、迷宮の進化が始まった。

 予想より早くて戸惑ってしまう。そろそろ様子を見に行くつもりが攻略してしまったらしい。


 絶賛、三層攻略中だったリッカの特攻隊が強制排出されたのだろう、怪訝な表情で第三層の入り口前で固まっていた。


「お、コーキ。これは一体どういうことだ?」

「攻略中のラスボスを倒したんですよ」

「ああ? 分かるように言えよ。お前がここにいるってことは誰か刺客でも放ったのか?」


 俺は肩を竦める。

 説明しても多分理解してもらえないだろうな。


 草むらに転がっているとイッカが慌てて近付いてきた。

 そろそろと近付いては離れるを繰り返していたシルヴィがさっと姿を消す。惜しかった。


「主様、愚弟より報告がありましたが、第三層の攻略が完了したというのは真でございますか?」

「ええ」


 俺の肯定に、少しだけ悔しそうな顔のイッカだ。

 職務に忠実だから知らぬ間に攻略が行われていたことに気が重いのだろう。


「誰の功績なのでしょうか?」

「誰でもないですよ。でもまあ強いてあげるならば西川ですね」


 暗殺したわけでも、もちろん誰かを嫁がせたわけでもない。

 ただ、放置しただけだ。


 イッカは美しい顔の眉間に皺を寄せた困惑顔をする。あーうん、子供の心にも刺さるセクシーな表情だな。


 無理に理屈をつけるとしたら、こういう事だ。


「イッカはこんな話を知っていますか?」


 人族の、ミコとユウに前に聞いた話だ。

 森に近付いてはいけない。人でなしに食べられるという、子供を危険に近付かせないための躾としての方便。


「小さい頃に似たような話をされた記憶があります」


 どこにでもある話だよな。長老にもしっかりと確認を取ったから間違いないとは思っていた。

 前世界でも当然あった話だ。

 それはお化けだとか妖怪だとか呼ばれている。


 実体のない認識の中だけで存在するモノは勿論倒すことなど出来ない。だが、認識されなくなった時点で忘れ去られて消滅する。

 倒すことが出来なくとも、消滅をさせることが出来るのだ。


 ラスボスの吸血鬼のレベルが一瞬だけ下がっていたのは、あの時点で蚊帳の外になって存在を忘れ去られたからなのかもしれない。いいヒントだった。

 そうでなくとも攻略が行き詰まり一年間も放置されていたのだ。今までの迷宮のパターンでは、魔物のレベルと深度は比例していたのに、僅か10しかなかったのはそのせいなのだろう。


 今回のラスボスは自動消滅型の魔物だ。ただし、戦えば寿命が延びるタイプの。

 吸血鬼らしく、血を吸うことで延命したのかもしれない。

 機会があれば尋ねてみよう、どうせリポップするさ。

 

 あのまま戦闘を続けていれば、千日手だ。

 いつまでたっても倒すことは出来なかっただろう。

 まったく迷宮め。あの手この手で俺達を翻弄する。これが成長という奴なのだろう。


「浅学菲才な私には遠く理解が及びませんが、主様が凄まじいということは理解できました」


 興奮気味の赤い顔でイッカが羨望の眼差しを送ってくる。


「今回のはどちらかというと西川の能天気さが勝因だけどな」

「ご謙遜を」


 深く頭を下げるイッカの肩を軽く叩く。


 さて、迷宮が進化を終えたら第三層の城に一度顔を出してみよう。

 運がよければ、ボスドロップが手に入るかもしれないからな。

読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただけましたら幸いです。

ブクマ、評価、ありがとうございます。大変、励みになります。

いまいち盛り上がりに欠けますが、第二部終了です。すいません。

あと10話程度で完結ですので、お付き合いください。

では、失礼しまして。

もし、気に入っていただけたり、続きを読んでみたいと思われましたら、ブックマークとこの下にあります評価の入力をお願いします。(評価感想欄は最新話にしかないそうです)

感想もお待ちしております。続きを書く励みになります。

よろしくお願いします。

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