第21話 再始動
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あまりの寒さに目を覚ますと腹がぐうと大きな音を立てた。
体にまとわりついているペラペラのシーツを握り締める。
どこだ、ここは?
饐えた匂いのするただっ広い空間が、ひび割れた木の窓から射している月明かりで見えると更に体が寒さで震えた。
それから同じように毛布に包まり丸くなっている影に気づく。10は超えている。だが心許ない月明かりだけでは確認が取れない。
おかしい。暗視スキルが発動しない。
「菊千代?」
小声であのバカプログラムに呼びかけても反応なし。
すぐに頭は覚醒した。痛みと共に思い出す。
そうだ。
俺は鬼骸のやつに体を真っ二つに裂かれたんだ。
菊千代がいないということは失敗したのか?
いやしかし俺は記憶を持っている。完全な失敗というわけではない。
俺の名前は一条光輝だ。へんな委員会に拉致されて迷宮ブリーダーを命じられて活動していた。
だが、迷宮探索中にあえなく挫折。記憶を確認する。
命を失い、元の世界に戻れたなんていう甘い希望は持たない方がよさそうだな。
「どうしたの?」
暗がりからか細い声がした。聞いたことのない声だ。
「眠れないのかな?」
「いえ、お腹がすきました」
相手が誰だか分らない上に菊千代のサポートなしの状態だ、とにかく下手に出て情報を収集することにする。
「あ、初めて話してくれたね」
声は少女のものだ。
なるほど、俺のことを知っているのか。俺はそれほど無口か?
「でもごめんなさい、食べ物は朝ごはんまで我慢してね」
少女は他のものを刺激しないように近付いてくると俺の頭を優しくなでた。
温かい体温で人心地つく。
「お名前はなんていうの?」
「コーキ、です」
コーキくんかと名前を呟いて少女はにっこり笑う。暗がりに慣れてきた目に映る少女は可愛らしい顔立ちだ。ただ、年は14、5に思える。アナライズが発動しない。
しかし、26歳の俺を相手に語りかけるにしては言葉使いがいささか幼すぎないか? まるで年下の幼い男の子にでも語り掛けるような……。
すぐに確認だ。自分の手を見る。紅葉のように小さい。横で笑う少女を見上げる。体を起こしているのに僅かだけど見上げなければならない体の小ささ。
これはもしかして俺は縮んでいないか?
ぽんと視界に菊千代が現れる。
「失礼致しました一条様。おかえりなさいませ、ようやくお目覚めですか、さすがの菊千代も少し心配になってきていたところでございますよ?」
「寝ます」
少女に告げると俺は体を横にする。少女は慈しむようにしばらくの間、俺の頭をなでていた。
「菊千代、状況報告を頼む」
少女が寝るのをまって小声で呟く。
「畏まりました。一条様がリセットされてから約一年が過ぎております」
おいおい、一年も経っているのか。
「スキルリセットの効果により、使用済み迷宮ポイントの全消失に伴いましてステータス及びスキルはリセットされております」
なるほどだから暗視スキルが使えなかったのか。
「更に、肉体年齢の引き下げが発生、一条様は現在12歳となっております」
約15年の肉体年齢の引き下げがリセットのペナルティね。だがあの瀕死状態からの生還、生きてるなら安いものだ。
迷宮が用意したスキルステータスリセットは俺の能力を元の状態に戻すという効果だ。
元の能力に戻す過程で肉体も元の状態に戻してくれたわけだ。怪我もなかったことになっている。
代償に15年分若返ったけどな。
賭けに近い行動だったがなんとかなった。さすがイージーモード。
万が一命の危機に瀕した時は試してみようと準備しておいて何よりだったな。
ギルド上納でポイントを溜めてくれていた仲間達に感謝だ。
次に同様の事態で生き延びるには、最低後3年は年をとっておかないとだめか。ただそれだと赤ん坊だ何も出来やしない。まったく、次こそは絶対に命大事にだ。
いやでもこれは考えようによっては不老不死じゃないか?
40のおっさんになってもリセットすれば25に若返えることが可能だということだぞ。
いや、逆にこんなものが用意されているということは、長丁場が前提とも考えられるな。
迷宮運営とやらの闇が見え隠れする。
「リセット後のスタート地点は迷宮効果が及ぶ範囲の端にポイントが設定されていたと思われます。攻略が進み範囲拡大の影響で場所が迷宮前ではなく、この場所になったのでしょう。推測するにここは迷宮南部にあります街の一角ですね。また、緊急時のリセット使用のためか一条様の記憶が一部混濁したと思われます」
建物とこの状況から考えると孤児院か何かか。
無事リセットできたことは喜ばしいんだけど俺の存在というのはどういう位置づけなんだ?
「孤児院に預けられた子供という状況ですね。約一年前になります」
なるほどリセットのおかげで転移してそのペナルティで年齢が引き下げられてしかも無茶の代償で記憶喪失状態か、なかなかハードだな。
まあいい。朝になるのを待って迷宮に戻ろう。
「それが一条様、大変申し訳ないのですが……」
菊千代は大変申しわけなさそうに言った。
菊千代曰く、管理権の認証をまだ得られていないらしい。
菊千代がインストールされているのだから許可も何もないだろうが。
「何分始めての出来事でございますれば……」
管理権の委譲を含む人員の用意は迷宮運営委員会に一任されている。今回は俺の死亡に伴い次のブリーダーが用意されるはずであったが、直前のリセットにより延命、更に確認された個体である俺は記憶喪失で連絡が取れない状態で権限剥奪が行えず。止むを得ず凍結処理とされていたらしい。
俺が今際の際のリセットなんて無茶をしたからだな。
現在、菊千代が管理権限の凍結解除申請を行っており返答待ちとの事だ。
「ですので、管理権限の凍結が解除されるまでは一条様は迷宮に対して手出しが出来ないことになります」
つまり、どういうことだ?
「はい。一条様は迷宮にお入りになることが出来ないであります」
菊千代は涙目だった。
陽が昇ると俺は早速周囲を探索した。
孤児院には約30名ほどの15歳未満の孤児が暮らしいてるらしい。大部分が戦争孤児だ。
元は教会だったのだろうか? 現在は帝国の占領下だ、王国とは相容れない宗教だったのか。戦争孤児を集めるには建物としては十分だ。
ミコとユウがいた孤児院とは別物だな。
職員が数名。どうも孤児達を厄介者かメシのタネ程度にしか見ていないクズばかりのようだ。帝国から幾ばくかの予算が出ているらしいが着服している上孤児達に対しては虐待行為もある。酷いのになると脱走したとして奴隷商に売り飛ばしているやつもいる。
こっそりと職員達の部屋を盗み聞きしただけでこれだけの悪事だ現状は相当酷いのだろう。
迷宮が目と鼻の先にあるというのにひ弱な子供での縛りプレイ。最悪この体で死ねば次はもうないというのにまったく。
早いこと行動方針を決めないとな。
朝食は塩の味しかしない具のほとんど無いスープ一杯と固い小さなパンのみだった。職員の着服のせいだな腹減った。
子供たちは死人のように目の光がない者が多い。そりゃそうだ。生きる希望なんて微塵もわいてこないからな。
早々に抜け出すとしよう。
だが問題は行き先だ。もちろん身寄りなどない。生きていく力も金もない。
せめてアイテムボックスだけでも開ければ飢えを凌げるのにな。
迷宮に向うのはいいが中には入れない。仲間達はいるが俺が若返った一条光輝だと証明する術がないから最悪目撃者だということで処分される危険もある。このひ弱な体では迷宮で更にレベルアップしているだろう仲間達に敵うはずもない。
「おい、無口、邪魔だっ」
考え事をしていたらそんな怒声が聞こえてきた。
年長組みだろうか体の大きいボロをまとったニキビ面の少年が俺を突き飛ばした。
俺は無口と呼ばれているのか。とか考えているうちに軽い体はあっさりと吹っ飛ばされて床をごろごろと転がる。HPバーが減少する。おいおい乱暴者だな。
「おやめなさい!」
この声は昨日の? 慌てて俺に駆け寄ってくる少女から、俺は目を離せなかった。
「なんだ、ウサコ、俺に逆らうつもりか? 兎人族の分際で。おまえなんか本来奴隷の身分なんだぞ、生意気言いやがって。……へへ、そうだ今度俺の相手をしろよ、愛玩動物」
まじまじとウサコと呼ばれた少女を見つめる。頭の上にウサギの耳がのっていた。
「どうせいろんな男にやられてんだろ?」
ニヤついた少年がいやらしい目で少女の体を舐めまわすように見ている。
少女は美しい顔で睨み返している。
「騒ぐんじゃねえよガキどもっ」
孤児院の職員が乱暴に壁を叩いて現れたので舌打ちして少年は離れて行った。
職員の男は舌打ちしてさっさと部屋に戻る。いやいや職員仕事しろよ。
「コーキくん大丈夫?」
「ありがとうございます。ウサコさん?」
ぼそぼそと話す俺を見てウサコはにっこり微笑んだ。
聞けばウサコは少し前の戦争で主人を亡くしたはぐれ奴隷だったらしい。金で買われた通常奴隷だったため、主人が死亡した時点で厳密には奴隷ではなくなったが、身を寄せる家も無く孤児院で厄介になっているとのこと。
現在14歳。二人姉がいてきっと自分を探しているだろうから居場所を移すよりも一箇所にいたほうが都合がいいと朗らかに笑いながら言った。姉たちは腕は立つのですがその少々アレですので。
言葉を濁すウサコをなんとなく察して姉のことには触れないでおいた。どこにでもそういう奴はいるものだ。リッカとかリッカとか。
さて、これからどうしたものか。今後の方針の続きだ。
迷宮に戻るのは博打に近い。さりとて。
管理権限がない以上恐らくギルド上納で溜まっている迷宮ポイントを使用することも出来ず、迷宮に入れないので迷宮ポイントを稼ぐことも出来ず、ただひ弱な体だけの俺は、管理者権限が凍結解除されるまでどうすればいいんだろうか。
具体的に言うと生き残るためにはどうすればいいんだろう?
え? これ、もしかして詰んでない?
「いえ一条様、そこまで悲観する必要もございませんよ?」
迷宮周辺では迷宮の効力がある以上、その逆も必ず影響があるというのが菊千代の推論だった。
孤児院の裏庭で棒を拾うと素振りをしてみる。
格闘スキル(棒)をゲットする。
一時間ほどうろ覚えの型を素振りするだけでスキルレベルは2まで上昇した。
なるほど、そういえば迷宮ポイントがなくともスキルレベルを上げることは可能なんだった。
体を動かすことで覚えられるスキルならばリセット前の記憶を元に訓練するだけでスキルレベルを上げることができた。ステータスも緩やかにだが上昇しているだろう。
ただし、アナライズや気配察知、周囲索敵などはスキルを上げるための経験が足りないらしい。
足りないなら経験すればいい。
取り合えず三日ほど基礎練習を行って粗食に耐えることにする。
人間、目標が出来ればやる気も出るものだ。
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