第2話 迷宮運営
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まずは状況の整理をしよう。
性質の悪い夢とか精神的疲労からくる妄想の炸裂とかではなさそうだからな。
見えていないらしい西川に無用の誤解を与えないために背を向けて、ふわふわと浮かぶ菊千代に目を向ける。こいつ、俺の視界について移動してきやがる。
「ここは、どこだ?」
「わかりかねます」
菊千代はこてんと首を傾げる。
まあ、いい。想定内だ。
「……どうして俺がその変な組織の変な作業員に抜擢されたんだ?」
「迷宮運営委員会ですね。一条様は厳選なる抽選の結果に選出されたと聞いております」
「そんな変な募集に申し込んだ覚えはないんだが?」
「お客様の貴重な意見は運営スタッフにお伝えしておきますね」
「……消えてしまった俺の処遇はどうなってるんだ?」
「それも、わかりかねます」
つまり今日が何曜日か定かではないが、会社は無断欠勤で俺自身は行方不明扱いだ。俺の人生は詰んでいると考えて間違いない。案外世間で起こっている蒸発とか行方不明の原因はコレなのかもしれないな。
更に間の悪いことに、ここに西川がいるということが追い討ちを掛けている。
ふたり共に行方不明だ。最後に接触したのが俺だから、下手すると誘拐犯扱いだぞ。
ぴたりと柔らか温かい体が背中に張り付いてきた。
「先輩、一体、誰とお話されているんですか? 妄想彼女とかですか? 二次元しか愛せない体なんですか?」
話をややこしくするな。
「後で説明するから少し待ってろ」
「はい、先輩。ああ、男の人に命令されるってステキです」
背中に頬ずりをしているようだが、この際だ、こいつの処遇も聞いておこう。
「この女も抽選で選抜されたのか?」
だとしたら嫌過ぎる偶然だ。
「ああ、西川様ですね、この方は一条様のパートナーとしての選出になります」
何だと? 待て待て。つまりこいつは俺が陥った事態に巻き込まれた被害者か? 無駄に罪悪感が煽られるな。もちろん、俺の責任ではないんだが。
「我々も日々切磋琢磨しておりまして、迷宮ブリーダーの従業員満足度向上に力を入れております」
志は立派だが、俺はその変な組織に転職した覚えはない。
「不躾で申し訳ありませんが、迷宮ブリーダーとして選出された方が一名様ですと、モチベーションに著しい低下が見受けられます」
訳のわからない組織に訳のわからない理由で拉致されればモチベーションも何もないだろうな。
「そこで、考案されましたのがパートナー制度です」
ない胸を張って菊千代はエッヘンと言った。実際に「エッヘン」とか言うの初めて見たよ。
「選出されましたブリーダー様に好意を抱いている異性をお側に配置することでモチベーションは当社比で200パーセントという結果が出ております」
あーコホン。つまりあれか、今俺の背中に指で「の」の字を書いている西川は俺に好意を抱いているという事か。余計にやりにくいわ!
「いえ、しかしですね。選出されました方が好意を抱いている異性を配置しましても空回りする確率が非常に高いものとなりますので」
困ったものです。菊千代がやれやれと首を左右に傾げる。
それはなんとなく理解できる。憧れの女性の前だと男は張り切る傾向にあるからな。
パートナーとして選出されるにしても、好意を抱かれているよりは抱いている方が納得のハードルは下がるかもしれない。
まあ、俺が西川に対して抱いていた罪悪感は薄れたからよしとしよう。
大変申し訳ないが自業自得だ。
「ちなみにパートナーとして選ばれた方と恋人関係になる確率は実に98%です」
そんな情報はいらん。
話を戻そう。
「で、結局迷宮運営ってなんなんだ? 俺は何に従事させられるんだ?」
「世界各地に存在する迷宮を保護することから始まりました当委員会ですが、特に力を入れておりますのは迷宮の育成です。育成過程をサポートしますのが迷宮運営となります。一条様のお仕事は本日生まれました迷宮を立派な大迷宮に育て上げることです。一緒に頑張りましょうね!」
顔の横で横にしたピースサインとウインクにイラっとする。
「立派に育てれば解放されるのか?」
「解放というのはいささか語弊がございますが、迷宮の育成が終わりましたらご本人様の希望で以前の暮らしに戻ることが可能です。また、希望がございましたら次の迷宮の育成に携わることも可能です。迷宮ブリーダーはいつも人手不足ですからね」
やれやれと首を振る。首を振りたいのはこっちだよ。
しかし、元の暮らしに帰る事ができるというのはひとつの光明だ。
お荷物もあることだしな。
「立派な大迷宮って言う基準は?」
「迷宮レベル100を超える立派な大迷宮です」
「意味不明だ。大体元に戻れるっていつの話だ?」
「それはもちろん一条様の頑張り次第でございますね」
「答えになってないぞ? だいたいどうやって育てるんだよ?」
エサは何だ? 散歩は一日何回なんだ?
「攻略して下さい」
は?
今なんて言った?
「攻略してください」
聞き間違いではないらしい。
「いや、攻略しちゃダメだろう?」
「何故ですか? 攻略しないと育たないじゃないですか」
菊千代はこてんと首をかしげる。ムダに可愛らしいのが本当にムカツク。
俺が持っている乏しいゲームの知識でも迷宮というのは攻略されるためにあって、迷宮側からしてみれば攻略されない方がいいはずだ。ものによっては攻略されると無くなったり枯れたりするんだぞ?
なにか違う法則でもあるのか?
「攻略された迷宮は、より攻略されないために成長します」
なにその根性論。
とりあえず背中に顔を押し当ててくんかくんかしている西川を剥がす。
適当にかいつまんで事情を説明すると途端に目を輝かせ始めやがった。
「先輩、つまりこれは異世――」
「それ以上口にするな」
「どうしてですか?」
「恥ずかしいだろうが。この歳になってそれは、あまりに」
「男の人の照れ隠しとかご褒美ですか?」
何故顔を赤くするんだ? 意味不明だ。
「論より証拠ですよ一条様。まずは攻略してみてはいかがでしょうか? さ、どうぞどうぞ」
軽い言葉で促されて、俺の長い長い迷宮運営というものが幕を開けたのだ。
まったく自分の順応性の高さには舌を巻くぜチクショウ。
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