第19話 人懐こい犬
誤字を訂正しました。報告ありがとうございます。
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ポカポカした日差しの中で寝転がっているとわーわーと元気な声が聞こえてきた。
セーフゾーンの境目に申し訳程度に建てた柵の向こうで猫人族の子供たちがレベル1ゾーンでブヨブヨを狩っている。
ブヨブヨはあれでバカに出来ないドロップアイテムを出すので子供たちのお手伝いになる。主に回復ポーション、りんご、杖、ナイフ辺りだ。
しかし固定されたアイテム以外にも希にレアアイテムが出る。
一際大きな歓声が上がる。
「煮干きたー!」
猫人族まっしぐらだ。
第一層フィールドでのドロップアイテムに上納義務はないのでそのまま彼らのおやつになる。
こうして知らない内にレベルは上がっていくわけだ。
悲鳴があがったので慌てて目を向けるとボスのデカイブヨブヨがポップしていた。
レベル的に楽勝だが自分の身長程もある大きさというのは怖いものだ。
逃げ回ったり攻撃したりしている。
引率している猫人族の女性もほら頑張ってと声かけているくらいだから大丈夫だろう。ちびどもの母親だろうが、大変スパルタでいらっしゃる。
レベル2フィールドではウリボーをまとめ撃ちして仕留めてはせっせとドロップアイテムを拾うユウがいる。
毛皮を集めて町に売りに行くという試験的運用の話があったのでその手伝いだろう。
ここからは見えないがミコはレベル3フィールドで野菜を狩っている筈だ。
第二層レベル6の迷宮の攻略が終わったので本日から三日間を休暇にした。経験上、レベル7辺りから攻略速度ががくんと落ちるのでその前に休憩しておこうと言う腹だ。アタッカーが増えている分多少はマシだろうけどな。
横に転がって寝ている西川が着ているシャツも随分傷んできた。
服のドロップはあるのだから着替えればいいのに、拘りがあるのか着続けている。
猫人族が迷宮にやって来て7日目だ。
鬼族とも問題なくコミニュケーションがとれている。
そろそろお使いに出した鬼も戻ってくる頃だな。
種族はともかく手数が増えて欲しい。20名程度のどちらかといえば非力な猫人族が増えただけでも様々な場面で効率とスピードが上がっているので期待はふくらむ一方だ。
昨日、バカ鬼の隊がレベル9エリアのボスを撃破して、レベルを30の大台にのせた。
本日より第一層の最終エリアの攻略開始だ。ちなみに猫人族の方もわりと順調で、今はレベル5エリアを攻略中だ。まあほとんどがソロでの行動なのだが。
「シルヴィは狩りに行かないのか?」
少し離れた場所でこちらをうかがっていた銀色の髪の猫人族の少女はプイと横を向いた。
猫人族特有のしなやかな体つきの未だに一言も話せていない筋金入りの人見知りだ。
余りしつこく話しかけると逃げてしまうのでたまに声をかける。
ソロでレベルが21。また上がっている。未使用の迷宮ポイントが100近い。
ステータスは菊千代に丸投げだが、スキルのポイント振りについては各々の申請によって行うので俺と話さないこの少女は自力で鍛えたスキルでここまでレベルを上げているということになる。普通に快挙だ。
「シルヴィ、何か上げたいスキルはないのか?」
銀髪の髪に埋もれている耳がぴくりと動く。あるらしい。アナライズで確かめると回避がレベル3と高い、続いて格闘(短剣)、格闘(弓)でレベル2。不意打ち、周囲索敵、気配遮断、気配察知はレベル1。
戦闘特化型だとある程度上げても問題ないスキルだな。
「菊千代、自分のスキルを鑑定できる方法とかないのか?」
「一条様……お忘れでしたらもう一度説明いたしますね。メニューを開けば見えますけど?」
ちげーよ。俺じゃなくて菊千代がインストールされていない状態で鑑定とかする方法だよ。
「ああ、それでしたらギルドスキル、スキル鑑定盤を設置してみてはいかがでしょうか?」
なにそれ? そんな便利なものあるのか。さすがイージーモード。
「じゃあ上げたいスキルを自由に上げられるようにとかできるのか?」
「可能ですけど統計上あまりお勧めではないようです」
どうもスキルを自由に上げさせると不正使用が増えて犯罪が増えるらしい。
確かにある程度信用できる者以外に高レベルスキル持ちがいたら厄介ではあるな。
元々迷宮ポイントでスキルレベルを上げること自体が異常なのだ。まあそうだよな。修行もせずにスキルが上がるんだから。
世間に疎い俺にはわからない話だ。
「スキルを与えて迷宮攻略をさせる方はいらっしゃいますが大抵は命を落とされていますね」
なにそれ怖すぎるんだけど。
しかし考えてみれば当然だな。なんの取り得もない一般人の俺なんぞスキルを持つ猛者に敵う道理がない。最初は感謝されていても欲に負けるものもいるだろうからな。
他人のスキルを闇雲に上げなくて良かった……。いや姉妹のレベルは一部とはいえ上げまくっているけど。なにごともバランスが大事だということだ。
気が付くとシルヴィが少し近くに寄ってきて首を傾げていた。
黙りこんでいたからかな。すまないな。しかし習性が本当に猫のようだ。
「上げたいスキルがあれば言ってくれ能力に応じて考慮する。俺のパーティに入ればもっと上げられるぞ?」
プイと横を向く。ソロのプライドだろうか?
「強く……なりたい……」
心の奥底から漏れた言葉のような重みだ。
ぽつりと呟いたシルヴィを思わず見つめてしまったのがいけなかった。
さっと猫人族の少女はその場から消えうせた。少し顔が赤かったな。無理をさせてしまったみたいだ反省しよう。
「主様」
イッカが近付き恭しく礼をする。
「使いに出していた鬼族のものが帰還いたしました」
「お、二人とも無事か?」
怪我とかしていないといいんだけど。
「同族の心配をしていただきありがとうございます。二人共問題ありません」
「それならいい。それで、首尾は?」
「犬人族と無事コンタクトです。それにつきまして、代表者が面会を求めているとの事です」
イッカの顔はいつも通り凛としているが仲間がしっかり働いたからか満足そうだ。
勧誘は成功したんだ、褒美にレベル差を埋めるように経験値を分配しよう。
クエストもしっかり評価しないとな。
「よし、会おう」
「はっ」
イッカが軍人のように一礼する。
今気がついたがいつも側にいるシロウがいない。
「シロウは主様より仰せつかりました義のため離れております」
ああ、非戦闘系のまとめ役の話ね。
数が増えてきたから組織もしっかり作らないとな。
犬人族の代表者は予想と違い若い女性だった。
猫人族の犬版だ。頭の上にある耳とふさふさした尻尾以外は人と変わりない。
服装が洋風だな。
アナライズで見たところ歳は20。レベルは5とわりと高い。
「お初にお目にかかります、私は犬族を代表しておりますワンコと申します」
名前、そのままだな。
「若輩の身ながら一族をまとめさせていただいております」
いや、能力は性別や年齢とかは関係ないと口にしかけて飲み込む。この世の常識から外れている可能性があるからな。
「能力は性別や年齢に関係ない。犬人族の長」
とか思いつつも正直に伝える。
「は、ありがとうございます」
ほっとした様子だ。
犬人族の世界では女性の地位が低いのかもしれない。
「俺は一条光輝だ、早速で悪いが提案する」
いつものように条件を話し終える。
「失礼ですが、お願いとおうかがいしたいことがあります」
犬人族の女性は神妙な顔で話す。
「コーキ殿の配下になるのは時をいただきたい」
「ああ、いいよ」
しがないサラリーマンだった俺に今や部下は40人近い。もうそろそろ限界だ。
「よろしいのですか?」
大きめの目が丸くなる。そんなにお山の大将顔なのか俺は。
「構わない。俺が欲しいのは人手であってそれは仲間であれば事足りる。どうしても部下が欲しいわけではない」
なりたいと言うなら無下にはしないけどね。
「この迷宮には鬼族以外にはどのような種族の方がいるのでしょうか?」
「人族と鬼人族、猫人族、あとはお貴族様が一人いるな」
犬人族の長はほっと息をつく。明らかに安堵の顔だ。
その後もいくつか質問が続いた。
なんだろう、何か隠していて言質を取ろうとしているような含んだ話し方が気になるな。
「犬人族の長、何か困ったことがあるなら話してくれないか?」
犬人族の長はぐっと歯を噛み締める。
そして、滔々と語った。
なんでも、この女性のいた村では一部の男達が絶対的な権力を持ち、そのほかの男は労働力としてこき使われ、女は奴隷扱いだったらしい。猿の群れみたいだな。圧政に耐えかねて逃げ出した為に女性しかおらず、男は6歳未満の子供だけだそうだ。
人数を聞くと子供が10名。主に母親と縁者が10名。
安住の地は欲しいが事情が事情なので同じ境遇に陥るわけにはいかないから慎重を崩せない。また、男手がないからお荷物扱いだと肩身が狭くなる。それを打破したかったようだ。
だが無用の心配だ。
俺にハーレムを作る気はない。
男手がないという事情もこの迷宮ではハンデではない。非力さイコール性別では決してないからだ。ステータス上昇で解決してしまう。猫人族がいい例だ。
「逃げ出した私達を男達が追ってくるやもしれないです。いえ、きっと来ます」
「それも大した問題じゃない」
「え? 何故でしょうか?」
「簡単だ。お前達が強くなればいい」
迷宮に三日、いや、一週間もこもれば圧倒できるだけの力をつけることが可能なのだ。
犬人族の長は半信半疑だ。
「そうだな、まずは二週間、俺の仕事を手伝ってみないか? そのあとに結論を出せばいい」
化粧品の無料サンプルのような勧め方に横にいた西川が吹き出している。
犬人族の長は逡巡したがやがてこくりと頷いた。
わずか一週間で結果は出た。
第一層を駆け抜ける犬人族の女性達を見て一週間前まで搾取される側だったということに気付ける者はいないだろう。
レベルは15まで上がった。ギルドに加入していないので上納がなかったため純粋に経験値が入ったということもあるが、刮目するべきは彼女たちの連携力だ。
まるで流れるような無駄のない連携。役割分担。敢えて小集団にせずに10名という大所帯で挑んだというのに、これが種族特性というものか。
恐るべきことに4歳から6歳までのジュニア世代も負けず劣らずの連携力で結果を残すことになった。
群れで戦うことで早々に負けることはない。犬人族としての特性というやつだ。
犬人族の使う武器は何故か薙刀で犬人族女性の嗜みらしい。
ジュニアにいる男子も使用しているけどな。
それはもう鬼の一族第一部隊に迫る快進撃だ。
「あ、コーキ様だ!」
「コーキ様!」
狩りから帰ってきた犬人族ジュニア部隊は俺を見つけるなり駆け出した。
犬に追いかけられたときは逃げては行けない。逃げるものを本能的に追いかけてくるからだ。そのまま突進してくる子供達を受けとめる。抱きつかれて顔を舐められて体をあまがみされる。
犬人族の子供達はとにかく人懐っこいのだ。
「こらこら、ご迷惑ですよ」
「あらあらまあまあ」
後に続いていた母親を含む犬人族隊の女性達は子供達を嗜めているが本人達もウズウズしている顔だ。さすがに大人なので自制して抱きついたりしてこない。良識のある大人たちで本当に良かった。
さすがに妙齢の女性に抱きつかれては理性を保つのは難しい。
姉妹はほんわか笑いながらも少し羨ましそうに眺めている。
西川、お前はどうして子供に混ざって抱きついてきてるんだ?
「コーキ殿、約束の時まで7日も早いが、私達はコウキ殿の配下に入ろうと思う。よろしいだろうか?」
犬人族の族長ワンコは神妙な顔つきで言った。
「ああ、構わない、こちらこそ宜しく頼む」
子犬たちにわちゃくちゃにされながら締まらない契約締結だ。
「仕方ないですね……」
ぱんと手が打ち鳴らされる。
「全員整列」
号令と共に子犬たちは綺麗に列を作った。何故かミコとユウも並んでいる。
イッカは満足げに微笑んだ。
鬼の族長はけっして声を荒げたりはしない。でも本能で子供達はイッカに従っている。
「コウキ様の配下ということは、我々鬼人族とも仲間ということです。犬人族の方々、宜しくお願いします」
「猫人族も宜しくお願いいたす」
猫人族まとめやくの壮年の男もいつの間にか来ていた。
「こちらこそ宜しくお願い致します」
犬人族族長は深々と頭を下げた。
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