第18話 なかなか懐かない猫
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迷宮外で見回りをしていた鬼人族から連絡が入ったのは夕暮れ時のことだった。
「主様、迷宮外歩哨から連絡、何者かが現れたそうです」
姉妹の花壇つくりの手伝いをしていた所にイッカが慌しく報告に来た。
迷宮内の魔物に対しては平気なのに、外に対する不安は拭えないらしく姉妹は不安そうに俺を見る。心配しなくてもお前達より強い輩はそうそういないと思うぞ。
「先輩は大雑把過ぎますね。力があっても怖いものは怖いんです」
西川が姉妹をよしよしとハグして睨んでくる。
はいはい。大雑把で悪かったな。
「他種族の勧誘に行った者達にしては帰りが早いな。別口か?」
わかりかねますと、イッカは申し訳なさげに首を振る。
森のお貴族様のお声がかりならいいんだが。人里も近いことだし厄介者と接触するのは避けたい所だ。
何しろ迷宮は移動することが出来ないからな。
どちらにせよ情報が欲しい。
「様子を見に行くか」
「お供いたします」
負けることはないだろうけど姉妹達は待機させる。
花壇の続きを任せよう。
西川にも同じように伝えたが聞こえない振りで着いてきやがる。
最悪迷宮にこもれば管理者権限で誰も入って来れないから、この面子なら逃げ出せるだろう。
外に出ると迷宮内部と陽の傾き加減が同じなんだなと妙なところで感心してしまう。
「先輩、ニヤニヤしててキモイですね」
俺はろくに感心も出来ないのか。
溜め息をつきつつ、とりあえず周囲索敵スキルを発動。
20の個体が検出された。
「20ほど近付いてきている」
横に立つイッカに告げる。意外に落ち着いた表情だ。
念の為歩哨役の鬼の少年を迷宮に戻らせる。
程なく一人の身軽な動きで壮年の男が目視できる位置まで進み出た。
「私は猫人族を預かる者、コーキ殿はおられるか?」
俺の名前を知っていて同行している鬼がいないということはお貴族様からの声がかりだな。
「俺が光輝だ、猫人族の方は森の貴族の紹介かい?」
「そうだ。横にいるのは鬼人族のようだが」
「ああ、俺の仲間だ」
警戒心が強い。戦闘種族ではないのかな。
「お初にお目にかかります、私はこの地に集う鬼人族の族長で名前はイッカと申します。今はこちらの主様にお仕えしています」
イッカが何故か誇らしげに声高々に宣言する。
「鬼人族が人族に、だと?」
怪訝な顔だ。鬼人族と人族の関係とかこの世界の情報をもう少し調べておけばよかったな。リッカが人を毛嫌いしている理由も判明するかもしれない。
まあ奴の場合は姉に色目を使う輩は全部毛嫌いしているからあてにはならないが。
意を決したように猫人族の男が近付いてくる。アナライズスキルで見える情報だとレベルは4だ。名前はクロ。
確かに頭に猫耳がついているが見た目は人族と変わらない。尻尾が不安げに揺れている。
格好は鬼人族同様に和装に近い。
西川が横でうずうずしはじめた。猫耳を触らせてもらうのは後にしろよ?
何らかのスキルでも持っているのかある程度近付くと猫人族の男は足を止めた。俺を見る目に恐怖心が宿っている。すぐにその場で膝を付いた。鬼の長老も強いやつと看破していたしアナライズのような能力があるのかもしれないな。
一応プライバシーを考慮して、アナライズスキルのレベルを2まで落としている。
女性の年齢を勝手に覗き見るとか失礼ですよ先輩、まさか体重とかスリーサイズも見えてるわけじゃないでしょうね?
そんな風に、ジト目の西川に諭されてのことだ。隙あらば肌を見せてきたり体を押し付けてくるくせにステータスを覗き見されることには抵抗があるらしい。女の考えることはよく分からない。
「俺は他種族のことはよくわからん。だから提案だけさせてもらう」
「聞かせていただこう」
猫人族の男は緊張気味に頷いた。
「俺の仕事を手伝ってもらえるなら、猫人族にも鬼族と同様この地に住まう許可と力を与える」
何もないこの場所を見回している。そうだよな、みすぼらしい小屋と仮拠点があるだけだからな。
「それは、コーキ殿の配下になれという意味でしょうか?」
強い眼差しの瞳は猫の形をしている。
「猫人族の者が望むのなら配下でもいいが、俺は仕事を手伝ってもらえる仲間が欲しいんだ」
「お仲間、ですか」
尻尾がふわりと動いた。近寄ろうとする西川の首根っこを捕まえる。だから後にしろバカ。
「ああ、人手がいる仕事なんだ」
「どのような仕事なのでしょう?」
「実際見てもらうほうが早いな、どうする?」
「……わかりました」
猫人族の男は後方の同族に待機を命じると悲壮の表情でこちらに近付いた。
猫だけあって警戒心が強いな。ちょっと心外だ。
猫人族の男を迷宮内に招待して、迷宮攻略についての説明をした後、鬼の長老と顔合わせを済ませる。
「無理強いはしない。仕事を手伝ってもらえるなら歓迎するがどうする?」
猫人族の男は他の者に話すと外に出て行き、五分もしないうちに戻ってきた。
「皆の了承を得られた、今日より我ら猫人族はコーキ様に忠誠を誓う」
そうなったのか。そっちはあまり歓迎できないが、とりあえず手が増えるのは嬉しい。
猫人族の者に迷宮内第一層の立入許可を出す。
猫人族20名ゲットだ。聞くところによると戦闘種族ではなく狩猟種族というカテゴリらしい。
種族特性として素早さと技術は高いが力、知力、耐性が低い。
気になる鬼人族との親和性については可もなく不可もなく、だそうだ。
人族とはあまり相性が良くないのは女性が狩られて奴隷とされるかららしい。猫耳はこの世界でも需要が高いんだな。痛いからつねるな西川。
ミコとユウが自分達より小さい猫人族の子供達に関心を持っているが、警戒心が強いせいか少し距離がある。
西川は猫耳族の女性の耳を触らせてもらっている。困っているみたいだが嫌がってはいないから大目に見てもらおう。
ただし、度が過ぎたらいつでもはったおしていいからと伝えておく。
果物の類はそれほど好みではないらしいが、肉類は大丈夫みたいだ。
食文化の違い、というより種族の違いか。
だが、子供達は桃がお気に入りのようだ。次々溢れてくる果汁を不思議そうに見ながら口の周りをべっとり汚してはぐはぐ食べている。トレントがいくらでも落とすから、たんと食べてくれ。
「猫人族の男、来て早々で悪いが頼み事がある」
最初に交渉にきた壮年の男が猫人族の窓口となった。
話を聞いた限りでは、特に族長など置かない自由気ままな体制らしい。狩猟をしながら転々としている内に人族の森の開拓が始まり行動範囲が狭くなってきたところに森のお貴族様から打診があって一大決心があったとの事だ。ただし、約半数は同意されずに物別れとなったらしい。
やはり生きていくのに厳しい子供と女性が多い。女性12人に男性は8人。内子供が6人。小さい子供は5歳だ。
あまりの可愛さに西川が悶絶している。追い掛け回されて猫人族の子供が涙目になって逃げている。何やってるんだあいつは。
イッカが呆れて西川の首根っこを捕まえて謝っていた。
「なんでしょう?」
「明日陽が昇ってからになるが、みんなにある程度力をつけたいから狩りに同行してほしいんだが、猫人族の狩りのスタイルというのは……」
基本は一人で素早さを生かして小動物などを狩ったりするらしい。
団体行動や連携は苦手と見るべきだ。そこは個性を尊重するか。
「将来的には未定だが5、6人で交代で狩りを行うから班分けをしてほしい」
「わかりました」
いつのまにか西川は猫人族の子供を膝に乗せて愛でていた。
「仲間がすまない」
「いえ、お気になさらず」
壮年の男は苦笑しているだけで怒ってはいないようだ。
翌日、半日かけてレベル3までの敵を問題なく倒せるようにして適性を測る。
結果としては連携は無理そうだった。精々二人組み程度が限度だ。残りはソロプレイヤーだ。まあ無理にパーティにすることもない。どのみち人手はいるしソロで活動してもらい低レベルゾーンのドロップアイテムの収集をお願いしよう。必要なことだ。
低いレベル帯域の見回りや採取が不足していたから丁度良い。
あとは炊事建築組に興味があれば入隊させよう。
そんな中、猫人族の一人が俺のパーティに興味を持っているらしかった。
美しい銀色の髪をした17歳の美しい少女で、ソロにしてはレベルが10と高い。アナライズを上げてスキルを確認する。短剣と弓のスキルを持ち索敵、気配察知、気配遮断と自力でスキルを手に入れている。
人数が増えた分非戦闘系のまとめ役がほしいと思っていたところだ。シロウかイッカをそっちにまわして猫人族の少女をパーティに勧誘するか。
だがしかし、声をかけようとすると猫人族の少女はプイと顔を背けて素早く逃げてしまう。気が付くと陰からこっちをうかがっている。
「先輩、また女ですか? ハーレムでもつくるつもりですか?」
失礼な。純粋に戦力の増強だ。
「ほほぉ。ツンデレですね、一条様」
ニヤニヤとわらう菊千代が久しぶりに腹立たしい。
イッカとシロウにまとめ役の話を振ると、イッカがシロウに「やりなさい」と命じていた。イッカは残りたいようだ。
猫人族の少女は仕方がない壮年の男に話を通すとしよう。
さて、猫といえばアレだろう。
俺はおもむろにデカイ鮭を取り出した。2メートル近いデカブツだ。
猫人族全員の耳と尻尾がピンと立った。
「コココ、コーキ様! それはっ」
「歓迎の証だ」
「我ら一同、コウキ様に忠誠を!」
ニャーニャーと皆が騒ぎ立てる。
仲良く出来そうで何よりだ。
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では、失礼しまして。
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