第13話 鬼の族長
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もうすっかり見慣れた光景だった迷宮の岩肌も少し違って見えるな。
それは、前で戦う鬼の族長の効果だ。
黒に近い色の振袖で舞うように刀を振るイッカは流れるように魔物を切り伏せていく。
裾には白い花の模様がちりばめられ、丈は白いふとももを惜しげなく晒す短さだ。
後ろで束ねられた黒髪も含め全体的に黒く、晒した肌が白く、細い腰に巻かれた帯だけが赤い。
整った綺麗な顔は、赤い唇をきつく結んだ凛とした表情で、少しだけ気の強さを示す釣り目は切れ長だ。額には白い象牙のように滑らかな角が光る。
「このようなモノと戦うのは初めてですが、戦闘種族としては、やはり胸が躍ります」
確かに刀を振るう度に胸が踊ってたな。
「先輩、見過ぎです、キモイです」
そうは言うがな後輩、現実世界にはないファンタジーなコスプレ鬼娘が華麗に刀で舞っているんだぞ、目がどうしても奪われる。
姉妹もうっとりとした表情だ。
新生パーティとして迷宮攻略を再開する。
といってもまあ、雑魚い敵は第二部隊が、中級は第一部隊が露払いしてくれているのでスムーズに攻略は進む。
イッカとシロウはアタッカーで速さ重視のタイプだ。盾と中衛しかいなかった時のことが嘘のように戦闘は楽になった。
小型盾で敵を捌いて隙をみて巨大鰻をグラディウスで輪切りにしていく。鰻のくせに空中に浮いている変なやつだ。
迷宮の感性は相変わらずだ。
「主様の強さは凄まじいですね」
うん。美女に誉められて悪い気はしない。
姉妹たちが鼻の下を伸ばしているだろう俺を見て珍しく呆れていた。
くっ……いつもは尊敬の眼差しだったのに。
西川は明らかに不満顔だった。
「西川殿の素早さ、ミコ殿の魔法、ユウ殿の弓も見事」
寡黙なシロウも3人の力に唸っている。
えへへとみんな照れていた。
巨大鰻のドロップした鰻の白焼きはタレがないので死蔵している。いつか蒲焼きを食べてやるさ。
未踏の通路の先には、二足歩行の牛がいた。念願のミノタウルスだ。
牛肉キター。
デカイ斧を持って鼻息荒い牛を瞬殺する。手数が足りなくて歩み止まっていた内にレベルは推奨値より高くなっているようだ。
おっと、経験値は分配されるとはいえあまりイッカとシロウに楽をさせてはいけない。実地訓練の意味がなくなってしまう。牛肉に対する過度な期待から我を忘れてしまった。反省しよう。西川、涎、涎。
「今の牛は初見だったけど、強さは問題ない。次からは頼むぞ」
予想通りドロップされた牛肉を拾いながら二人に発破をかけておく。
「おまかせを」
「ははっ」
いや、いちいち傅くなって。
襲いかかってくる二匹目の牛を盾を使ったスキル、シールドバッシュで体勢を崩させる。
すかさずイッカが袈裟斬りに刀を振るう。切り裂いたが浅い。カバーするようにシロウの突きが入る。この時点でHPバーは半分以下だ。ズハンとユウの弓攻撃が入り牛は消滅。
牛肉各種とメスだったのか牛乳がドロップされた。その内チーズとかバターとかも出てきそうだ。
迷宮が吐き出す魔物のドロップアイテムは大変偏りがある。
食料、武器、日常雑貨は豊富だけど防具がない。
盾だって自前だ。
面白いのは魔法書だ。
魔法書というのは本当に魔法の書で、魔法の理論が書かれた巻物チックなモノだ。
ある程度の科学知識と表計算ソフトについているプログラムレベルが理解できると読み解くことが出来る。現象の工程表なのだ。これにSPを通してコマンドワードを唱えることで自動的に発動してくれるという仕組みだ。いわゆるマクロというやつだな。
魔法書を解析していくと文法がわかる。略語の意味もなんとなくわかる。
簡単な魔法なら自力で覚えることが出来るという過去に語った菊千代の言葉はそういう意味だったのだ。
12匹目の牛を倒したところで通路の最端にきたらしい。
高い高い天井と丸い大きな広場だ。ここ、迷宮内部だよな? あきらかに物理的に入りきらない広さなんだが。
「仕様でございます、一条様」
はいはい、デタラメさは今更突っ込まないよ。
厳かな雰囲気は今までになかった演出だ。
レベル10という節目だからかな?
真ん中にさっきまでの牛の2倍はある巨大な体の二足歩行の牛が鎮座していた。
ラスボスの登場だ。だが、極上のステーキ肉にしか見えない。
「先輩、産地はどこになるのでしょうか? 迷宮産?」
西川のウキウキが充分に伝わってくるな。同じ思考回路で凹む。
ガタイの良い牛は鋭い目付きで睨んでくる。鼻息でユウとかは飛んでいきそうだな。
無言で悲鳴を上げているようなピリピリした空気が張り詰めた。
古参の娘たちはそうでもない。どちらかというとウズウズしている顔だな。逞しく育ったものだ。
さすがにデカブツが初見の鬼の二人に余裕はない。
イッカの刀の柄を持つ手が細かく震えていた。そっと近づき耳元で囁く。
「鬼の族長、あの牛は俺が止める、止まったらミコが魔法で攻撃する。一旦魔物は後ろに引く。ユウの矢がありったけ放たれる。ここまでが今まで戦ってきた牛の行動から推測できる。その後多分何かをしてくる注意しろ。手の内がわかるまではあまり俺から離れるな」
「承知しました」
牛が雄たけびを上げてつっこんできた。
俺はグラディウスを引いて盾を構えるいつもの体勢だ。
防御スキルが発動して牛を受けとめた。うん、力負けしていない。というよりグラディウスで瞬殺できそうな感じだけど我慢しよう。何事も経験だからな。
牛と俺の盾の間にできた防御魔法が壁となってある程度衝撃を吸収してくれているので僅かな振動が感じられるだけだ。
もちろんノーダメージというわけではない。直接攻撃を受けなくとも、衝撃を受ければHPはじりじりと削られる。何かしら消耗をしているのだと解釈している。
牛の足元からミコの魔法、ファイヤーフレイムが発動して燃え上がった。鉄をも溶かす強力な炎の柱の中で牛は余裕の鼻息だ。
HPバーの減りが鈍いな。火の耐性を持っているのかもしれない。
「ミコ、属性を水に切り替えろ。ユウは射撃用意、いまだ!」
後方に飛び跳ねた牛の真上にユウが矢を放つ。物理法則を無視した曲線を描いて急降下する矢は途中で100本に分かれて更に一点に収束していく。
格闘(弓)スキル、矢の嵐だ。
レベルの10倍に矢が分裂して敵の数の分だけ収束する。一体相手なら驚きの100倍のダメージだ。
ユウの切り札といって良い。SPがごっそり減っている。
牛のHPバーは3割ほど減った。物理攻撃も効きが悪いな。
牛は手に持っていた巨大な斧をなぎ払った。
衝撃波が地面を這うように半円状に広がってくる。
防御スキルを発動させて後ろの5人を守る。これはきつい。
その後2秒ほど牛は硬直して、最初の体勢に戻った。
「牛の衝撃波は直撃するなよ? 幸い範囲は半円だ。俺の防御スキルに隠れられない場合は射程外に退避して回避」
「承知しました」
イッカが目を光らせる。敵の手の内が見えて少し冷静さが戻ったようだ。
再び牛が巨体で体当たりをしてくる。斧は飾りか?
とか考えたら斧を振るってきた。防御スキルを発動して盾で受けとめる。
左右からイッカとシロウが刀で切りつけた。
動けない牛を滅多切りにする。
牛がタメを作って後方に飛ぶ。
ミコは牛の着地ポイントにスキル氷の柱を発動させた。結晶化した水がキラキラ光る。一つ一つが牛の体に突き刺さり体温を奪っていく。
牛はうめき声を上げてしゃがみ込む。弱点は水らしい。
この隙にユウがSP回復ポーションでチャージする。
「水系統が弱点だな。レベル5アイスエンチャント」
仲間の武器に水の属性を付与するスキルだ。
次に来た衝撃波は防御スキルで防ぐ。さすがに俺のHPバーの減りが不味いのでポーションで6割くらいまで回復する。
その間、ユウが矢を高速で放ち続ける連射スキルで時間を稼いでくれた。
さて立て直せたから戦闘再開だ。
突進してきた牛の体当たりを止めたところに水属性が付与された矢でのレベル10矢の嵐が炸裂。きいてるきいてる。HPバーは残り僅かだ。
「逃がすな、とどめだ族長!」
後方に飛び去る牛を二人の影が追いかけた。
「観念しなさいっ」
「……」
鬼の二人が同時に牛を切りつけると牛は痙攣して弾け飛んだ。
ふう。数が増えた分戦いに余裕はできたけどリスクも増したことは確かだな。
「お疲れ様でした」
短く息を吐いてイッカはそれからにっこりと笑った。
うん、いい笑顔だ。
シロウも静かに目礼していた。
10個落ちたドロップアイテムの確認は後回しにしよう。さすがに量が多い。
片方のボスは退治完了だ。
一旦迷宮外に転移してから再突入。
反対側のボスも危なげもなく倒す。
そして、ぽんっと現れた宝箱。
「本が3冊……」
これは初めてのドロップ品だな。
それからすぐにいつものマーブル模様に景色が歪み始める。
一応先に鬼達には伝えてあるが混乱しているだろう。
迷宮からの強制排出が始まり気が付いたら外にいた。
周囲には驚いた表情の鬼の少年少女たちが、立ちすくんでいた。
「一条様、迷宮攻略おめでとうございます。これより迷宮は進化のため約24時間進入禁止となります」
菊千代から聞きなれない言葉が聞こえた。
進化? しかも進入禁止時間がいきなり24時間だと?
「どうかされたのですか?」
「先輩、どうしたんですか?」
怪訝な顔でもしていたのだろう、西川とイッカが心配そうに近付いてくる。
「いや、迷宮の様子がいつもと違うから驚いただけだ。問題はないよ」
「そうですか、どこかお怪我でもされたのかと少し心配しました」
鬼の族長は何故上目遣い? それと体近くない?
「先輩、お疲れじゃないですか?」
割り込むように、今にも抱きつかんばかりの西川の剣幕だ。
鬼の族長の急接近に気が気じゃないといった所だな。
二人を目にした姉妹はどうしてニマニマ笑っている?
「迷宮は明日一日は入れない。二人ともゆっくり休養しとけ」
「はい、主様」
「はい、先輩」
そこでようやくイッカと西川は目を合わせる。
「イッカさん、鬼人族の人たちに今のお話しを伝えなくていいんですか?」
「夕餉の時にでも伝えるわ。西川殿こそ妹さんが待ちかねているよ」
「あの子達なら問題ないですよ? イッカさんこそ弟さんが心配しますよ?」
「何も心配するようなことはないけど?」
「ウフフ」
「アハハ」
何故だか背筋が冷たくなるような会話だった。
宝箱から出た本は料理のレシピ本だった。
菊千代、絶対おまえ迷宮に情報をリークしているだろう?
「はい? 一条様、女性二人の嫉妬攻勢でお疲れなんじゃないんですか?」
この時ほど菊千代を殴れないことを不便に思ったことはなかった。
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