子供の言い分
組立体操があった頃。
小学五年生のある少年は背は高かったが大柄というには痩せている。
それでも土台になることが多かった。
段差がそれほど付かないように、との配慮だったのだろう。
体重で分けていなかったため、上に乗る方が重いということもあった。
土台になるものに負荷が掛るのは当然だった。
ある時その少年は上になる機会を得る。
土台の上に乗り倒立、というほどではないから逆立ちというべきだろう行為を受け止めるための高さの調整のためだった。
逆立ちをする少年は壁に対するものと同じく勢いよく足をぶつける。
それを受け止める方は堪らないだろう。小学生だから相手の事をまだ考えるだけの余地がないみたいだ。
普通に受ければ、体勢を崩してしまう。
四つん這いの背中の上で膝立ちだからあまり踏ん張れないのだ。不安定なのだ。
だからだろう。その少年は体重を前に掛ける。衝撃を打ち消すためだ。
しかし、ここで逆立ちをした少年の振り上げられた脚が戻されていく。失敗したのだ。
土台に乗った少年は逆立ちを失敗した少年へと右側から落ちていく。
打ち消そうと前方へと掛けていた体重のせいで、備えていた衝撃が来なかったために体勢が崩れたのだ。
一人での倒立が出来ないために成功しても失敗しても他者にとっては迷惑する。
組立体操の困った部分だ。
少年が右側から落ちた理由は逆立ちの少年が左足を後から勢いよくぶつけるからだ。
早めに右手で受け止めようと準備した結果だった。
掴まるところもなく、そのままならば肘で背骨に痛打を与えかねない。
仕方なく少年は左側の床へ、右手を叩きつけた。
その摩擦力でもって体を左側へと移動して下敷きにしないようにした。
結果、右肘が痛みを少年へ訴えてきた。
痛がっていたのに逆立ちを失敗した少年が次の技へと無理やり行わせる。
そして痛みに耐えかね、医者へと行くことになる。
レントゲン写真から軟骨がズレたということが分かった。
教師に連れらて医者の元へとやってきた少年は実感する。子供の証言は医者の判断に劣る、と。
医者は言う。肘を強打したのだろう、と。
教師は子供の言い分を信じなかった。
そもそも強打していたら皮膚の表面に痣が出来てもおかしくはない。
少年の肘には痣はなかった。
それでも、だ。少年の言葉は大人に信じては貰えなかった。
「肘はぶつけていない」
「掌で床を強打しただけ」
それらの言葉は虚しく廊下に響いた。
証拠は石膏で覆われ隠蔽される。