9皿目 ローストビーフ 肉食な女領主
「どうせ髪の色と胸の大きさでしか、女を認識していないのでしょう? 本当に汚らわしいわ。さぁ、揉みなさい? 認識させてあげると言っているのよ」
「その白い手袋で虫の触覚のように認識するが良い」とばかりにずい、と胸を突き出した茶色いドレスの女性はアナ=マリア=バランシュタイン
隣の町アルーロンの領主であり、執事の主人リィリエの姉でもある。
茶色く長い髪をサイドでまとめて前に流したその髪型は、豊かな胸とも相性が良かった。
「こ……これはお戯れを……」
黒髪の執事はこの女性が少しだけ苦手であった。
「まぁ! 聞いた!? リィリエ、この執事、私とは戯れだったと言ったわよ! 女の敵ね」
「お姉さま。あんまり家の執事をからかわないであげてくれる? これでも、結構有能なんだから」
舘の主人が執事を庇う。
この日、アナ=マリアは最近王宮で噂になっている執事、レンゲ=フランベルジュの異国の料理を目当てに遊びにきたのだ。
「仕方ないわね。それじゃあ寝室でも客間でも好きな所に案内するといいわ」
玄関を開けて挨拶をしただけでここまでになった状況を気にもせずに、執事は客間へと案内するのであった。
「では、アナ様。こちらにどうぞ」
「早速 穴 扱い? 本当にたいした執事ね!」
たいした執事は呻吟を漏らした。
「紅茶でございます。お好みで砂糖を入れてお楽しみください」
客室に通された女領主の前に、ことりとティーカップとシュガーポットが置かれる。
「砂糖と騙して、女に自ら媚薬を盛らせるつもりね? いいでしょう! 盛ってあげるわ」
高価な砂糖をかぱかぱと入れて、女領主は香りを愉しんだ。
「どう? 王宮から賜った砂糖。紅茶に入れるとすごく美味しいの」
女主人リィリエが姉に賞味を尋ねる。
「甘くて美味しい媚薬ね。なんだか効いてきた気がするわ? さぁ。執事、お望みどおり、好きなだけ陵辱の限りを尽くしなさい?」
一口、口に含むと女領主は両手を広げてくてーんと、ソファーに仰け反った。
女領主なりの『美味しいわ』という賛辞の表現である。
「そのような趣向はご用意しておりません。どうぞ安心して食事をお待ちになってください」
執事は胸に手を当て一礼すると、厨房に向かった。
暫くして、廊下でキッチンワゴンを転がす音が近づいてきた。こんこんとノックして執事が客室に入る。
「お待たせいたしました。ローストビーフです。グレービーソースと、ホースラッィデシュをつけてお召し上がりください」
レアなようで、中まで火の通った肉を切り分け、肉厚な切り身を配膳する。
「これが、リィリェの言う異世界の料理? 生……かしら? これだけだと量が少なく思えるけど、お代わりをする料理なのかしら? 私を試しているのね? 本当にいやらしい執事だわ」
女領主がふふんと鼻をならした。
「まだ見たことの無い料理ね。どうせまた、美味しいんでしょ? わかってるわよ」
女主人もまた、知っているのよと鼻をならし、姉妹はそれぞれナイフとフォークで一口に切り分けて口に運ぶ。
「……生のようで火が通ってるのね? 柔らかくて、肉の汁がとめどもなく溢れてくる。私の汁も溢れてきそうだわ!」
もにもにと口を動かし述べたこれは、女領主流の賛辞である。
「肉のお汁が大洪水ね。おかわり」
空になった皿を執事に差し出す女領主。どうやらお気に召したようである。
「どうぞ、アナ様」
ワゴンの上で肉の塊を切り分け、新たな肉の切り分けを渡す。
「食事中でも 穴 呼ばわりするのね? まったく、ブレないわね。獣のような執事だわ」
女領主は機嫌良く新たに置かれた皿に手を伸ばすのだった。
「これ、美味しいわね! なかなかよ、なかなか!」
女主人も、切り分けてはぱくぱくと口に運ぶ。
「私の胃袋にこんなに詰め込ませて、太っちゃったらどうするのよ! まったくありえない執事だわ! 女の敵ね! おかわり!」
その日、女領主は6枚、女主人は5枚のおかわりをし、晩餐は幕を閉じた。
「容姿は良いと前々から思っていたけど、料理の腕も良かったのね。今度、私の家にも料理を作りにきて欲しいわ。もちろん、子供を作りにきても別に構わないのだけれど?」
女領主は満足そうに食後の紅茶を嗜む。
「ありがとうございます。今度、食材を持ってお伺いさせていただきます……此方は、マルグリッドという焼き菓子です」
マーガレットの花を模ったケーキを、執事が切り分け始める。
領主と主人は、もう入らないわよ顔を見合わせるも、紅茶の請けに手を伸ばすのだった。