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7皿目 マドレーヌ  幽霊少女と貝殻の焼き菓子

「貴女……お亡くなりになっている方ですね」


 誰もいない玄関の扉の先に向かい執事が言う。


「あれ、貴方私が見えるの?」


 驚いて一瞬ぴくりと表情が固まるも、灰色の髪の少女は嬉しそうにうふふと笑う。市場から自分の後ろをついて歩く半透明な少女に、執事は気がついていたのだ。まさか、館までついて来るとは思わなかったが。


「執事さんがあまりに綺麗だったから、思わず後を付いて来ちゃった」


 口元に軽くにぎった手を当て、貴族風の白いワンピースを身に着けた、まだ10代の中程であろう少女は少し恥ずかしそうに俯く。


 執事が死の記憶を持っているからなのか。はたまた相性などというものがあるのか、理由はわからない。しかし現実に執事の目に映る彼女は、足先だけ少し地面から離れ、ふわふわと浮かんでいた。


「何かお飲みになりませんか? 立ち話もなんですから、どうぞお入りになってください。」


 そういうと執事は透けた客人を客間に案内する。




「どうぞ、紅茶です」


 白い手袋がことりと少女の前に紅茶を置く。


「ありがとう」


 少女がカップを握ると、そこから半透明なカップが現れる。テーブルの上のティーカップは動いていないが、持ち上げられた透けるカップを口に運び、ごくりと少女は紅茶を飲んだ。


「……美味しい」


「ありがとうございます。お茶請けのマドレーヌです」


 少女の前に置かれた白い皿の上には、二枚貝の貝殻を模した焼き菓子が載せられている。


「これがマドレーヌなのね! 食べるのは初めてよ」


 ふわりとした甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 甘い菓子は高級品であり、貴族でもめったに口にすることはできない。少女が二枚貝の様な菓子を手で掴むと、そこから透明な菓子が持ち上がる。一口含むと、滑らかでやわらかい甘さが口腔を満たした。もくもくと食べ進めると、半透明な二枚貝が欠けてゆく。


「甘くて美味し」


 蜂蜜ではなく、砂糖で味をつけられたこの焼き菓子は、今まで口にしたことの無い素晴らしい甘さだった。


「このお菓子、とっても気に入ったわ! 私の名前もマドレーヌだったら良かったのに!」


 冗談めいて少しおどけつつも、少女は二枚貝の形をした菓子をはぐはぐと美味しそうに食べる。

 菓子の名前でもある『マドレーヌ』はこの国では女性の名前でもあるのだ。マドレーヌというメイドがありあわせの材料を、ホタテの殻を使って焼き上げたのが菓子の由来と言われている。


「ねぇ、天国ってあると思う?」


 口直しの紅茶を一口飲んで少女が尋ねる。


 彼女の死因は流行り病なのだと言う。

 誰も自分に気がつかないので、人の多い市場で人を眺めていたらレンゲを見つけたとのことだ。

 一度亡くなった自分がここで執事をしている以上。ひょっとしたら天国というものは無いのかもしれない。


「はい。あると思いますよ」


 穏やかに笑って執事は答える。

 こんな人懐こい笑顔で甘い菓子を食べる少女の逝く先は、やはり明るく満たされた幸せな世界であると願いたい。


 突如、少女の身体がきらきらと輝きだし、足元からゆっくりと消えてゆく。

 消えゆく当の本人も少しびっくりしたようで、口元に手を当て、あらまぁと驚いた仕草を見せる。


「どうやら、お迎えが来ちゃったみたい」


 はにかみながらそう言うと、召されゆく少女は、以外に落ち着いた様子で残りの紅茶を口に含んだ。


「ご馳走様でした。最後に貴方とお話ができて、とても楽しかった」


 手を振り、首を傾いで微笑む少女はすでに胸の辺りまで消えている。


「……はい。お休みなさいませ……マドレーヌお嬢様。」


 まるで小さな子共を寝かしつけるような優しい声で言うと、執事は白い手袋の手を胸に当て、普段就寝前の主人にそうしているように一礼する。

 さっきまで賑やかだった客室がしんと静みかえる。


 執事は瞳を閉じ、彼女の冥福を祈った。今度こそ、本当に執事だけになった客室で、カチャカチャと食器を片す音だけが旅立つ彼女を見送るように響いていた。


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