46皿目 豚骨ラーメン2 インキュバスとラーメン屋台
[豚骨ラーメン]の後日談です。
「チッ……それが世界の選択か。……お前、カエルバショはあるのか?」
注※すみません。名残惜しいけど、呼ばれたので戻ります。貴女のお家は何処ですか?
片目の隠れた白髪の少年執事が茜色の髪をした侍従の少女に尋ねた。
ばばっ
侍従の少女は高台の邸に背を向けると、背後の何かを守るかのように両手を広げ、まるで憎しみを込めたような紅い瞳で少年執事を睨む。
「それを言ったら! また奪う気でしょぉっ!!」
注※あそこに見えるお邸ですぅ
高台の邸を見た少年執事は「やれやれ」という風に首を横に振る。
「次の運命の交差路は、遠くなかった……かな?」
注※今度、ご挨拶に行きますね!
「わ、私にっ……生きろと言うのっ!?」
注※本当ですか? 楽しみに待ってます!
そうして、うきうき少年執事は屋台に戻り、わくわく少女侍従はそんな少年執事の後姿を嬉しそうに見つめながら暖かな湯気の香るスープを啜るのであった。
∽
豚骨ラーメン……豚の骨と肉、野菜などを長時間煮込んだ生命力溢れる力強いスープに細切りにした小麦の麺を浮かべた料理である。
周辺諸国より魔法王国とよばれるゼリアブール王国の首都リ・ゼラの城下町にて王女の主催で豚骨ラーメン祭りが行われることとなったのだ。
この白く白濁したスープを口にした第二王女が大変お気に召し、《 白騎士のスープ 》という料理名まで賜るに至り、あろうことか祭りが開かれるまでとなった。
《 白騎士のスープ 》には第二王女自らが物語を付け、祭りより一足先に魔法出版で子供用の絵本が町の軒先や露店にずらりと並んだ。
悪い蒼眼の白竜(Vシネの俳優のことではない)にさらわれた麗しい姫を白い騎士達が助け出し、最後は悪い白竜を大なべで煮て、皆で白竜のスープを食べてお終いという子供向けの物語だ。
街の子供達はこの物語の最後に出てくる白竜のスープが食べれると、祭りの日を楽しみに待ったのだ。
勿論、スープの材料のメインは白竜ではなく豚骨ではあるのだが……
そして祭り当日の朝。
二人の青年が祭りの会場である王都の大広場を歩いていた。
石畳の広場には物語の騎士や姫の顔を模した面を売る屋台、冷やした果実の汁と牛の乳を混ぜた飲料の屋台、そして騎士のスープの屋台に普段と変わらぬ野菜や装飾を売る屋台など、沢山の屋台が今日の祭りの為の準備をしていた。
「しかし、まさか《 白騎士のスープ 》の祭りが開かれるとは……」
「《 白騎士のスープ 》……麗しい姫の白い肌を思わせるかのような……眺めているだけで恋にでも落ちてしまいそうだよ」
冗談めいた会話をしながら王都の中央広場を歩くのは鴉の羽の様に黒い髪の執事と、長く青い髪を後ろで一つに束ね、胸元の開いたデザインの燕尾服の執事。
物語の主人公、黒髪の夢魔執事のレンゲと、その親友の青髪の夢魔レーヴだ。
彼らの向かう大きな広場の中央には、巨大な寸胴鍋をそれぞれ乗せた大きな屋台が二つ。
寸胴鍋の下にはそれを温めることのできる魔法のパネルが敷かれ、屋台の看板には《 飾り窓のカンパネルラ 》と書かれている。
この場所は、彼らが屋台を出すエリアである。
騎士のスープのレシピが一部に公開され、今日の屋台で出品される中、王宮で最初にこのスープを作ったレンゲもまた、王国から屋台や食材の支援を受けて屋台を出すこととなったのだ。
その屋台を囲むように即席の四人がけテーブルが六つと椅子がそれぞれ四脚で、二十四脚。
そして、手前のテーブルの椅子には白い前髪で片目の隠れた少年が腰をかけ、頬杖をついて待ち人が現れるのを待っていた。
少年は肌に張り付くようなぴったりとした仕立ての燕尾服に身を包んでいるが、レンゲとレーヴの衣装に合わせて魔法の衣類を着ているだけで、別段執事とはなんの関係ない。
強いていうなれば、彼もまたこの町に住む夢魔であった。
今回は王都に住む若い夢魔の三人が、豚骨ラーメンの屋台を切り盛りするお話なのだ。
「おはようアーシェス。昨日は遅くまでありがとうございました」
「久しぶり……になるのかな? この時空では……?」
「ふふっ。 昨日お会いしたばかりじゃありませんか?」
黒髪の執事は白い手袋の拳を口元に当て、くすりと笑った。
昨日はこの三人で祭りの打ち合わせと、スープの仕込みをしていたのだ。
「……あれは第23並行世界のことだったか……これは、失礼」
片目を覆う白く長い前髪をかき上げ、胸に手を当て優雅に礼をし、にこりと笑うアーシェスの姿は容姿端麗な少年執事だ。
「いいんだレンゲ。アーシェスはあれで、『おはよう』と言ってるんだよ」
「そうか……そうなのかい? 兎に角、レーヴ、アーシェス。今日は宜しく頼むよ」
「勿論だとも。任せてくれたまえ」
「奏でようじゃないか……白の鎮魂歌を……」
胸元の開いた青い執事と、片目の隠れた少年執事は、レンゲに快く応えてくれた。
大広場の他の屋台は、未だ準備にとり掛かっている中、ぽつぽつと祭りを楽しみに街の住民が増えて来た。
「パパ、見て! あそこに《 白騎士のスープ 》の屋台が出てるよ! すごい良い匂いがするよ!」
黒髪の少女に手を引かれて、亜麻色の髪をした衛兵と金髪の女神官が屋台にやって来る。
これが、屋台《 飾り窓のカンパネルラ 》の最初の客であった。
「店はもうやっているか? 今日の《 白騎士祭り 》が楽しみでね。子供に急かされたのもあって、朝早くから来てしまったよ」
「そうですか。屋台はやっております。《 白騎士のスープ 》をお召し上がりになりますか?」
「良い匂いだな。これが噂の騎士のスープか? 三つ貰おう」
「わ~~い!」
父親がスープを頼むと、娘は両手を上げて喜んだ。
代価の銀貨3枚を執事の掌に乗せ、近くのテーブルに腰を下ろした。
衛兵と、その腕に自らの手を絡める神官の夫婦は、まるで新婚のように仲睦まじい。
「お待たせしました。白騎士のスープです」
ことん ことん かたん
家族三人の座るテーブルに三つの器が置かれる。
ふりたての雪のように真っ白なスープ。その水面には半分に切られた煮卵と、薄く切り出された煮豚が浮かぶ。
「この沢山の肉と野菜を煮たような匂い。卵も入ってるのか……随分豪勢なスープだな」
「あぁ……凄く、美味しそう。あなた、早速いただきましょう」
「お腹が空くいい匂い! いただきま~す!」
三人の家族ずれは、スープの香りを愉しむと、白磁のスプーンで思い思いにスープを口に運んだ。
ずずっ ず~~っ
「な、なんだこれ、めちゃくちゃ美味いぞ!」
「……お、おいひぃ……うぅ…こんなに美味しいスープ、今まで飲んだことがありません。で、でも……私はあなたの作るスープが一番好きですよっ?」
「ママ、このスープ美味しいよ! あれ? また泣きそうな顔してる」
複雑にして濃厚な旨味に浮かぶきらきらと光る半熟の煮卵に、唇で噛み切れそうな程柔らかく煮込まれた豚肉の薄切りは口に入れるとほろほろと溶けるようで、白い水面の下に泳ぐ小麦で作られた細い麺はしこしことした食感と腹に入れた満足感を与えてくれる。
どうやら白騎士のスープはなかなかに好評のようだ。
黒髪の執事は心の中で小さくガッツポーズを取り、ふふりと笑った。
「美味しかった~~! パパ、あのスープまた食べに来ようねっ!」
「そうだな。またお店が出るといいな」
家族連れは食事が終わると満足そうに祭り広場の散策を始めた。
家族連れが《 白騎士のスープ 》を愉しんでいるのを見て、屋台には客がぞろぞろと列を作った。
大人に子供、裕福そうな老人もいる。皆、単にこの日、この料理を楽しみにしていたのだろう。
行列を見たアーシェスが驚きの声を上げた。
「運命が反逆している!」
注※お客さんが増えて来たね!
「15人待ちか……これはいきなり席も手も足りなくなって来たね」
「頑張りましょう。最初の正念場です」
アーシェスが給仕をし、レーブが麺を茹で、レンゲがスープと器を準備する。
調理と給仕を進める三人の夢魔は必死に手を動かし、客を捌いていった。
客の列は、揃いの騎士コートを身に付けた二人の騎士に案内の番がまわった。
長い金色の髪を後ろで一本に編み上げた女騎士と、白磁の顔に黒い眼帯を付けた騎士だ。
「執事、食べに来たぞ」
「やぁ、執事君。大盛況だね。《 白騎士のスープ 》を二つ頼む」
レンゲの知人であり、この王国の最強の一角《 不敗の赤薔薇 》カサンドラと《 死 神 》ギルバートだ。
「いらっしゃいませ。カサンドラ様。ギルバート様。それでは、席にご案内します」
二人の騎士を席に案内する。
麺は常時茹でっぱなしであり《 白騎士のスープ 》は瞬く間に用意され、器が二つテーブルに運ばれた。
「お待たせしました。《 白騎士のスープ 》です」
「来たかっ!」
「待ちかねたぞっ!」
眼の前に置かれた器に、まるで戦場で好敵手と出会ったかのように二人の騎士の口角が上がる。
ずっ ずずずっ
スープを啜る音……そして……
ずどおぉん!
辺りにに轟音が響いた。カサンドラがテーブルに拳を振り下ろしたのだ。
「くっ! 莫迦なっ!! おいっ、死神! このスープ、恐ろしく美味いぞ?」
「赤薔薇……これはヤバいぞ! トムヤンクンばかり食べていたが……こんなに美味しいスープもあったのか!」
互いに顔を見合わせてにやりと笑うと、まるで強敵と戦うかのようなテンションで白いスープに挑む騎士二人。
「……う、うぅむ。姫様がこのスープに執着されるのも頷けるな」
「……たしかにな。私は、何時までもこのスープを飲んでいたい気分だ」
ずずっ もぐもぐ ごくり
瞬く間に食べ終わり、空の器が二つテーブルに並んだ。
「……くっ…」
「ご馳走様。美味かったよ」
「ありがとうございました」
黒髪の執事に見送られ、騎士達は食事が終わると席を立ち、王城の方に歩いていった。
「なぁ、カサンドラ、騎士コートの色を白に変えようと思うのだが……」
「トムヤンクン好きはどうした! 私とお揃いの赤で良いだろう!? この浮気物がっ!」
それからも何組もの客を捌いていった。
「なんと奥深い味のスープだ!」
「この味を知ってしまったら、もういつものスープは飲めんぞ!」
「美味しい! これ、どうやって作ってるのかしら!」
客の評判は上々のようだ。
時刻は昼を過ぎて、行列は少し短くなる。
――と、そこで聞きなれた黒髪の執事を呼ぶ声が聞こえる。
「お兄様~~!」
声に振り向くと、そこには行列の先頭で手を振る見慣れたワンピース姿の黒髪の少女の姿があった。
黒髪の執事、レンゲの妹、ルルだ。
「ルル? 今日はお仕事ではなかったのですか?」
「お仕事……抜けてきちゃいました♪」
悪びれもせずに笑うルルは、恋する乙女をベースに作られた合成魔獣だ。レンゲに助けられて以来、妹として育てられている。
その思考や行動の原理は恋愛感情が最優先であり、常に恋するエネルギーに満ち溢れている。
「それは、良くないですね」
「良いんです! お兄様が屋台を出すのに、駆けつけない妹なんていません!」
慕われることは嬉しくもあるのだが、レンゲはこのサボり癖のあり、甘えん坊な妹を甘やかさないように気をつけてはいた。
「やれやれ、困った娘ですね。食べ終わったら魔法で送りましょう」
「そう言ってくださると思っていました!」
席に着いたルルの前に白い器が運ばれてくる。
「さぁ、どうぞ騎士のスープです」
少女の前にことりとスープの器が置かれた。
「まぁ、とっても嗅ぐわしい。いい匂い」
(これは、お兄様が作ったスープ……お兄様の結晶! いわば、お兄様汁!)
スープを前に、ルルは頭にお兄様を思い浮かべる。
優しく頭を撫で、褒めてくれるお兄様、悪戯を叱るお兄様、お兄様の水浴び、お兄様とお散歩etc。
自分の好きな都合の良いイメージばかりであるが、これが色々と効くのである。
ふーっ……ふーっ……ふーっ♥
スープを前にふぅふぅと荒い息を弾ませ始めたルルは、脳内補正という究極の調味料で、スープを至高の料理として完成させていた。
「……それではいただきます」
ずずっ
(……あ、ヤベ♥……これヤバぃ♥…これ駄目な奴♥……妹をぶっ壊す味だ♥……)
ずずっ ずずずっ もぐ もぐ
「お兄様! このスープ、野菜や動物の出汁が凄く濃厚で、とっても美味しいです!」
器をくるりと、兄が運んだときに手を触れた辺りが顔の前に来るよう回して器に唇をつける。
(……お゛っ……お゛っぉ゛っ♥……お兄様の指が触れたところっ♥……)
兄にハグされた感触。兄の下着やベッドの匂い。怒った時の冷ややかな兄の眼などを想像しながら飲むこの食事は、ルルにとって自慰行為に等しいものであった。
(…………~~っ! ~~っっ!?…危ねぇ……幸せすぎて、何度かイってた……お兄様汁ヤバすぎる♥)
「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
わざとらしく上品に白いハンカチで口元を拭って見せる。
「全部食べたのですか? ルルは身体が小さいのに頑張りましたね。では、お城まで送りましょうか。」
「あまりに嬉しくて……はしたないと思いつつも、頑張って平らげてしまいました。その……お兄様の作ったスープですので……」
わざとらしい程に媚び媚びの、いつもの良い妹アピール。兄が自分を褒めている。それだけで幸せで頭がチカチカする。
(……お兄様が褒めてるっ!……これデザートだ!……デザート効゛っく゛ぅっっ♥)
少女は黒い貴族風のワンピースに包まれた、スープの満腹感に浸る柔らかな白い下腹部を、幸せそうにひくひくと痙攣させた。
「レーヴ。すまないが、ルルを送ってくるよ。暫く屋台を頼んでもいいかな?」
「勿論良いとも。行ってきたまえよ」
長いまつ毛でぱちりとウィンクをするレーヴ。
「いいですか、お兄様! さっき小さいとおっしゃいましたが、ルルは小さくなんてありません! もう大人なんですよ?」
「私にとっては、小さくて可愛い妹なのですよ」
「あっ、手はちゃんと握ってください! 兄の手を握るのは妹の義務ですから!」
唇を尖らせる妹の手を引き、黒髪の執事とその妹は人ごみに消えていった。
屋台の人員は二人となったが、それでも捌く客数は変わらない。
アーシェスは必死に麺を茹でながら給仕をし、レーヴはスープの盛り付けと洗い物に奮闘した。
「おや? あの娘は?」
「……どうしたレーヴ? 」
列の先頭になった。茜色の髪を一本の三編みにした少女にレーヴは見覚えがあった。
レンゲの邸でメイドをしているの少女エルマだ。
エルマは、日中は猫として邸の庭で過ごすレーヴを使い魔と呼んで遊んでいる。
レーヴがエルマを回想してまもなく、《 白騎士のスープ 》の麺が茹で上がりスープが出来上がる。
「一丁上がり! アーシェス、給仕を頼む」
「……うむ」
アーシェスがエルマを案内したテーブルに《 白騎士のスープ 》がことりと置かれた。
ことり
「白亜の邂逅を愉しむがいい」
注※豚骨ラーメンお待たせしました
「……そう……あなたには私が見えるのね」
注※ありがとう
キャラの被る似たもの同士の二人、アーシェスとエルマは互いに言葉を発してハッとなり、互いの顔を食入る様に見つめ合った。
(ガヴリール!? いや……同列の何かか!?)
注※か、可憐だ! それに僕と、とても気が合いそうだぞ!?
(ユっ、ユグドラシルがっ! どういうこと!?)
注※えっ!? なんだか素敵な男性!
執事の燕尾服に、ハウスメイドの制服。二人は慌てて己の身だしなみを確認し、髪を手櫛で撫で付ける。
「我が名はアーシェス。偶然? いや……これは定められた必然だったというわけか」
注※僕の名前はアーシェスです。初めまして、お嬢さん
「混沌のエルマ。平行世界第18の管理者よ」
注※エルマです。お邸でハウスメイドをしています
暫しの沈黙。白いスープの器を斜めにはさんで見つめ合う二人。
特異な感受性により、幼い頃から己の感性に周囲との違いを感じていた二人が、今ここに気の合う同士として出会ってしまったのだ。
もっとこのメイドの娘と話したい。
しかし、屋台をレーヴ一人で回している以上。アーシェスはすぐに戻らなければならなかった。
屋台に戻るに名残り惜しげなアーシェス。
そんなアーシェスに、屋台の奥からレーヴの声が飛ぶ。
「お~~い! アーシェス! 一人では回せん! 頼む、戻ってきてくれ!」
レーヴに呼ばれ、残念そうに肩をすくめてエルマに微笑むアーシェス。
「チッ……それが世界の選択か。……お前、カエルバショはあるのか?」
注※すみません。名残惜しいけど、呼ばれたので戻ります。貴女のお家は何処ですか?
ばばっ
高台の邸に背を向けて、後ろの物を守るかのように両手を広げたエルマがまるで憎しみを込めたような紅い瞳でアーシェスを睨む。
「それを言ったら! また奪う気でしょぉっ!!」
注※あそこに見えるお邸ですぅ
邸を見たアーシェスは「やれやれ」という風に首を振る。
「次の運命の交差路は、遠くなかった……かな?」
注※今度、ご挨拶に行きますね!
「わ、私にっ……生きろと言うのっ!?」
注※本当ですか? 楽しみに待ってます!
そして、うきうきアーシェスは屋台に戻り、レーヴに小言を言われ。わくわくエルマはそんなアーシェスの後姿を嬉しそうに見つめながら騎士のスープを啜るのであった。
「……エーテル残量97%」
注※ご馳走様でした。お腹いっぱい
テーブル席を立ち、屋台を去り行くエルマの華奢な躰がふらりと傾く。
ふらぁ~~
体制を崩し倒れそうになるも、刹那、黒い風がふわりとエルマを抱き上げた。
「おっと、大丈夫ですか? ここで倒れては立派な黒魔導士にはなれませんよ?」
すかさず両の手で受け止めた黒髪の執事。
執事のレンゲが、ルルを送って帰って来たのだ。
「……竜の血の……暴走?……あぁっ! 記憶がっ!」
注※大丈夫。ただの貧血です
食後は胃に血が集まる。貧血は特に珍しいことではない。
「お邸に戻れますか?」
「……問題……ないわ」
今度こそ立ち上がり、先ほどよりもしっかりした歩調で歩くエルマを見送り、屋台に帰還するレンゲ。
「やぁ、お帰り! 妹さんは無事帰れたかい?」
「ただいまレーヴ。お陰で無事に送迎できたよ。負担をかけて申し訳ない」
「何、お安い御用さ。それよりもレンゲ、アレを見てくれ」
言われた先を見ると、屋台で売られている姫の面で顔を隠し、フード付きの外套を深くかぶった娘が、行列に並んでいる。
「あのフードの娘、君のお邸のお嬢様だよ。間違いない」
鼻の利くレーヴは匂いで人物を特定することができる。十中八九間違いは無いのだろう。
実に見覚えのある雰囲気。確かに、あれは恐らくはレンゲの仕える邸のお嬢様。
宮廷魔術師であるお嬢様はこの時間城で仕事をしている筈なのだが……
「お嬢様。シルエットに雰囲気があるよね」
レーヴの問いかけにこくり、と頷くレンゲ。
おそらく、祭りと邸の執事であるレンゲが気になってこっそり様子を見に来たのだろう。
「ほぅ? お嬢様がここに? ユグドラシルが壊れたというのも、ガセでは無かったらしい」
注※お嬢様って宮廷魔術師なんでしょ? お昼にお城を抜けてお忍びで来るなんて驚きですね~
「《 マスク・ド・お嬢様 》ですね」
「卵料理好きだったよね? 煮卵を一つサービスしてあげよう」
三人の夢魔に見守られながら、フードを目深にかぶった娘は列を徐々に詰めて行った。
そして……ついに先頭にまろび出る。
「いらっしゃいませ、お嬢様。お席にご案内致します」
「お、おおお嬢様? い、一体、誰と間違えているのかしら?」
長年仕える執事に案内されるも、姫の面が正ポジションであることを慌てて確認し、外套のフードを深くかぶる。
しかし、このどもり方。やはり長年仕えるお嬢様である。
「失礼いたしました。《 姫 》」
白い手袋の手を胸に深々と礼をしてみせるレンゲ。
「わ、わかればいいのよ……席に案内して」
「かしこまりました」
フードを両手で深く引っ張りながらテーブル席に案内された《 マスク・ド・お嬢様 》。
その眼前にことりと白濁のスープの器が置かれたのは間も無くだった。
昼の陽の光を映して、白くきらきらと光る白いスープは、まさに絵本の物語の《 白騎士のスープ 》がここに現れたかのように思われた。
その白い水面には、煮込まれて味のついた橙の宝石のような完璧なトロみの半熟卵の半身が二つ浮かぶ。
姫の面を頭の上に上げ、深いフードで顔を隠しながら匙に掬ったスープを堪能するお嬢様。
ずずっ
「これっ……美味しいわね!」
お嬢様が口元を手で押さえ、眼を丸くして味を断言した。
ずずっ ずっ ずずーっ
「この柔らかい豚の肉も……半熟の煮卵も凄く美味しい!?」
フードで見えはしないが、恐らくはお顔ふにゃふにゃで幸せそうに白いスープを愉しんでいるであろうお嬢様を横目に、執事レンゲも至福を感じながら次々と客を捌くのだった。
「ふぅご馳走様。堪能したわ……ところで、そこの屋台の燕尾服さん」
「私でございますか? 《 姫 》」
食事を終えて面を付け、再び《 マスク・ド・お嬢様 》に戻った娘に声をかけられるも、相手に合わせて白々しく応えるレンゲ。
「そうよ? 燕尾を着ているのなら何処かに仕えているのでしょう? このスープを主人の晩餐に出すといいわ。きっと凄く喜ばれるわよ?」
「そうですか、ありがとうございます。では、近いうちにそうさせていただきます」
思わぬところで晩餐のリクエスト。
レンゲの返事に《 マスク・ド・お嬢様 》は嬉しそうに何度も頷いた。
「そ、そうね! それが良いと思うわ。煮卵ももう二つあると良いわね! 豚の肉も、もう少し食べたいわ!」
「かしこまりました。お嬢様」
胸に手を当てて礼をするいつもの執事の姿に、《 マスク・ド・お嬢様 》は満足そうに屋台から去って行った。
(本当に正体を隠す気はあるのでしょうか?)
相変わらず色々とチョロいお嬢様に愛おしさを感じつつ、そこから夢魔三人が捌いた客数45人。
「なんて柔らかで白いスープ……まるで貴婦人の肌のようだ……」
「頼もしい白騎士の忠誠心を思わせるようなスープ! 私、恋しちゃいそう!」
「美味い! 複雑すぎる味だが、それだけは確実に分かるぞ!」
どの客も《 白騎士のスープ 》を食し満足そうに屋台を後にした。
茜色の空が黒く染まり、祭りの広場に提燈が灯る頃ついにスープは空になった。
結果、祭りの一日で245杯もの《 白騎士のスープ 》が売れたのだ。
「ふぅ、ここまでです。レーヴ、アーシェス、お疲れ様でした」
「お疲れ様。どうだい? 帰りに果実酒でも呷って打ち上げようよ。良い店を知っているんだ」
「終焉ってしまえば儚いモノだったな……」
三人の夢魔は屋台を片付け、仲良く肩を組んで祭りの宵闇に消えていった。
《 白騎士祭り 》は大盛況に終わり、後日大臣から報告を受けた第二王女は手を叩いて喜んだのだった。
いつも読んでくださりありがとうございます。




