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44皿目 生カステラ  世界で一番幸せなアルラウネ ―執事キッスプリーズ♡  私、体液くれなきゃ悪い子になります!―

「ほら、一昨日の夜、《 妖怪体操(ようかいたいそう)第○(だい○○) 》みたいな顔をして、右手を相手におセックスの練習してたじゃない?」


 薄桃色の薄い唇で執事の耳に触れ、舌足らずな声で甘く囁く魔花(アルラウネ)

 ツインテールの長い金髪を夜風に大靡かせる少女の大きな桃色の瞳が、悪戯童子のように歪んでいる。


「……ほう。私の秘密を何でも知っているというのは、嘘ではないようですね」


 燕尾服の両腕を組み、執事は鼻息をふんすと一つ。


「オカズのローテーションだって知ってるわよ? ここの所、お嬢様ばっかり……本当、執事失格よねぇ☆」


 小さな薄緑色の手を口元にあて、嘲るように「くすくす」と小莫迦にした笑みを浮かべる魔花(アルラウネ)

 まったく悪びれた風もない魔花(アルラウネ)は、やがて張り付いたような、嗜虐に満ちた薄い笑みを浮かべた。


時間は巻き戻る。




  ∽ ∽ ∽


「……たすけて……さむいわ……このままじゃ、かれちゃう……」


 夜の刑場の隅に生えた小さな草の芽が、風に震える小さな声で誰にとも無く助けを求めた。

 冷たい夜風はぴゅうぴゅうと吹き、生まれたばかりの小さい草の芽をぐらぐらと揺らす。


 月の光に照らされて、刑場の隅を歩く男が一人。

 暗闇に溶けるような真っ黒い髪、それに対比するかのような白磁の貌。

 タイトに身に纏った燕尾服のテイルスカートを風に靡かせて、今にも風に葉を吹き飛ばされそうな草の芽の前で足を止める。


「助けを求めているのはあなたですか?」


 夢魔であるこの執事は、人や魔物の心の声を聞くことができる。

 数km離れた夜の散歩道から、草の芽の助けを求める声を聞いて刑場までやって来たのだ。


「……そうよ……たすけてぇ……もぅずっと おみずものんでいないの……」


 風に震えるか細い声で、小さな草の芽は助けを求めた。


 たしかに日の光の届かない刑場の隅、加えて雨などここ暫くは降っていない。

 放って置けば、生まれたばかりのこの芽は枯れてしまうだろう。


「それでは、陽のあたる暖かい庭に植えてあげましょう。お水も差し上げます」


「……ありがとぅ……おみずよりも…《 あかわいん 》がいいわ……おみずだと、こんやでかれちゃいそぅ……」


 しゃがみ込み、白い手袋の手で土ごと大きく草の芽を掬って両の手できゅうと包み込み、燕尾服は月下に照らされた夜の街を駆けた。




 ぱん ぱん ぱん


「……こんなものでしょうか」


 刑場から数km、街の西の郊外にある執事の仕える邸。

 小さな芽は邸の中庭の隅、昼は良く陽のあたる場所に植え替えられた。

 こんもりと盛られた土からはぴょっこりと小さな芽が顔を覗かせる。


「お待たせしました……。ジャンビニオン・スベチアーレの赤、15年物のワインです。どうぞお楽しみください」


 白い手袋を胸にあてて礼をすると、庭に埋めた草の芽に赤ワインをとくとく、とかけた。

 今夜で枯れるかもしれないという草の芽、最後の晩餐になるかもしれないと、執事は少しばかり高価な赤ワインを選んだ。


 とく とく とく とく


「あぁ……おいしいわ……ありがとぅ……のどがとてもかわいていたの……」


 まるで一息つけた旅人のように、草の芽は少し落ち着いた声を取り戻した。


「あしたのばん《 わいん 》をもって、またきて……うんがよければ……まだいきていているわ。そうしたらおれいができるから……」


「えぇ、必ず参ります。朝には日が射しますので、どうか頑張ってください」


 執事は小さな芽の無事を祈り、礼をすると庭を後にした。




 次の日の晩。

 中庭の隅、昨日草の芽を植え替えた辺りに行くと、そこには月光に照らされた美しい少女が立っていた。

 歳は10の頃だろうか。長い金髪をツインテールに結い、大きく見開かれた桃色の瞳にはどこか聡明な印象を覚える。

 少し普通の人間と違うところがあるとすれば、その少女の大腿から上が、直径1mはある大輪の薔薇のような花弁から生えているところだった。


「アルラウネの幼生でしたか……」


「そうよ。ちょっと危なかったけど、お陰さまで助かったわ。ありがとう」


 アルラウネは、盗賊の家系に生まれた者、妊婦なのに盗みをしたりしようとした女性から生まれた者、実際には無実なのに拷問にかけられて泥棒の「自白」をした者が縛り首にされたとき、彼らが童貞であって、死に際に尿や精液を地にたらすと、その場所から生えると言われている魔草だ。


 赤ワインできれいに洗い、紅白模様の絹布で包んで、毎週金曜日に風呂で洗い、新月の日には新しい布を着せなければならない。そうしてアルラウネにいろんな質問をすると、この植物は未来のことや秘密のことを教えてくれる。アルラウネを手に入れたものは裕福になるのである。しかしアルラウネにあまり大きな要求をすると力が弱って死んでしまうこともある。


「なるほど、赤ワインを知っていたことにも頷けます」


「私は物知りなの、何でも知っているわよ? あなたの秘密も、世界の理もね」


 そう言って、少女は薄い胸を張り、誇らしげな顔をする。


「私の名はレンゲです。あなたはなんとお呼びしたら良いでしょう」


「知っているわ。でも、残念なことに私には名前が無いの。良かったらあなたが付けて頂戴」


 胸に手を当てて礼をする執事に、金色のツインテールをふぁさと、かき上げて悪戯を思いついた子供のような貌で魔花(アルラウネ)は言った。


「……では、《 優美な薔薇(プリム・ローズ) 》そう呼ばせていただきます」


「《 優美な薔薇(プリム・ローズ) 》ねぇ……うん。気に入ったわ。美しい私にぴったりね」


「ありがとうございます」と、執事は胸に手を当てて礼をした。


「赤ワインを持って来たのですが、おかけして宜しいのでしょうか?」


「まずは、私の身体をワインで洗って欲しいの。まぁ、魔花(アルラウネ)に魔力を持たせる儀式みたいな物ね」


 金色の長いツインテールの先をくるくるくるり、魔花(アルラウネ)の作法を取り扱い説明のように教える。


「かしこまりました。それでは、失礼いたします」


 一礼して、ワインのコルクを抜くと、眼に見える適量で少女の金髪に注いでゆく。

 辺りに酒精の強い匂いが満ち、少女がうっとりとした表情をする。


 とく とく とく とく


「お加減は如何ですか?」


「あぁ、気持ち良い……すっごく気持ちがいいわ」


 胸元から白いハンカチを取り出して、清拭するように少女の身体を濡らすワインを拭き取ってゆく。


「……髪は自然乾燥で大丈夫だけど、身体は丁寧に拭いてね……そう、そうよ、流石は有能執事、とっても上手ね」


 丁寧に拭き終えると、少女の薄緑色の肌に、まるで張りと艶が出たようにも感じる。


「これからは毎週金曜の夜にはワインで洗ってもらうわ。それと、紅白の布で私を包んで頂戴。魔力の漏洩を防げるの」


「これはまた、随分と手がかかるのですね」


 ぴんと伸ばした白手袋の人差し指を下唇に当て、「世話をするなどと言っていないのに」と執事は失笑する。


「手のかかる女、大好きでしょ? そうじゃなきゃ、この邸の執事なんて務まらないわ」


「……そうですね。……では、明日の晩に布はお持ちしましょう」


 邸の女主人を思い浮かべ、執事は笑みを零した。


「それで、どう? 初めて (アルラウネ) を見た感想は」


「とても可愛らしいですよ……この花弁の色合いなど、上品でとても美しい」


「私、可愛い? 美しいの? そう。 も、もっと褒めてもいいわよ?」


 金色の長い髪をかき上げて、頭の後ろで腕を組んでポーズをとる。

 執事は白磁の貌に笑みを浮かべ、白い手袋で陽光のような優美な薔薇の柔らかな髪を優しく撫でた。


「優美な薔薇……あなたは、この庭に咲く花の中で……一番美しいですよ」


「えっ!? お庭で一番? あそこに咲く薔薇よりも?」


「えぇ」


「私のほうが綺麗?」


「はい」


 みるみるうちに、優美な薔薇の幼い貌が歓喜に彩られてゆく。

 頬が薔薇色に上気しているのは、ワインの所為ばかりではないだろう。


「あぁっ、一番綺麗だなんて嬉しいっ!……私、もっと綺麗になろうかなっ……もっと美しい花を咲かせるわ……だからもっと褒めて頂戴」


 優美な薔薇の薄緑色のしなやかな腕が伸びて燕尾服の背をぎゅうと、しがみ付く様に抱きしめた。まるで《 一番美しい 》という言葉の余韻に感じ入っているようだった。

 お礼を貰えるような話をチラと思い出した執事であったが、今晩は気にしないことにするのだった。




  ∽ ∽ ∽


 しかしこの庭で一番美しい花とも、次の日の夜は少し揉めることとなる。

 今夜は水をやった後、今日の昼に町で仕入れた衣装を優美な薔薇に纏わせてゆく。

 白地の生地に、桃色の縁取りのアクセントが入ったキャミソールを頭から被せるように着せ、桃色の生地の下に、白い横ストライプが二本入った短めの巻きスカートを腰に巻いて結ぶ。


「ふ~~ん。こういうのが好きなんだ?」


「紅白の布ということでしたので、このようなものを用意しました」


「うん。可愛いデザインだし、気に入ったわ」


「とても良く、お似合いですよ」


 満足そうに礼をする執事と、嬉しそうに腰のスカートをふりふりと、自分の姿を何度も見回す優美な薔薇。


「今日はね。ちょっとお話があるの」


「お話ですか?」


 怪訝そうな顔をする執事に、少女はツインテールの先をくるくると、少し言いにくそうに。


「ほら、一昨日の夜、《 妖怪体操(ようかいたいそう)第○(だい○○) 》みたいな顔をして、右手を相手におセックスの練習してたじゃない?」


「……ほう。私の秘密を何でも知っているというのは、嘘ではないようですね」


 燕尾服の両腕を組み、鼻息をふんすと一つ。


「オカズのローテーションだって知ってるわよ? ここの所、お嬢様ばっかり……本当、執事失格よね☆」


 小さな薄緑色の手を口元にあて、嘲るように「くすくす」と小莫迦にした笑みを浮かべる優美な薔薇。


「……お喋りな花は、美しくありませんね」


 むっとした執事が「面白くありません」と白い手袋をはめ直す。


「ち、違うの、私が言いたいのはね。無駄射ちする体液があるなら、私に頂戴ってこと」


 一本の蔓が伸びて、執事の黒いズボンの股間をすりすりと撫でる。


「ワインも美味しいけど、魔花(アルラウネ)的にはもっと栄養価の高い物が欲しいわ。知識の上で知ってるだけじゃなくて、実際に飲んでみたいし……」


「植物に体液をかけるなど、おぞましい……」


 冷たく冷えたような琥珀色の瞳が軽蔑するかのように薄緑色の少女を見据える。


「なんで? WinWin(ウィンウィン)なのに。あなたの雄しべを私の雌しべに差し込むだけじゃない。それとも、自分の右手を孕ませる気?」


 珊瑚色の短いスカートの両端をまくし上げると薄緑色の未熟な膨らみが露になった。


「植物と交尾の真似事をするなど、常軌を逸しています」


 わざと大きなため息を一つ。白い手袋をひらひらと「ありえません」と振る。


「あなたの全てを受け止められるのは、世界で私だけよ? あなたの弱点なんて、初めて会った時から全部知りつくしちゃってるんだから!」


「そうですか。では、あなたが今よりもっと大きく美しく育ったら考えましょう」


 顔色一つ変えずに却下する執事に、優美な薔薇はご機嫌を損ねたかのように両手を腰に当て抗議する。


「体液をくれたら、すぐに大きくなれるのに!」


 優美な薔薇はじっとりとした恨めしそうな眼で執事を見ると、不貞腐れたかのように頬を膨らませた。

 この晩は、優美な薔薇はずっと不機嫌にぶつぶつと、執事に不満を吐き出していた。




  ∽ ∽ ∽


 それから何度目かの金曜日。

 ワインで身体を洗おうとする執事の背に、薄緑色の優美な薔薇の手が甘えるように絡みつく。


「悪戯はお止めなさい。そんなに引っ付いたら、上手くあらえませんよ?」


「えぇ~~なんで~~~?」


 鼻先のあたる距離の優美な薔薇が、くらくらするような甘い息を誘惑するかのように顔に吹きかける。


「……今夜は随分と甘えてきますね?」


「そうかなぁ~~? そうなのかな~~?」


 細い小首をかしげておどけてみせた。


「……ねぇ?…… (アルラウネ) の花言葉を、教えてあげよっか?……」


 薄桃色の薄い唇を執事の耳に当て、舌足らずな声で甘く誘うように囁く優美な薔薇。


「知っていますよ……たしか……《 誘惑 》と《 恐怖 》でしたか?」


 少女の薄緑色の両手と蔓に絡み取られた燕尾服の執事は、まるで蜘蛛の巣に絡めとられた黒い蛾のよう動きにくくなりつつも、平静そのもので答えた。


「……正~解~☆……ご褒美に、楽しませてあげよっか?……たっぷりと時間をかけてさ」


 執事を抱きしめるように絡めた薄緑色の両手にさらにぎゅうと力が篭り、しゅるしゅると次々と蔓が燕尾服に絡み付き締め上げてゆく。


()っ……もう悪戯では済みませんよ? それとも、これがあなたの本性ですか?」


「だって……あなた、私の欲しい物を《 おあずけ 》にするんだもん……とっても意地悪だわ。 ねぇ?」


 悪びれた風もなく、至極当たり前の様に言うと、優美な薔薇は薄い笑いを浮かべた。

 ワインを持った腕に絡みついた蔓が、強引に執事の腕を力で引き上げる。


「……そのワインをかけて。一緒に浴びよ? その後、二人でいっぱい交尾をするの。きっと凄く気持ちがいいわ」


 いくつもの蔓が伸びて執事の黒いズボンを下しにかかった。

 力関係を示すかのように、少女の腕と蔓がめしめしと燕尾服を締め上げる。

 嗜虐的な笑みを浮かべた優美な薔薇が、薄桃色の小さな舌で執事の白磁のような頬を舐め上げた。


「……私と幸せになっちゃえ?」


 その刹那、執事の空の手から、炎がぼぼぼと噴き出し、優美な薔薇の幼い童子のような、柔らかそうな腹部を炙った。


「――……熱っ!?」


 優美な薔薇が驚き、咄嗟に執事に絡めた両手と蔓を放した。その隙を逃さず執事は大きく後ろに跳躍する。


「驚いたわ。あなた、炎の魔法も使えたのね? ちゃんと知っておけばよかったわ」


「えぇ、少しばかりなのですが……」


 白い手袋でぱんぱんと燕尾服の土を払う。


「……まぁ、所詮は雑草、恩は仇で返すのですね」


「わっ、私を雑草だなんて呼ばないで! 私は優美な薔薇(プリム・ローズ)よ! この庭で一番美しい花よっ!」


「いいえ、あなたなんて雑草で十分です……ワインと着替えは此処に置いて置きますので、最後のご入浴はご自身でどうぞ」


 足元にワインの瓶を立て、身体を拭う厚手の布と着替えを置く。

 蔓を伸ばせば、ぎりぎり届く距離だろう。


「酷い! 酷いよ! あなたに身体を洗って貰えるのを一週間楽しみにしてたのにっ!」


 庭で一番美しい花は、珊瑚色の瞳に大粒の涙を溜めて抗議をした。


「酷いのはあなたです。ご自身で台無しにしたのでしょう? 私を襲ったあなたは、もう良い子の優美な薔薇ではありません」


 すたすたと執事の長い足が、革靴の音を冷たく響かせて遠のいてゆく。


「……さよならです。優美な薔薇(プリム・ローズ)


「ま、待ってっ! 行かないでっ! 」


 悲痛な声を上げ叫ぶも冷たく去ってゆく足音。


「行かないでっ! なるっ! 良い子になるからっ! なったっ! 良い子っ! 見てっ、もう良い子っ!」


 必死に叫ぶ優美な薔薇の声に、薄闇の中、ピタリと執事の革靴が止まる。


「……良い子? 本当に……良い子になれるのですか?」


「なります! もう悪いことはしないわ! 本当にしませんからっ!」 


 暗闇の中立ち止まり、じっと魔花(アルラウネ)を見据える琥珀色の瞳に、最後のチャンスとばかりに舌足らずな声で縋り付く。


「ちゃんと謝りますっ! 御免なさいっ! 御免なさいっ! もう致しませんっ!」


 届かぬ執事に必死に手を伸ばし、許しを請う優美な薔薇。


「……今回だけ……特別です。次はありませんのでそのおつもりで……」


「はいっ! わかりましたっ!」


 優美な薔薇の涙でキャベジのようにくしゃくしゃになった貌が歓喜の色に明るく染まる。

 執事は地面に置かれたワインの瓶と布と服を拾い上げると、大きくない歩幅でゆっくりと優美な薔薇に近づいた。


「良いお返事です。私もあなたに炎を放ってしまいました。お怪我はありませんでしたか?」


「ちょっと驚いただけ、大丈夫よ? でも、許して欲しいなら、私のお願い聞いてもらいたいのだけど?」


 本当はズキズキと疼痛を訴える腹部を内緒にするのは、少女なりの優しさであった。


「……んっ……」


 優美な薔薇は、胸の前で両の手を組と、瞳を閉じて薄い唇を軽く上に突き出した。

 祈りを捧げる乙女というよりも、まるで恋人に唇を強請(ねだ)る娘のポーズだ。


「今度は、一体何の真似ですか?」


「……仲直りのキッス……」


「私に唇を強請(ねだ)るのですか?」


「……別にキスくらい、いいでしょ?……お願いよ。仲直りの印を頂戴♡」


 閉じた眼の端をうるうると潤ませ、わざと媚びたように甘ったるく口付けを懇願してきた。


「まぁ、キスくらいなら良いでしょう」


(口付け程度なら、薔薇の花を口に咥えるのとさして変わらないでしょう)


「ほら、キスっ! 執事キッスプリーズ♡」


「んむぅ」と再び瞳を閉じて、唇を突き出し唇を待つ。

 執事は軽いため息を一つ付くと、胸の前で組まれた優美な薔薇の折り畳まれた指をほどき、己の左手の指を恋人繋ぎに絡めると、残った右の手で大輪の花から生える子供のような細い腰を抱いた。

 そのまま覆いかぶさるように、ゆっくりと唇が重なってゆく。


 はむっ……んっ……ちゅっ……


 まるでお互いに分かっていたかのように、軽く唇を吸い合うと、互いの舌先が触れ合った。


 れるっ……れるれる……れろぉ……


 驚くことに、滑るようにからまる優美な薔薇の幼い舌から、蜜のような甘さが伝わってきた。


(……これは……花の蜜ですか……しかしこの味はっ!)


 その蕩けるような甘さに思わず夢中になり、貪る様に優美な薔薇の口腔に舌先を伸ばし、幼い舌に深くからめる。


 ちゅっ……むっ……れろぉ…れろぉ……


(何よっ、すましてた癖にっ……こんなに情熱的なキスっ! )


 れるっ……れるっ……れろろぉ……じゅっずずっ……


(こいつっ、私の恋人になる気満々じゃないっ!)


 優美な薔薇がそう思うほどに、執事は我を忘れて甘い蜜を垂れ流す幼い口腔に夢中になっていた。

 優美な薔薇の蜜は、蜂蜜のようにコクがあり、それでいて上品な甘さで、そしてなにより気品に満ちた花の香りがするのだ。

 執事が我に返り眼を見開くと、優美な薔薇は暗闇で月明かりを映す桃色の瞳が、嬉しそうに「にんまり」と笑っていた。

 実は少女は、これを狙っていたのだ。


 むぅっ……はぷっ……ぷはぁ……


「……これは、花の蜜ですか?」


「そうよ」


 勝ち誇ったかのような笑みを満面に浮かべる優美な薔薇。


「……私の蜜、甘かった? 美味しかった? それとも……ものたりなかったですかぁ?」


 桃色の瞳をわざとらしく潤ませ、舌足らずな口がこれまたわざとらしく不安そうな声色を出して尋ねる。


「正直驚きました。とても美味しかったですよ。気品のある甘さで、薔薇の花のような良い香りがしました。これはとても素晴らしい」


「あ~~んなに、怒ってたのに……うふふ。私を気に入っちゃったの~~? 現金~~☆」


 二人の関係に再びマウントを取れたことを確認した優美な薔薇は、幼い貌に普段のような強気で、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「優美な薔薇、この蜜を毎日いただくことはできますか?」


「え~~? 欲しいの~~? ど う し よっかなぁ~~?」


 短い巻きスカートをひらひら、腕を腰の後ろで組み、わざと意地悪そうにそっぽを向く。

 しかしその桃色の瞳は、執事との仲直りが成功したことへの歓びで、瞳の端に涙を浮かべていた。




    ∽ ∽ ∽


 それから毎日、執事は優美な薔薇に水をやり、ガラス瓶に花の香りのする蜜を集めた。

 この日も、執事は水を与えた後、蜜を採集する為に、ガラスの小瓶を優美な薔薇の薄い口元に当てる。


「ぅっ、んんっ……んむうぅぅぅぅ……」


 薄紅色の幼い唇から、舌足らずな呻吟が漏れる。


 小さなガラスの瓶に差し込まれた薄桃色の小さな舌先から、花の香りのする蜜がてらてらと月の光に煌めきながら流れ落ちる。

 しかし、ある程度溜まったガラス瓶の中の蜜は、いつもの半分くらいの量で止まってしまう。


「おや? 今日はこれだけなのですか?」


「ほ、ほら?……今日は昼間、雨だったから……こういう日だってあるわよ? 明日は頑張るから……ねっ?」


 陽光の色の長いツインテールをふぁさとかき上げて、優美な薔薇は顔を背けた。


「そうですか、こんなものですか……私の優美な薔薇(プリム・ローズ)はもっと出来る子だと思っていたのですが……」


 黒髪の執事は両手を開き、残念そうに首を振る。

 執事の少しオーバーで残念そうな様子に、優美な薔薇の顔にたちまち焦りの色が浮かんだ。


「ち、違うもんっ!……あなたの優美な薔薇(プリム・ローズ)はもっとできりゅもんっ!」


「んっ、うぅぅぅぅ~~っ」


 再びガラスの瓶に突き出された薄桃色の舌先から、ぽたた、ぽたた、と甘い良い香りのする蜜が再び滴りだす。


「み、見へっ!……ほんらに出へうよっ! わらひ、夜なのに蜜つくってうよっ!」


「素晴らしい! 凄いですよ優美な薔薇! 私が間違っていました。あなたは、とても出来る子でした」


 ガラスの瓶に再び溜まりゆく花の蜜に、執事は満足そうに微笑むと、手のひらを返したかのように優美な薔薇を褒め、抱きしめて頭をよしよしと撫でる。


執事の編み出した優美な薔薇の取り扱い方法だ。


「しゅごい?、わらひ、しゅごい? ちゃんとできう子?」


「こんなに蜜を作れるなんて……本当に凄い。あなたは出来る子です。 愛おしいですよ優美な薔薇」


「わらひのこと、しゅきなのっ? わ、わらひも、しゅきらよっ♥」


 好意を寄せる相手に褒められる。

 褒められる度に、少女の小さな脳が、幸せでピンク色に染まって震える。

 耳元で愛の言葉を囁かれた優美な薔薇は、燕尾服の中で薄緑色の身を捩り、ガラスの瓶の中に幸せそうにとろとろと甘い蜜を垂れ流した。




    ∽ ∽ ∽


 はむっ……ちゅっ……れろぉ……


 恋人のように舌を絡めあう執事と金髪の少女。うねる優美な薔薇の薄桃色の蜜に濡れた小さな舌が、執事の舌に甘い味わいを刷り込んでくる。

 今宵の蜜のテイスティングだ。


「どう? 今日の蜜もとっても美味しいでしょ? ちゃんと感謝してよね? 

 あなたじゃなかったら、絶対に蜜なんてあげないんだから」


 月の光に輝く金色のツインテールをふりふりと、腕を組んで小さな薄紅色の唇を尖らせて見せる。


「今日の蜜はとても濃くて……クセになりそうです。もちろん、ちゃんと感謝もしていますよ優美な薔薇」


「そ、そう。感謝してるのね? 濃いのが良いの? 私がクセになりそうなのね? あ、明日はもっとクセになって、私無しじゃ生きられなくなっちゃうかもしれないくらい濃い蜜になるかもしれないわねっ」


 横を向いて不機嫌そうに眉を顰めて見せつつも、蔓をうねうねと嬉しそうに悶えさせる優美な薔薇。


「その後ろに置いてあるバスケットは何?」


「気になりますか? 何でも知っているのでは?」


 執事の言葉に、優美な薔薇はむっとした顔をすると、両手の人差し指をぴんと真っ直ぐに伸ばしてこめかみに当て、瞳を閉じて瞑想を始めた。

 魔力を使い知識を得ているのだ。


 やがて、桃色の瞳が開き、にっこりと笑う。


「……わかったわ……中身は生カステラ。私と一緒に食べるために作って来たのね?」


「その通り、正解です。優美な薔薇」


 さっきまで不機嫌そうだった優美な薔薇が、嬉しそうにそわそわとし始めている。


「そ、そんなに私と一緒に食べたかったの?」


「えぇ、あなたの蜜を使っているので、一度食べていただきたくて」


 そう言いながら切り分け用のナイフ、フォーク、小皿を次々と取り出して準備をする執事。



「人間の料理……一体どんな味がするのかしら?」


「今切り分けますので、少しお待ちください」


 執事はバスケットの中から、白い皿に乗った直径二十cm程の茶色い円形の焼き菓子を取り出した。

 卵と蜜の暖かな甘い匂いが辺りにふんわりと広まり、優美な薔薇は小さな鼻をひくひくとさせた。

 生カステラは、卵と蜜、小麦粉で作れる焼き菓子だ。

 中心の半生の部分が、まるでカスタードクリームのようにとろとろと蕩ける。

 外はフワフワで、中は半熟とろ〜り。それがこの焼き菓子の特徴だ。

 ナイフで綺麗な六等分に切り分け、小さな白磁の皿に乗せると銀色のフォークと一緒に優美な薔薇に手渡す。


「良い匂い。いただくわ」


「どうぞ。召し上がれ」


 フォークで焼き菓子を刺してそのまま口に運ぶ。


「――……っ 美味しい!」


 良く知る甘さではあったが、香りの良いふわふわの生地。そして卵を使用した菓子のコクは初めての体験であった。


 もく もく もく


(……凄く美味しい)


「もう一切れ頂戴」と差し出された小皿に、新しい生カステラが乗せられる。


もく もく もく もく


「ご馳走様。これ、美味しいね。……まぁ、私の蜜を使っているんだから、美味しいのは当たり前かもしれないけど?」


「気に入って貰えて嬉しいですよ」


 優美な薔薇のキャミソルに付いたカステラの欠片を、ぱんぱんとハンカチで払って落とす執事。


「人間の生活って、面白そうよね?」


「そうですか? 植物の方が気楽で快適そうに思えますけれど……」


 バスケットに白磁の皿やフォークを片す音が、かちゃかちゃと中庭に響く。


 月の光が煌々と照らす中庭。ときおり静かに吹く風が、優美な薔薇のツインテールを撫で上げる。

 上を向けば星がちかちかと瞬き、辺りは静かで木の葉のさざめき以外はなにも聞こえない。

 いつもと同じ、いつもの夜。

 そして、時間が来て、燕尾服はまた立ち去ってしまう。


「ねぇ、この世界では、魔花(アルラウネ)をお家の中で育ててる人がいるんだけど。 やっぱり、なんか変よね?」


「そうかもしれませんね」


 髪の先をいじいじと、何か言いにくそうにもじもじと腿を捩る優美な薔薇。


「室内で育てるなんて、きっと、すっごく大切にしてるんだよね?……それって、幸せな魔花(アルラウネ)なのかな?」


「お家魔花(アルラウネ)が羨ましいのですか?」


「そ、そうわけじゃないけど……ほら? 夜はまだ寒いし、風とか吹くともっと冷えるし……」


ふぅ、と小さなため息をつく燕尾服。


「では、試しに暫く、私の部屋で暮らしてみますか?」


「えっ!?……いいの!!」


 予期せぬ一言に、優美な薔薇の顔が歓喜に彩られてぱぁっと輝く。


(同棲!? これって私のこと、恋人にしたくなっちゃったってこと!?)


「今晩は鉢がありませんが、一晩我慢はできますか?」


「うん! うん! 大丈夫! 一晩くらい平気よ! お水を沢山飲めばいいだけだもん」


「では、根を掘りましょうか……スコップを持ってきますので、少しお待ちください」


「あ、待って! 根は簡単に抜けるのよ! ほらっ!」


 ずぼぉ ずぼぉ


 豪快な音と共に、驚くほど容易く地中から自分の根を抜き上げると、根同士を捩り合わせて人の足のような形を形成した。


「歩けるかなぁ? よいしょ、よいしょ」


 こてん


 根で歩くことに、慣れていないのか、石につまずいた子供の様にコケる優美な薔薇。


「おや、大丈夫ですか?」


 小さな身体を抱き起こし、執事はお姫様を抱くように優美な薔薇を抱き上げる。


(……ぁ……これ、お姫様抱っこじゃない?……こいつ、このまま運ぶ気? こ、心の準備が追いつかないじゃない!)


「それでは、失礼してこのまま運ばせて頂きます」


「……そ、そう? し、仕方がないわね。別にいいけど?」


(……最っ低♡)


 抱き上げた優美な薔薇をあまり揺らさないように早くない速度で邸に向かう。


「良かったですね。これであなたも幸せな魔花(アルラウネ)の仲間入りですよ?」


「……ふあ?♡」


 思い人に優しく抱かれたことに脳の処理が追いつかず、頭がふわふわとする。

 まるで幸せの揺り篭で揺られるように……。

 歩くと揺れる甘ったるい揺れが、幼い魔花(アルラウネ)を幸せな世界にどっぷりと漬け込んでいった。


 夢見心地で見上げた執事の白磁の顔は、月明かりに照らされて、まるで天使のように輝いて見えた。




 それから数ヶ月


 『私を育てるあの人がいて、美しく咲く私がいる』


 「それだけで、自分は世界で一番幸せな魔花(アルラウネ)」であると、邸の執事の部屋の陽のあたる窓際で、あの頃より少しだけ大きくなった優美な薔薇は思うのだった。


いつも、読んでくださりありがとうございます。


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