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43皿目 シーザーサラダ  物乞いに身を堕とした元聖娼の私じゃ、もう幸せにはなれませんか?

恋愛物を書きたかったのですが、恋愛経験の無い私にはこれが限界でした。


「ママ! 落ちてたご飯美味しいね!」


 広場の隅に嬉しそうな子供の声が響く。


「本当、美味しいね。ママはもうお腹一杯だから、全部食べなさい」


「わぁ~~い! やったぁ~~!」


 伸ばしっぱなしの黒髪に、琥珀色の瞳、袖の無い大人用の神官服の上着をワンピースのように着こなした10歳くらいの少女は、石畳の広場の隅に座り込み。眼の前に置かれた木皿から野菜の浮かぶスープを匙で掬い、夢中になって口に運んだ。




 昼は市場で賑わう王都の石畳の広場の隅に、物乞いの母娘が住み着くようになった。

 市場のテント跡に残る野菜屑や、たまに転がる傷んだ果実などを目当てにしているのだろうが、とても一日の食を満たす量にはならないだろう。栄養失調で亡くなるのは眼に見えていた。


「何処のどなたか存知ませんが、食事をお恵み下さった慈悲深きお方、感謝いたします」


 娘の傍らで母親が両手を組み、土下座をするようなポーズで祈っている。

 冒頭で娘が食べている食事を恵んだ輩に感謝の意を表しているのだろう。


 母親の歳は20の頭だろうか、娘によく似た琥珀色の瞳、陽光のような明るく長い髪を後ろで一本に縛る。

 そして、豊満な身体を神官服のようなホーリーシンボルの入った変わった衣装に身を纏っていた。

 その服は神官服を模しながらも布地があまりに少なく、豊かな胸がほとんど露出する上着に10cmにも満たない、肌を隠すには心元なさすぎるホーリーシンボルの入った前掛け、まるで紐のようなあまりに扇情的な下着のみである。

 物乞いの母親の服は神殿の聖娼神官の衣装であった。


 聖娼神官……。

 お布施を代価に受け取り、神殿で信徒に己を抱かせて教えを導く聖娼神官は、神と人間の間の尊い存在とされ、何処の教団でも貴重な収入源でもある。

 この母娘に父親がいないところを見ると、娘は客となった信徒の子種で生まれたのかもしれない。


 この国では今、元神官の物乞いが増えている。

 かつてこの国で二大勢力を誇った光の神の教徒と、暗黒神の教徒が宗教争いは、数年前、光の神教が国教として決まることで収まった。

 一方の暗黒神への信仰は禁止され、暗黒神殿が次々と破壊されて神殿に仕えていた者達が光の神に改宗をする中、熱心な信徒や神官が改宗を拒み、町で物乞いに身を堕としている姿は珍しくなかった。

 恐らくこの母娘も数年前の暗黒神教禁止により、職と居場所を失った口なのだろう。

 元聖娼様も、物乞いに身を堕としては、見る影も無い。


 自己紹介が遅れたが、俺の名前はファイアスピン。この町で衛兵をしている。

 特になんの特徴もない、亜麻色の髪をしたごくごく普通の20代。しいて言うなら、目つきが少し悪いことを気にしているくらいか。

 なにごとも普通が一番。この目つきの悪さには今は亡き両親を恨んだものだ。

『良い塩梅』は何事にもほどほどを心がけるそんな俺の座右の銘でもある。


 話は変わるが、昼番で町を哨戒する衛兵の俺は、最近楽しい遊びにはまっていた。

 それは、物乞いに身をやつしたこの元聖娼の母娘が貧困に喘ぐ様を観察することだ。

 広場を巡回していて見つけたこいつらは、傍を通るとぐうぐうと母娘で腹の音を鳴らし、広場の隅で身を寄せ合っていた。、

 あんまり腹の音がうるさかったから、次の日の朝、こいつらが眼を覚ます前に大皿にいれたシチューをこっそりこいつらの前に置いた。


 するとどうよ。料理の匂いで眼を覚まし、「ありがとうございます! ありがとうございます!」ってわんわんと泣きながら母娘で仲良くシチューを啜り出したじゃあないか。

「もう、駄目かと思った!」とか「ママぁ!きっと神様がくれたんだよ!」とか「また、暖かい料理が食べられるなんて!」とか「久しぶりのご飯、美味しいね!」などその語彙も愉快なもので、あれには思わず腹をかかえて笑いそうになったもんだ。


 おや、広場が賑やかになってきたな。

 うん? 母親が髪をかき上げてしゃがみ込み、足を開いて爪先立ちになる聖娼を思わせる官能的なポーズで……。

 これは、始まるぞ。俺の大好きな奴だ。


「誠心誠意ご奉仕いたします……どうか食べる物をお恵みくださいませ」


「お恵みくださいませぇ」


 艶めかしいポーズの母親に続き、娘が両手を付いてお願いする。

 人間としての尊厳さえ揺るがしかねない姿を晒して、母娘揃っての物乞いが始まった。

 俺の知る限り一度もお恵みが来たことはないのだが、明日は何も食べれず死んでしまうかもしれない。そんな恐怖からなのか、昼が近づき広場が賑やかになると母親は物乞いを始める。

 これは、俺の仕事時間が近い合図でもあるのだ。


 まぁ、光の神殿で少しお布施を出せば若くて美しい聖娼神官様を抱けるのに、わざわざこんな薄汚れた母親を抱く物好きはいないだろうな。

 仕方がない。明日の朝はもっと大きな皿で食事を用意するか、毎日腹が一杯なのがわかれば物乞いなんて始めないだろう。

 もう少し母娘を見ていたい気持ちを諦めて、俺は仕事に向かった。




 次の日の朝、まだ日の昇りきらぬ早い時間に、俺は大皿を持って家を出る。

 俺の日課の、物乞いの母親泣かしだ。


 今日は、パテトとオニーオ、キャロトを煮たポトフだ。

 パテトがごろごろ入っているから腹持ちも良いだろう。

 ついでに買いすぎてしまったパンも持って行く。

 これで、物乞いの真似事を止めてくれればいいが……。


 抜き足、差し足……暗殺者(アサシン)のように音を殺して歩く。

 石畳の広場の隅、物乞いの母娘が眠る傍にことりと大皿のスープを置いた。

 昨日、置いた大皿は綺麗に洗われ傍に置かれている。いつも通りだ。

 皿を回収して……と。


 ぐぐ~~ きゅるるる~~


 きゅるるるる


 辺りに漂った野菜の旨味を含んだスープの香りに、母娘が腹を鳴らす。


 あっはっは。

 寝ながら腹を鳴らしてるよ。うけるなぁ。

 まぁ、一日ぶりのご飯だからな、無理も無い。


 おっ、起きてきたぞ……なんて匂いに敏感な奴らだ。

 俺は急いでその場を離れ、近くに身を隠す。


「ママぁ! ご飯置いてあるよ! また誰かが美味しいご飯くれたよ!」


「あっ! パンだ! 今日はパンもあるよぅ!」


「あぁ、いと慈悲深き暗黒の神よ……」


 あらら、泣きながら暗黒神に祈りを捧げ始めちゃったよ。

 この国では、暗黒の神に祈りを捧げることは禁止されている。それを犯した者には重い罰が与えられ、それは時として死罪すらもありうる危険な行為だ。

 物乞いに実を堕としても、元神官の気高さを捨てれずにいる。

 物乞いをしても、誇り高く生きている。

 だから俺はこの母娘から目が離せないのかもしれない。


「さぁカーラ。いただきましょう」


「うん! ママ!」


 嬉しそうに木の匙を構える娘。

 そうか、娘の名前はカーラというのか。


 ずずっ もぐもぐ


「美味しいよ! パテトがいっぱい入ってる!」


「良かったわねぇ。 あぁ……本当にパテトがいっぱい……」


 顔をキャベジにみたいにくしゃくしゃにして、今にも泣き出しそうなのを堪えているなぁ。

 よし、明日はあれを持っていってもっと泣かせてやるか。


「パテトほくほくだね!」


「美味しい……とても優しい味がする……」


 もっと眺めていたいが、今日は早番で鎧や装備の手入れをしなければならない。

 俺は母娘の嬉しそうな声を耳に、町外れの兵舎に向かって歩き始めた。

 また、明日な。



 

 次の日の朝。


「うわぁ暖か~~い、これでもう寒くないね! 安心だね!」


 広場の隅に張られた小さなテントの中から嬉しそうな子供の声が聞こえる。

 浅い主柱一本に厚手の布を被せただけの簡単な作りのテントだ。


「あぁ、感謝を! 慈悲深き暗黒の神よ! 私達に「生きよ」とおっしゃられるのですね!」


 早速テントを使っているな。また暗黒神に祈ってて笑える。どうせまたえぐえぐと惨めに泣いているのだろう。

 家の中で邪魔だったから、野営用のソロキャンプテントを、食事と一緒に母娘の前に運んだのだ。

 テントの中じゃ、もうここからは見えないが、まぁ、いいだろう。俺がもう少し近づけばいいだけの話だ。


「ママぁ! 今日の置いてあったご飯凄いよ! サラダもあるよ!」


「こんなにいっぱい……あぁ、本当にいただいてしまってよろしいのでしょうか……」


 今日は昨日と同じポトフにトマテを入れたものと、大盛りのサラダだ。

 レタの葉にオニーオなど、ありあわせの野菜をたくさんに、食べやすい大きさに切った燻製肉。それに酢と塩とミルクと胡椒で味を調えたドレッシングをかけ。余ってかりかりになったパンを崩して振りかる。

 そして最後に乾酪を削って振りかける。栄養価も高く、見た目も食感も楽しい何でもありサラダだ。

 栄養失調で死なれてはかなわない。俺の楽しみが無くなってしまうからな。

 少し高いが奮発して乾酪を買ってきたのだ。牛乳の加工品である乾酪は非常に栄養価が高い。やはりこいつらには、毎日たくさん食べて貰わなければ。


「ママ! こんなすごいサラダ、わたし初めて! この上の黄色くて美味しいのはなあに?」


「こ、これは乾酪!! こんな高価な物を……あぁ、慈悲深きお方、感謝いたします!」


 うける。ちょっと乾酪削って載せたくらいでオーバーだなぁ。


「へぇ~~、かんらくって言うんだ? 私、かんらく大好き!」


「ママも乾酪は大好きよ……うぅ……これをまた口にすることができるなんて……」


 あらら、泣き出しちゃった。

 そうか、乾酪大好きか……まぁ、機会があったらまた持ってきてやろう。


 この日は仕事時間前ぎりぎりまで母娘を見守ったが、物乞いはしなかった。

 よし、いいぞ。やはり食尽量は重要だな。




    ∽ ∽ ∽


「おらっ! こっちに来い!」


「ど、どうかお許しを! 私達は何もしておりません!」


「わぁ~~~ん! ママぁ! 助けてぇ~~~!」


 今朝は広場が妙に賑やかだな。

 いつもの石畳の隅を見ると、二人の衛兵に、母娘はばらばらに引き離され、連行されかけているのを見かける。

 なん……だと……。

 母親は縄で拘束され、娘の小さな手が、四角い木の手錠に通されている。

 何があったのかはわからないが、恐らくはこのまま衛兵の詰め所に連れて行かれるのだろう。

 それはまずい。駄目だ。聴聞の後、簡易裁判所で裁かれ、国で禁止された暗黒神の神官服を身につけている母親の方間違いなくは重い罪になるだろう。最悪、死罪もありうる。

 くそ! こいつらを救うには、今この場で助けるしかない!


「待てっ! 待ってくれっ!!」


 気がつくと俺は広場に飛び出し叫んでいた。


「うわっ!」

「何だ、お前はっ!」


 衛兵達が俺に驚き動きが止まる。

 一人は見たことのある顔だ。たしか、朝番の奴で……マッシュとか言う名前の奴だ。


「何があったか知らないが、その手錠を離せ……俺はこいつらの主人だ!」


 妻と娘……もう、そう言い切るしかない。


「何でお前の奴隷が広場に住んでるんだよ……」


 奴隷? そうか、こいつらの身なりでは奴隷と主人に見えるのか……

 もうそれでいい、仕方が無い。


「ちょっと口論になり、家から追い出しただけだ!」


「そ、そうか……来週、王女陛下の催す祭りが広場で行われるんだ。祭りの妨げにならんように、広場の不審者は全員一度捕らえるように言われている。気をつけろよ?」


 迷惑そうに言うマッシュの話を耳に流しながら、母親の縄を解き、娘の手錠を外す。


「わかった。気をつける」


「頼むぞ? 本当に気をつけてくれ」


「奴隷に神官服を着せて物乞いの真似事か」「困った趣味の奴もいたもんだ」と口々に言いながら、衛兵達は立ち去っていった。




「主人を名乗り、お助けいただき、ありがとうございます……あなた様は一体……」


 両腕に食い込んだ縄の後をさすりながら母親がおずおずと礼を言った。

 近くでみると口元のセクシーな辺りに黒子がある。

 薄汚れていても何処か気品を漂わす白磁のような顔。身だしなみさえ整えれば、意外といい女になるのかもしれない。


 そういえば、こいつと口を聞くのは初めてだったな。

 硝子のように澄んだ……意外と良い声だ。


 俺は足元に転がる大皿を指差す。


「この皿で毎日料理を届けていた者だ」


「まぁ! あなた様が! あ、ありがとうございます! なんて感謝を……お陰で今日まで生き延びることが出来ました」


 豊満な肢体を揺らして地べたに座り込み、両手を組んで祈るように頭を下げる。


「ママぁ! この人がご飯をくれてた人なのぉ? おじさん! いつも美味しいご飯をありがとぉ!」


「こら!おじさんなどと言ってはいけません!」


「いや、おじさんで構わない」


 俺に感謝し、ぺこぺこと頭を下げる母娘。


 今日のところは助けられたからいいが、このまま放置して、ここでまた暗黒神の神官服で物乞いなんて始められたら堪らない。

 今度こそ死罪になる可能性がある。


「お前達、住む所がないなら、しばらく俺の家に泊まらないか? 美味い飯を食わせてやる」


「よ、よろしいのですか?」


「あぁ、丁度食材を買いすぎて傷ますのをもったいないと思っていたところだ」


 母親の影に隠れた娘が心配そうにこちらを見ている。


「お、お慈悲に感謝して、ご好意に甘えさせていただきます」


「ママぁ! 今日はお外じゃなくて、このおじさんのお家で寝るの?」


 おじさんかぁ……まだ22歳なんだがな。


「あぁ、そうだよ。暖かいものをたくさん食わせてやるぞ。また衛兵が来ると面倒だ、着いて来い」


「はい。よろしくお願いいたします」


「わぁ~~い! お家でお泊りだ!」


 町外れの家まで物乞いの母娘を連れて歩く俺の足取りは軽く、不思議と喜びに溢れていた。




    ∽ ∽ ∽


 広場から離れた西の郊外に俺の家はある。

 元々今は亡き両親と暮らしていた石造りの家だ。


「ここが俺の家だ。好きに使ってくれてかまわない」


「わぁ~~! 石のお家だ~~!」


 ぎぃ~~


 扉を開けると、とたとたと娘が家の中に入る。


「屋根があるよ! ママ! 凄いよ! ママも早くっ!」


「こら、はしゃいでは駄目よ!」


 嬉しそうなカーラとは別に玄関の前で少し緊張した面持ちの母親。


「さぁ、遠慮するな……っと、俺の名はファイアスピン。お前の名前は?」


「アンネローゼと申します。娘の名前はカーラです。ご厄介になりますファイアスピン様」


 アンネローゼか……貴族みたいな名前だな。意外と良い所の生まれだったりするのか?

 俺は、アンネローゼの背中をぽんぽんと押して家に入るように促した。

 玄関入ってすぐの石造りの竈、シンプルな椅子とテーブルに、家の奥にベッドが一つ。

 なんの変哲も無いこの国では一般的な民家だ。


「湯を沸かしたから、二人で清拭すると良い」


 なみなみと湯を張った桶をごとりと置いて、清潔な厚手の布を二人に渡す。


「俺はそろそろ仕事に行くから、お前達はゆっくりしているといい」


「私達は身体を見られても構いません。ファイアスピン様こそ、普段通りお寛ぎくださいませ」


 そう言われてもじろじろ見るわけにはいかない。俺は清拭をするアンネローゼ達に背中を向けて椅子に座り、出かける準備を始めた。


「温か~~い! お湯で身体を洗うなんて初めてかも!」


「嬉しい……またお湯に触れることができる日がくるなんて……」


 さて、俺もそろそろ出かけるとするか。

 清拭をする母娘をなるべく見ないように玄関に向かう。


「それじゃあ、行ってくる。昼は鍋の中のポトフを食べてくれ。ベッドも家の中も好きなように使ってくれてかまわない」


「このような姿のままで申し訳ありません。いってらっしゃいませ」


「おじちゃん! 行ってらっしゃい!」


 俺は二人に見送られているのを想像しながら家を出た。

 仕事が終わるのは夜だから、それまで家の中の母娘が気になって仕方がないが、家に帰る楽しみが出来たと考えよう。




  ∽ ∽ ∽


「お帰りなさいませ」


「おじちゃん。お帰りなさい!」


 家に帰ると、アンネローゼとカーラが俺を出迎えた。


「あぁ、帰ったよ。腹が減っただろう? 飯にしよう」


「食事のご用意が出来ております。テーブルでお待ちくださいませ」


 皮のベストを脱いで壁にかけ、俺は台所に向かう俺に、はきはきとエプロンを身に着けたアンネローゼが言う。

 エプロンで前を覆っても、下半身の後姿が紐のような下着のみのアンネローゼは何処か艶めかしい。


「食事の用意をしてくれたのか?」


「はい。お鍋に水と野菜を足し、ポトフに致しました」


「それは素晴らしいな。じゃあ、テーブルで待たせてもらうぞ」


「わ~い。テーブルでご飯~~」


 良く出来た嫁のようなアンネローゼに満足して俺は嬉しそうに唄うカーラとテーブルで食事を待った。


 ことり ことり ことり


 木の皿に盛られたポトフが三つテーブルに並ぶ。

 野菜の旨味をのせた柔らかな湯気が、鼻腔を甘くくすぐった。


「それじゃあ、いただこう」


「「いただきます」」


 母娘が声をハモらせる。


 俺とは違う切り方のパテトを匙に掬って口に運ぶ。


 ……美味い!

 食べなれた料理の筈だ……こいつの料理が上手いのか? それとも、アンネローゼが作ってくれたということがそう感じさせているのか?


「いかがでございますか?」


「あぁ……美味い。野菜の切り方も綺麗で、アンネローゼは俺なんかよりよっぽど料理が上手だな」


「あぁ、良かった……ありがとうございます」


 褒められて、嬉しいのか前髪をくるくると弄りだすアンネローゼ。

 こんな《 エロスのもつ煮込み 》みたいな身体をしてはいるが、存外、生娘のように可愛らしいところもあるのだな。


「熱々のご飯美味しいね! わっ! あちち!」


「カーラ、焦って食べては駄目よ」


 ほふほふと湯気の出るパテトの熱を口から逃がすカーラとそれを嗜めるアンネローゼ。

 まるで一家の団欒のような食事。そうか、家庭を持つとはこういうものなのだな。

 俺に家庭が出来るとしたら……一体どんな奴が嫁になるんだろうな……。


 温かい食事で満たされた満足感のまま今夜はもう寝ることにする。

 こいつらも慣れない環境の変化で疲れたことだろう。

 自分達は床で寝ると言い張るアンネローゼを、娘ともども強引にベッドに押し込む。カーラはきゃっきゃと大喜びだ。

 うん? はしゃいでいたのは俺の方か? 何だか今日は少し疲れたぜ。


「おやすみ。アンネローゼ、カーラ」


「お休みなさいませ。ファイアスピン様」


「おじちゃん! おやすみなさい!」


 結婚なんか全く興味が無かったが、なんか良いな、こういうの、まるで家族ができたみたいで……


「すごい! ふかふかぁ~~」


「あ、暗黒の神よ……いと深きお慈悲に感謝をっ……うぅっ……」


 ベッドの方から、嬉しそうなカーラ達の声が聞こえる。

 俺は床で寝るわけだが、全然悪い気がしないのはなんでだろうな……


 まぁ、いいや……賑やかなのも……いいもんだな……




 夜中に下半身に妙な感覚を感じて眼を覚ますと、俺に跨るアンネローゼと眼が合った。

 重くは無いが、不思議な感覚だ。

 なるほど、こういう男の起こし方もあるのか。


「娘と私を助けてくださりありがとうございました。よろしければ、誠心誠意のお礼をさせてください」


 艶めかしい聖娼の衣装が月の光に官能的に映える。

 そうか……近くで見ると、こんなにも美しかったのか……

 まるで美しい妖精でも見たかのように、俺は眼の前の聖女に見惚れた。


「いいのか? アンネローゼ」


「はい。こんなことしか出来ませんが、あなた様の為でしたら、何でもお望みのままに……かつて街一番と謡われた聖娼の身体、どうぞお楽しみくださいませ」


 俺の身体に跨る豊満な肢体が、俺を覆うように覆いかぶさり、何処か気品を感じる薄く柔らかい唇が重なった。



 

 次の日、いつも通り早い時間に起きてしまう。

 いててて、背中が痛いが、床で寝たんだ。仕方がない。

 そうか、アンネローゼの奴は毎日こんな固い石畳の上で寝ていたのか……。


 しかし、昨晩は凄かったな。聖娼の技術……まるで天国にでもいたかのようだ。

 高額のお布施に走る熱心な信徒の気持ちが少し分った気がするぜ。

 眼を明けると、暗がりの中俺の顔を覗き込むアンネローゼと眼があった。なにやらデジャヴを感じるシチュエーション。どうやら、俺はずっと膝枕をされていたようだ。むちむちと肉付きの良いアンネローゼの腿は、柔らかな弾力にとんでいた。


「おはようアンネローゼ。」


「おはようございます。起きられなかったら申し訳が無いので、膝枕をしておりました」


 あの後、眠りについた俺に、ずっと膝枕をしてくれていたというのか。


「私の膝枕はいかがでしたか? ご 主 人 様」


「あぁ、悪くない。良く眠れた。」


「それはよかったです」


 こいつ、家にいる間中ずっと奴隷の真似事をして俺の世話をするつもりか?


 《 ティンポの遊園地 》みたいな身体をしているが、こいつは大きな不安を抱えて生きているんだ。本当は寝付けなかったのかもしれない。

 栄養は摂れても、ストレスで衰弱死されてはかなわない。

 そうだ、あれを言おう。早く言わなくては。俺は起き上がり、アンネローゼの手を引く。


「話があるんだ。こっちへ来てくれ」


「……はい。」


 少し大きな声を出してベッドですやすやと寝息を立てるカーラを起こしてしまっては可愛そうだ。

 台所までアンネローゼを連れ出す。場所を変えた意図はわかってもらえたようだ。


 どんっ


 俺はキッチンの壁にアンネローゼの柔らかな肢体を押し付けるようにして迫った。

 不器用ながら、渾身のプロポーズのつもりだ。

 お互いの顔が近く、甘い吐息が顔にかかる。かく言う俺の息も荒い。


「ずっとお前が気になっていた。アンネローゼ、俺と一緒に暮らしてくれ、俺だけの聖娼になってくれ」


 別に一晩の同衾で好きになったわけではない。きっと、俺は元々こいつに気が合ったんだ。

 突然のプロポーズに、驚き眼を丸くしていたアンネローゼだが、やがて覚悟を決めた凛々しい顔で言った。

 外で物乞いの日々を送るか、屋根のある生活を送るか、天秤にかけたのだろう。


「慈悲深いあなた様でしたら、喜んで……母娘ともども奴隷として、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 違う、そうじゃないんだ!


「奴隷じゃない。これからは妻と娘として俺と暮らしてくれ」


「あぁ……物乞いの私に、女の悦びを与えてくださると言うのですか……」


 両手で顔を覆い、アンネローゼはめそめそと泣き始めた。

 しかたがねぇ。

 柄でもなく、得意でもないが、俺はアンネローゼを強く抱きしめ、優しく頭を撫でてやった。

 これは、本当にしかたがないからだ。嫌々みたいなものだ。


「もう、大丈夫だ。これからは俺がお前達を守ってやる。この家で三人で暮らすんだ。もう、物乞いをする必要はない。俺が幸せにしてやる」


「ぁ……あぁ……」


 嗚咽を漏らすアンネローゼ。気持ちの整理が追いつかないのかもしれない。

 頑なに暗黒神官服を着ていたこいつだ。

 気高く断られたらどうしようかと思っていたが、これは大丈夫そうだ……きっと良い返事を貰える。


「う、うわぁ~~ん! 辛かったよぉ~~! 苦しかったよぉ~~!」


 俺の胸の中でアンネローゼが決壊した。

 顔を涙でびしょびしょにして、子供のようにわんわんと泣きじゃくる。

 どんなに過酷な状況に陥っても、気高い聖娼神官として、娘の為に母親として強く生きてきたのだろう。

 だが、もう肩肘をはって生きる必要は無い。歳相応のただの少女として好きなだけ泣くがいい。

 一頻り泣いて落ち着きを取り戻したアンネローゼ。


「アンネローゼ、お前は俺のものだ」


「はい。アンネローゼはあなた様のものです」


 良かった……受けて貰えている。これからは俺がお前達を守るからな!


 はむっ……ちゅっ……むっ


 ベッドで寝息を立てる娘を横に、抱きしめあってまるで蛞蝓(なめくじ)の交尾のようなキスをする。

 俺は駄目な奴だ……もっと早く、こいつらに手を差し伸べるべきだったんだ。

 悔いていても仕方が無い。

 さて、娘のカーラが眼を覚ます前に、食事の準備をしないとな。

 当面は野菜と肉を多く摂らせて体調を回復させてやらなければならない。


 まずはサラダを作るか……

 たっぷりの野菜に燻製肉……乾いたパンを崩してまぶすと食感も良いだろう。

 塩と酢と胡椒にミルクのドレッシング。それと、こいつらの好物の乾酪も乗せてやろう。

 少しでも栄養価を高く、見た目も豪華に。俺達の門出に相応しい贅沢な一品を。


「少し早いが食事を作る。手伝ってくれアンネローゼ」


「はい。お手伝いいたします……あ な た♪」


 そうして俺たちは、二人の初めての共同作業にかかった。

 トントンとリズミカルに響く包丁が野菜を刻む音。

 いつの間にか朝日が窓から家の中に差し込み明るく照らしている。まるで俺達の門出を祝福しているかのようだ。


 そうだ、今日は仕事の帰りに甘い菓子でも買って帰るか。

 カーラが喜ぶのは間違いないだろう。アンネローゼの奴はまた泣き出すのかもしれないが、きっと喜ぶに違いない。

 今から楽しみだ。


 あぁ、今日は良い日になりそうだ。


いつも読んでくださりありがとうございます。

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