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4皿目 シャリアピンステーキ  国王陛下と王女

「レンゲ、明日お城に登城してもらうわ」


「私が登城ですか!?」


 唐突であった。本日会合で午前中城に出ていた女主人は、昼過ぎに館に戻るなり宣言したのである。


 事態は王城に溯る。




 会合が終わり、サロンと化した王宮でそれは起きた。


「月に一度では我慢ができませんの」


『アイスクリームを持ち帰りたい』と会合の場に食材を持参したセルシアがリィリエに氷の魔法をねだったのだ。食材とは、蜂蜜と生乳、乳で淹れた紅茶である。


 退屈を持て余す貴族達にとって、異国の料理、それも魔法で調理を行うという珍しい出来事は余興になりえてしまった。

 そこからは、菓子を賞味した貴族達の間で、珍しい冷たい菓子はちょっとした騒ぎにまで発展した。

 結果、第二王子夫妻とシャルロット王女、あげくに現国王アレキサンドロスⅣ世までもが召し上がる事態となってしまったのだ。


 とくに国王は冷たい菓子をひどくお気に召し。これの出所がレンゲであることや、他の料理も絶品であったことをリィリエの話から知ると、大喜びで膝を叩き、謁見と明日の昼餐に腕を振るうよう命じたのだった。

 登城と料理を召し上がって貰えることはとても名誉なことだ。主人の顔を立てることができるかもしれないし、それはとても喜ばしい。

 しかし、ならばこそ準備をしなければならない。王城の食材を使って良いとは聞いたが、ありきたりの調理では良くないだろう。




 はたしてどうしたものだろうか。

 レンゲは町に出ると、貴族の買う高級な精肉店で高価な肉を塊で購入し、廃棄する牛骨を譲ってもらった。そして港町まで馬車を飛ばしシュリンブを買いに走る。邸に戻るとすぐに明日の昼餐の準備を始めた。

 食用に飼育された仔牛の肉をよく叩いて薄くし、筋を切り、大量のオニーオのみじん切りに漬け込むのだ。牛骨は煮詰めてコラーゲンを抽出し、シュリンブは氷漬けにする。

 これで下ごしらえと準備は完了である。子牛の肉は、明日の午前中には、軟らかくなるだろう。




    ∽ ∽ ∽


 翌日の王城である。

 長い廊下ではときおり通り過ぎる貴族の娘達が好奇の視線と囁きを送る。


「きっとリィリエ様の後ろの方ですわ。」


「まぁ…なんと端正な……あの冷たい菓子とイメージが合いますわ」


「では、あいすくりいむ様ですわね」


「うふふふ。」


 氷の菓子を作った人物像に興味があったのだろう。本人は十人並みと認識している容姿だが、どうやら日々を宮廷で過ごすもの達には、そんな従者の容姿すら話のネタとなるのかもしれない。

 そうして歩いてゆくと、やがて大きな扉の前に出る。


「ここよ。止まって」


 執事を制した女主人は、普段とは違う、出で立ちをしている。

まるで下着に前掛け、手足に装飾品のみにも見える、一見踊り子の様なそれは、由緒正しき宮廷魔術師の礼装である。

 男女ともに同じ礼装であり、主人の父君である先代、クリストファー=バランシュタインも同じ礼装で登城していたことを思い出す。

 そして、レンゲも魔術師の弟子としての登城であれば、着ることになったであろう服装なのである。

 露になっている主人の丹田には魔術の刻印が書き込まれており、魔術師が弟子入りしたときに師から魔力の根源たる丹田に刻まれるものだ。師によって刻まれるこれは、師であるクリストファーが亡くなっても消えることは無く、当然これはレンゲの丹田にも刻まれている。




 しばらくすると、扉の中より衛兵が出てきて中に通される。

 真赤な絨毯のひかれた謁見の間は、とても広く。上を見上げると巨大なシャンデリアが輝いていた。絨毯の先には玉座があり。国王アレキサンドロス4世が座り、玉座の傍にはドレスを着た女児が佇んでいる。

おそらく今年10の歳を迎えるという王女のシャルロットであろう。視線を伏して玉座の前まで進むと方膝をつく。


「お初にお目にかかります、国王陛下。執事のレンゲ=フランベルジュです。拝謁の誉れにあずかり、恐悦至極に存じます」


「よい。アレクサンドロスⅣ世だ。レンゲよ、待っておったぞ」


 肩までの白髪に白く長い髭を生やした国王はなかなかにフランクであった。


「随分と変わった料理を作るそうだな。して、どんな国の料理なのだ」


 国王は顎鬚をさすりながらレンゲに尋ねる。


「海に隣接した豊かな国です……もう二度と帰ることのできない、この世界に存在しない国でもあります」


 嘘はつかぬように、気狂いとも思われぬように慎重に答える。


「なんと、あれは亡国の菓子であったか! そうか、それは実に惜しいな」


 豊かさも文化も、守れなければ略奪、破壊されてしまうのはこの世界の歴史でもあるのだ。


「だがその亡国の料理、今日は一つわしの為に腕をふるってもらうぞ」


「拝命いたしましてございます」


「ちちうえ。わたしもれんげのおりょうりたべたい!」


 玉座の傍らにいたドレスの幼い少女が不満そうに口を尖らせる。この日を楽しみに待っていたのに自分の存在を忘れられては堪らない。


「はっはっは。そうであったな。わしの娘シャルロットだ。娘のためにも何か作ってもらおうぞ」


 国王は機嫌がよさそうに髭を揺らして笑うと娘を紹介する。


「王女殿下。レンゲ=フランベルジュと申します。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。お目にかかれて光栄でございます」


「シャルロットです。れんげ、よろしくおねがいします」


「拝命承まわりましてございます」


 胸に右手を当て返事すると、二人のお気に召すものを作る決意を固めるのである。




 餐宴用の広間にキッチンワゴンを押す音が響く。


「お待たせいたしました。」


「シャリアピンステーキと、お子さまランチです」


 ことり、ことりと国王と王女、そして昼餐を共にすることが許された主リィリエの元に配膳する。


「ほう、牛の肉を焼いた料理だな。見たことのないソースではあるが……どれ、いただくとしよう」


 国王はナイフとフォークでステーキを一口に切り分け、そこで異様に気づく。


「これは…随分と軟らかいな! ナイフが不要にも思える軟らかさだ」


 フォークで肉を口に運び、さらに驚くこととなる。


「な…なんということだ! 唇で肉が噛み切れるぞ!」


 わなわなと頬を震わせ驚愕する。それほどまでに軟らかいのだ。


「それに、焼き加減も生のように見えて火が通っている絶妙な焼き具合……バターでオニーオを炒めたコクのあるソースもたまらん! この料理はすばらしいぞ!レンゲ!」


「もったいなきお言葉、光栄の至りです。国王陛下」


 執事は胸を撫で下ろす。お目に適うものがお出しできたようでなによりだ。


 女主人もシャリアピンステーキに舌鼓を打っていた。


「ほんほに、やはらかいわね」


 頬に手を当て、もちゅもちゅと幸せそうに軟らかい肉を噛みしめる。


「こんなふごい料理を……わらひに隠していただらんて……ほんろうに駄目な執事ねっ」


 未だ作ったことが無かったのは申し訳ないかぎりであるが、料理は及第点をいただけたようで安堵する。しかし王前で主に恥をかかせる訳にはいかない。


「申し訳ございません。リィリエ様。」


 執事は謝罪するのであった。

 気がつくと主の露出した腹部からピカピカと光が漏れていることに気がつく。丹田の魔術刻印が発光している。食事に夢中になりすぎ、魔力の流れが高まった感情によってコントロールを失っているのだ。

 執事の視線に気づきリィリエは顔を赤らめ涙を浮かべる。


「し、仕方ないでしょ! こんなに美味しいのっ、初めてだったんだもんっ!」


 これは料理の所為であり、仕方がないのである。


 そんな中、国王陛下の声が響く。


「これは、いくらでも食べられるぞ! おかわりだ!」


 バン!とテーブルの端を叩きおかわりの手をあげる。


「……わ……わたしもっ、お、おかわりよっ!」


 国王がおかわりをするのである。それにこの凄まじい美味はもうしばらく食べられないかもしれないのだ。バン!と国王のようにテーブルを叩き手を挙げる。

 震える声でおかわりを宣言すると、羞恥に肩を震わせながら両手を組み、丹田をピカピカと輝かせながらそっぽを向く。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 胸に手を当て一礼すると執事は厨房に向かうのだった。


 その頃、王女シャルロットはお子さまランチに圧倒されていた。


「わぁ…すごい」


 刻んだ肉を丸めたハンバーグは、今まで王宮で味わうことがなかったくらい軟らかくジューシーな幸せで口腔を満たす。シュリンブという海の生き物を揚げた料理は香ばしく、かかっている白いソースが合わさるととてつもない旨味を歌い上げてくる。


「レンゲのおりょうり、おいしい」


 その他の料理の完成度も高かった。バターでソテーされたキャロトとパテトの細切りも味がよく。潰したパテトとチーズを混ぜた酸味のある白いかたまりも美味であった。

 王国の旗の刺さった赤いライスなどは甘酸っぱくて絶品であり、中でも食事の最後に食すように言われたアプルの実のゼリーは格別であった。

 なかでもバターで炒めたアプルの実とアプルの果汁と蜂蜜を牛骨の煮汁で固めた琥珀色のそれは王女の心を強く射止めたのである。


「きれぇ……ほうせきみたい」


 匙ですくうと妖精のように美しくふるえる……眺めているだけでは始まらない。その味を確かめるべく口に運ぶ。


「ふぐぅ……つ、つめたぃ!」


 氷の魔法で冷やされたゼリーはアイスクリームほどではないが冷たく、甘かったのである。

 甘く蕩ける透明な琥珀色は、年端のいかないシャルロットのハートをがっちりと射止めてしまったのだ。

 その後、国王アレキサンドロスⅣ世は5枚、リィリエ2枚のステーキを食し、シャルロットはアプルの実のゼリーのおかわりをし昼餐は幕を閉じたのである。




「何でもよい。申してみよ。」


 機嫌よさそうに顎鬚をなでながら国王は言ったのである。


 食事を満喫した国王は謁見の間に場所を移し、レンゲに褒美をとらすという話になったのだ。


「それでは、国王様。恐悦ながら申し上げます。『砂糖』を頂戴することはできますでしょうか」


 目線を伏せ、表を上げないよう褒美を求める。


「そんなもので良いのか、よかろう、帰りに持たせてやろう」


 パンパンと手を叩き使いの者を呼ぶと、国王は従者に砂糖を用意するよう伝える。


「ちちうえ!」


「なんだ。シャルロット」


「れんげのおりょうりまた食べたい。レンゲ、じゅうしゃになってほしい」


 傍らの王女が進言する。


「なるほどそれは良いな。どうだリィリエ。王宮から有能な執事を何人かバランシュタイン邸に送るかわりにレンゲをシャルロットに仕えさせるというのは」


 それは名案だとばかりに国王は膝を叩く。


「な、ななななななななりませんっ! 国王陛下」


 主リィリエが大いに慌てふためく。


「フランベルジュは代々バランシュタインに仕える家系です。それに、レンゲは私の魔術弟子でもあるのです」


 魔術師には師に師事し教えを学ばなければならないという掟があるのだ。


「そうか…それは実に残念だな」


 国王は名残惜しそうに顎鬚をさすり、シャルロットも残念そうにうつむく。


「では、週に一度、私が主の登城のお供をさせていただくというのはいかがでしょう」


「その折に料理のレシピをお城の料理人に伝えます。それならば私がいなくても同じ料理をお召し上がりになれると思います。後でお城の厨房に今日のレシピを残しましょう」


 胸に手を当て目を伏せたまま提案する。


「れんげのおりょうり、おしろでもたべられるの!?」


 王女の顔がぱぁと輝やく。


「そうか、あの料理がいつでも食せるのか! ならば、それでよしとするか!」


 先ほど堪能した絶世の美味をまた存分に楽しめる。国王は膝を打って喜んだ。


「わたしも『おこさまらんち』というものが食べてみたいわ。今日の晩に用意なさい」


 主人は横目でみていた王女のオコサマランチが気になって仕方がなかったのだ。

 こうして話は丸く収まり、今晩バランシュタイン邸の食卓ではオコサマランチが並び、主人、使用人共々食すこととなったのである。


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