38皿目 番外 マシュマロ それゆけ! ★1(N)ショタ精霊
明けましておめでとうございます。
「もう、僕を使ってくれないの?」
赤く柔らかなふわりとした髪の少年が捨てられた仔犬のような瞳で少女を見上げる。
「……えぇ、使わないわ」
少年を見る緑髪の少女の瞳は氷のように冷ややかで、とても冷たく感じた。
緑髪の少女の名前はエミリー、萌黄色の素朴な袖の長いワンピースに少し気の強そうにも見えるつんと尖った眉、まだまだ駆け出しの精霊召喚士見習いである。
少女の前で項垂れる赤い髪に茶色いシャツ。黒い半ズボンの気弱そうな小さい少年はエル。火の精霊《 火蜥蜴 》だ。
エミリーが五歳の時にエルを召喚して以来。二人は姉弟のようにずっと一緒であった。
「ねぇ、僕の何がいけなかったの?」
「あなたは何も悪くないわ。最下級精霊さん」
幼い頃からずっと一緒であった眼の前の少年を映すエミリーの翠玉の瞳は、まるで遊び飽きた玩具を見るように興味に冷めた色をしていた、。
「僕の尻尾の炎でマシュマロを焼くのが好きだって言ってたのに……」
「パンやハンバーグも、よく一緒に焼いたわね……」
いつもの二人の話を、まるで遠い日のことのように語る少女。
言葉ではもう、どうにもならない透明で大きな壁が、少年と少女を遮っているかのようだった。
「それじゃあ、どうするの? ……僕のことはもう捨てちゃうの?」
「仕方ないでしょ。★5(SSR )の《 精霊王 》を召喚してしまったのだから」
ひっ、ひぐっ
咽るように少年が嗚咽した。
精霊召喚士は人生の中で三度の精霊召喚が許されている。
それは、五歳と七歳と十二歳の誕生月に行う召喚で、その三度の召喚の機会に、人生のパートナーたる精霊を決めるのだ。
一度召喚した精霊とは絆が繋がってしまう為、基本的には二度目も三度目も同じ精霊が喚び出される些か儀式めいたものであるのだが、稀に違う精霊が召喚されることがある。
エミリーはその稀なケースであった。
十二歳の誕生日を迎えた今日、今までとは違う精霊、召喚確立0.03%の《精霊王》を喚び出してしまったのであった。
そして、この最後の召喚をもって、エミリーは人生のパートナーを決めなければならなかった。
「まさか、《精霊王》が現れるとは思わなかったけど……まぁ、あなたとは縁が無かったのかもね」
「そ、そんなぁ……」
嬉しそうに言う少女に、精霊の少年がしょんぼりと頭を落とす。
「彼女は精霊王である私を喚んだ。これは仕方の無いことなのだ……諦めよ、少年。」
燃えるような真紅の長い髪と紅い外套をなびかせて軍服の美しい青年がエミリーの傍らに立っている。
召喚確立0.03%の《精霊王》だ。
「女々しいわね、だから未契約精霊は嫌よ。次は良い精霊召喚士に会えるといいわね」
「僕はエミリー以外、嫌だよぅ」
泣きそうな少年は、白磁のような白い顔をキャベジのようにくしゃくしゃにして大きな涙をぽろぽろと流した。
「煩いわね。あなたはそこで貧相な尻尾を両手でぎゅっと握り締めて、私が《精霊王》と盟ばれるのを大人しく眺めてなさい」
「少女よ、私を選ぶというのだな? 良いだろう。契約に応じよう。」
自分は意地悪な事を言っているのかもしれない。
しかし、幼馴染の少年が霞むほどに、少女の胸は高揚し、喚び出した眼の前の《精霊王》に夢中になっていた。
――《火蜥蜴》なんて連れてても誰も驚かないけど、《精霊王》がいれば、きっとみんな驚き羨ましがる。
《精霊王》の火力は、《火蜥蜴》の千倍と言われている。
美しく力強い《精霊王》と共に歩むこれからの日々を思うと、エミリーの小さな胸はときめいた。
「それでは、契約の儀を執り行う」
《精霊王》が少女の前に片膝をつき、少女の右の手を取った。
精霊が精霊使いの手の甲に口付けをして契約を誓い、精霊との契約の儀式は終わる。
《精霊王》の唇が、少女の白磁のような手に触れようとした刹那。少年は叫んだ。
「―――……っ! うわあぁぁぁぁ! 」
「……僕はエミリーが好きなんだ! 僕がエミリーと契約するんだ! あなたを倒してでも、何をしてでもだ!」
腕をぶんぶんと振り回し、少年は軍服の《精霊王》に向かって吶喊した。
「契約の邪魔である。 弁えよ、少年」
少年のぐるぐると回す拳が届く間もなく、風のような速さで《火蜥蜴》の少年の真後ろに回り込む《精霊王》。
そのまま少年の襟首を掴むと遠くに放り投げる。
《 精霊王 》は《 火蜥蜴 》より、ずっとはやく。あまりの速さに投げ飛ばされた少年は自分が何をされたのか、全くわからなかった。
森の木々の隙間を赤い髪の少年は雪玉のようにころころと転がり、やがて仰向けに投げ出されるも、すぐに起き上がり《精霊王》に吶喊する。
「……うおぉぉぉぉぉぉ!」
少年の諦めぬ叫び声が森に響いた。
∽ ∽ ∽
「……ねぇ、なんで僕を選んでくれたの? 僕はどこにでもいる ★1(N)だよ?」
少年は瞳に溜めた涙をぽろぽろと零しながらも白い歯を見せ、幸せそうにはにかんで笑う。
――《火蜥蜴》なんて連れていたら、誰かに笑われるかもしれない……
――《精霊王》がいたならば、世界一の精霊召喚士になれたのかもしれない……
あの後、少女は選んだのだ。
《精霊王》ではなく《最弱の精霊》を……
「……私も……少し、好きだったの……エルのこと」
不機嫌そうに唇を尖らせて見せる少女。
「少しだけなんだから!」とそっぽを向く少女は、どこか幸せそうに頬を染めていた。
こうして、エミリーの精霊契約は無事に終わったのである。
森の中、小さな灯りがぽつり。
切り株に腰かけた少女が、背を向ける少年の突き出した炎の灯る尻尾に、手に持った細い枝を炙る。
細い枝の先には白く小さなマシュマロが一つ。
「あんたなんか、マシュマロを焼くしか能の無い ★1(N)なんだから、必死に頑張らないと契約解除するわよ」
「わ、わかったよ。頑張るよぅ」
少年の燃える尻尾の先が、一際明るく燃えあがる。
「……少し寒いの。もう少し寄ってくれない?」
「……こう?」
背を向ける少年が、切り株に座る少女に近づく。
先ほどよりも頬が少し、ぬくりと温かい。
「……温かい……い、いい感じよ」
日の暮れた森の中、小さな明かりがぽつり。
ときおり木の葉を鳴らして吹き抜ける冷たい夜風に、明かりをはさんだ幼い少年と少女の影は仲良く揺れる。
森を吹く夜風は寒くとも、二人の小さな胸はぽかぽかと暖かかった。
小さく淡く燻る恋の炎が、枝先の小さなマシュマロを「とろり」と甘く蕩けさせた。
いつも読んでくださりありがとうございます。




