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37皿目 シュガーラスク  続 廃棄されたルル

品のない表現があります。

苦手と思われる方はお戻りください。

「ところで、お兄様。私の雌穴(めすあな)何時(いつ)になったら解禁されるのですか?」


 鴉色の髪の少女が、黒い貴族風のワンピースの裾をたくし上げる。


「そろそろではなくて?」と期待に満ちた顔できらきらと尋ねる少女に、白い手袋の手を口元に当ててこほりと小さく咳払いする黒髪の執事。


「またですか。生殖行為は大人になるまでは禁止と言った筈です」


「まだですか? あれからもう三ヶ月。随分と待ちました」


「禁止を受け入れたのは一生の不覚です」と、ベッドの端に腰をかけ、脚をぱたぱた。ふんすと鼻息をひとつ。


 少女の名前はルル。恋する乙女と獅子、蜥蜴と蝙蝠を材料に作られた合成魔獣だ。

 廃棄され、棄てられていたところを執事レンゲに拾われ、以来家族として育てられている。

 本来、ルルの両の手は獅子の前足であり、脚は鱗の生えた蜥蜴の後ろ肢であるが、今は魔法で普通の娘となんら変わらぬよう手足を変身させている。


 ルルは普段、少し離れた地で城郭の門を守る仕事をしているのだが、今日は非番で兄である執事の仕え、住む邸に遊びにきているのだ。

 こうして、休暇に兄である執事を尋ね、食事や紅茶を一緒に満喫するのはルルにとってかけがえの無い大切な時間になっている。


「まだお気づきになりませんか? 私をよく見てください」


 黒い貴族風のワンピースのスカートの裾を両手で広げてくるり。

 言われて見るも、特に何処にもおかしな所は見当たらない。


「私はもう大人です! これだけ多くの言葉と常識を備えた私は、もはや大人と言っても過言ではありません」


 たしかに、片言のようだった少女は三ヶ月の間に多くの言葉や知識を覚えた。

 しかし今までの人生で培った貞操観念はそれとこれ、まったく別の話になってしまった。


「むしろいつまでも大人に拘るお兄様の方こそお子様なのではありませんか?」


 鴉の羽のような黒く艶やかに光る長い髪をかき上げてすます少女は「これくらい普通です」と薄い胸を張る。


「へ理屈をこねても駄目ですよ。成人は十四歳。それに、いつかできる大事な人の為にも自分を大切にしなさい」


「酷い! あんまりです! 私はこんなにもお兄様を愛しているのにっ」


 ぱみぱみと地団駄を踏む少女。

 みっともなく地団太を踏み、童子のように泣き喚いてこの兄が手に入るのなら、ルルは躊躇なくそうするのであろう。

 半べそをかく少女は少し可愛そうにお思えるが、こればかりはどうしようもない。




  ∽ ∽ ∽


「お兄様はもっと妹に愛情を持つべきです!」


 邸の主より執事に与えられた部屋の小さなテーブルで向かい合ってお茶を飲む執事と少女。

 熱い紅茶の息をほうと吐いた少女が、長い髪の先をくるくるくるり。不機嫌そうに唇を尖らせる。


「これでも深い愛情を持って接するようにしているのですが……」


 ふう、と短くため息をつきネクタイを締めなおすのは兄である執事の癖だ。


「足りていません! お兄様は兄妹いちゃらぶドスケベセックスをして、もっともっと絆を深めるべきなんです」


「絆を深めるのは良しとして。セックスに拘るのは一体何故ですか?」


 白い皿から焼き菓子を一切れ摘み、口に運ぶ。皿には茶菓子として用意したラスクが載っている。

 ラスクは薄切りにしたパンを窯で二度焼きした焼き菓子だ。

 ラスクの表面には卵の白身と砂糖を混ぜたアイシングが塗られている。

 ぱりぱりというラスクを齧る乾いた音が耳に心地よい。


「それはもう、既成事実で妹から恋人にランクアップ! 当たりが出たら新妻さんにっ!」


 ――もっと一人の人間として見て欲しくてアピールしているんです。


 口角の端に涎を浮かべ、両手を頬に当てはしたなく顔をゆがめる。


「本音と建前が逆になっていませんか」


「しまった! 心の声が! これは一生の不覚」


 白いハンカチで口元を拭い、慌てて取り繕う。

 かまって欲しくて冗談で絡んでいるのか、本気なのか、たまに分からなくなる時が執事にはあった。


「紅茶と一緒に食べるとラスクは美味しいですよ」


「……いただきます」


 ずいと勧められたラスクの並ぶ皿から、白魚のような指が、一切れ選び口に運ぶ。


 ぱりぱりさくり


「……美味しい」


 焼けたパンの香ばしさにアイシングの甘さが溶けて、えもいわれぬ旨味が口に広がる。


「ところで、お兄様はどういう女性がお好みですか? やっぱり地味目で何でも言うこと聞いてくれそうな子ですか?」


 指についたラスクの欠片を薄い唇で拭い「私、何でも言うことききますよ?」ときらきらとした顔を執事の顔に向ける少女。


「好みのタイプですか……」


 燕尾服の腕を組み、ふうむと唸る。


「女性にえり好みはありません。しいて言えば、好きになった方がタイプになります」


「わ、私も好みになると? ……いいえ、私が好みであると、そういうことですね!」


 がたりと椅子から立ち上がり、両手を頬にあて、黒いワンピースがてれてれと身を捩る。


「妹は恋愛対象になりませんよ」


 白い手袋がぽんぽんと少女の頭に優しく触れる。



「そこは嘘でも『えぇ、愛していますよ?』と言ってハグする所です! もう!」


 てちてちと歩き、ぽふりと不機嫌そうにベッドにダイブする少女。


「血の繋がっていない妹は強キャラの筈なのにっ!」


「うぎぎ」と唸りころころと黒いワンピースがベッドを転がる。


 やがてころころが収まると、ベッドからは静かな寝息が聞こえてきた。

 日ごろの疲れもあったのだろうか、すやすやと寝息を立てる黒いワンピースは呼吸の度に薄い胸を上下させる。

 はしゃいでお茶を飲んで、疲れて寝てしまう。まるで「小動物のようですね」と執事はふふりと笑った。

 耳を澄ますと「むにゃむにゃ」と寝言の声。


「……さぁ、良く目を開いて見てください……お兄様が今、一体、誰とセックスしているのかを……むにゃむにゃ」


 なんて流暢な寝言であろうか。どんな夢であるのか想像するに難しくない。


「……どうですか? あなたの言う、『妹の大切なところ』を知悉(ちしつ)した気分は? むにゃむにゃ」


 薄い毛布を一枚、すそすそと黒いワンピースにかける。

 世話の焼けるところも含めて可愛らしい妹の黒い髪を、白い手袋がくしゃりと撫でた。


「……あんっ 奉仕中に髪を撫でるのは反則です! むにゃあ」


 口角の端を涎で濡らし、「うへへ」と笑う少女の寝言はあまり可愛らしく無い。

 寝息を立てるワンピースに「おやすみ」と言うと、テーブルの空になった白い皿とティーカップを片付け、ワゴンに乗せる。

 驚くほど静かに片付け終わると、執事は音を立てぬよう扉を開け、ワゴンを押して部屋を出た。

 厨房に片付けに向かったのだ。




 静かな部屋で黒いワンピースがむくりと起き上がる。


「あーあ……寝たふりに決まってるじゃありませんか。夜這いしてくださると思ったのに」


 頬を膨らませベッドから降りる。


 ――このままベッドでお兄様の匂いに包まれていてもいいけれど……


 手鏡で崩れた髪を整え、口に紅をさし直す。

 仕方ない。追いかけよう。


「待ってください。お兄様!」


 黒いワンピースは元気に扉を開けると廊下を駆けた。

 窓から入る日差しが、ワンピースの影を長く伸ばす。


 執事の影に追いついた少女の影は、まるで仲良き抱擁をしているかのようだった。


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