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36皿目 番外 焼 肉  人肌ベッドは英雄ジークハルト

品の無い表現があります。

苦手と思われる方はお戻りください。

「ああ、お嬢様。お肉を焼く姿も可愛らしいですよ。あまりの可愛さに、私、おもわず肉を焼きながら軽くイってしまいました」


 赤髪の青年が銅の彫刻にも似た引き締まった褐色の身体を(あらわ)に、艶かしい笑みを(こぼ)す。


「こ、これで良いのですね?」


 陽光のような髪の少女は、退廃的な調理をした肉を口へと運んだ。




    ∽ ∽ ∽


「見てください。この雪のように白く淡いクリーム。まるでお嬢様の肌のようですね。私、興奮してしまいます」


 美術彫刻のように美しい褐色の顔が、ぺろりと舌舐めずりをして言った。

 赤竜と人間のハーフである赤く長い髪のジークハルトは、黙ってさえいれば最高の執事だ。


「せ、折角の美味しいケーキなのに……びっくりして落とすところでした」


 それに答える、ゆるく柔らかい髪を肩まで流す少女シャルロット=フランデルは人間と魔物の領域の境にあるウエザース領を治める若き領主にしてこの邸の主である。


 赤い絨毯のひかれた、高価そうな調度品の並ぶ室内で、眼の前に運ばれた白く滑らかなチーズの味のするケーキをフォークで小さく切って口に運ぶ。

 すっと溶ける口どけに爽やかなチーズの酸味、それでいて上品な甘さのケーキは、シャルロットの好む味だった。


 しかし、シャルロットは先ほどから尻の下に落ち着きのなさを感じていた。


 ――落ち着かないのは、きっとこの座り方の所為。


 シャルロットは赤い髪の執事の膝の上に座っていた。

 今年で成人したとはいえ、十四の歳を迎えるシャルロットの小さな身体は、がっしりとした執事の体躯にすっぽりと収まっており、尻の下からは執事の引き締まった腿の感触と体温がじんわりと伝わってくる。


「本当に、この座り方で間違いないのですか?」


「はい。フランデル家は、代々使用人の膝の上に腰をかけ午後のお茶を嗜みます」


 背中に感じる逞しい温もりが、囁くように答える。

 先代である父と母がシャルロットが幼い頃に亡くなってから、この美しい執事と数人の使用人のみで暮らしている若い主に、真実を知る術はもはや無い。


「ところで、お嬢様はもう私をお使いにはならないのですか?」


「どういうことですか?」


 ケーキを口に運ぶ手を止め、「奇妙なことを言いますね」と背中の後ろの褐色の顔を振り返る。


「少し前まではあんなにもお喜びになっていたではありませんか。私が暖めているベッドに入ってきて、『ジークハルトのベッド大好き!』って……」


 目を閉じて両手を広げ回想する執事にシャルロットは「まだ、子供だったんだから仕方ないでしょ」と膝の上で唇を尖らせる。

 赤竜とのハーフであるジークハルトは、体温を暖炉の暖かさから、煮えたぎる鍋のような熱さまで自在に調節することができる。

 寒い時期になると、まだ幼かったシャルロットの為に、寝る前のベッドを暖めていたのだ。

 寒い季節がやってきているが、最近のシャルロットには思う所があり、執事のベッドサービスはここ数年ご無沙汰にしている。


「使用人とはいえ、殿方をベッドに入れて暖めるなんて、なんだかはしたない気がするのです」


「そうですか、使用人なのですからあまり気にされることではないかもしれません」


 そう言って、ジークハルトは形の良い胸板で小さな背を包み込むのであった。


「ところで、お嬢様。先ほどからもじもじされているようですが、何処かお身体がすぐれないのではありませんか?」


「……なんともありません。そ、そのように見えますか?」


 男性の膝の上に腰を乗せる座り心地に落ち着かないだけである。


「失礼します。ジークスキャン!」


 ペポポポポポ


 青年の右眼、看破の魔眼が紅く輝き、主人の身体データをスキャンする。

 毒物による症状も寝不足も、何でも看破できる。赤き魔竜の血をひく執事の万能スキルである。


「少し生理が遅れておりますが、お嬢様の身体は健康そのものです」


「ほ、放っといてください」


 頬を真っ赤に染めて俯くシャルロット。


「晩餐には焼肉という料理のご用意をしております亡きアリストリア様の好まれた料理です」


「お母様の……」


 亡き母の名を聞いた少女は抑揚のある声で言葉を紡いだ。




    ∽ ∽ ∽


「それでは、お好みの焼き加減でお召し上がりください」


 執事のジークハルトが上半身を露にし、白い布のひかれたテーブルの上で足を伸ばし、上体を起こしている。

 上質な革製品にも似た執事の滑らかで瑞々しい上体には油が塗られ、反射した照明にてらてらと艶かしく輝いている。

 筋骨隆々というわけではないが、引き締った赤銅色の身体は、まるで神話の英雄の彫像のようでもある。

 シャルロットはテーブルの上でぴんと伸ばされた執事の腿の上に跨っているのだ。

 執事の上半身は水が煙になるような温度になっているのか、美しい胸の上は陽炎のように微かに空気が揺らいでいた。

 傍らにはメイドの運んできた銀の盆が置かれている。

 盆の上には、調味料に漬け込まれた薄切りの肉が花の様に並べられていた。


「……本当に、お母様はこのように召し上がったのですか?」


「はい。それにこれは、成人にのみ供す事の許された、竜の大陸に伝わる由緒ある食事法です。恥ずかしがる必要などありません」


 本当かどうかはわからない。しかし【由緒ある食事法】という執事の言葉が、乙女の胸をじわりと責める背徳感を甘い安心感に変えた。

 それでも、未だ恋すら知らぬ乙女には年頃の男性の裸体を前にした恥じらいがあった。


「うぅ……いただきます」


 恐るおそる盆に咲いた赤い花びらを一枚箸で摘み、待ちわびるかのように火照る美しい胸に当てる。


 じゅうううううう


 香ばしい匂いを上げて肉が焼かれてゆく。


「ああ、お嬢様。お肉を焼く姿もとっても可愛らしいですよ。あまりの可愛さに、私、おもわず肉を焼きながら軽くイってしまいました」


 ――軽くイって? 褒め言葉の一種かしら。


 執事の言葉に微かな疑問を覚えつつも、退廃的に調理をした肉を口に運ぶ。

 肉汁の溢れる焼けた肉を口に含むと、ジューシーな肉の旨味とタレの味が至福となって口に広まった。

 塩をベースにした調味料に漬け込まれた牛の肉は、甘味と塩味が絶妙の加減で調えられていたのだ。


 ――このお肉、柔らかくて美味しい!


 仄暗い背徳的な食事に、幼い舌は甘くしびれたかのようだった。


「ジークハルト、美味しい……です」


 紡いだ言葉の語尾が何だか甘く(とろ)けるようだ。


「それはようございます」


 乙女は盆の上から形の気に入る花びらを選ぶと、再び赤銅色の胸に押し付けた。


 じゅうううううう


 ――何故かしら、凄くはしたなく思えるのに、この料理が好ましくてたまらない。


 メイド達の控える大きく絢爛な部屋で、青年に跨る乙女。

 陽炎の中で何枚もの花びらを焼き、口に運ぶシャルロットはかつての少女の母の姿を執事に思わせた。


「そういえばジーク、あなたは伝説の竜の英雄と同じ名前なのですね」


「たまに言われますが、偶然ですよ。お嬢様」


 引き締った胸板で肉を焼きながら、ジークハルトは揺らぐ空気の向こうで長い(まつげ)をウィンクをして見せるのだった。


いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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