31皿目 キノコマリネのサンドイッチ 褐色森人の少年
「ここから先は森の神域! 踏み込まないでくだしゃい!」
としゅり、と執事の足元に矢が突き刺さる。
「……っと噛んでしまいました」
声のするほうに顔を向けると、緑色のローブのようなものを纏った褐色の少年が弓を引き絞っている。
この日、執事は魔王軍四天王【智慧の黒瑪瑙】エルサリオンに【召集令状】を届けるため、王国の東にある褐色森人の森に訪れていた。
「森の王、エルサリオン様に魔王軍の書状を持ってまいりました」
「魔王軍? ど、どうみてもあなたは人間じゃないでしゅか!」
――いけない。また噛んでしまった。
褐色の耳長少年は、切れ長の耳をぴくぴくと震わせ不信感をあらわにする。
「では、これで如何ですか?」
頭の上でぱちりと指を鳴らすと、執事は緑色の燕尾服に身を包んだ褐色のエルフの青年になった。
執事の耳は少年のように切れ長に尖り、ぴくぴくと動く。
「《 変 身 》の魔法!!」
少年が驚きの声を上げる。
魔法は類まれなる素質を必要とする技術で、それは魔法に長けたエルフの種族においても例外ではなかった。
そして、《 変 身 》の魔法は魔族の使う魔法なのである。
「あなたが魔族の使者であることは分かりました。しかし、一応荷物は検めさせていただきましゅ」
褐色森人は警戒心の強い長寿の種族だ。
人の三倍という長い寿命を生きる彼らは森の中などに街を作り、何人も踏み入らせない閉鎖的な集落を築く。
少年とは言え、褐色の守人もまた褐色森人であり、警戒心は当然のように高いのである。
「鞄の中身は、書状と弁当だけです」
鞄を開き、書状と布包みを見せる。
「お弁当ですか? 念の為、布を開いてください!」
――噛まずに言えた!
疑い深く、ゆるく弓を番えたまま少年が言う。
執事が糸巻きのように手で布を巻いてゆくと、ぺらりぺらりと布が解け、切り込みの入ったパンがいくつか姿を現す。
「キノコのマリネをパンではさんだものです」
執事が布を開くと、酸味の利いた食欲を刺激する香りが辺りに漂った。
少年の腹がきゅうと鳴る。
「よろしかったら、お一つどうぞ」
「良いのでしゅか?」
サンドイッチを差し出す執事に、少年は弓を下ろしておずおずと小さい手のひらを出す。
キノコがたくさん詰まったサンドイッチはずしりとした重みを少年に伝えた。
褐色の少年はくんくん、とパンの匂いを嗅ぎ、サンドイッチを一口齧る。 芳醇なキノコの弾力ある食感と爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。
「えっ、すごく美味しい!」
葡萄の酢とショーユ、砂糖を混ぜた調味液でマリネされたキノコとオニーオは柔らかく、爽やかな酸味で舌を愉しませた。
信じられないという顔で、少年は夢中になってサンドイッチを口に運ぶ。サンドイッチはあっという間に無くなった。
「お、美味し過ぎて味がよくわからないので、もう一つくだしゃい!」
少年がうむむと唸り、執事におずおずと手を差し出す。
仕方がないなと、執事は小さな手にサンドイッチを一つ乗せてやった。
「ありがとうございましゅ!」
再び少年は幸せそうな顔で、もにもにとキノコの詰まったサンドイッチを食べ始めた。
「ふう、お腹いっぱいでしゅ」
白い髪を風に靡かせ、褐色の少年は満足そうに伸びをする。
「満足していただけたようで何よりです。それでは、森に入らせていただきます」
そうしてやっと、執事は褐色森人の森に足を踏み入れることが出来たのである。
しかし、その後も街の中で執事は荷物検査を受けることになる。
結局残りのサンドイッチも渡してしまい、空腹で王都の邸を目指すことになるのはまた別の話となる。




