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30皿目 洋梨のパフェ  続 誇り高き猫耳娘

「随分といい身体をしていたんですね? 雄の臭いにくらくらします」


 執事の両腕を押さえつけ、全身でのしかかる猫耳の少女は、燕尾服からはみ出た執事の引き締まった身体から漂う(おす)のフェロモンに、目眩を起こしそうになった。


「……野 良 猫」


 執事は氷のように嘲笑めいて唇を掠めた。




 仕事が終わり、部屋で燕尾服を脱ごうとした刹那であった。

ベッドの影から何者かが執事に飛びかかったのだ。

 あっという間に押し倒されると、眼の前に現れたのは、見知った少女の貌だった。

 先月邸に訪れたワーキャットの少女シーラだ。ワーキャットは身体能力に優れた種族で力も強い。


「今晩は。シーラさん。月の綺麗な夜ですね。これはまた随分と変わったご挨拶」


「今晩は。執事さん。本当うっとりしそうな程、素敵な月の光。(おす)を無理やり組み倒してみたのですが、存外に気分の良いものですね」


 額のぶつかる距離で不思議な挨拶をする。


 がたんっ


 一瞬の隙を突いてマウントを取り、侵入者を組み伏せる。


「……野良猫。お行儀が悪いですよ? 躾が欲しいのですか?」


 執事が奥歯で噛む香袋の花のような香りが少女の顔に当たる。


「この間とはまるで別人みたい……腕が痛いです。離してもらえませんか?」


「貴方も……まるで別人のようですね」


 眉をひそめてお互いに尋ね合う。

 執事が手を浮かせるや否や、短剣が閃き執事の首に突きつけられた。そのまま再びマウントを取られ少女の下にひかれる。


「発情期なんです。色々と歯止めが効かなそうで怖いです」


 のしかかる少女は「ふーふー」と息荒く笑い、まるで自分をなだめるかのように短剣をかたかたと鳴らす。


「組み敷いているだけでも落ち着くので、しばらくこのままでいてもらってもいいですか?」


「私は絨毯か何かですか?」


 冗談めいた執事の白い首筋に、猫耳少女が歯を立てた。

 少し強く噛み、まるで猫が甘噛みするかのように柔らかく牙を当てる。


「返事は『はい』と言えと、教わりませんでした?」


 この日は数時間組み敷かれ、執事は腰をさすりながら眠りにつくこととなる


    ∽ ∽ ∽



 次の日、猫耳少女は執事の仕事終わりを執事の部屋で待っていた。


「ぱふぇを作って欲しいです」


 ベッドの影からぬるりと立ち上がる猫耳少女は昨日よりも落ち着いていた。


「これはまた、唐突ですね」


「おやおや」と答える執事に、猫耳少女は散漫な劣等生のように首を横に振る。


「お願いします。作ってください」




「お待たせいたしました。ペアの実のパフェです」


 少女の前に白い手袋がことりとグラスを置く。

 透き通ったグラスに、重ねられた生クリームと甘く煮たペアの実とペアの実のアイスクリーム。

 まるで凝った装飾品のようにきらきらと美しかった。


「ここに来てください。膝の上に座らせてもらいます」


 短剣を指揮棒のように使い、パフェの前に招く一方的な要求。


(……なんだか分かりませんが、従っておきましょう)


 短剣の指揮に従って椅子に腰掛けた執事の膝上に、小さな尻がちょこんと乗った。

 なんだか、今日は随分と甘ったるい。甘えたくなる日なのかもしれない。

 懐かしい感覚を思い出したのだろうか、猫耳少女は瞳を閉じて何かを感じ入ってる様だった。


「ねぇ、パパ?」


 沈黙の末、口を開いた少女は何かを滑らせた。

「しまった」とばかりに口に手を当てるも後の祭り、恥ずかしそうに俯く。

 親、兄弟を亡くし、愛情に飢えた娘とは感じていたが……。


(……父親との思い出ですか)


 しかしながら、折角の夢魔の能力。そういうことなら、少しサービスをしてやることにする。

 執事は「ぱちり」と指を鳴らすと、胡桃色の髪をした猫の耳の青年の姿になった。

 猫耳娘から読み取れた父親の記憶から再現したのだ。

 燕尾服はアイデンティティであり、誇りであるのでそこだけは変えるつもりはない。

 執事を見た猫耳娘の眼が大きく見開かれる。


「……パ…パ…!」


「夢魔の変身の魔法です」


 まるで幽霊でも見たかのように驚き口を開ける少女に、申し訳なさそうに言う執事。

 しかし、そんなことは少女にとってどうでも良かった。

 長きに渡り求め、飢え、欲し、もう二度と手にすることが出来ないと諦めたモノが眼の前に現れたのだ。


「い、今まで何処に行ってたの! すごく心配したんだから!」


「私……ずっと一人で……ずっとずっと、一人で……寂しかったんだよ!」


 かつて放浪の旅をした少女は、黒い瞳に涙を溜めて必死に執事に話しかける。


(今だけでも……生クリームのような甘い夢で溺れさせてあげましょう……)


「……怖い夢でも、見たのかな? パパは何処にも行かないよ」

 

 心の琴線に触れる言葉を紡ぐのは、あいての心が手に取るようにわかるインキュバスの執事には容易いことであった。

 猫耳の娘の胡桃色のやわらかな髪を優しく撫でる。


「わぁわぁ」と言葉にならない言葉で泣き、猫耳娘が燕尾服に溺れた。


 このままでは、パフェのアイスクリームが溶けてしまう。

 手伝ってでも食べさせるしかあるまい。


「ほら、口を開けなさい」


 執事は細く長いスプーンでアイスを一欠け掬うと膝の上の娘の口に差し出す。


「……あーん」


 猫耳の娘は口を開ける。氷のように冷たく甘い塊が口の中で溶けて広がった。


「パパ! 冷たくて美味しいよ!」


「そう。それは良かったね」


 アイスクリームに濡れた冷たい舌先が機嫌良さそうに執事の頬を「ちろり」と舐める。

 娘の【甘え】は好調だ。


「こら! はしたないぞシーラ!」


 執事は役を演じて猫耳娘を叱りつけた。


「うふふ、パパごめんなさい」


 まるで可愛らしい娘役に酔っているのか、幼女のように謝ってみせる猫耳娘。


「悪いと思っているのなら、ご自身でお食べください」


 崩れたネクタイをくいと直し、執事はぼそりと呟く。

 瞬間、閃いた短剣の切っ先が執事の首元にちくりと突き付けられた。


「……パパは、そんなこと言わない……悪いけど……今日一日、パパになってもらいます……」


 猫科の動物に通じる鋭い瞳で執事を睨みつけ、氷のように冷たい声で少女は言った。

 短剣の先がちょいちょいとパフェのグラスを指す。

 続けろというのだ。


「ほら、シーラ。あーん」


 猫耳娘の口が機嫌良く、ゆるりと開く。

 執事は「ふう」とため息をつくと、生クリームを乗せたスプーンを猫耳娘の口に運んだ。

 大きな娘が膝の上で幸せそうに甘いクリームを咀嚼する。


 そうして、グラスの中身は少しづつ減っていった。

 それは彼女にとっての幸せな時間の終わりが近づいてきたことも意味していた。




「シーラね! とっても美味しかったの!」


 膝の上の大きな娘は、満足そうに足を揺らして無邪気な笑みをこぼす。


「それは、良かった。また、作ってあげようね」


「もっと愛情を込めて言って?」


 棒読みになりかけた台詞に、膝の上から監督が飛ぶ。




「ねぇパパ……お願いがあるの」


「なんだいシーラ。言ってごらん?」


 膝の上の不安そうな声にやさしく答える。


「今夜だけ、パパと一緒に寝てもいい?」


 家族を殺され、その奪われた遺品を探して旅を続けた少女。

 一体、どれだけの辛く寂しい眠れぬ夜を過ごして来たことだろう。

 一晩くらい、報われる夜があったとしても良い筈だ。

 しばらくは立ち直れぬ程に安息の彼方にどっぷりと漬け込んでやることにしよう。


「………いいよ……シーラは甘えん坊さんだね」


「うぅっ……ひっ…ひぐっ……」


 燕尾服に顔を埋め、少女はしばらく嗚咽した。


 その晩、執事は恥ずかしそうに向ける小さな背中を後ろから優しく抱きしめ、かつて少女に在りし幸せな日々の夢を見せた。

 最近、身に付けたインキュバスの夢を操る能力だ。




 次の日の早朝、執事の部屋に遊びに来たレーヴを加え、三人は狭くなったベッドでまどろむこととなる。

 無事に発情期の過ぎた猫耳娘は「ま、また来るわね!」と顔を真っ赤に染めて帰って行くのであった。


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