29皿目 苺ヨーグルト 【プリン味】の好敵手
「【最弱の魔物】とよく馬鹿にされるけど……別段、そうではないと思うの」
スライムの少女は不満そうに唇を尖らせる。
「例えば、戦うときは身体を猛毒液や強力な酸に変えるわ。けして侮ることなんて出来ない筈よ」
よほど据えかねたことでもあるのか、ぽよんぽよんと腹を立てる。
「あなたくらいなら、三秒で死に至らしめることだって出来るんだから」
スライムの少女は「舐めないでよね」と不適に微笑えんだ。
この日、執事は使者としてスライム族の棲む洞窟に訪れていた。
洞窟の主、魔王軍四天王の一角、 【粘 姫】 に【召集令状】を届けに来たのだ。
夢魔になって日の浅い執事は、顔見せも兼ねて、伝令役に選ばれたのである。
しかし、留守を預かっていたスライムの少女に 【粘 姫】 の不在を伝えられるのであった。
かつてゼリー状の魔物だったスライムは、いつしか透明な脳のような器官を固定させ、知性を持つに至った。
そして今、眼の前の薄ピンク色をしたスライムは、コミュニケーションの為に長スカートを纏った人間の娘の姿をとり、模した発声器官で執事と会話をしているのだ。
「夢魔なんでしょ? あなたは何が出来るの?」
興味深そうに質問をするスライム。
「炎と、冷気を少々扱えます」
執事は右の手からは炎、左手から冷気を「ばばば」とほどばしらせる。
「それって、人間の攻撃魔法じゃない!? あなた、魔法が使えるの?」
「はい。私は元々人間の魔術師だったのです」
しかし、夢魔として来ている以上、種族が舐められるようなことは出来ない。
「あなた様くらいであれば、三秒で氷塊にすることができるつもりです」
美しい貌でふわりと笑ってみせる。
炎も氷結も、スライムにとっては致命的であった。
「な、なかなかやるじゃない。他に出来ることはないのかしら?」
「後は、淫らな夢などをお見せすることもできます」
「そ、そう……色々とできるのね。私も生殖器官を模倣して、生き物と子作りとか快楽責めくらい出来ちゃいますけど?」
模した透明なスカートをひらひらと、「それくらい出来ますから」と負けん気を見せるスライムの少女。
今の所、二人の能力は五分と五分ということになった。
「それで、姫様は今不在なの……私はリリアンヌ。留守を預かっている者よ」
「レンゲと申します。では、手紙のお預かりをお願いいたします」
【召集令状】とバスケットを手渡す。
「この籠は?」
不思議そうにバスケットを持ち上げる少女。
「出来立てのヨーグルトとベリーのジャムです」
「人間の食べ物ね? 姫様は多分、なかなか戻らないから痛んでしまいそうだわ」
人差し指を咥えて「ふむう」と唸るリリアンヌ。
「なるべく、早めにお召し上がり下さい」
折角のヨーグルトが痛んでしまってはもったいない。
「そうね。今いただいちゃおうかしら」
バスケットからヨーグルトの器を取り出すスライムの少女。
「これでいいのね?」
執事に言われるように、ジャムをのせるとスプーンの形に変形させた人差し指で掬い口に運ぶ。
爽やかな酸味と甘酸っぱいベリーが口の中で甘いハーモニーを奏でる。
「美味しい!」
ぱくぱくと矢継ぎ早に口に運び、瞬く間に器は空になった。
「特に、この じゃむ っていうのが良いわね! 甘くてとっても良い香り。実は体液のバリエーションは増やしたかったところなの」
ジャムの瓶に指を入れて一口掬うと、ちゅぱりと舐める。
スライムは、摂取した液体を解析し、己の身体で再現することが出来る。
「なるほど……こうかしら?」
少女の身体が美しい紅玉色に変容してゆく……甘酸っぱい苺ジャムの匂いが洞窟内に漂った。
「結構美味く再現できたと思うのだけれど……どう? 試してみない?」
服を模した胸元を開き、味見を誘う紅玉色の少女に執事は「お戯れを」と手の平を振る。
「私は夢魔の味に興味があるんだけどな……お互いに一口交換するというのはどうかしら?」
「一口でございますか?」
おずおずと尋ねる少女に執事は驚きの声を上げる。
「私は消化液で舐めるの……あなたはエナジードレインあるんでしょ?」
ぺろりと出した舌に指を当て、トレードの内容を説明するスライムの少女。
「あなたも興味ない? スライムの味……」
料理人としての好奇心がずきずきと刺激される。
面白そうな提案であった。
「やろう!」
「やりましょう」
そういうこととなる。
「じゃあ、舐めるわよ」
差し出された執事の左手の甲を両手で掴み、突き出した舌を近づけるリリアンヌ。
てろり
消化液に濡れた蝸牛のようなやわらかな舌が執事の手の甲を這う。
「……うーーん」
頬に片手を当て、もにもにと口を動かす少女。
「いかがですか? 」と濡れた手の甲をハンカチで拭く執事。
「牛と狼の間みたいな味わいね。でも、食欲をそそる、とっても良い香りがするわ」
「ご 馳 走 様」
口元に指を当て、「くすくす」と楽しそうに笑う少女。
「はい、治してあげるね」
少女は回復薬を模した右手で赤くなった執事の手の甲をぺたぺたと撫でる。
手の甲の赤みと疼痛が消えてゆく。
「私はどうかしら?」
今度は少女が左手をついと差し出した。
「失礼いたします」
執事は肩膝をつき、少女の手の甲に口付けをした。エナジードレインだ。
すう
口の中いっぱいに濃厚なカスタードのような甘さが広まる。
リリアンヌはプリンのような味がした。
「私の味はどうだった?」
人差し指を咥え、興味深そうに尋ねる少女。
「ご馳走様です。濃厚な卵菓子の味がしました」
ふふりと笑う執事。
「卵菓子? それは美味しいの?」
「はい。とても美味しいですよ。今度お持ちいたします」
互いの味を知り合うことで生まれた奇妙な共感意識。
気がつくと二人は、まるで気の置けない間柄になっていた。
「私美味しいんだ?」
スライムの少女は機嫌良さそうにころころと笑った。
「それじゃあ、気をつけてね」
「はい。見送り有難うございます」
リリアンヌに洞窟の入り口まで見送られた執事は、ぷるぷるとした手と握手を交わす。
そうして互いの味を確認しあった好敵手二人は、再び会うことをを約束しあうのだった。
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