28皿目 ロイヤルミルクティー 最強の盲目少年
番外のお話です。
30話近くなったので、主人公の能力アップのお話を作ろうと思いました。
主人公の魔法と色気が強化されることとなります。
舞台も人間の領域だけでなく、魔物の生息域にも広げる予定です。
「いけ! ぜりー ごーれむ!」
「ゴゴゴ…ニンゲン……ユル…サナイ」
葡萄のゼリーで作られた高さ2mはあろうゴーレムは、頭に幼い少女を乗せて紫色の半透明な身体をたゆんたゆんと震わせ宮廷を進む。
最近王宮でたまに見られる王女の散歩風景だ。
少女の名はシャルロット。今年10の歳を迎えるこの国の王女である。
ゴーレムとは、主人の命令を忠実に実行する為に魔法で作られた召し使いのような存在だ。
「ニンゲン……ユルサナイ」はゴーレムの台詞として登録されたパターンの一つで、作り手の好みで毎回趣向を凝らされている。今回は復讐者のような台詞が設定されているのだ。
「これは王女殿下、ご機嫌麗しゅう」
「王女様、ご機嫌麗しく」
廊下を通りかかった女騎士と眼帯の騎士が、大きな葡萄ゼリーに跨った王女を見上げて挨拶をする。
「ふたりも ごきげん うるわしゅう」
「ニンゲン……モリヲ…ウバッタ」
王女も揺れるゼリーの上からぷるぷると挨拶をする。
王女を乗せた巨大な葡萄ゼリーは甘い香りを残してぷるんぷるんと通り過ぎて行った。
(私もトムヤンクンのゴーレムに、姫のように抱かれて散歩をしてみたいものだ)
女騎士は金色の髪を風に靡かせ、ふふりと笑った。
王宮をゼリーやプディングのゴーレムが闊歩するようになったのは、一月ほど前のとある夜に起因する。
∽ ∽ ∽
その日の夜、二人の客人が執事を尋ねて邸に訪れた。
一人はよく見慣れた黒い山羊の角を生やした美丈夫。
執事の友人であり、邸の庭に住み着いた夢魔であるレーヴ。
もう一人は、裸の上半身に焦げ茶のズボン。そして黒い釣り鐘型の袖のない外套を纏った少年とも青年とも取れない、男のようにも女のようにも見えるあまりに中性的な人物であった。
「彼の名前はフルム。私の兄であり、魔王軍の四天王を務める、最強の夢魔だよ」
兄を紹介するレーヴは何処か誇らしげだ。
「初めまして、魔王軍のフルムです。弟がいつもお世話になっております」
青く長いしなやかな髪を揺らして外套の少年は透き通る美しい声で挨拶をし一礼する。
少年は終始、瞳を閉じたままだが、美しい貌の双眸が閉じられているだけで、なぜだかその美貌が際立っているようにも感じられる。
「バランシュタイン邸執事、レンゲ=フランベルジュと申します」
執事は胸に手を当てて深々と頭を下げた。
「兄さんは、生まれつき眼が見えないんだ。だから、魔力を使って心の眼で見ているんだよ」
執事から何かを感じたようにレーヴが答える。
「別段不自由はありませんので、お気遣い無く」
硝子のように透き通った声で少年は笑う。
フルムは2つの用事で邸に訪れたのだと言う。
一つは、邸のメイドとして雇用している下級魔族の娘が守っている聖剣の扉の鍵の確認。
二つ目は、執事レンゲの個人的な勧誘だ。
フルムはここ暫く聖剣の鍵の守られている邸を観察していたと言うのだ。
そこで邸を見ているうちに、魔術という類まれな才能を持ち、人間でありながら精霊や魔族と仲良くなれる美貌の執事はお眼鏡に適うこととなったのだ。
「それでは、客間にご案内します。こちらにどうぞ」
執事は二人の夢魔を客室に案内するのであった。
∽ ∽ ∽
「お茶は私が淹れてもよろしいですか?」
茶を淹れようとする執事に、少年は不思議な希望をする。
「構いませんが……それでは、厨房にご案内致します」
「いいえ。この客間で淹れたいと思います。ミルクと茶葉、ティーセットの用意をお願いします」
不思議そうに首を傾げる執事を他所に、少年は材料と道具を執事に用意させるのだった。
「かしこまりました。それでは、ご用意いたします」
「レンゲ、兄さんのお茶は面白いんだよ」
夢魔が執事にぱちりと目配せをした。
そこからは、執事はとても不思議な物を目にすることとなる。
フルムが茶葉をミルクの器に容れ、ティーカップを3つテーブルの上に並べると、その上の空間にぱっと真っ赤な絨毯が広がった。
小さい炎が集まって、真っ赤な絨毯のように見えるのだ。
続いてミルクが入った器からミルクが長いズボンを穿いた少年と、スカートの少女の形となって出てきた。少年と少女は赤い絨毯の上に降り立つ。
手のひらに乗せるには少し大きいサイズの白い少年と少女は互いに向き合うと、少年は手を胸に当て、少女は片足を引いてスカートの両端をつまみお辞儀をした。
それを合図にか何処からともなく音楽が流れてくる。軽快で優美な舞踊曲。円舞曲だ。
ミルク色の少年と少女は互いに手をとり合い、優雅にくるりくるりと絨毯の上で円舞曲を踊り始めた。
少女のスカートが 翻 り、温まったミルクの甘い香りが広がる。
「これは……なんと優雅で美しい」
執事はこの優美なダンスに見惚れた。
やがて伽羅色に色づいた少年と少女は2人抱きしめ合うと三つのハート形の塊となり、それぞれのティーカップに収まった。
絨毯がくるくると巻かれて消えると、ティーカップがふよふよと宙に浮き、それぞれの前にことりことりと置かれる。舞踊曲はいつのまにか消えていた。
「素晴らしい! あまりの優美さに言葉を失いました」
「いつ見ても兄さんのお茶は美しいね!」
執事の白い手袋を打ち合わせる拍手と歓声が入り混じる。
「それでは、お茶を愉しみましょう」
フルムはティーカップに白く細い指をからめるとくいと一口啜った。
執事とレーヴもお茶を口に含む。
「「……美味しい」」
直接ミルクで淹れられたロイヤルミルクティーは濃厚な味わいと気品に満ちた恍惚感を口に広める。
茶葉を抜いた所を目にしていないが、紅茶に茶葉は浮いていなかった。
「フルム様。この素晴らしい茶の淹れ方を、私にご教授して頂くことは出来ますでしょうか?」
「良いですよ。使ったのは《 質量倍加《ダブル》 》と、《 創造・魔法生物《クリエイト・ゴーレム》 》の魔法、そして《 幻曲《ファンタジア》 》と《 遠隔操作《リモート》 》の魔法です」
少年はぴんとの伸ばした指で空中に絵を描くように説明する。
「ただし、条件があります……私は、貴方を眷属に迎え入れたい。どうでしょう? 夢魔に……なりませんか?」
外套の少年が執事に向かって右の手の平を差し出す。
「私が、夢魔にですか」
「レンゲが、夢魔に?」
執事と夢魔は、信じられないという顔でお互いに整った貌を見合わせた。
「夢魔は、相手の望む異性の姿で現れます。それは、相手の趣味趣向が手に取るように分かるからです。料理人としても、執事としても有用なスキルだと思いますよ」
少年は畳み込むように執事に言った。
「今よりも、ずっと……もっと……主人を悦ばせる事ができますよ? 魔法も教授しましょう」
少年は囁く様に言うと、両の手で執事の右手を挟んで手の甲をやさしく撫でる。
「……確かに……」
この言葉は何よりも執事の心に響き、琴線を掻き鳴らした。
「君は向いているよ。この私が保証する! 夢魔に成りたまえ!」
レーヴが誘いに揺れる執事の背中を押す。
執事の頭の中では、主リィリエの姿がぐるぐるとしていた。
もっと、主に喜んでいただける。人間を少しやめるだけで、主をもっと喜ばせることが出来るのだ。
執事の中に迷いは無かった。
「私を眷属の末席に加えてください」
白い手袋を胸に当てお辞儀をする。
「ようこそ。レンゲ=フランベルジュ」
盲目の少年が両手を叩いて微笑んだ。
「それでは、今から貴方を眠りの彼方に……目を覚ましたとき、貴方は多くの夢魔の能力を持っていることでしょう」
少年の両の手が執事の頭に伸びる。
「良い夢を……」
意識がぐにゃりと暗転した。
再び目を覚ました執事はレーヴに「誕生日おめでとう」と薔薇の花束を贈られ、祝われることとなる。
この日、執事は夢魔の能力を持ち生まれ変わることとなったのだ。
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