27皿目 林檎のパフェ 誇り高き猫耳娘
「パパもママもお兄ちゃんも、人間に殺された……」
猫の耳を生やした少女は、ゆき場のない感情に眉間にしわを寄せた。
黒い瞳の奥には、まるで人間への怒りが燃えているようだ。
「私だけ放り出されたの、小さい毛皮はいらないんだって……」
「ご家族のことは、お悔やみ申し上げます」
少女のやり場の無い怒りと悲しみが伝わったのか、話を聞いた白い貌の執事は沈痛そうに言った。
事態は邸に忍び込んだ少女を、執事が捕まえたところから始まる。
彼女の名前はシーラ。ワーキャットだ。
猫の耳の生えた人間のような姿をしたワーキャットは、身体能力が高く、猫のように柔軟でしなやかな動作をする。
狩猟種族である彼らは、物陰に隠れ、刹那の時に獲物を狩るハンターなのだ。
もう一つ、ワーキャットのハンティングは数ヶ月に一度訪れる発情期でも知られている。
好みの異性を見つけると、影に潜んで付け狙い、襲いかかってハントするのだ。
そして、特筆すべきことが一つ。一見亜人種族に見えるワーキャットは、満月の番に人猫の姿になるのだ。その姿は美しく、月夜に舞う銀色の妖精のようだとも言われている。
話を戻す。
シーラは自分の家族を探していた。
ワーキャットの毛皮を目的にした人間達に襲われ、シーラの家族は満月の晩に殺されたのだ。
それからシーラは家族の毛皮を探して旅をしている。
今日までに剥製にされていた父と、毛皮の絨毯にされていた母は見つけ出し、燃やしたのだと言う。
「お兄ちゃんの毛皮を、この街に住む貴族が買い取ったという情報があるの」
執事の部屋の椅子に腰をかけるシーラは心模様のままに荒く息巻いて言った。
「それで、貴族の住んでいそうな邸に忍び込んでは毛皮を探していたという訳ですね」
「そうです。ワーキャットの毛皮について、何か知りませんか?」
猫に通ずる細く鋭い瞳で執事の眼を見つめて話す。
「貴族ですか……宜しければ、明日お城で情報を集めてみましょうか」
「そんなことができるの?」
「……はい」
黒い髪の執事はにこりと笑うとウィンクをして見せる。
この日は、これでお開きとなった。
∽ ∽ ∽
次の日、王宮に登城した執事には情報収集の目星があった。退屈を持て余す王宮の貴族達にとって、人の噂は刺激的なスパイスなのである。
とくに、噂好きな貴族の娘達は珍しく、面白い話には目が無い。瞬く間に情報を引き当てることができたのだ。
「ワーキャットの毛皮なら……私が手に入れましてよ?」
毛皮を手に入れたのは公爵令嬢のクロエだった。
「毛皮はスカートを仕立てさせましたの。なかなか気に入ってますわ」
公爵令嬢は、白い羽扇子をぱたぱたと涼やかに扇ぐ。
「クロエ様。それをお譲りしていただく事はできますか?」
「随分、執着されますのね。いったい何に使うのかしら? 少し興味がありましてよ」
ドレスの腰に手をあて、怪訝そうな顔をする公爵令嬢。
「はい。実は……」
かくかくしかじかと話す執事に、公爵令嬢は「ふむむ」と唸る。
「深い事情がお有りでしたのね。それなら、条件がありますわ……」
公爵令嬢は腕を組むと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
∽ ∽ ∽
「毛皮を手に入れることが出来ました」
白い貌の執事は、布包みを開いて毛皮のスカートを取り出すと、猫耳の少女に渡した。
「あぁ……お兄…ちゃん……お帰り…なさい……」
猫耳の少女は毛皮のスカートを胸に抱きしめて崩れ落ちる。
「やっと、私の旅は終るんだ……村に……帰れる……」
込み上げた少女は、宝石のように大粒の涙をぽろぽろと零した。
「あなたは私と家族の恩人。何か、お礼をさせてください!」
「お礼なんて結構ですよ」と執事はやさしく微笑んだ。
「助けていただいて何のお礼もしないのは、ワーキャットの誇りが許しません」
「奴隷になるようなのは無理だけど。そういうの以外なら何でも言って下さい」
「ただし……」
猫耳少女は急に暗く低い声で付け加える。
「ワーキャットは侮辱を嫌います」
「私にお兄ちゃんを穿かせて、履き心地を尋ねるような侮辱的な行為を望むのであれば……その時は、この場であなたを殺します……」
猫耳少女は閃くように短剣を抜くと、逆手に構えた剣先をひたひたと執事の頬に押し当てた。
キッと睨み付けた黒曜石のような冷たい瞳には、侮辱に対しては死で贖わせるような黒い覚悟を感じる。
「その気になれば何時でも殺せるのよ?」と凄む様な彼女は、まるで酷い望みを言われぬように牽制しているかの様にも思えた。
少女は口にこそ出さなかったが、ワーキャツトには恩人には全霊で報いなければならない掟があるのだ。
「そういうことであれば……シーラさんの旅の終わりをお祝いさせてください」
「それは……お礼になっているのですか?」
短剣をゆるりとしまい、不思議そうに首を傾げるシーラ。
「えぇ。貴女を笑顔にしてみたいのです」
「私の爪でも牙でも身体でも、貪る様に望んでくるものと思っていたのに……」
(人間の考えることは、解からない)
∽ ∽ ∽
「お待たせしました。アプルの実のパフェです」
飲料を容れるような細いガラスの器が少女の前にことりと置かれる。
白と黄色を交互に重ねたそれは、まるで装飾品のように美しかった。
「……綺麗」
猫耳の少女は見惚れるように「ほぅ」とため息をつく。
スプーンで白い塊を掬い口に運ぶ。やわらかい甘味が口いっぱいに広まった。
「すごく甘い!」
バターと砂糖で炒められた半透明なアプルの実は蕩けるほどに甘く。
薄黄色いアプルのアイスクリームは冷たく舌先を撫で、爽やかな甘酸っぱい酸味が広がった。
(こんなの、食べたことが無いよ!)
黒い宝石のような瞳をきらきらと輝かせ、猫耳の少女は夢中になって何度も口にスプーンを運んだ。
贅を尽くしたような料理ではあるが、人生の闇からやっと解き放たれた哀れな娘の門出には、これぐらい華やかな料理が良いだろう。
瞬く間に器は空になり、少女は満足そうに口元をナプキンで拭う。
「ありがとう。とっても、美味しかったわ!」
シーラは出来うる限りの最高の笑みを作り微笑んだ。
こんな笑顔を人に見せたのは、一体どれだけぶりだろう。
(私、上手に笑えたかしら?)
人間は憎いが、この心の優しい雄には、これくらくいのサービスをしてやっても良いだろう。
「ありがとうございます。素敵な笑顔を見ることが出来て、私も満足です」
執事は胸に白い手袋の手を当てて一礼をした。
∽ ∽ ∽
玄関で執事に見送られるシーラ。
「私の旅を終わらせてくれてありがとう。人間に恩を作るのは嫌だけど、それがあなたとの関係なら不思議と嫌じゃない」
少女がにこりと笑った。
(あの、ぱふぇという料理、美味しかったなぁ)
「道中、お気をつけください」
執事と猫耳の少女は玄関口で笑顔で握手を交わした。
(また、食べたいな……)
「これはお弁当のカスクードです。お腹が空いた時にお召し上がりください」
執事が布の包みを渡す。
「ありがとう。大事に食べるね」
(こいつは、最後まで優しい……優しくされると余計別れが辛くなるのに……)
猫耳の少女はにこりと笑うと、少し気恥ずかしそうに包みを受け取る。
「そ、それじゃあ……」
(この人間ともっと仲良くなりたかったなぁ)
「あなたも元気でね!」
(お別れは寂しいけど……仕方ないよね。私は獣人でこいつは人間……諦めなきゃ)
「はい。シーラさんもお元気で」
「にゃ~~お♪」
はにかんだような笑顔で鳴くと、猫の様に握った拳で執事の胸を軽く叩いた。
『ねこぱんち』を決めて少女はふわりと笑う。
(……さよなら)
茜色に暮れた空の下、長く影を伸ばして少女は去っていった。
肌寒い夕刻の風が少女の柔らかな胡桃色の髪をやさしく撫で上げた。
(発情期にでも、攫いに来てやろうかしら?)
陽炎のような夕焼けの下、少女は執事の慌て驚く顔を想像して、くすりと笑うのだった。
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