23皿目 パンプキンパイ さまよう少女と南瓜の道先案内人
「わたし ばしゃにひかれて しんじゃったの」
亜麻色の長袖の肌着の上に袖の短い外衣を纏い、腰をエプロンで締めた少女は、雨に濡れた捨て犬のような瞳で燕尾服の男をしょんぼりと見つめた。
夕暮れの風が少女のやわらかな山吹色の髪をなで上げる。
歳は十にも満たないかもしれない彼女は、その小さな唇に真朱の紅をさしていた。祭りの為におめかしをしていたのかもしれない。
時間は巻き戻る
∽ ∽ ∽
「「Trick or Treat!」」
街の界隈で元気な子供達の声が聞こえる。今日は秋の収穫を祝う祭り、ハロウィンの日だ。
この日は悪い妖精や魔女、悪霊などが街を歩きまわるとされ、魔よけに作られたパンプキをくり抜いたランタンが街中に並ぶ。
街は秋の収穫物であるパンプキのランタン一色に飾り付けられるのだ。
そして、この日子どもたちはお化けに仮装して近くの家々を訪れ、『Trick or Treat』と唱えてお菓子をもらって回る風習があるのだ。
バランシュタイン家に仕える執事、レンゲはパンプキのパイを主の友人に差し入れた帰り道であった。
普段と同じ燕尾服であったが、本日の趣向で顔をくり抜いたパンプキを頭にかぶり、今日の街の雰囲気に溶け込んでいた。そんな帰り道、執事は幼い少女と出会ったのだ。
茜色に染まる町。広場の隅で悲しそうに佇む、身体の透けた少女を見かけた。
パンプキ頭の執事はその仄暗い一角に足を進めると少女に尋ねる。
「どうかされたのですか?」
「わたしが みえるの?」
「はい。見えております」
執事は白い手袋の指で、くり抜かれたパンプキのアイホールに丸を作る。
少女は驚き、紅をさした口を丸く開けた。
「すごく、かなしいの」
「とっても たのしみにしてたのに、おかしをもらえないの。だれも わたしに きがつかないの」
少女は悲しみにくれた顔でため息をついた。
ハロウィンの朝、少女はおめかしをして、お菓子を貰うべく歓び勇んで家を飛び出し、馬車に撥ねられたのだと言う。
どんなに脅かしても誰からもお菓子を貰えない。
世界から忘れ去られたかのような少女は一人寂しく、祭りに賑わう人々を眺めていたのだ。
「それはお困りでしたね。私はジャック。ジャック・オー・ランタンと申します」
パンプキを頭にかぶった燕尾服が胸に手を当て、お辞儀をする。
まあ! とばかりに少女は両手を口に当てる。
ジャック・オー・ランタンはハロウィンの日に街を彷徨うと言われている悪霊だ。
生前の行いにより死後、地獄にも天国にも行けなくなった男がパンプキのランタンを片手にこの世を彷徨い歩くと言われている。
また、彷徨うジャック・オー・ランタンは旅人が道に迷わぬように道案内をすることもあるとされる。
童話でも語られるこの悪霊は子供達の人気も高く、物語によってはランタンの代わりにパンプキをかぶっている挿絵も存在する。
「お腹がすいていませんか? パンプキのパイがあります。どうぞお召し上がりください」
手に提げたバスケットから丸い月のようなパイを取り出すと少女に手渡す。
パイにはパンプキがあしらわれており、焼き菓子特有の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「わたしに、くれるの?」
大きなホールサイズのパイを、少女は小さな両の手で受け取った。
「ありがとう! ジャック!」
眼をきらきらと輝かせ、香ばしい香りを放つパイを一口かじる。
さくさくとした触感の中から、熱され、バターと砂糖で味をつけられた甘いパンプキが顔を出す。
「このおかし、すごく おいしいよ?」
蕩けるように甘く、とても香ばしい。初めて口にする美味に少女は、はむはむと夢中になってパイを食べた。
「それは良かった。大きいので、とても食べ応えがあると思いますよ」
夕暮れの街に長い影を伸ばし、パンプキ頭の執事が答える。
「こんなにいっぱい、たべきれないよぉ」
誰からもお菓子をもらうことのできなかった少女は、やっと貰うことのできたとても大きな菓子に涙をぽろぽろと零して喜んだ。
その時、少女の身体がきらきらと金色に輝きだす。
「ねぇ、ジャック……わたし、おむかえがきたみたい」
「それは、良かったですね」
「なんだか……ぽかぽかあたたかいや」
足先から消えゆく少女は白い歯を見せて無邪気に笑う。
「おはなが……たくさん……きらきら……わたしも……そっちに、いっていいの?」
まるで何者かと会話をするかのような少女の身体が少しづつ消えてゆく。
「ジャック……あり……がと……さよ……なら……」
すでに胸の辺りまで消える少女は、擦れる声で礼を言うときらきらと輝く光の中に消えていった。
「Happy Halloweenいってらっしゃい」
幼い子供に言い聞かせるような優しい声で言うと、白い手袋を胸に当て、パンプキのかぶり物は一礼した。
彼女は無事に、あるべき場所に逝けただろうか。美しい花畑で、好きなだけ甘い菓子を食べる少女を想像する。
燕尾服を着たパンプキ頭は少女の冥福を祈ると、日の暮れた収穫祭の街のにぎやかな雑踏の中、邸を目指し歩き始めた。
差し入れように作ったパイは全部無くなったのだ。邸に戻り、晩餐までにまた新たにパンプキのパイを作らねばならない。
恐らく、主人も使用人達も収穫祭の日の特別なパイを楽しみにしていることだろう。
パイを喜ぶ主人のことを考え、燕尾服はその足を早めるのだった。




