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22皿目 クレームブリュレ  甘い卵菓子と嘆きの妖精

「し、死にます! 絶対に死んじゃうんですからっ!」


 燃えるような赤い目をした少女は、腹のそこから搾り出すように呻いた。

 ドアベルが鳴り、扉の開いた玄関に足を運んだ執事は、その美しい瞳に色を失う程に驚いた。




「わたしはロザリー、この邸の泣き妖精(バンシー)なんです」


 にこにこと口角に微笑を浮かべ、緑色のドレスに身を包んだ十代の半ばくらいであろう黒髪の少女は言った。

 泣き妖精(バンシー)は近いうちに死者の出る家で泣くと言われている妖精だ。

 処女のままに亡くなった者が泣き妖精(バンシー)になると言われている。

 また、旧家にはその家固有の泣き妖精(バンシー)がいて、たとえ故郷を遠く離れて暮らしていても。故郷にいる家族の死を知らせると伝えられている。


「この邸にも、泣き妖精(バンシー)がいらっしゃったのですね」


 白い雪のような肌をした美貌の執事は目を丸くして驚いた。


「はい。もうすぐハロウィンだから予行演習をしようと思って。でも、わたしが見える人間がいるだなんて、びっくりしました」


 死を嘆く妖精は口元に手をやり、うふふと笑う。

 ハロウィンは秋の収穫を祝う祭りだ。

 この日は悪い妖精や魔女、悪霊などが町を歩きまわるとされ、魔よけに作られたパンプキをくり抜いたランタンが街中に並ぶ。

 死を伝える妖精である泣き妖精(バンシー)も、この日は追い払われる妖精に入る。こうして、街は秋の収穫物でもあるパンプキのランタン一色に飾り付けられるのである。

 恐らく、泣き妖精(バンシー)である彼女はハロウィンの日に町をねり歩くのだろう。



 ――その時

とたたたっ、と玄関に何者かが走り来る音が聞こえてくる。


「そこの泣き妖精(バンシー)! 邸に近よらないで!」


 メイド服をひらめかせ、少女が玄関口に踊りでる。

 透けるような白い肌に尖った耳、銀色の髪の彼女は邸妖精(シルキー)のアリアだ。邸妖精は縄張り意識が大変強く、自分のテリトリーに踏み込んだ他の妖精や魔物を全力で排除しようとする習性があるのだ。


「大丈夫ですよアリアさん。この方はハロウィンの予行演習をされているだけです」


 美貌の執事が邸妖精を制した。


「でもでも、どさくさに紛れて死の予告をするかもしれませんよ!」


「それでも、ドアベルを鳴らしたお客様です。立話もなんですから、どうぞお入りください。温かい紅茶をお出ししますよ」


 扉の内に身を引いて、客人を中に案内する執事。


「ば、バンシーを客としてもてなすなんて聞いたことがありません! 反対! 反対です!」


 邸妖精の少女は両手でバツの字を作るとぴょんぴょんと跳ねて講義をする。


「お邸のお客様には、きちんとしたおもてなしをしなければなりません」


 抗議する邸妖精に執事はきっぱりと言い放った。

 一流の邸であるならば、一流のもてなしは当たり前なのである。


「そ、そんなぁ~」


 銀の髪の少女は情けない声を出してうな垂れた。




「紅茶とクレームブリュレです。お茶請けにどうぞ」


 通された客間で、ロザリーの前に紅茶と共に器に入った見慣れぬ菓子が置かれた。

 うす黄色いそれは、卵を使用した焼き菓子の類であろう。卵菓子特有の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。


「くれーむぶりゅれ? 甘くて良い香り、いただきます」


 スプーンで掬うと、表面の溶けた砂糖がぺきぺきと甘い音を鳴らす。


「……美味しい!」


 とろとろと蕩ける甘いクリームと、濃い黄身の味が口の中で広がってゆく。

 気がつくとロザリーはいつの間にか紅い眼に涙を浮かべ、夢中になってスプーンを口に運んでいた。

 歓喜が音楽を奏でるように心の琴線に触れ、泣き妖精(バンシー)は歓びに涙ぐんだのだ。妖精はとても純粋なのである。


「すごく美味しいです!」


 ロザリーは涙を拭い、息をはずませて喜びを執事に訴えた。


 邸妖精のアリアもまた、同じテーブルでクレームブリュレを味わっていた。


「――~~~っっ!!」


 瞳をぎゅうと瞑り甘いクリームを噛みしめる。

 甘い物が大好きな邸妖精は、今幸せの真っ只中にあった。


「甘いよぅ。美味しいよぅ」


 口の中で広がり脳をも蕩かす魅惑の黄色いクリームの甘味に身を委ね、天使のように無垢な笑顔で歓喜する。

 紅茶をそっちのけで二人の妖精はこの黄色い焼き菓子の虜となっていた。




「ご馳走様でした。美味しいお菓子でとても幸せな気持ちになれました。何か、お礼がしたいです」


 満ち足りた喜びからか、愛嬌良く笑みを作ると嘆きの妖精は言った。


「わ、わたしのおっぱいとか……吸いますか?」


 嘆く妖精は、顔を朱に染めて恥ずかしそうに俯いて言う。

 バンシーの乳房を吸った人間は望みを叶えられるという伝承がある。

 古来より、妖精は自身と交わった相手に加護を与えるものなのだ。


「な、ななななななな何を言っているのですか! 泣き妖精なんかと交わるわけがないじゃないですか! 単にあなたが都合よく処女(バンシー)を捨てたいだけに思えるんですけど?」


 邸妖精が顔を赤くして食ってかかる。


「あなたとするくらいなら、レンゲ様は私となさいます! 加護だって、絶対あなたよりあるんだからっ!」


 鼻でふふんと荒く息づく普段は温厚な邸妖精は、侵入者に対して全く容赦をする気がなかった。

 自分の縄張りにあるものを譲る気などさらさらないのだ。


「だ、大丈夫です……この執事さんとなら、立派な魔女が生まれる筈です。これは泣き妖精(バンシー)の勘。間違いありません」


「な、なんでもう産む気満々なんですか! 私のほうが絶対あなたより元気な男の子を産めます! これは邸妖精(シルキー)の勘なんだから!」


紅い瞳の妖精と碧い瞳の妖精は、互いに拳を握り締め口論する。


「お礼など、結構ですよ。よろしかったら是非、また遊びにいらしてください」


 美しい貌に、にこりと笑みを浮かべて執事は言った。


「だ、駄目です! 身体で礼を払おうとする妖精(おんな)なんて、邸のお客様に相応しくありません! 絶対の絶対に反対です!」


 銀色の髪の少女は両手で大きなバツの字を作り、うぎぎと抗議をする。


「ありがとうございます。また、お菓子を食べに遊びに来ます」


 口元から甘い匂いを発して緑色のドレスが立ち上がる。


「今日はこの辺りでお(いとま)させて頂きます。それでは、ごきげんようです」


 ドレススカートの両端をくいと持ち上げ、片足を後ろに引いて挨拶をすると、嘆きの妖精は客間の空気に溶け消えた。


「えぇ、御機嫌よう」


 執事もドレスの消えた空間に向かって一礼する。


「それでは、カップと器をかたしましょうか」


 執事と邸妖精のメイドは、カチャカチャと食器をかたずけ始める。静かになった部屋に、庭で鳴く虫の音が聞こえてくる。

 こうして秋の夜は深々と深まってゆくのである。


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