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20皿目 南瓜のアイスクリーム  続 琥珀色の聖女

「どんどん、神託が降りてきますの!」


 神殿の一室に神官の娘の歓喜の声が響く。


「やはり演出上、祈りのポーズは必要ですの」


「祈りのポーズ……こうですか?」


 黒い髪の執事がふわりと胸の前で指を組む。

 白い手袋の五指がくいくいと交互に折り込まれた。


「良いですの! そして、目を閉じて跪きますの!」


 神官の娘は慣れたかの様な優雅な所作で片膝をついて見せた。


「流石は本職、動作が美しいですね」


 指を組んだ執事は感心しながらも膝をつき、その姿勢を真似るのだった。




 時間は少し前に溯る。


 バランシュタイン家の執事レンゲは、月に一度の菓子作りの為に、光の神殿に訪れていた。

 いつものように神官長室に通されたところで、それは始まったのである。


「アイスクリームを冷やす時の氷の魔法に、名前をつけるのですか?」


 執事が驚きの声をあげる。


「ですの」


 女神官はこくこくとかぶりを振り、琥珀色のゆるやかな長い髪を揺らした。

 神官の名前はセルシア、この光の神殿で歳若くして神官長を務める優秀な信徒だ。


「この一ヶ月で、いくつか候補を考えましたの」


 セルシアは手に持っていた丸く巻かれた羊皮紙を嬉々としてくるくると開いてゆく。

 羊皮紙とは、山羊の皮を漂白して毛を抜き、磨いてつくる高価な筆写用の材料だ。

 切れ端の羊皮紙でも事足りる用途であろうに勿体無いと思いつつも、これは神官長の好意である。執事は素直に拝聴すべく耳を澄ますのであった。


「……【凍結する祭壇】、【冷艷劇場】、【氷結神殿】、【冷灰ペデスタル】、【白乃聖堂】、【氷冠ノ皇女】、【氷晶庭園】ですの」


 祭壇や神殿などのワードセンスは神に身を捧げし聖職者ならではのものだろう。


「……こんなに沢山……ありがとうございます。氷結神殿というのは、とても語呂が良いですね」


「やはりレンゲ様はお目が高いですわ! わたくしのお勧めですの」


 きらきらと瞳を輝かせ、女神官は嬉しそうに白い神官礼装に通した両腕をぶんぶんと振る。


「それではご好意に感謝し、魔法の名前は【氷結神殿】とさせていただきます」


 レンゲと呼ばれた執事は白い手袋の手を胸に当て一礼した。


「まだまだ、ここからですのよ?」


 神官の娘が首を少し傾いでにこりと微笑む。


「こう、祈りのポーズをとった後に、下から氷の台座がせり上がってくるんですの」


 図説の為に執事の隣に寄ったセルシアは、羊皮紙にインクを走らせ、膝をついた人物の絵の横に台座の絵をすらすらと描きこんでゆく。


「こ、氷の台座ですか? 出来なくはありませんが、これは必要なのですか?」


「演出はとても重要ですの」


 こちらを向いた女神官の花のような甘い吐息が顔にかかる。


「なるほど、かしこまりました。このような感じでしょうか」


 執事が指を組み、祈りのポーズをとると、氷の台座がごごごごと床からせり上がった。


「良いですの! 美しいですの!」


「でも……欲を言えばもう少し、装飾を凝らした台座にしたいですの」


 セルシアは人差し指を童子のように口元に当て、ふむむと唸った。


「装飾、ですか……このような感じでございますか」


 ごごごごごご


 今度は王室の装飾家具のような凝った台座がせり上がる。


「完っ璧ですの!」


 せり上がった氷の装飾台座に、満足した女神官は腕を組んでむふんと鼻をならした。


「ありがとうございます。それでは、溶ける前に台座を神殿の庭に置いてまいります」


 執事は胸に手を当て一礼すると、氷の台座【氷結神殿】を運び出しにかかるのであった。




「今日は、パンプキのアイスクリームを作ります。」


 黒髪の執事はにこやかに笑みを浮かべて言った。


 ざわ ざわ


 神殿の広間には神官や付き人の少女、信徒などが集まっていた。

 執事の傍のテーブルにはアイスクリームの材料たるクリームや蜂蜜、茹でて潰し、うらごしたパンプキなどが用意されている。

 最初は月に一度訪れて、神殿の厨房で行っていたこの菓子作りなのだが、どうしても執事とその調理を見たがる神官や信徒が多すぎたのだ。

 女所帯であるこの神殿にとって、容姿端麗な年頃の男性が訪れ、珍しい菓子を作るというのはもはや祭りのような一大イベントであった。

 この日に化粧をする神官の娘も少なくなく、元々、普段神殿の激務をこなす神官の娘達や付き人への労いの為にセルシアの考えたイベントであったこともあり、広間で行われることとなったのである。


「パンプキのあいすくりいむですって!」


「レンゲさんは今日も美しいわ」


「一体、どんな味がするのかしら?」


「最近、月に一度のこれの為に働いてる気がするの!」


 そんながやがやとした観客も、黒髪の執事がふわりと胸の前で指を組むと、静まった。

 執事はゆるやかに片膝をつき、目を閉じる。

 その白い美貌も手伝って、その優雅にも見える燕尾服の祈り手の所作は、人目を惹きつけるとても美しいものであった。

 見ている神官や信徒の口からも、ほうとため息が漏れる。

 そして、執事は貌立ちにも似たガラス細工のような透き通る美しい声で言い放つ。


「【氷結神殿】!」


 ごごごごごご


 装飾の施された氷の台座が床からせり上がる。


「なんて見事な!」


「……美し過ぎます」


「きれーい!」


「まるで天使の使う魔法だわ!」


 この派手な演出に、付き人の幼子達も手を叩いて喜んだ。どうやらセルシアの目論見は大成功のようだ。

 執事は大きな器を氷の台座に乗せると、乳とうらごしたパンプキ、蜂蜜を入れて混ぜてゆく。

 パンプキと蜂蜜のやわらかい自然の甘味がふわりとあたりに漂った。

 後は、空気を混ぜるように撹拌したクリームを少しづつ乳に足し、冷やしていくだけである。執事は器の中を目測で氷の魔法で冷やしながら、器の中身を撹拌してゆく。

 そうして橙色のアイスクリームは出来上がった

 一人分づつに大きな匙で掬うと皿に取り分けてゆく。待ってましたとばかりに、執事の前に列が出来上がった。

 前に広間で作ったときはアイスの皿に殺到してしまい、それからは並んだ先頭から、アイスを受け取れるというルールが出来上がったのだ。


 あちらこちらで、アイスを食べた者たちの幸せそうな声が聞こえる。


「パンプキの味が口いっぱいに広がるの」


「濃厚なパンプキの味がするのに後味がさっぱりしているわ!」


「紅茶やヨーグルト味のも美味しいけど、パンプキもすごく美味しい!」


「甘くて色も花のように華やか。とても可愛いらしいわ」


 パンプキのアイスクリームはどうやら好評のようである。


「如何ですか?セルシア様」


 執事が隣でアイスクリームをスプーンで口に運ぶセルシアに伺った。


「優しい味で、とっても美味しいですの」


 頬に手を当て、幸せそうにアイスクリームを頬張っている。


 いつか、歌いながらアイスクリームを作る日が来るのではないかなどとふと考えてしまうが、今月も、神殿の皆が喜んでくれたようでなによりである。


「パンプキのあいす、おかわりください!」


幼い付き人がアイスの皿を執事に渡す。


「はい、どうぞ。まだ沢山ありますからね」


 執事もまた料理を喜ばれ、次々とアイスクリームの皿を渡しながら歓びに浸るのであった。


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