2皿目 エビフライ 続 お嬢様と異世界料理
「駄目だわ……とても白黒つけられそうにない……」
白いソースと黒いソースを残し、空になった皿を前に女主人リィリエは肩を震わせていた。
時間は溯る。
∽ ∽ ∽
「お待たせいたしました。晩餐のエビフライです」
ノックと共にキッチンワゴンを押して入ってきた執事が配膳したのは一風変わった見たことも無い揚げ物であった。
ふわりと漂う芳しい揚げ物と嗅いだことの無い変わったソースの香りに食欲をそそられる。
「異世界の料理ね!」
知っているわ。とばかりにふふんと鼻を鳴らし女主人は言った。
今日の料理当番はレンゲ。女主人はまた当然変わった料理が出て来るものと信じていたのである。
変わった料理が出ても、もう驚きはしない。
代わりに、それはもう良い意味で期待を込めて、そわそわと待っていたのだ。
「はい。シュリンブという海の生き物をパンくずの衣をつけて揚げたものです。リモンを絞った後、この白いタルタルソースと黒いソース、どちらかお好みでかけてお召し上がりください」
端正な笑顔が白と黒、二つのソースをことりとテーブルに置く。
近くに置かれるとソースの香りがますます食欲を刺激した。 もう我慢できない。
「……いただくわね」
ごくりと唾を飲み込むと、リモンを絞り、ナイフとフォークでエビフライを一口に切り分ける。
薄ピンクと白い断面が美しく、まずはとつけた白いタルタルソースはとても映えた。
「――……っっ!?」
(美味しい! すっごく美味しい!)
(何かしら! これは一体なんなのかしら!)
噛めば歯をやさしく押し返すシュリンブの淡白な食感、衣の香ばしさ。そして酢と卵黄、みじん切りにされたオニーオとピクルスで作られたタルタルソースは非常に相性が良かった。
(止まらないっ、もうナイフとフォークが止められないっ)
「な、なかなかっ、なかなか美味しいわ」
1本を瞬く間に食べ終えると、こほんと取り繕うように料理を評する女主人。
白いタルタルとエビフライの約束された勝利の味に、もうこの白いソース択一であると確信しつつも、女主人は一応黒いソースでもエビフライを試すことにした。
「これはコロッケの時の黒いソースね」
「左様でございます。お嬢様」
主であるお嬢様の食べっぷりから、料理を気に入っていただけたと思い、執事は胸を撫で下ろし答える。
しかし、二本目のエビフライを切り分け、今度は黒いソースをかけて口に運び、お嬢様は愕然とするのである。
(これは、食欲をさらに刺激する!)
黒いソースもまた、白いソースに負けず劣らずエビフライと相性が良かったのだ。
こうして二本目のエビフライも瞬く間に皿の上から姿を消すこととなったのである。
「どちらのソースがお口に合いましたでしょうか?」
皿の上を完食して戴けたことに喜びを感じた執事は主に質問をする。
「こ、こんなの、どっちも美味しいじゃない! すごく難しいわよ!?」
何かの理不尽さや憤りを感じたのか少しキレ気味な主の目じりには涙が浮かんでいる。
晩餐として出てきた料理の尋常ではない美味に、思わず滲ませてしまったのである。
料理を食して泣くのははしたないと感じたのか、リィリエそっぽを向いてぐいと指で涙を拭う。
「申し訳ございません。今後の味付けの参考にさせて頂こうと思ったのです」
水を差したばかりか、主人に半べそをかかせてしまった。
右手を胸に当て、本当に申し訳なさそうに執事は頭を下げた。
やはり一皿では物足りないのだろうか、切なそうに空の皿を見つめる主。
「お嬢様。実はシュリンブを少々多く仕入れてしまいまして……」
「ほ、本当に仕方のない執事ね! シュリンブは痛みやすいんだからっ。て、手伝ってあげるわよ!」
少し気恥ずかしそうに、しかしとても機嫌が良さそうに両腕を組むリィリエ。
せっかく上機嫌なのだ、ここで食卓で腕を組む行為を窘めてはいけない。
「もう一皿だけなんだからね!」
まだおかわりは用意していないが、空の皿を前にナイフとフォークをすでに手に取り構える女主人に、執事は急いで料理を運ばなくてはと決意した。
――結果
「……引き分けっ。今日のところは白も黒も引き分け! ……わかったかしら!?」
エビフライにかけるのは『ソース』と『タルタルソース』どちらが好みか…
お嬢様がうむむと真剣に吟味してくださった結果なのだから仕方が無い。
こうして、もともと勝利者など生まない戦いは引き分けに終わり、女主人は満足そうに口をナプキンで拭うのだった。
∽ ∽ ∽
「それにしても、あなたが氷の魔法を教えてくれと言って来たときは、本当にどうしようかと思ったわよ」
食後のお茶を飲み、熱いお茶の吐息を漏らすとリィリエは昨日のことを思い出したように言った。
『館まで痛みやすい食材を運びたいので、氷の魔法を教えて欲しい』と若い執事に頼まれたことを。
「素質があって、使えるようになったから良かったのだけれど」
そうなのだ。この世界では魔法は稀である素質がなくては行使することができない。
魔法王国と言われるこの国においてもそれは例外ではない。
素質があったからこそ、レンゲは氷の呪文を覚え、シュリンブを港町から館のある王国まで運ぶことができたのだ。
本来シュリンブは大変痛みやすく、その痛みの足の速さから港町でしか食されていない庶民の食材なのである。
だからリィリエも今まで一度も口にしたことは無く、今日初めて味わうこととなったのである。
「でも、シュリンブがあんなに美味しいなんて知らなかったわ。」
「いい?ちゃんと毎日練習して腕を磨くのよ? 『魔法は一日にしてならず』なのだから。」
魔法の師らしいことを言えた自分に少し満足し、リィリエはお茶の残りをごくりと飲み干すのだった。
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その夜レンゲは調味料仕込みの続きをはじめた。
水につけておいた大地豆を水ごと鍋で火にかけ、茹で上がったら水気を切る。
乾煎りしてくだいた殻付小麦とコウジを混ぜ合わせ、それを大地豆に塗し、 後は消毒した布をかぶせ、また数日寝かせるのである。
美味しい調味料作りには手間隙がかかるのである。
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