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19皿目 オムライス  お嬢様とオムライスの椅子

「じゃんけんで負けた方が服を脱いで椅子になるのですか?」


 黒い髪の美貌の執事は、信じられないという顔で聞き返す。


「そうよ。この美味しい酒に余興が欲しいの。脱ぐのは上だけでいいわ」


 金色の髪の若い女主人は、果実酒の入った瓶を片手に、足を開いて長いスカートをぱったぱったと扇情的に仰いで見せた。

 じゃんけんとは、『領主』『平民』『奴隷』を、それぞれ決まった拳の握り方で互いに出しあって勝負をきめる童子の遊びだ。

『領主』は『平民』に勝ち、『平民』は『奴隷』に勝ち、『奴隷』は『領主』に勝つ三すくみである。

 女主人は大分酒精がまわっているようで、上気した顔は赤く染まり、声も大きい。

 食前で出した甘い果実酒を大層気に入った女主人は、随分とこれを聞こし召し、このような状況が生まれるに至ったのだ。


「少し飲みすぎではございませんか? お水を持ってまります」


 執事はやれやれとばかりに横にかぶりを振る。


「主人の命令よ? 主に恥じをかかせる気? あぁ、そう? 執事……失格ね」


 女主人は据わりきった瞳で執事を見据える。


「……左様でございますか。しかし、使用人がお嬢様に腰をかけるなど、許されることではありません」


 美貌の執事は諦め切った顔で女主人に言った。


「ならば『奴隷』を出しなさい。それで許してあげるわ」


 そう言って、女主人は胸を仄暗くときめかせるのであった。



 

「なかなかの座り心地!! excellent(エクセレント)! excellent(エクセレント)よレンゲ!」


 執事の引き締まった白い身体に、ぎしりと足を組み腰掛けて叫ぶ女主人はすこぶる上機嫌だった。


「執事としては失格だけど、座り心地は優秀ね! あぁっ、実に気分がいい! 時よとまれ! お前は美しいっ!」


 四つん這いになった執事の柔らかな黒髪を、白魚のような指先がとても機嫌良く、くしゃくしゃとかき回す。


「ところで椅子、私は小腹が空いたわ。なにか食べる物はないのかしら?」


 前を向いたまま、女主人は自身の腰の下に話しかける。


「椅子ではございませんが、ご用意してあります。少し、冷めてしまったかもしれませんが……」


 柔らかな尻を乗せた美貌の椅子が答えた。

 食前酒からこの流れに至ったので、料理を載せたキッチンワゴンは未だ廊下に置かれたままなのだ。


「早く用意なさい」


「……かしこまりました」


 女主人が腰を浮かせたのを合図に、執事は手早く燕尾服を着込むと配膳を始める。




「お待たせいたしました。オムライスです」


 料理の盛られた皿を執事が給仕する。


「良い香りね。食欲をそそるわ」


 バターで焼かれた卵のふわりとした香りに、女主人の鼻がひくりと動く。


「どうしたの? 早く脱いで此方においでなさい?」


 ぺちぺちと座っている椅子を叩く。食事をするから、また椅子になれというのだ。


「メイドを脱がせて、腰をかけてもいいのよ?」


 腕を組んでふふんと鼻を鳴らす。本当に悪い酒である。美貌の執事は、諦めたように上着を脱ぎ始めるのだった。


「じゃあ、いただくわね。」


 いつにもまして機嫌の良い女主人は、腰を下ろした椅子に話しかける。


「どうぞ、お召し上がりください。」


 白く美しい椅子が答えた。


 一口に掬いスプーンを運ぶ。

 トマテの酸味の利いた旨味を乗せたライスが、バター香る半熟卵の風味を乗せて口腔いっぱいに旨味が広まった。


「甘露!!!」


 女主人は声を大にして言い放つ。

 ただでさえ旨味の効いたトマテに、具として入れられたオニーオと、鳥の肉の旨味もこの料理の旨味の完成度に一役を買っている。

 これは堪らない。


「美味しいわ! こんなに美味しい料理、生まれて初めてよ!」


 美しい執事に腰をかけて食す最高の料理。

 恐らく、この世界を隅々まで探しても、これ以上の美味は見つかるまい。


「甘露っ! 甘露っ!」


 手早くスプーンを何度も口に運ぶ。


「お気に召していただけたようでなによりです」


主の料理を気に召した様子に、美しい椅子も複雑なれど喜んだ。

 そうして皿はどんどんと空いていった。


「おむらいす。これはまさしく至高の料理ね」


 食事を終えて、ナプキンで口元をくいと拭うと女主人は満足そうに言った。

 意趣、趣向は置いておいて、オムライスは主人の心と胃袋をしっかりと掴んだようである。

 結局、この日は就寝近くまで、主人の柔らかな尻を乗せることとなった執事は、痛んだ膝をさすりながら、食前酒は請われても適量までしか出さないと心に決めたのであった。


いつも読んでくださり、真にありがとうございます。

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