17皿目 酢 豚 夢見る乙女のお話
「私、ここで死んじゃうんだ……これが童話なら、王子様が助けに来てくれるのに……」
栗色の髪をした女の子は、涙をぼろぼろと零すと、怖くてかすれる声で言いました。
女の子は森で遊んだ帰り道でした。
家に帰ろうとしたところ、森の小鬼達に見つかってしまったのです。
『森の奥には小鬼がでるから近づいてはいけないよ。』
お母さんに注意をされていたにも関わらず、花を摘むのに夢中になって、森の奥に入り込んでしまったのです。
「きゃあ! たすけてぇ!」
「お父さんっ! お母さーん!」
長いスカートをたくし上げて、女の子は必死に逃げました。
泣きながら一生懸命逃げました。
それでも、森の入り口まで逃げたところで、女の子は小鬼達に捕まってしまったのです。
小鬼に捕まった子供は食べられてしまいます。
もうお終いだ。
女の子はわぁわぁと泣きだしました。
その時です。
びゅうっ
黒い風が、勢い良く小鬼達の中に飛び込んで来ました。
それは、黒い髪をした少年でした。
燕尾服を着た少年が風のように現れて、女の子の前に立ったのです。
「大丈夫ですか? 」
震える顔で見上げると、少年は笑っていました。
とてもきれいな笑顔でした。
女の子を不安にさせないように、少年は笑顔を作ったのです。
それでも、暗い気持ちを抱えていた女の子はその笑顔に救われました。
安心をすることができました。
少年の笑顔に『もう大丈夫。』そんな予感がするのです。
少年は太い木の枝を拾うと、小鬼達を叩きました。
ぱしん ぱしん ぱしん
「ぎゃあっ! 」
「ぐわっ! 」
ぱしん ぱしん ぱしん
小鬼達は悲鳴を上げ、散りじりになって森の奥へと逃げていきます。
「お怪我はありませんか? 」
小鬼がいなくなったことを確認すると、少年は女の子に手を差し伸べました。
「た、助けてくれて、どうもありがとう。」
こうして夢見る女の子は救われたのでした。
立ち上がってお礼を言った女の子は、どきどきと胸が高鳴るのを感じます。
少年が、まるで童話の王子様のように、きらきらと輝いて見えたのです。
「お家は何処ですか? 送りますよ。」
「……あっち。」
女の子が町の方を指差します。
「行きましょう。」
少年は女の子の手をぎゅうと握りました。
手を握られて安心したのか、さっきまでの怖かったことを思い出して女の子はひっくひっくと泣きだしてしまいました。
「大丈夫。僕が手をつないであげるから。」
手をつながれて歩く女の子は、まるで夢見心地でした。
少年と手をつないでいると、心も身体も不思議なくらいにふわふわとするのです。
そんな心の躍動する帰り道にもやがて終わりが訪れます。
女の子の家に着いたのです。
家に帰ると、母親が待っていました。
女の子の帰りが遅かったので心配していたのです。
女の子を届けると、少年はポケットからキノコを取り出して母親に渡しました。
「良かったらこれをどうぞ。シチューに入れると美味しいですよ」
少年は森にキノコを探しに来ていたのです。
去ってゆく少年を見つめる女の子は、とても幸せな気持ちで溢れていました。
甘い蜜に溺れる夢を見ているような、そんな蕩けきったた顔で呟きます。
「……王子様。」
それから数年後、女の子は、少年執事の勤める邸にメイドとして雇わます。
そして現在。
「ステラさん。野菜の皮むきを手伝ってください」
燕尾服を着た黒髪の青年が豚肉を切っていた手を止め、栗色の髪を馬の尻尾のように結ったメイドにナイフを渡す。
「おう、まかせとけ!」
メイドの前に執事がキャロトとオニーオ、パプリを置いてゆく。
「あれ? この材料はもしかして」
メイドは嬉しい予感に胸を膨らませる。
「ええ。今日はステラさんの好きな酢豚ですよ。」
「スブタ! やったぜ!」
馬の尻尾のような髪を揺らし、ナイフを片手にガッツポーズ。
ステラにとって、酢豚は他と一線を画す別格の料理であった。
『素敵な王子様』の作ってくれる『大好きな料理』特別な料理なのである。
大きくなった夢見る乙女は、大きくなった執事の少年の後姿を、まるで運命の人を見るように熱い瞳で見つめ、幸せそうに野菜の皮を剥いてゆくのであった。




