15皿目 海老のチリソース炒め 茜色の妄想メイド
「漆黒の奏でし鎮魂歌……アレをやると……二~三日は起き上がれなくなる」
茜色の髪をしたメイドは忌々しそうに箒を強く握り締める。
彼女の名前はエルマ。闇の力を操る、才色兼備な死霊魔術師である。とある任務の為にこの邸にメイドとして潜入している。
勿論、彼女の中の設定の話だ。
エルマは、茜色の髪をした背の丈の低いメイドだ。髪を後ろで一本の三つ編みにし、右側から前に流している。
このバランシュタインの邸には十二の頃からメイドとして雇われ、今年で十四になる彼女は独自のルールを用いてメイドの仕事に当たっていた。
例えば、今日の彼女は死霊魔術師であった。彷徨える死者たちを脳内で使役し、業務を行うのだ。そうすると、不思議と仕事が捗るのである。
突如、強い風が吹き、落ち葉が舞い上がった。
「ちっ、やっかいな奴が……来そうね」
風に靡く前髪を片手で押さえると、エルマは短く舌打ちをした。黒く長いスカートとエプロンがぱたぱたと靡く。
これは、強い風が吹いたときにたまに行う演出で、場に適度な緊張感をもたらせてくれるのだ。
この風に靡くメイド服にも実は設定があり、あまりに強大すぎる魔力を押さえつける拘束衣のような効果が、エルマの中で考えられている。
「念のために……アレを用意しておいて頂戴」
足元で伸びをする黒猫に、エルマは言った。猫はにゃあんと愛らしい声で鳴くと、何処へともなく立ち去る。
「せっかちね。もう……逝ってしまったの?」
この猫は、最近邸の庭に住み着いた黒い仔猫で、エルマの中では【使い魔】に位置づけられている。
しかし、次から次へと問題が起こる。
そもそも、庭掃除をしている彼女は今、昼食の時間を前にして悩んでいたのだ。落ち葉が多く、すべてを掃き終える頃には食事の時間にかかってしまいそうなのである。
そこで、辺り一帯の彷徨える物を呼び出し使役する。禁断の呪法【漆黒の奏でし鎮魂歌】を使用するか、否かに迷っているのだ。
当然、実際に呼び出せるわけではない。エルマが必死に走り回り、全力で箒を動かし落ち葉をかき集めるのだ。
遠く、邸の方で紫髪のメイドが手を振っている。
「おーいエルマー! 今日のお昼、エビチリだってさー!」
同僚が教えてくれた今日の献立は、エルマの最も好みとする料理であった。紫髪のメイドは、使用人室へ方へと歩いて行った。食事へと向かったのだ。
「いけない……時間が…ないっ」
己の左手をちらりと見て、エルマの顔に焦りの色が浮かぶ。
彼女はその左手に闇の皇たる【終焉の導き手】を封じている。定期的な魔力供給を行うことで、エルマはこの闇の皇を封じ続けているのだ。これが開放されることになれば、世界は三秒で灰燼に帰すだろう。
魔力の供給は食事を摂るという形で行っており、これが遅れると、左の手に封じられた闇の皇が暴れだし、たまに人格を乗っ取られることがあるのだ。
勿論、すべては設定であるのだが、これに関しては長いこと愛用されている鉄板の設定なのだ。
エルマの腹の虫がきゅうとなる。庭の掃除は終わりそうにない。これはもう間に合わないかもしれない。
「ぐへへ、久しぶりに外に出られたぜ。この娘は魔力が強すぎて困る」
舌足らずな男言葉でそう言って、よたよたと使用人室に向かうエルマの足取りはとても軽かった。掃除の続きは午後に持ち越したのである。
「……いただきます」
皿の上のシュリンブにつぷりとフォークを刺し、エルマはエビチリを口に運ぶ。
はにはにと噛みしめると、甘味と酸味、そして辛さが入り混じったふくよかな旨味が口の中を満たす。
ジンガーやアリーオ、スプリングオニーオの風味も合いまり、食欲は更に湧いてゆくのだ。
海老のチリソース炒め、通称エビチリは、初めてこの邸で食してからというもの、エルマの舌を魅了して止まない魅惑の料理だ。
食事に関しても、エルマにはルールがあった。
この世界にもう一人存在する自分の分身。アナザーエルマを召喚し、脳内で情報を交換し合いながら共に食事を摂るのだ
「……どう?……今日の《 舞い踊りし緋色の虚無 》は」
(いつも……通り、美味しいわ……でも、内在するエーテル量がいつもより多い?)
「ふふ……そうかもね。きっと赫 焔と知っての補給」
(流石は……《 黒の奏者 》)
「ユグドラシルが……壊れたわけじゃなくて良かったわ」
傍から見れば、独り言を言いながら食事をするエルマ。
だが、他の使用人達は慣れたもので、彼女を意に介せずもくもくと食事を続けている。
たまに変ではあるが、エルマは悪い娘ではないというのが他の使用人達の了見である。
口角の端に付いたチリソースをペロリと舐め、至福の時間を堪能する。どうやら、闇の皇も収まったようだ。
「お腹……いっぱい」
瞬く間にエビチリを平らげると満足そうにお腹をさする。魔力の補充も十二分、世界は救われたのだ。
食後から、午後の業務を始めるまでの少しの時間、エルマは明日の設定にについてあれこれと思案する。
(暗殺者も良いが、邪教の巫女も悪くない)
全体的にダークなキャラに偏り気味ではあるのだが、誰にも知られぬこの遊びに、彼女は一人ほくそ笑むのだった。
午後、張り切って掃除に向かったエルマが、マカロンを愛して止まぬ妖精によって既に終了した庭掃除に驚くのはまた別の話となる。




