13皿目 マカロン 焼き菓子の大好きな無邪気な妖精
「この邸には、四人目の……謎のメイドがいる」
丸い焼き菓子をはむりと一口齧り、小柄な茜色の髪のメイドが言った。
「不思議なことがたまにあるよね?」
紫色の髪のメイドも丸い焼き菓子を一口齧る。
半分以上が砂糖で作られたマカロンというその菓子は、口の中で甘く広がってゆく。
紫の髪のメイドが話したのは、畳もうとした洗濯物が、気が付くとすべて何者かにより畳まれていたという不思議な話だ。
「あんた達じゃないんだよね?」
尋ねる紫髪に、二人のメイドは首を横に振る。
「しかも、結構働きものなんだよなぁ」
背の高い栗色の髪のメイドは、庭を箒で掃いていると、まだ三分の一も掃いていない筈なのに、庭中綺麗に掃き終わっていたという奇妙な話をする。
使用人室での休憩時間、三人のメイド達は最近舘で起きる奇妙な出来事で盛り上がっていた。
三人しかいない筈の邸のメイドに四人目がいるという奇妙な話。メイドの仕事を管理している執事にも、その不思議な話には心当たりがあった。
執事がスープを作ろうと野菜をテーブルに用意し、水の入った鍋を火にかけている間に、振り返ると野菜がすべて綺麗に皮を剥かれていることがあるのだ。
もし居るのであれば、メイドを管理する立場として、執事はなんとしてもその四人目のメイドに会わなければならないのだった。
そしてその日の午後、その機会は突然に訪れるのである。
たまたま通りかかった執事の部屋の中で、物音がするのだ。入り口に敷いてあるイグサを交換するような音である。
十分に使用してから交換する部屋の入り口のイグサは、まだ交換する時期には少し早い。
噂の四人目のメイドである可能性が高い。執事はノックの代わりに、扉越しに話しかけた。
「お仕事の邪魔をして申し訳ありません少し、お話をさせていただいてもよろしいですか?」
こんこん
内側からノックの返事が返る。Yesかもしれない。執事は質問を続けた。
「私は、この邸で執事を勤めさせていただいている、レンゲ=フランベルジュです。貴方は、この邸の仕事を手伝ってくださっている方ですか?」
こんこん
また、二度ノックが返る。おそらくYesなのだろう。彼女が四人目のメイドなのだ。
「執事として、一度ご挨拶をさせていただきたいのですが、扉を開けてもよろしいですか?」
少し長い沈黙の後、控えめな音でこんこん、とノックが返ってきた。
「ありがとうございます」
深呼吸をして執事はぎぎぃと自室の扉をゆっくりと開けた。
部屋の入り口には透けるような白い肌をしたメイドの服を着た少女が一人立っていた。
耳の先が尖っており、銀色の長い髪をした彼女は、まるで物語の妖精のようだった。
「初めまして、執事のレンゲと申しま。」
執事は胸に手を当て一礼した。
「私は、アリア。シルキーという邸に棲まう妖精です」
片足を斜め後ろに引き、スカートの端を両手で持っと、もう片方の足を軽く曲げ、彼女は軽く一礼した。この世界でのメイドの正しい挨拶だ。
邸に棲まうという妖精は、白い頬を朱色に染め、少し恥ずかしそうに笑った。
シルキーとは、家の者に気づかれずに家事をこなすというメイドの妖精だ。
働き者のメイドの成れの果てと言われる彼女達は、縄張り意識の強い妖精でもあり、自分のテリトリーに入ってくる他の妖精や魔物を全力で排除しようとするのだ。
彼女が邸に棲みだしたのはここ最近なのだという。棲みやすい邸を探していたら、この邸に行き着いたのだそうだ。そして、普段は姿を消して邸の仕事を手伝っていたのである。
「どうか私を、このまま邸においていただけませんでしょうか?」
銀色の髪の妖精の紅い小さな唇が、不安げに執事に請う。
「貴方のような働き者のメイドは、こちらからお願いをして少しでも長く居ていただきたい限りです」
端整な貌の執事は、そのうすい唇で柔らかに笑うと、その本心を話した。
「ぁ、ぁぁっ……うれしいっ」
働き者の妖精は、己の仕事ぶりを執事に褒められ歓喜の声を上げて身を捩った。
妖精はとても純粋であり、騙されやすく、物語などではよく悪い人間に騙されているものである。
「しかしこの邸で働く以上、ある程度は私が管理していなければなりません。何か報酬で望む物はありませんか?」
「そ、それなら、今日、皆様が召し上がっていた丸い焼き菓子、あれを食べてみたいです」
邸妖精はおずおずと答える。妖精は今日の午前中使用人室で三人のメイドが食していた丸い焼き菓子が気になっていたのである。
「マカロンですね? 後で食べようとテーブルに置いておいたものですが、よろしかったらこれをどうぞ」
執事が妖精に丸い焼き菓子の乗った皿を差し出す。焼き菓子は、皮を剥いたアーモンドの粉と砂糖、メレンゲを混ぜて焼き上げた菓子で、生クリームを挿んだ物だ。
「このテーブルと椅子をお使いください」
執事は机の椅子をぐいと引くと、妖精に座るように勧めた。
「あ、ありがとうございます」
銀髪の少女は、妖精らしい柔らかな所作で椅子に腰をかけると、ずっと気になっていた菓子を口に出来る喜びに胸を高鳴らせた。
「……いただきます」
ごくりと唾を飲み込むと、丸い焼き菓子を一つ摘み、口に運ぶ。
さっくりとした歯ざわりとしっとりとした生地、まるで食感の魔法である。
それでいて、焼き菓子の間に挟まれた生クリームは、口の中で甘く広がってゆくのだ。
「――~~~っっ!?」
普段大気のエネルギーを食しているアリアにとって、このマカロンの味わいはあまりに濃密過ぎた。甘いという初めての感覚に、メイド妖精は自然と涙を流すのであった。
「お、美味しいですっ! すっごく美味しい!!」
涙に頬を濡らしたまま、妖精は白い歯を見せて天使のように無邪気に笑った。
「それでは、毎日午後のお茶の時間、この机に紅茶と菓子をご用意いたします。それを条件に邸に居ていただくというのはいかがですか?」
「う、嬉しいっ! 邸に棲んでも良いばかりでなく、このような美味しいものまでいただけるなんてっ!?」
両手を頬に当て、邸妖精は飛び跳ねて歓んだ。妖精は子供のように純粋なのである。
「交渉は成立ですね。貴方のような優秀なメイドに住んでもらえるなら、邸の者一同、みんな喜びますよ」
「ありがとうございます! レンゲ様」
優秀なメイドと褒められて、さらに歓喜の頂に登りつめた妖精の少女は、明日からも執事に褒められるように頑張ろうと心に決めるのだった。




