10皿目 カスクード 死霊魔術師の少年
「お父様のお知り合いですか?」
当主のリィリエは、先に顕花をしていたであろう少年に会釈をする。
緑色の長髪を、後ろで荒い三つ編みに結ったこの少年は、墓石を囲う外柵に腰をかけていた。
少年は所々を赤紫で染め抜いた緑色の外套と、同じく縁を赤紫で染めた、緑色の魔術帽という変わった衣装に身を包んでいた。
「僕はサラセニア、クリスの古い友人だよ」
女当主は父の知り合いにこんな少年がいただろうかと、思案するするも思い当たることはなかった。
それでも、今日という日に墓参りに足を運び、父に花を手向けてくれたのだ。礼は言わねばならない。
「足を運んでいただき、ありがとうございます」
今日は先代当主、クリストファー=バランシュタインの命日。女当主は舘の執事を連れて、この郊外の墓地に墓参りに来たのであった。
話は変わるが、この緑色の少年サラセニアはかつて墓主の親友であった死霊魔術師だ。だが、その関係はこの少年と墓主、二人の間だけでしか知られていない。
当然、執事とリィリエはこの緑色の少年を知らないのである。
サラセニアは、かつてはリィリエの父、クリストファーと同じ師に師事していた魔術の兄弟子であったが、ある日を境に不死を題材に研究をするようになり、袂を分かったのだ。
彼の魔法は状態の良い死体に憑依し、魔法でその臓器を動かし仮初の生を得るというものだ。
ここ二十年ばかりはこの身体を維持して過ごしている。
「君はリィリエだね。大きくなったなぁ。」
まだリィリエが赤子であった頃、サラセニアはクリストファーの元を訪れたことがるのだ。
見た目の違う兄弟子の姿にクリストファーは驚いたが、あれから二十数年。まさか当時と同じ姿でサラセニアがこの場にいるとは誰も思いもしないだろう。
「はい。今年で二十四歳になりました」
当のリィリエはどうみても自分より歳若い、大人びた口調の少年と、その不思議な発言に戸惑いつつも父の墓前での礼儀を欠かさないように振舞った。
「お嬢様、そろそろ登城のお時間です」
「わ、わかっているわよ」
執事の声に女当主が答える。女当主と執事は墓前にバスケットを供えると、目を閉じてかつての当主に祈りを捧げた。
この国では命日に、墓に生前の好物を供える風習があった。お供えにしたバスケットは翌日執事が回収に来るのだ。
「それでは、お先にお暇をさせて頂きます」
少年に会釈をして、女当主と執事は墓地を去って行くのであった。
「あの執事、絶対君のこと見えてたでしょ。最後なんて君にも会釈してたよ?」
死霊魔術師が前を向いたまま、己の後方に話しかける。
「やっぱり、そう思うかい? 流石にあの状況で、私に話しかけるわけにいかなかったのだろうね」
墓石の外柵に腰をかけるサラセニアの肩に手を置いて、宮廷魔術師の衣装を纏った、半透明な金髪の青年が立っていた。
この墓の主である元宮廷魔術師だ。半分透けて後ろが見える彼は、最初からここに立っていたのだ。
「彼、いいね?」
「だろう?」
「お供え、食べてもいいかい?」
「いいとも。それはきっと、生前の私の好物だよ」
少年がバスケットの布をめくり出てきたのは、小瓶に入った果実酒のようなものと、真ん中を半分に切って燻製肉とチーズが挿まれた細長いパンだった。
「懐かしいな……私はこの、燻製肉とチーズを挿んだカスクードが大好きでね。よく昼食に食べたものだよ」
半透明の青年は昔を思い出し懐かしんだ。
「これは……美味しいね! チーズのコクと燻製肉の旨味の相性がいい!」
はむりとカスクードを一口齧り、その美味さを確認すると少年はもくもくと食べ始めた。
「酒とも合うんだ。試してごらんよ。」
青年に言われるまま、小瓶の口をきゅぽりと開けると少年は果実酒を一口あおる。果実酒の酒精の味とチーズ、燻製肉の旨味が口の中で一つになった。
「本当だ。堪らないよ。酒の味もいいね!」
「どれ、私も頂くとするよ」
透明な青年はバスケットに手を入れる。その手には透明なカスクードが握られていた。
「美味いな。懐かしい味だ」
透明なパンを一口齧ると、青年は懐かしい味に頷いた。
こうして緑色の少年と半透明な青年の墓石の前の歓談は、日が暮れるまで続いたのであった。




