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1皿目 コロッケ  お嬢様と異世界料理

 どーん!


 鈍く大きな音が響く。


 高級中華料理店で働く宮崎はるお36歳はトラックに撥ねられたのだ。高速で飛び出した、なろう運転の車に反応できる暇もなく、身体は意識ともども彼方に吹き飛ばされた。

 コックコートを着たはるおは、虫ピンで止められた蝶のように両手を開いて電信柱に叩きつけられ……白い蛾のようにアスファルトに崩れおちた。良くも悪くも即死であった。


 明日は特別なお客様に、生まれて初めての満干全席を任されることとなった晴れの舞台であった。

 発注で間に合わない食材を買出しに出かけたまでは良かったのだが、しかし、無念にも最初の石ころに躓いてしまった。

 ご馳走に振るう筈だった腕は宙をきり、そのまま命を落とすこととなった。




    ∽ ∽ ∽


 まったく違う時間のまったく違う世界。

 大陸の西側に魔法の力により栄えた王国がある。周辺諸国より魔法王国とよばれるこの国ゼリアブールは、賢王と呼ばれたゼリアブール国王アレキサンドロス1世が立てた国である。

 その首都リ・ゼラの郊外、片隅にある小さな館。異変はそこで起きていた。


 館の主たる宮廷魔術師に仕える執事、レンゲ=フランベルジュ22歳が前世の記憶を思い出したのは、ある晴れた日の昼前。主人の為に作るべく昼食の仕込みを始めようとした丁度その時だった。


「―――~~~~っっ!?」


 冒頭で亡くなっている調理師の記憶を思い出したのである。

 頭痛や酷いショックこそは無かったが、万華鏡のようにぐるぐるとまわり、チカチカと瞬き入り混じる記憶の混乱にしばらく翻弄されていたが、記憶の整理がついてきたのか、しばらくして落ち着きを取り戻した。


 そして今度は、頭に浮かぶここではない世界の料理やその調理方法の数々。今すぐ何かを行動に移したいような衝動を抱えることとなったのである。甦ったのは記憶だけではなかった。

 あの日あの瞬間まで燃えていた料理への熱い情熱も胸に心に再び燃え上がった。

 青年は荒い深呼吸と共に静かに目を閉じ、情熱と歓喜に震える指を腕を鎮める。作りたい。腕を振るいたい。

 しかし、残念ながら思い返す得意レシピの数々はこの世界の厨房の火力、調味料では再現が非常に難しいという答えに辿り着く。

 炎の芸術たる炒飯と焼き飯は別物なのである。ならば、中華でも洋食でも構わない。まずはこの世界で作れるものから始めよう。

 かくして、小さな館でメイド達と交代で回していた料理の当番は、その日からレンゲにとって非常に楽しいものとなったのであった。




    ∽ ∽ ∽


「なっ、なによこれ! すっごく美味しいじゃない!」


 その日の昼、若い女主人は昼食に用意された見たことも無い料理に、蒼玉(サファイア)のような瞳を白黒させて驚嘆した。

 この日レンゲが昼食に作ったのはコロッケ。

 王国では一般的な食材であるパテトを茹でて丁寧にすり潰し、熱した油で炒めたオニーオを混ぜ合わせる。乾酪(チーズ)をそれで包み込み、小麦粉、溶いたニワト鳥の卵、細かく解したパンくずをまぶし油で揚げる。

 異世界版チーズコロッケの出来上がりである。しかし、これで終わりではない。

 コロッケや揚げ物にはかかせないソースが、この世界には存在しないのだ。

 そこで今回は即席で似たものを作る必要があった。

 刻んだアリーオとオニーオとセロリィ草、それにアプルの実の摩り下ろしを加えた水鍋を火にかける。そこに干しグレイプの酢と蜂蜜、塩に来客用の貴重なトガラスィ、カルダモの種にロリーエの葉、クロウブの蕾などの調味料を混ぜ合わせ煮込むこと一刻。

 煮詰めた出来上がりを布で濾せば、風味こそ改良の余地はあれど異世界ソースはここに完成した。

 かくして王城より戻った金髪の女主人リィリエ=アード=バランシュタインはド肝を抜くこととなったのである。




「この料理、コロッケ…とか言ったわね? これを作ったのは一体誰?」


 揚げ物2つと刻んだキャベジの載った皿を瞬く間に平らげた2つ年上の女主人は、暖かいパテトの匂いのする薄甘い息をふうと吐くと、若い執事に尋ねた。


「今日の昼餐は私が作りました。リィリエお嬢様」


 主が料理をお気に召した雰囲気を察し、黒髪の執事はにこやかに答える。

 主人ではあるが、この『お嬢様』という呼び名は先代がまだ生きていた頃からの使用達からの呼び名で、当主が代わって二年経つ現在も一部の使用人達は未だ親しみを込めてそう呼んでいる。

 本人も満更でもないのか咎めたことは無く、こうして未だに呼ばれているのである。


「この料理もソースという酸味のある黒いのも、完成度が尋常じゃないわ」


(そうよ、こんな美味しいもの王宮でだって出されたことがない。まるで別世界の料理)


「何処で作り方を教ったの?」


 生まれて初めて口にした尋常ではなかった美味を思い出し、リィリエは唾液を飲み込むと好奇心を抑えられない子供のように質問を重ねる。


「実は先程、昼食の仕込をしていた時に生まれる前の記憶が蘇りまして……」


 素直に話したところで頭を強く打ったのではと心配をかけることになるかもしれない。

 しかし、執事は誠実であるべきなのである。美学からというわけではないが実のところの話をする。


「それで、前の人生である異国の料理人の記憶を持つことになったというのね?」


 俄かには信じられない話だが、この世界では考えられない手間のかかった丁寧な料理を思い出し、女主人は不思議な信憑性を感じてしまうのである。


「はい。その通りです」


 ふむうと呻り、空になった皿を見つめて物足りなさそうな顔の女主人に執事は答える。


「それで……そのコロッケなのですが、調子に乗って少々作りすぎてしまいまして……」


「え!? コロッケがまだあるの!? ……~~~っっ で、でもっ、わたしはもうお腹いっぱいだしっ!」


 あの美味がまだ食べられる。

 驚きと喜びの入り混じった歓喜の声を上げるも、我に返りレディを取り繕う。


「使用人だけでは食べきれません。申し訳ありませんが、お嬢様も少し手伝っていただけますでしょうか」


「そ、そう? そういうことならば、仕方がないわね」


 嬉しそうにいそいそと再びナプキンを広げるリィリエ。


「まったく。私に世話を焼かせるなんて執事失格ね。でも、いいわ。早くもっていらっしゃい」


 少々面倒な主人の扱いを心得る執事は、再びコロッケの盛られた皿を主人に配膳する。

 リィリエも目の前に出されたコロッケより大切なことなどは無く、レンゲの前世の記憶の話はまたの日にと決めたのである。


 再び始まるであろう夢のような時間に思いを馳せ、うっとりと目を細めながら……




    ∽ ∽ ∽


 その夜、食器の片付けと管理がひと段落してから、レンゲは調味料の仕込みを始めた。

 干しグレイプの酢で浸した炊いたライス。それを腐葉土の上に置く。

 今日のところは仕込みはこれでお終い。後は数日後ライスに出来た黄色い塊りを回収する。

 前世、宮崎晴雄だった頃、学生時代に学んだ原始的なコウジの作り方である。

 美味しい料理を作るにあたり、美味しい調味料作りは不可欠なのだ。


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