第4話 デブ、人助けをする
外に出て意気揚々と街を散策していると、何時の間にやら花街に迷い込んでいた。
「あー……店長に怒られそう。
中入らなきゃセーフやセーフ!」
際どい格好をした亜人を前に僕は完全にお上りさんだった。
色っぽい掛け声や威勢のよい掛け声等様々な物ばかり。
「そこのお兄さん!
ウチの店にどうだい!」
「そっちの店はボッタクるからうちにおいでよ!」
様々な呼び声を無視する様に歩いていると呼び声とは違う声が聞こえて来る。
「お前の様な奴に食わせる飯はねぇよ!」
「お願いであります!
少しの肉で良いので分けて下さい!」
なにやら揉め事の予感。野次馬も出来始めていた。取り敢えず、野次馬根性丸出しで見に行こう。
「ちょっと失礼」
人々を掻き分けていくと見覚えのある猫耳少女が飯屋か宿屋か、またその両方か分からないが店の店員か店主か分からないオッサンが揉めていた。
「お願いします!お金なら持っています!」
少女が懐から小さな革の包を取り出す。
「五月蝿え!テメェに食わせる飯はねぇ!」
「そこはタンメンでしょう」
《河本www》
《なっつwww》
オッサンが少女の手を払い除けると小包が宙を舞い、僕に飛んできた。それをキャッチ。ナイスキャッチ。
「これ以上邪魔するならテメェを警邏に突き出してもいいんだぜ!獣人が」
オッサンが手にしていた麺を伸ばす棒を振り上げる。流石にそれはどうよ?
思わず手を伸ばして腕を掴む。
「な、何だよ!?」
端末を左手に持ち、音声入力する。
「やり過ぎ」
そして端末を見せる。
「やり過ぎ、だ?
唖の癖に意見するんじゃねぇ!」
腕を振るうが僕の握力には及ばない。取り敢えずキャリバー.30を取り出してオッサンに押し付けるとオッサンはその重さにキャリバー.30を抱えたまま倒れてしまった。
猫耳少女に先程の小包を渡し、端末を向ける。
「腹が減ったのか?」
「は、はい」
「何が食べたい?」
「えっと、それは……」
口籠る猫耳少女の腹が鳴る。クゥーっと可愛らしく。猫耳少女が恥ずかしそうに食べ物なら何でも、と告げた。
《可愛い》
《可愛い》
《可愛い》
満場一致である。
端末を開き、飯屋を探す。近くに何件かあったのでそこに向かう事にした。
「行くぞ」
猫耳少女の腕を引いて人混みを押し退けていく。
「ちょっと待て!」
振り返ればキャリバー.30を脇に退けてガラの悪そうな奴を引き連れたオッサン。
腰から拳銃を引き抜き、足下に数発撃つ。
端末を取り出して、画面を向ける。
「半殺しにされるか全殺しにされるか、大人しく引き下がるか」
HK21Eを取り出して、構える。
「選ばせてやる」
コッキングをして、おっさん達の足元に30発程撃ってやる。するとオッサン達は慌てて逃げてして行った。そして、銃口をフッと吹く。他愛無し。
《ヒュー》
《ヒュー》
《ヒュー》
HK21Eを背中に背負い、少女を牽いて目的の飯屋に向かう。中に入れば少女は蔑んだ目を向けられたが、僕が睨むと視線を逸らす。
僕のアバターの外観は一言で言えば中東風ファッション。ゴツい白人がヒゲモジャなのだ。グラサンを掛けているが、視界はクリアーである。
割とガチで気合い入れて作ったゴツ系特殊部隊員だ。使用する得物は軽機関銃で、強襲襲撃部隊的なイメージ。
性別以外の全てを作れながら昔の様な数値をいじってやるのでは無く感覚で作れるのも強みだ。
「行くぞ」
「だ、大丈夫なのですか!?」
「大丈夫なのかな?」
《けが人居ないし大丈夫でない?》
《向こうは武器を構えていたし正当防衛》
《女の子いじめてる奴に慈悲は無い》
「大丈夫だ」
端末を見せてそのまま目的の店へ向かう。
「あの!
何故、自分の様な物を助けて頂けるのでしょうか!」
「何でって……」
そら、視聴率と君可愛いのと見かけで判断されて可哀想だからか?
多分この世界は獣人に厳しいんだと思う。オッサンも獣人が!とか言ってたし。
「理由は多くある」
何て言おうかな?
「だが、一番は、君に対する同情だ。
獣人だからした、人だから上と言う考えは実に愚かしい」
店に入ると、店員が侮蔑的な目で猫耳少女を見るが、構わない。
人をどう呼ぶのか分からないので周囲を眺めると手を挙げて呼んでいる。成程。
「好きなものを頼め」
猫耳少女を見ると、猫耳少女はハイと頷いた。
「すみません!」
少女が手を挙げて声を上げるが、手人は来ない。少女はもう一度声を掛けてみるがやはり来ない。僕は喋れないし、どうするかな?
《音楽流せば?大音量で》
《銃ぶっ放すのもよくない?》
《↑お前物騒過ぎだろうが》
《↑↑落ち着けよw飯食いに来ただけだぞw》
音楽を大音量で流すか。良いね。
端末を弄って音楽アプリから適当に音楽を流す。
「レッツダンス」
《Sure do!》
《もちろん!》
メン・ウィズアウト・ハッツのセーフティー・ダンスを大音量で流す。
突然の音楽に猫耳少女が驚いて頭に生えている猫耳をペタンと閉じた。それに対してごめんと手を挙げて謝っておく。左胸にぶら下がっている無線機に繋げて、スピーカー代わりにしてテーブルに置き、音楽に合わせて肩を揺らす。
周囲の人々も驚いた顔をしてこちらを見る。全員がこっちを見ている。暫くすると何人かが立ち上がってこちらに来る。
「おい!この五月蠅いのを止めろ!」
僕も立ち上がって彼らの胸を押して席に戻す。文句を言おうとしたので、喉元を指で押して睨み付けてやった。
席に戻って音楽に合わせる。次第に猫耳少女も慣れて来たのか少し肩を揺らす。一曲が終わると同時に、店員がすっ飛んできた。
「お客様!音楽を止めて下さい!!」
端末を弄ってメモを出す。
「幾ら呼んでも気が付かないから、このぐらいの音楽を流しても聞こえないかと思ったんだ」
「……注文は何でしょうか?」
メモを見せると店員が思いっきり睨みながら僕に聞いた。僕はそれに対して猫耳少女の場所を教えてやった。
店員が注文を聞いて、こちらを見る。
「貴方は?」
「必要ない。
それと、適正な料金を請求しろよ。もし、彼女が他の客と違って満足に食事が出来なければ今度は此処でバーベキュー会場を開くからな」
「……承りました」
店員が奥に引っ込んでいった。うん。
「あの、有難う御座いました!」
「気にするな。ただの同情。自分が勝手にしただけだ」
それじゃあな、と立ち上がって店を後にする。後ろでお待ち下さい!?とかいう声が聞こえたが、無視して立ち去る。
「スピードワゴンはクールに去るぜ!!」
《アンタスピードワゴンじゃ無いからwww》
《スピードワゴンwww》
《ジョジョネタwww》
外に出るもう真っ暗に近かった。
「空腹も無く、疲労感も無い。
眠気は勿論、人間に備わる欲求が殆ど無い」
自分の手を見つめ、それから空を見る。実に綺麗な夜景である。
不思議な物だ。ゲーム中と全く変わらない。
クソ重たい機関銃を抱えているにも関わらず、その重量は然程感じない。端末の地図を見ながら街の出口に向かうと門が固く閉ざされて、篝火が焚いてあった。
脇には街の自警団と思しき槍を持った兵士が二人立っており、上の櫓にも弓矢を持った人影が見えた。ふむ。
「夜は閉門だ。町長の許可を得た者か、伝令以外は通さない。
また明日の朝に来い」
そして、門に近づくと槍を持った兵士に言われた。夜は入場規制が係るらしい。
兵士に手を挙げて解ったと合図してから、本格的にどうするか考える。門の脇の木陰に座り、端末を開く。
「さて、日本の時間は何時かな?」
コメントには凡そ18時と言うのが多数流れた。端末の時計も18時を示している。
この世界の時間と日本の時間は同期してるのか?
「なら、此処から2時間の休憩を取ろうかな。
皆、自分の行動に注目してるだろうけど、君達にもやる事あるだろう?
トイレ、食事、風呂。自分は20時までここでこうやって街を眺めておく。
大きな行動を起こすのは20時だ。それまでは君達の自分のことをしてほしい。
20時にまた放送枠確保して放送します。
それでは、またー」
《了解ー》
《了解》
《頑張れ!応援してるぞー!》
放送を切ってから地面に座ってボーッとしていると、周囲に人集りが出来始めた。
何事か?と見れば見窄らしい格好をした獣人の子供達が集まって来ていた。全員が僕を見つめてしゃがみ込んでいる。不思議そうな顔で此方を眺めていた。
何で不思議そうな顔をされているのかこっちが不思議だ。取り敢えず、胡座をかいてゆっくりと両手を広げてみせる。全員が首を傾げた。誰も何も言わない。
それから、目を閉じて空を見上げる。5分程やってちらりと子供達を見ると、全員が同じ様に胡座をかいて空を見上げながら目を閉じて手をあげていた。
なんだコレ?
それを10分程度程やってから座禅を受ける修行僧よろしく手を組んで瞑想。
端末をいじって静かなクラシックを流す事にした。音楽が流れて子供達は驚いていたが、僕がしーっと人差し指を口に当てて瞑想を続けると皆同じ様にやっていた。
これを20時までやっていたら、最終的にちょっとした宗教みたいになっていた。中には何故か泣いている子も居たし、何かを悟ったような顔をした子も居た。
音楽を止めて立ち上がると子供達は口々にお礼と感謝を述べて去っていく。
放送自体は自動的に始まる様に
「何この状況?」
《俺が知りたい》
《トドマンがやったんだろうがw》
《こっちのセリフ!》
まぁ、良いや。
「時間になったけど、どうしようかな?
明日の朝にならないと門は開かないって話だし」
《今日はもう配信しなくて良くない?》
《寝て起きたら元の世界に帰ってた、とかあるかもしれないし》
《町の外出れなきゃ冒険出来ねぇーもんなー》
《明日、明るくなってからですエエんちゃう?》
なるほどなぁー
「じゃあ、そうしようかな。
取り敢えず、明確な区切りとかは付けませんが朝は9時位からやろうと思います。
放送枠も一時間しか取ってないので、このままこっちの世界の夜景を流しておきますね。読み上げは切るのでコメントには反応しません。
それでは」
《了解です》
《了》
《頑張ってください!》
コメント読み上げを切り、また目を瞑って瞑想。曲を流す。ケルトの民族音楽の作業用BGM集だ。目を瞑って暫くすると僕を囲む様に動く人の気配があった。
片目を開けると、獣人の子供達が先程の様に集まっている。
何なんだろうか?取り敢えず、両手を広げて空を向く。皆が同じ様に真似をした。
「貴方は何者なんですか?」
また片目を開いて見ると昼間に見たプリーストの少女。手にはメディカルパック。
「今は、何をなされているので?」
「お姉ちゃん、邪魔しないで。
この人は、お月様とお話してるの!」
脇に居た狐耳の女の子が少女を睨み付けた。別にお月様とお話してるわけじゃない。
むしろ、そんな奴はお脳の病気アル。
「えっと……月光教の神父様と言う事ですか?」
おっと、新しい単語出てきちゃったぞ?
「げっこーきょー?」
「はい。お月様が魔力を与えてくれると信じている宗派です。
精霊教の分派でもありますね」
「違うよ。
この人はそう言う人じゃないもん」
たぬき耳の少年がそう声を上げた。
そうだよ。(便乗)
「じゃあ、この方は何をなさっているので?」
「その方は瞑想をしているので有ります」
また新しい登場人物だ。見れば先程のねこ娘。
「昼間の方……確か」
「アホカス・シャラシャーシカであります」
シャラシャーシカ!?つーか、アホカスって……
「瞑想の邪魔をしてはいけません。
終わるまで待機していましょう」
シャラシャーシカは言うと僕の隣にしゃがみ込む、同じ様に座禅を組んだ。それから同じ様に手を組んで目を瞑る。
残ったシスターを片目で見ると目が合った。シスターは少し戸惑い、それからシャラシャーシカと自分を挟む様に折敷くと、ロザリオを手元に持って来て何かに祈り始めた。
なんじゃこりゃ?