試験終了
「ただいまより最終試験を開始します。それでは一番から十番の方から用意された武器を選んで前へ」
試験場には200人の受験生が集まっていた。200人ごとに5つの訓練場で、同時に10人ずつ試験官との一対一の模擬戦を行うのである。
ジンは目を横にやる。今までとは比べ物にならないほどの怒りをを蓄えた目が彼を睨み続けている。
「あー……わ、悪かったって。ほんの冗談だよ、可愛い冗談。だから機嫌直せって、ほら試験も始まるしさ」
あまりの気まずさにジンはついつい謝る。
「ぶっ殺す……」
「あ、あははは……」
「では構えて……始め!」
試験官の声で一斉に試合が始まる。10人の生徒と試験官が剣を合わせる。あっという間に勝負がつく者もいれば、しばらく戦ったのち、敗北する者もいる。だが今のところすべて試験官側の勝利であった。
「ど、どうだ? 強そうなやつ……はいないっぽいけど、受かりそうなやつはいるか?」
ジンの質問にシオンは一睨みすると、
「今んところは、あいつとあとあのゴツイやつ、それからあそこのヒョロいやつに、……あの………む、胸の大きい女かな……」
驚くことではないが、すべてジンの予測していたものと一致していた。どうやら目と勘もいいらしい。ただ惜しむらくは最後に指摘した少女を親の仇のごとき視線で睨んでいる。確かに遠目から見てもテレサ並に大きい。
『完璧超人ってやつか、まあ一部分以外は……』
ジンはそんなことを考えて、思わずシオンの胸に目をやる。それにすぐに気がついたシオンはジンの肋に拳を叩き込んだ。
「死ね!」
「がはっ!」
痛みにジンが悶えているうちにどんどん試合が消化されていく。ついにジンたちの組の番になった。
「さてと、そんじゃあ行きますかね」
ジンは立ち上がって伸びをする。シオンも彼に続いて初老の試験官の前に歩み寄る。試験管は資料を見ながら各受験生に対戦相手を伝えていく。
「では、シオンく、さんはこちらに。対戦相手はダイク教官です」
試験官が言い間違えそうになって、慌てて訂正する。だがシオンは目ざとくそれに気がつき、憎々しげな表情を浮かべてから、ダイクと呼ばれた筋骨隆々の男の前に向かった。
「それで……ジン君でしたね。君は……」
「そいつの試験は私がやろう」
試験官を遮って、先ほど受付で見た、騎士団の服を着ていた女性がジンの元に向かって来た。
「し、しかしサリ……いえサンドラ様!あなたは……」
「別にいいでしょ? ちょっと暇なんだ」
「ですが、それならば他の受験生を……この者は……そのあなたが戦うには役不足かと」
ジンに聞こえない音量で、試験官は資料を見せながら、何かをその女性に訴えている。
「まあまあ、私だって手加減ぐらいできるし、他の子達はあまり面白くなさそうだしね」
「しかし!」
「これは決定事項です。先生には悪いけど、ちょっとあの子のことを試したいんだ。それに先生は私の性格を知っているだろう?」
サンドラと呼ばれた女性の言葉に試験官はため息を吐く。
「仕方ありませんね。あなたは一度決めてしまえば、テコでも考えを変えませんでしたね。いいでしょう、許可します」
「やった、ありがとう先生!」
にこやかに笑うサンドラはジンの方に向き直る。
「というわけで急遽あなたの相手は私になった。よろしく、ジン君、でいいんだよな」
「はい、了解です。よろしくお願いします」
ジンは一礼すると武器が置かれた場所まで移動する。所持していた武器を預けて、木製のあらゆる武器が置かれている机を見てみる。ジンはその中から速やかに長剣を一本選び、二本の短剣を腰ベルトに差し込んだ。
「へえ、長剣ね。それじゃあ始めようか、いつでもいいよ」
サンドラはいつのまにかとって来たのか、幅が細めの剣を持っている。
「はい! そんじゃあ行きますよ!」
ジンはまず闘気を足に溜める。全力の内の10%程度の力を足に込めて一気に、踏み出す。スムーズな流れで腕に力を蓄えて上段から剣を振り下ろす。だがサンドラはそれを巧みに受け流した。
「っ! ほお、なかなかいい剣筋だね」
「驚くのはまだ早いです……よ!」
立て続けに剣を振るう。右から左、左から右、流れを意識しながらの右下から斜めに切り上げる。高速で行われるそれは、しかしすべてサンドラに受け流された。
「君、なかなかいいよ! 受け流すだけで精一杯だ!」
「はっ! 余裕のある顔で言っても意味ないですよ!」
「ははは、違いない! それじゃあ今度はこちらからいくぞ!」
サンドラはジンの剣を受け流さず、受け止めてからジンの胴体に目掛けて蹴りを放つ。ジンはそれを察知して後方に飛んで躱す。
「まだまだ!」
そこからサンドラの怒涛の追撃が始まった。バックステップをしながらジンは伸びてくる突きを剣の腹で弾く。ガコッ、ガコッと剣のぶつかり合う音が響く。
「それそれそれそれ!」
「くっ!」
止まらない攻撃に耐えかねて、ジンは足に力を込めて後方に思いっきり飛ぶ。そしてその流れのまま腰から短剣を抜き放ち、サンドラに投擲する。強化された腕が飛ばすその剣は、サンドラの予想を反するほどのスピードで彼女に向かって来た。
「ちっ!」
舌打ちをしながら、避けられないと瞬時に判断して、サンドラは闘気で全身を覆う。防御力を上げるためだ。案の定、短剣は彼女の腕を掠め、ダメージを受けるが、剣を振るうのに大した支障はない。
「今のはなかなか予想外だったよ」
「そりゃどうも」
ジンは相手を睨みつける。だがサンドラはそんな彼を見てニコニコと笑っている。
「いやぁ、想像以上に楽しいね」
「すぐにそんなこと言っていられなくしてあげますよ」
「本当かい? それは楽しみだ。よろしく頼むよ」
その言葉を聞き終わる前にジンは駆け出す。体を包む闘気の出力をさらに10%ほど上げる。そしてそれを脚部と腕部に集中させる。体を守るための闘気は必要最低限にする。
「へえ、闘気の扱いならかなりのレベルだな」
スムーズに流れる闘気の動きを見て、その練度に彼女は驚く。それでも彼女の笑みは崩れない。ジンが斬りかかる。それをサンドラは体を横に向けることで紙一重で躱す。それを見て反射的に、ジンは剣を斜めに切り上げて追撃する。だがその攻撃は彼女には届かない。
すんでのところで持っていた剣を間に入れたのだ。そして力に逆らわず、後ろに自ら飛んで吹き飛ばされ、ふわりと着地する。二人の間にできた距離は少なくとも20メートルは離れている。
「すごいな、わざと飛んだけどこんなに吹き飛ばされるなんて。でも、まだ終わりじゃないよな?」
「もちろん!」
ジンは何度目かわからないが、相手に接近する。より速く、より強く、肉体を強化する。そしてその攻撃はついに彼女を捉えた。
「痛っ!」
ジンの振るった剣はサンドラの剣を持つ右腕に叩き込まれた。彼女はたまらず顔を痛みに歪める。慌てて距離を取ろうとする。だがジンはそれを許さない。そのまま詰め寄ると彼女の胴体に向けて突きを放つ。サンドラはそれを紙一重で躱すとジンに横から斬りかかる。
しかしジンはその攻撃に反応していた。いつの間にか、腰に残っていたもう一本の剣を引き抜いていたのだ。それを左手で巧みに操り、打ち下ろされた剣に思いっきり打つける。
ボキッという音が辺りに響き渡る。よく見るとサンドラの剣が半ばから折れていた。
「あちゃー……これじゃ続けらんないな」
サンドラが残念そうに呟く。
「俺は別にいいですよ? なんなら替えの武器を取ってくるまで待ちましょうか?」
ジンは目をギラつかせながら言う。ジンとしても不完全燃焼なのだ。今日一日で溜まったストレスを晴らす絶好の相手である。
「いや、残念だけどやめておくよ。君の力は大体分かったしな。それにこれ以上やったらお互いに歯止めが効かなくなっちゃうだろ」
サンドラは本当に残念そうに言う。
「……分かりました」
ジンはその顔を見て渋々と頷く。そういえばテストの最中であったことを思い出した。
「それで……俺は合格でしょうか?」
「ん? ああ、剣術だけなら文句なしに合格だよ。ただ他の科目は分からないけどな」
「そうですか。ありがとうございました」
「いやいや、こっちも楽しかったよ。はい、それじゃあ握手」
サンドラはジンに手を差し出した。二人が握手を終えると先ほどの初老の試験官が寄ってくる。
「それでは、ジン君、君の試験は終了です。合否は4日後に学内にある掲示板に張り出しますので確認しに来てください。今日一日お疲れ様でした」
その言葉を聞いてジンはホッと一息つく。
「ありがとうございました」
一礼して預けていた武器を回収するとそのまま座席に戻る。そこには既に試合を終えたシオンが待ち構えていた。
「よう、どうだった?」
「……別に、普通だよ」
「ふーん」
珍しくおとなしい彼女の態度に少し違和感を覚えるも、大したことはないと思い直す。
「そんじゃあ、今日はお疲れ。テレサによろしくな」
テレサという単語を聞いて弾かれたように反応する。やっぱり元気がなさそうなのは気のせいのようだった。
「うるさい、テレサにお前の言葉なんか伝えるもんか!」
「おー怖っ、ははは、じゃあ縁が会ったらまた会おうぜ?」
ジンはニヤリと笑ってシオンに言う。彼女はすぐにその意味に気がついた。
「死ね!」
顔を真っ赤にして追いかけようと立ち上がったシオンに、追いつかれないように足に闘気を集中させる。そして全力でその場から文字通り飛び去った。
「あっ! 逃げるな……待……汚た…ぞ!」
下ではシオンが何かを叫んでいたがすぐに聞こえなくなった。そのままジンは屋根を伝って校門まで向かい、悠々と宿へと帰っていった。
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シオンは目の前の光景が信じられなかった。どう考えてもあの馬鹿野郎の相手はかなり強い。シオンが対戦してもいいところまでいけるかどうか。だが眼で追いかけている少年は、想像を絶していた。
彼から繰り出される剣筋は滑らかで、且つ相手を確実に殺すための殺意が乗っているような気がする。高速で移動する彼らの動きは目で追うのがやっとだった。そんな両者の剣戟は呆気なく、唐突に終わりを告げた。武器そのものが彼らの戦いに耐えきれなかったのだ。
今まであの男のことをはっきり言って馬鹿にしていた。最初にあった時、確かに普通の動きではないとは気づいていた。それでも自分と比べて大したことはないと思っていた。
だが今目の前で繰り広げられていたのは、自分の予想以上に高度な戦いであった。だから彼に声をかけられた時、少し恥ずかしかった。散々馬鹿にしていたのに、自分よりも圧倒的に剣術においては上だったからだ。
「どうだったシオン?」
いつの間にか目の前に来ていたテレサに話しかけられる。
「別に、余裕だったよ……」
「まあ、それは良かった! それで……ジンくんはどうだった? 彼も受かりそう?」
「…………」
シオンは無言でテレサの胸に顔を埋める。
「あ、あれどうしたの?」
「………僕、あいつ嫌い!」
「え、えぇ〜?」
突然の告白にテレサは困惑した。




