日常3
「また負けたか…」
レイは少し悔しそうな声を出した。
「でも今回は後ちょっとで負けそうだった。やっぱレイは剣士よりも法術士の方が向いてるんじゃない?」
「そうそう。わざわざ剣やる必要なくね?そんだけ法術使えるならさ。つか、今の試合全然剣使ってなかったし」
「でもやっぱりいざという時に剣が使えないと。法術だけだとさっきみたいな時に対応できないしね。でもどうしても術に集中すると剣がうまく使えないんだよなあ。サリカ様がどうやってるのか聞いてみたいなあ」
サリカとは近衛師団長であり、王国の5人の使徒のうちの一人である女性の細剣使いである。彼女はレイと同じ水法術を得意としており、さらにほかにも火属性、風属性を扱う三重属性保持者であった。非常に美人であり、巷では「姫騎士」と称され、レイの憧れの存在であった。彼女を語る時だけはいつも落ち着いているレイも興奮したように饒舌になった。
「サリカ様の水法術の演舞を前に見たんだけど本当に凄かったなぁ。何てったって、あの水弾の生成速度、しかもそれよりも高度な技も一瞬で作り上げちゃうんだからなぁ剣も王国で1、2を争うほどの腕前だしそれにあの凛としててそれでいて誰にでも分け隔てなく対等に扱ってくれるのなんかも凄いよねそれから…..」
レイの話が長くなり始めたので、ジンとザックがうんざりする。この話だけでもすでに10回は聞いたのだ。
「はいはい、サリカ様は素晴らしい素晴らしい。そんで今の試合だけど…」
ザックが適度に話を聞いてから試合で気づいたことをレイに話しかける。レイは話を遮られて少し不満げな顔をしながらもそれをしっかりと聞いた。
「今回もザックは、攻撃は早いけど、剣に振り回されている感じがしたよ。あとジンも言ってたけど、法術のコントロールが上手くないのに、使うのは危ないと思うよ」
「そういうレイこそ、法術ばっかりに気を取られてた感じだったぞ。ジンが投げた剣だって、意識の切り替えが早かったらもっとすぐに対応できただろ。」
「確かに俺もそうだと思う。レイは法術に自信があるせいで、想定外の行動をされるとすぐに慌てるんだよな。ザックなら俺が剣投げたら、避けずに弾くと思うし」
「ジンの場合はいつもの右に避ける癖が出ていたぞ。そのせいで動きを簡単に読むこともできたからな。でも相変わらず闘気の使い方はうまかったよ。それに咄嗟の判断も。まさか剣を投げてくるとは思わなかった」
「確かに。ジンが攻撃してくるときは大抵前からか、右からだよな」
「うっ。で、でも…」
「あとそれな。すぐに言い返そうとしてくるのとかな。年長者の意見はちゃんと聞かないとダメよ?」
ザックがナギの喋り方を真似ようと裏声で話しかけてきた。ムカついたジンは彼の肩にパンチした。
3人は稽古の後いつも反省会をして問題点を確認するのだ。これほど真剣に修行しているのに、ナギは彼らがチャンバラごっこをしていると思っていることをジンは少し不満に思っている。姉を守るためにしていることなのに彼女はそれをお遊びだと考えているからだ。しばらく彼らが話をしていると昼食の準備ができたことをミシェルが告げに来た。
午後からザックやレイはナギから法術を教わることになっていた。彼女は非常に稀な光属性保持者であり、その上火と風法術を扱うことができる三重属性保持者でもあった。さらにそれを戦闘にも用いてきて、戦いにおいてもジンたちよりも圧倒的に実力が上であった。一ヶ月ほど前に模擬戦をやった時は3人がかりで向かっていっても、誰もナギに近づくことなく負けてしまった。
しかし普段は生活の糧を探したり、治療をしたり、家事をこなしたりと時間がなく、また最近は法術を使って戦うとよく体調を崩してしまうので稀にしか訓練に付き合ってもらえなかった。『前はもっと稽古をつけてくれたなぁ。最近どうしたんだろう?』とジンは姉の体調を気にしていた。
法術が使えないので時間が空いたジンはミシェルと遊ぶことになっていた。昨日彼女を泣かせた罰である。
「しょうがねーなー」
照れ臭そうに言う彼はミシェルと約束した場所に向かう。一緒に家を出ればいいのではないかとジンは質問したが、『デートなんだからちゃんと雰囲気を味わいたい』との返事が返ってきた。そういうわけでこの前ミシェルが見つけたという街を囲う塀にあいた穴の前まで来た。『魔獣とかにこれがバレたら危ないんじゃないか?』などと思いつつ、15分程その場で彼女が来るのを待っていると小走りでミシェルがやってきた。
「ゴメンね。待ったかな?」
と聞いてきたので、昨日ナギに教わった通りに、
「いや、今きたところ」
しかしぶっきらぼうに答えた。こう答えることが姉曰く、デートの鉄則なのだそうだ。彼女に彼氏がいたという記憶はないのだが。彼女に言い寄る男は多かったが大抵の場合断られるか、道の脇にボロボロの状態で倒れているのが見つかった。何で嘘をつくことが鉄則なんだろうと思いつつも、彼がそう言うとミシェルは嬉しそうな顔をする。
「それじゃあ、行こっか」
二人は目の前にある穴を通って街の外に出た。彼女はジンの腕に自分の腕を絡ませて、彼を引っ張って元気よく歩き始めた。目指すは街の近くにある小高い丘だそうだ。ジンは恥ずかしがりながらも、今日はすべてミシェルの言う通りにしなければならないとナギに言われたことを思い出して我慢した。
他愛ない話をしながら目的地に着くと、二人は腰を下ろしてゆっくりとくつろいだ。
「今ナギお姉ちゃんに料理とか裁縫とか教わってるんだ。今度ジンにも何か作ってあげるね」
「べ、別にお前の料理なんかに興味はないけど、どうしてもって言うなら食ってやるよ」
ボソボソと返事をすると、
「じゃあ、どうしても! 最近はナギお姉ちゃんからも褒められるようになってきたんだよ!」
「そういえば最近の修行はどんな調子? まだ法術は使えないの?」
「ぼちぼちかな。法術の方はうんともすんとも」
「そっか。でっ、でもジンは身体強化すごいよね。私なんか練習したのに、全然ダメだった…」
「じゃっ、じゃあ今度教えてやるよ」
「本当!? 約束だからね。」
二人はいつのまにか夢中になって話をしていた。最近あったことや、疑問に思っていること。ミシェルが知らないザックのバカな話などなどそんなことを話していると、気づけば夕暮れ時になっていた。
「もう夕方かー。残念だね。でもあんまり遅いとナギお姉ちゃんも心配するだろうし帰ろっか?」
「ああ」
ぼそりとジンは呟いてかっこつけるようにそっぽを向いた。もちろん彼の両手はいつものようにポケットにしまわれている。そんな態度を取りながらも彼もあっという間に時間がすぎてしまったことを少し残念に思っていた。
そうして二人は来た時と同じように腕を組みながらもと来た道を歩いて帰った。ジンは寄り添ってくるミシェルの体温を感じ、真っ赤になっていたので家の前にいたザックにからかわれたが、それを近くで見ていたナギがザックの頭にゲンコツを落としていた。