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World End  作者: nao
第3章:魔人襲来
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逃走

「——————————————————————————————————————!!」


 マリアの悲鳴に呼応するかのように、長く巨大な吠え声が周囲に轟く。


「マリア! どうしたの!?」


 ミリエルがマリアに呼びかけるが、彼女は頭を抱えて震えている。その様子に、ミリエルはマリアが何を見たのかを空に浮かんだままの氷鏡を覗き込み、素早く確認し、慄然する。


 そこにいたのは頭から尻尾にかけて6メートルほどもある黒いドラゴンの幼体だった。赤い鬣に金色の瞳、普通のドラゴンの幼体では到底発することのできないほどの計り知れない力強さをその内から感じさせる。


「嘘でしょ……」


ミリエルが思わず呟く。魔人の他にまさか幼体とはいえドラゴンまでこの森に潜んでいたとは。だが、


『それならあいつは一体どこに? って、それよりも』


 その疑問を頭に一瞬浮かべながら、彼女は再度マリアに目を向けた。


「マリア、しっかりして! 逃げるわよ!」


 ミリエルがマリアの手を掴んで引っ張ろうとする。だがマリアは未だに頭を抱えて顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして体を震わせている。先ほどまでの戦士としての彼女はそこにはいなかった。ただ、圧倒的な絶望の前に怯える1人の女がそこにいた。


              〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 突如マリアが叫び声をあげた。その声をドラゴンはすぐさま聞き取り、顔をあげ、そして彼女たちを見つけた。獲物を見つけた化物は、その口角を醜悪に釣り上げ、彼女たちに向かって翼を広げた。


              〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「マリア、マリア! こっちを見て! 早く逃げないと奴が来る!」


 ミリエルの言葉通りにドラゴンが体を彼女たちに向ける。だがマリアの瞳は目の前にいる彼女を捉えておらず、いや、いやと呟きながら首を振っている。その様子を見たミリエルは小さい舌打ちを一つして、マリアの首筋を強く叩いて気絶させた。今は一刻も早く逃げなければならない。


「ごめんマリア」


 そう呟きながらマリアを背負いミリエルは逃走を開始した。自身の限界まで足を強化して走る。銀色の閃光が森の中を突き進んでいく。


「————————————————————————————!!」


 しかし巨大な咆哮とともに、バサッ、バサッという羽音と、それが木に打つかる音が聞こえて来た。


「くそ!」


 ミリエルは即座に考える。どれ程速く走ろうとも、凹凸の多い地面ではこれ以上スピードは出せない。だが相手はなにも遮蔽物のない空中にいる。またマリアを背負っている分、追いつかれる可能性が高い。


「これしかないか……」


 そう言って、荷物の中から臭い消しを取り出す。それをマリアと自分に振りかけてから、さらに匂いをカモフラージュするために、近くに生えていたフォエトル草の葉を体に素早く塗す。この草は強烈な悪臭を放ち、自らを外敵から守る特性がある。そのため、匂いに敏感な獣ならば近づくことすらしないはずであった。


 それからその草の前にある木に向けて手をかざす。木神術を発動させて木の根元を動かして、自分達が入れる程度のスペースを作り、その穴の中に潜り込んだ。それから再度術を発動して、外の様子が確認できつつも自分が見えないように根っこを動かした。そして息を潜めて様子を見ることにした。


「ばれなければいいけど……マリアも起きないでよ」


そう小声で呟いていると、頭上からメキメキと木の枝が折れる音と羽音が聞こえて来た。予想通りあのまま逃げていたら確実に追いつかれて殺されていただろう。ミリエルはドラゴンにバレないように手でマリアと自分の口を塞ぎ、息を殺す。


『早く行って、早く』


心の中で彼女は強く願う。だがそんな彼女の願いとは裏腹に、鼻をスンスンと鳴らしながら周囲を探し、そして彼女達の隠れる木に目を向けて近づいて来た。


 ドクン、ドクンと心臓が早鐘のように動く。その音がドラゴンにも聞こえてしまっているのではないかとミリエルが思うほどにドラゴンは迷いのない足で彼女達の隠れている木に近づいてくる。そしてついには木の目前まで近づき匂いを嗅ぎ始めた。


『ああ、これで私たちも死ぬんだ。まあでもハリマにまた会えるなら……』


 ミリエルの心に『死』という言葉が浮かび上がる。だがその予想に反してドラゴンは一度ビクンと体を震わせると木から離れ始めた。そしてそのまま追跡するのを諦めたのか元来た方へと向かって飛び始めた。

 

 ドラゴンの姿が見えなくって4時間ほどしてから、ミリエルは隠れていた場所から這い出て来た。思わず溜め息が出る。身体中が強張っており、かいた汗で服が冷たくなり、体が冷えている。


『まずいわね。今までに見たことがないレベルのドラゴンだ。幼体のくせに私1人じゃ確実に勝てない。もしかしたらあの魔人もあのドラゴンにやられたんじゃないかしら。戻ってウィルと相談して、どう対処するか決めるしかないわね』


 今まで相手にしてきたドラゴンは全長20メートル以上の物もいた。しかしそのどれよりも、今見た幼体は格上であることが一目見ただけで想像できた。さらにあの時あった魔人よりも強いようにも感じられた。


「ティファニア様にもお手伝いしていただけるか伺わなければ。あの御方と一緒なら、もしかしたら倒せるかもしれないし」


 ハイエルフであるティターニアの女王ティファニアは、長い年月を生きているだけあって、ミリエル達と経験値が違う。彼女なら何か策が見つけるかもしれない。マリアを背負ったミリエルの足は自然と速くなっていった。


              〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ドラゴンはそんな彼女達を遠目で眺めていた。やがてその化物はみるみるうちに体を変形させてゆき、しまいには12歳ぐらいの少年になった。真っ赤な髪の、金色の目をした少年は、


「やっと見つけた」


そうぼそりと呟き、醜悪な笑みを浮かべた。


              〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ウィルは胸騒ぎを覚えていた。確かにマリアは一流の冒険者である。そう易々とヘマはしないだろう。普段ならここまで心配になったりしないが、今回は虫の知らせだとでもいうように、この数週間を過ごしていた。そのせいでジンの訓練には全く身が入らない。ようやく日頃の治療もあって、傷が癒えたのだが、ジンとの組手はおざなりであった。その結果、ジンは今日初めてウィルに一撃入れたのである。


「いててて……」


 地面に倒れ伏しながらそう呟くウィルの顔をジンが覗き込む。


「大丈夫?」


「ああ、心配すんな。それよりも俺に一撃喰らわせるなんてすげえじゃねえか」


そう破顔して言うウィルに対してジンは答える。


「でも最近いつもウィルは身が入ってないし、今日のだっていつもなら避けられたはずだと思う」


「そうか? ……いやそうかも知んねえな」


「やっぱりマリアのことが心配?」


「まあ……な。あんま考えても意味ねえんだけどよ」


 ジンはそれを聞いて何か言おうとするがなにも言えなかった。なぜかわからないがジンも嫌な予感がしていたからだ。二人の間に沈黙が流れた。


「ま、とりあえず術の方の訓練するか! 今俺らができんのはそれだけだからな」


「そうだね。それじゃあ今日も瞑想から始めるの?」


ウィルが空気を変えるようにそう言うとジンもそれに付き合った。


「おお、お前が術を使うとき興奮しすぎて、自分を見失わないための精神鍛錬だからな、当然だ」


「わかってるって」


 ジンは頷くと地べたに座り、座禅を組んだ。これはウィルがまだ剣術の稽古を受けていたときに師匠から教えられた精神を集中させるための方法だという。これを毎日一時間ほど行ってから術の訓練をするのだ。そのおかげもあってか、術の発動をよりスムーズに行えるようになって来た。そして現在は当初目的としていた、物体の重さをコントロールする術の特訓をしていた。


 座禅が終了すると早速ジンは離れた距離に置かれたこぶし大の石を持ち上げようとした。一度術の発動をイメージできるようになってからは、彼の修行は一気に進んだ。その結果、既に羽ペン、小さめの石などをクリアして、今日からひとまわり大きくなった石で訓練を開始したのだ。


 目を閉じて一つ深呼吸する。そして目をカッと開き、手を石に向けて叫ぶ。


『浮遊!』


 すると石がわずかに揺れ始める。ジンは息を止めて、顔を真っ赤にさせながら浮かせようとするが石は揺れるだけだった。


「ぷはぁ〜」


と大きく息を吐き出すジンにウィルが近寄ってくる。


「まだまだイメージが足んねえみたいだな。それに的に打つける力も足りてねえ」


ウィルの言葉に顔を一瞬しかめるが確かに指摘通りである。


「もう一度!」


そう言ってジンは再び手を向ける。しかし結果は同じだった。それを何度も何度も繰り返すが、一回も成功しなかった。


「ん〜、重くさせる方は割と成功するんだけどな。やっぱ浮かべるってのはイメージしにくいか」


「うん。重くさせる方はなんか重い物を地面に落とした時にめり込んだりするから、考えやすいけどその反対は風法術でもあんまり見たことないからね」


「マリアがいりゃあ一発なんだけどな。地道に行くしかねえか……ほらもう一度だ、できんだろ?」


「もちろん!」


 そう言ってジンは集中し始める。だがそんな彼の耳に女性の叫び声が聞こえて来た。ウィルとジンが思わずそちらに目を向けると、マリアを背負ったミリエルが向かって来ていた。


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